「ねえお姉さん、おれと遊ばない?」
腕を頭の後ろで交差して、目を三の字にしながら口を3の字に尖らせて口笛を吹く生意気な少年が声をかけてきた。
後ろを振り向いてキョロキョロと確認するがロビーには男性隊員しかいない。
「もしかして私に言ってる?初対面だよね?君。」
少年は何食わぬ顔をして身分を名乗った。
「おれは空閑遊真。三雲隊でお世話になっております。」
わざとらしく仰々しいお辞儀をしてみせた。
それは知っている。
ボーダーの戦闘訓練のデータ解析も仕事だから。
戦術の確立、新たな発想、隊員の苦手分野、トリガーの改善の余地、新ギミックの立案。
その面で空閑遊真は重み付けが重い隊員ではあるが、一対一で話すのは初めてだ。
「そう、頑張ってね。」
こちらも頭を下げて立ち去ろうとすると腕を引かれた。
「戦闘訓練しよう。ゴンちゃんは手練れだと迅が言っていた。」
実力派エリートは余計なことしかしない。
彼はもう、仕事など辞めてしまえばいい。
辞めて、心理的重圧のかからない安寧を……。
「あ!ゴンちゃんさん!空閑とやるの?観戦していい?」
横を見ると太刀川隊の出水、三輪隊の米屋、草壁隊の緑川がズラズラと連なって現れた。
「私忙しいんだよね。それに戦闘訓練なんてここ何年もしてないし、ブランクがある人間と闘って勝利して得られるものなんてある?」
まだ北添に負けた悔しみが残っているというのに。
「おまえ、つまんない嘘つくね。」
空閑遊真がこちらを睨み圧を放ち始めた。
「嘘じゃないけど?」
絶対的な自信を感じる。
そんなの『自分は嘘発見器に近しいサイドエフェクトを保持している』と宣言してるに等しいが。
まだ子供だな。
サイドエフェクトの有無は悟られないからこそ旨味があるのに。
「ゴンちゃんは負けると大泣きするから。」
米屋が空閑遊真に半笑いで解説した。
「ゴンちゃんさんは雷蔵さんによしよしされたい甘えん坊だから。」
出水がニヤけながら説明した。
「ゴンは弱いくせに喧嘩っ早いからゾエさんに返り討ちにあってボコボコにされたんだ。」
緑川が笑って指を差した。
「……緑川、戦闘訓練だ……。」
緑川の腕を引くと別の腕に遮られる。
邪魔をするならお前を潰す。
「ゴンちゃん、おれとやろう。」
「1回だけだからね。どちらかを先にペイルアウトさせたほうが勝ち。」
まんまと乗せられて空閑遊真と模擬戦をすることになってしまった。
「それでいいの?ゴンちゃん、負けるよ。」
……いいだろう。
「かかってこい小僧。先に手の内を明かしてやろう。」
私のトリガー編成は次の通りだ。
アタッカー用のレイガスト。
シューター用のアステロイド、バイパー、メテオラ。
トラッパー用のスイッチボックス。
オプション用のカメレオン、グラスホッパー、スパイダー。
「手の内を見せて撹乱させる策か。じゃあ始まったって事だ。」
私は小型端末を右手で操作しながら立方体を左手に出すと、空閑遊真は踏み込むのをやめてグラスホッパーで上に上がった。
「アステロイド。」
立方体を細かく分離させ上部分をグラスホッパーで上に飛んだ空閑遊真に打ち込んだ。
「弾速が遅いな。」
空閑遊真はアステロイドを躱してスコーピオンを向け、グラスホッパーで助走をつけ加速しながら切りかかってきた。
「おっと、ゴンちゃんの罠か。」
彼の腕は加速した勢いで張られたスパイダー2本により負傷している。
そして飛ぶように後退した。
瞬間、彼の背中がメテオラにより被弾する。
「掛かったな小僧!!『見えない置きメテオラ』だ!!」
先ほどのアステロイドは上半分を撃ち込み、残りを追加のトリオンを投入する事で『カメレオン』のように見えない地雷原にしておいた。
「ほうほう、これがゴンちゃんの戦い方か。」
