半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】 作:神野あさぎ
路地裏。
「なんで殺したの?」
ヒユには、あかねの最期の言葉は届いていない。
当然、殺したのは兄だと思い込んでいる。
「噛みついてたよね?」
ヒユの追及に、シロホンは言い返せない。
事実に変わりはないからだ。
「『悪魔』ってのは知ってたけど、『吸血鬼』だったんだね」
「……」
ヒユは、兄が頑なに能力について話したがらなかった理由を悟った。
「吸血鬼って不死になれるけど、誰かの血を飲まないといけないんだよね?」
ヒユは確認するように問う。
「
ヒユはシロホンを見つめ、訴える。
どこか、嘘であって欲しいと願うように。
けれど、シロホンから返ってきた言葉は冷徹だった。
「ああ……そうだ」
シロホンもヒユを見据えて言い返す。
ヒユは冗談ではないと知り、より深い絶望に突き落とされた。
「この能力は一度でも使えば不死になる。その代わりに他者の血が必要……」
何も感じないわけじゃない。
それでもやはりオレは……
シロホンは罪悪感を押し殺し、淡々と告げる。
「そして血は……定期的に摂取する必要がある。怠れば意思に反して他者を襲う」
オレの生き延びた理由はお前だから──……。
シロホンは生き延びた。
それは他ならぬ弟ヒユを守るため。
だからこそ、ヒユに能力の代償の恐ろしさを警告するように言った。
「使わねーよ」
ヒユは吐き捨てるように答えた。
「お前とは同じにならない」
ヒユの拒絶を、シロホンは静かに受け入れた。
それでいい……お前はそのままいろ……。
ヒユには吸血鬼としての呪われた力を使って欲しくない。
ただ、その一心だった。
◇
今から六年前の
高級宿の一室にて。
意識を取り戻したシロホンは、異様な状況に息を呑んだ。
薄暗い部屋。
彼は上半身を裸にされ、ベッドの上で両腕を頭上に引き上げられ、頑丈な拘束具で戒められていた。
「コレハナンダ!?」
シロホンは慌てて叫び、身をよじった。
常に冷徹な彼が、珍しく狼狽している。
すると、闇の奥からくすくすと笑う声が聞こえた。
「あいつのことは嫌いだけど、言ってることには賛同するね。
うろたえる姿は見てて楽しい」
影から姿を現したのは、美しい女だった。
艶やかな金髪。
そして瞳は、右が黒、左が白という不気味なオッドアイ。
彼女はベッドに上がり、シロホンの腹の上に跨った。
声神を殺し、その力を奪った本家の死神――ゼニスだ。
「ゼニス……え……お前……何……だ?」
シロホンは状況が理解できず、瞬きを繰り返した。
なぜ自分がここにいるのか、なぜ彼女がここにいるのか。
死神ゼニス(Z)は、愛おしそうにシロホンの頬に手を当て、口を開く。
「実はずっと前からお前のことが好きで~」
「はあ!?」
唐突すぎる告白に、シロホンはただ驚愕するばかりだ。
「お前が『X』についたときからずっと」
「初耳……」
ゼニスは語る。
シロホンが『X』の階級を得たその日から、ずっと密かに想いを募らせ、影から見つめていたのだと。
その瞳には、常軌を逸した執着の光が宿っていた。
「以来ずっと私はひっそりこっそり見てきたわけ、なのに……あの女」
ゼニスは木の陰からあかねがシロホンに近づく様を見ていた。
それを思い出し、憎々しげに言う。
シロホンの背筋に冷たいものが走る。
「あの少女を殺すように
ゼニスは微笑みながら、決定的な事実を告げた。
シロホンの身体が強張る。
それは、彼の過去にある最大のトラウマ。守れなかった少女の死。
ゼニスはシロホンの顔に自らの顔を近づけ、甘い声で囁く。
「あとは分かるかな?」
「お前が……」
シロホンの目が見開かれる。
運命だと思っていた悲劇は、すべて彼女が仕組んだ狂愛のシナリオだった。
ゼニスは神にわざとあかねを襲わせるために、虚偽の情報を流したのだ。
「あははっ」
ゼニスは楽しそうに笑う。
「……で、お前はオレをどうしたいんだ?」