空閑遊真の損傷はまだ浅い。
接近戦を得意とする彼に間合いを詰められたら確実に負ける。
「吠えるな三下!!お前の手の内は読めている!!」
叫ぶと空閑遊真は迷うことなくスコーピオンをブーメランのようにして投げ、私の周りのスパイダーを全て断ち切った。
「ゴンちゃんは『負け犬』を演じている。」
……どうかな。
自分の足元にグラスホッパーを設置して彼のように上に登ると、彼もグラスホッパーを使ってこちらが設置したグラスホッパーに飛び乗ってきた。
瞬間、『見えない置きメテオラ』が炸裂し空閑遊真に被弾するも、彼は怯むことなく駆け上がってくる。
「なっ……」
「地雷は最初だけ。そうだよな?」
ここで斬り合ったら負ける。
「敵の用意した足場には用心しろ小僧!!」
空閑遊真が残り4段まで近づきグラスホッパーを踏んだところで『スイッチボックス』によりグラスホッパーの役割をショートワープに変え、彼を向かいのビルの屋上に移動させた。
「逃げ回るだけじゃ、負けるよ。」
「敵を移動させても決め手に欠ける。」
私はアステロイドを屋上に向かって撃ち込んだが、致命傷を与えられておらず瓦礫による土埃によって空閑遊真の姿が見えない。
想定内だ、彼は姿を消すのだから。
まだ周りを浮遊する『見えない置きメテオラ』はある。
集中しろ、煙から姿を現す時が千載一遇のチャンス。
「「後ろだ!!」」
彼のスコーピオンとレイガストのブレード同士が押し合いになる。
「レイガストか、あんまり見ないね。」
……な、なにを!?
「レイガストは雷蔵さんが創り出した最高傑作だ!!小僧はわかったふうな口を利くな!!」
雷蔵さんが作った武器、レイガスト。
レイガストで勝たなくちゃ……。
「戦いの最中に別のことを考えるのは」
空閑遊真のスコーピオンが変形し、首を貫いた。
「死につながるよな?」
同じようにレイガストのブレード部分を変形させて彼の首を貫いた。
「ほうほう、たしかなまんぞく。ゴンちゃん、またやろう。」
『戦闘体活動限界ベイルアウト』
『戦闘体活動限界ベイルアウト』
「うぇぇん……負けたぁぁ……私が弱いからだぁぁ……もう戦闘訓練なんかしないいい……うぇぇん……」
ゴンは訓練室から出るとロビーで大泣きし始めた。
確か大学生だと聞いていたけど、精神年齢が幼いな。
「ゴンちゃんっていつもこんな感じ?」
三人がゴンを取り囲みニヤニヤしている中、よーすけ先輩に尋ねた。
「こんな感じかなー。」
そうなのか、戦闘IQと精神年齢はイコールではないからな。
「ケッ、負けてやがる、ザマァねえな。」
その輪から離れた所でかげうら先輩が悪態をつくとゴンの涙はピタリと止まり、立ち上がってかげうら先輩の腕を引っ張った。
「……影浦、戦闘訓練だ。」
かげうら先輩はニタリと笑って腕を組むように訓練室に向かって行った。
「あんな感じ。」
いずみ先輩は呆れながらため息をついた。
ゴンは切り替えが早いのか。
戦闘員向きの感情制御をしている。
「ふむふむ、取り扱い方を理解した。」
戦いたい時は地雷を踏めば必ず食い付いてくるし、後腐れもない。
「ゴンちゃん次はオレね!!」
しゅんも飛び跳ねている。
確かに戦い方に遊びがあるタイプだ。
「ふむ、これがバトサーの姫か。」
、、、
「フン……影浦の奴め……マンティスなど見切ったと……」
かげうら先輩より早く出てきたゴンを捕まえて尋ねる。
「ゴンちゃんは雷蔵さんのこと好きなのか?」
チラリと右を見ると三人がグッジョブポーズをしている。
「ななななな、なな、なわけないじゃん!た、ただの技術者の先輩だし?あ、あっ雷蔵さんだってわわわ私みたいな女すすす好きになるわけないから……」
おれと戦ったのは本当にこの人なのか?
「かげうら先輩。」
一足遅く訓練室から姿を現し股関節をポキポキと鳴らしながら首を回しながら歩いてくるかげうら先輩を捕まえた。
「言わんとする事は分かる。」
かげうら先輩が絡むくらいに表裏が無い人で、三人に絡まれるくらいフランクな人で、実力があるのに泣く。
性質が凸凹している。
「それに私……ボーダーに仲いい人いないし……そんな奴雷蔵さんに相応しく」
「「「「だろうな」」」」
三人とかげうら先輩の声がハモった後、ヌッときくちはら先輩が顔を出した。
「だろうね、だって根暗オタクだし、女子に仲いい人がいない時点でさ。」
ゴンは直ぐに真顔になった。
「ボーダー『に』じゃなくてボーダー『にも』じゃん?」
よねやん先輩がつけ足すとゴンの顔はみるみるうちに真っ赤になった。
「確かに、女子と話してるとこ見たことないな。」
いずみ先輩が更に上乗せする。
「性格に難ありだから女友達ゼロなんじゃない?」
しゅんがトドメを刺すとゴンちゃんはしゅん腕をガっと掴んだ。
「……緑川、戦闘訓練だ。」
「やった!5本勝負にしない?」
「あ、ゴンだ。」
駄々をこねるしゅんを引き摺るゴンに向かってたちかわさんが声をかけるとゴンは手を離しておれの方に寄ってきた。
「……空閑遊真、空閑って呼ぶね。」
切り替えのつもりなのか?
「わかった。ゴン先輩。」
ゴンはニパッと笑った。
「ゴンでいいよ。空閑。」
たちかわさんの方を向かないゴンの肩をたちかわさんは強制的に掴んで回転させた。
「無視するなよ、空閑との戦いを皆で見てたんだけどさ。」
「うわぁぁ!!単位を落とした大学生に絡まれてるぅぅ!!」
うるさ。
「なんでゴンちゃんさんは太刀川さんが苦手なの?」
いずみ先輩が割って入った。
「オラついてるから。」
真顔で言っているが、この人ボーダーの技術室長直属なんだよな。
「オラついてないだろ、ただ前にボコボコに負かしたから」
「……太刀川、戦闘訓練だ。」
切り替えスイッチが早すぎる。
「……俺に勝てると思う?」
ゴンはたちかわさんの襟を掴んで叫んだ。
「戦いは最後まで分からないだろうが!!窮鼠猫を噛むという」
「ゴンちゃん。」
声のする方を見ると雷蔵さんが静かに佇んでいた。
「あ!雷蔵さん……」
ゴンは急にしおらしくなってモジモジし始めたが、明らかに直前のやり取りを見られている。
「おいで、仕事があるでしょ?……何戦してるの?」
雷蔵さんが手を伸ばすとゴンはその手を掴んだ。
「空閑、影浦、緑川の3戦です……すみません……」
雷蔵さんはその手をゆっくりと引き寄せて抱きしめるように頭を撫でた。
「よしよし、疲れたね……頑張ったね……ゴンちゃんはかわいいね……」
手の撫でる動きに伴ってゴンの瞼が下がっていく。
「雷蔵さん……なんだか眠く……」
そのまま寝息を立て始めてしまった。
雷蔵さんはゴンちゃんをソファに寝かすと再び此方に向かってきた。
「あのさ、あんまりゴンちゃんを構わないでくれない?ゴンちゃんにはゴンちゃんの役割があるんだから。」
かげうら先輩、きくちはら先輩、三人とおれに向かってプレッシャーが放たれる。
「ゴンちゃんはサイドエフェクト持ちなのか?」
場に沈黙が流れる。
「さあね、兎に角ゴンちゃんを振り回さないでくれればいいから。」
雷蔵さんは嘘をついてはいない。
ただ、雷蔵さんがゴンのサイドエフェクト有無を把握していないだけかもしれない。
もしかしたら、ゴン自身もしらない?