シロホンには、今の状況と昔の出来事がどう繋がるのか、混乱で思考が追いつかない。
ただ一つ分かるのは、目の前の女が狂っているということだけだ。
「あはは? 実は昔……取引してある女の望みを叶えてやったの。
それを思い出して私もやってみようかなって」
ゼニスは恍惚とした表情で答える。
その指先が、シロホンの胸板を這う。
「今日で色々終わりそーだから、此処を去る前に貰って行こうかなって」
ゼニスは不敵な笑みを浮かべたまま言った。
そして少し体を倒し、シロホンの唇に触れんばかりの距離でさらに告げる。
「私の能力は知ってるね? 身体の自由は利かないぞっ?」
ゼニスの能力は、かつての声神と同じ『声』による拘束や操作。
だが、本物を殺して奪ったその力は、以前より遥かに強力で凶悪になっていた。
シロホンの顔色が変わる。
冷や汗が流れ、端整な顔が絶望に曇る。
ゼニスは滑らかな動作で右手を下ろし、シロホンのズボンのベルトへと指をかけた。
「こんなことをして、お前はそれでいいのかよ」
シロホンが声を絞り出すように問う。
ゼニスは慈母のように、しかし残酷に微笑んだまま答える。
「構わない。
お前が堕ちればそれで良い」
シロホンは抵抗しようと必死に足掻いた。
けれど、言葉の呪縛にかかった身体には力が入らない。
拘束を解くこともできず、ただ無意味にシーツを握りしめるだけ。
「あはははは」
ゼニスの狂った笑い声だけが、密室に響く。
カチャリ、とベルトが外される音がした。
「あ……」
シロホンの瞳から光が消え、絶望だけが残った。
「あはは、ははははははは」
◇
あの後、アヴェルス達が駆けつけ、ゼニスは逃亡した。
その事実は、後になってシロホンに知らされた。
シロホンは凌辱され、部屋の隅でうなだれていた。
抜け殻のようになった彼を、アヴェルスが見つめていた。
こういう時、普通はなんていうんだ? 普通が分からん。
「あ~……」
アヴェルスなりにフォローをしようと試みる。
金属生成でナイフを作り出し、構えた。
「シロホン! この剣でオレを好きにして!!」
「!?」
シロホンは思わず顔を上げてアヴェルスを見た。
アヴェルスは涙ながらに懇願した。
「あ~違う! なんか茶化したみたいになってしまったじゃん~! あ~あ~」
アヴェルスはナイフを放り投げ、床を転がる。
「らしくないな」
「仕方ねーの、普通が分からねーの」
グサッ。
落ちてきたナイフが、アヴェルスの頭に見事に刺さった。
「だからさ、何が言いたかったのかっていうと
お前のストレスの捌け口に、オレを使って良いんだよって。
ほらオレ死なないから~! 殴って良いんですよ? 血が出るまで殴って! いや殴れ!!」
アヴェルスは頭にナイフが刺さったまま床に平伏し、必死に懇願した。
シロホンはその滑稽で必死な姿を、黙って見つめた。
そして──……
「らしくないのはオレか……正直あんな女に屈した自分に嫌気がさしてたんだが、あの女……必ず殺してやる」
シロホンの眼に、微かに光が戻る。
復讐という名の、生きる意志。
そして、守るべきものの存在。
生きる目的──
「オレはまだ戦える」
シロホンは低く、自分に言い聞かせるように言った。
「心配かけたな、オレは平気だ。まあ……せいぜい今後もその血を提供してくれ」
シロホンはアヴェルスと視線を合わせずに、強がりを言い放った。
アヴェルスは頭のナイフを抜き、パァっと顔を輝かせて口を開く。
「え? 心配かけてすまない。アヴェルス様のおかげで元気出ました! 血まで提供していただきありがとうございます。……だって!?」
「言ってねえ!!」
そこまでは言ってない、と必死に否定するシロホンと、ニヤニヤするアヴェルス。
そこへ、モドキの慌てた声が聞こえた。
「シロホン大変だよ! ヒユ君が~」
「はあ? また何かやらかしたのか!?」
成長したヒユは、度々問題を起こしてはシロホンが尻拭いをしていた。
弟の世話を焼く日常が、彼を現実に繋ぎ止める。
これがシロホンの過去。
救うのは他者の血液──。