「よいしょっと、かわいいゴンちゃんは持って帰るね。」
雷蔵さんはソファに寝かせたゴンを抱きかかえてスタスタと歩き始めた。
「お姫様抱っこ……意識のない時に甘やかされているのゴンちゃんは気づかないですよ。」
きくちはら先輩がつっかかってもお構いなしだ。
「かまわないよ。」
なら質問を変えてみよう。
「雷蔵さんはゴンちゃんが好きなのか?」
「うん、大好き。」
場に何とも言えない空気が流れた。
……違和感がある。
好きの中に別の意味がある?
「空閑、あまり踏み入るな。技術屋のテリトリーだ。」
かげうら先輩に質問を静止された。
「鳥は折角空を飛んだのに、また籠の中に戻ったか。」
たちかわさんは雷蔵さんとゴンを見送りながら呟くようにため息をついた。
ゴンはただ単に戦闘IQが高いだけ?
でも疲れを指摘され突然スリープするのはサイドエフェクトかもしれない。
ただの過集中?
これだけでは、わからないな。
「ごめんね、ゴンちゃんのかわいさに免じてさ。今日はおしまい。」
「かわいくはないと思う。」
「ねえ、根付さん。ゴンちゃんと雷蔵さんって昼ドラみたいな、いかがわしい関係なの?なかなかにいやらしいですな。二人っきり、技術室、何も起きないはずもなく。えっち。」
空閑くんに休憩室で捕まってしまった。
「ブフォッ……やれやれ、違うよ……確かに一部ミーハー隊員から変な誤解されているところではあるが……。」
思わず紅茶を吹き出すところだった。
「サイドエフェクト?」
核心を突こうとしても無駄だ。
彼女がサイドエフェクトを確実に保有しているか我々も把握できていない。
「サイドエフェクトなら開示は出来ないよ。はぁ……ただし、彼女の名誉のために情報を開示していいと雷蔵くんも言っているからね。」
確かに不適切な噂ならイメージの低下になるから正しく情報を共有せねばならないが、あくまで個人情報。
「なら、何?」
『噂』として一人歩きしてもらったほうが都合がいい。
「雷蔵くんとゴンちゃんが戦闘員だった頃は個人で訓練や任務に当たるのが一般的だったんだ。その時に雷蔵くんとゴンちゃんは争っていた。」
空閑は話に食いついた。
「ゴンちゃんが一方的にでしょ?」
もうゴンちゃんと戦ったのか。
「ふふ、そうだよ。そして共同任務をするうちに」
「恋が芽生えた?」
若者は他人の恋愛話に飛びつくからね。
「それは当人ではないから分からない。その時に雷蔵くんはゴンちゃんが戦闘のピークを超えると発熱し失神してしまうことを把握したんだ。」
機械の熱暴走のように。
「ふむふむ、過集中か。」
納得してくれたようだ。
「そして雷蔵くんがエンジニアに転向するにあたり、ゴンちゃんもエンジニアになり、またしてもゴンちゃんは意図せず徹夜をすると発熱し失神してしまったんだ。」
空閑くんはウンウンと頷いた。
「なるほど、ストッパーが必要……と。」
そう、精密機械には定期的な保全、予備電源か冷却システムが必要なんだ。
「丁度いいことにゴンちゃんは雷蔵くんに気を許しているので、雷蔵くんに触れられて身を案じられると高熱を出す前に眠ることが分かってね。」
だから雷蔵くんのスキンシップもセクハラ扱いにしていないんだ。
「だからか、なっとく。」
空閑くんは掌に拳をポンと叩いくと立ち上がった。
「これでいいかな?」
ゴンちゃんは……
「ありがとう根付さん。」
高熱と失神を繰り返せば繰り返すほど意識がなくなくなる時間が長くなり、頭の回転も速くなる……まるで寿命を削ってるように……
「根付さん?」
「ん?……だから、ゴンちゃんと戦うときは1日1回と覚えてくれたまえよ。」
、、、
「ゴンのヤツ、サイドエフェクト持ちか?雷蔵。」
違うよ。
ゴンちゃんのトリオン量が少ないのは上層部も理解している筈なのに『トリオン器官』『トリオン脳』『サイドエフェクト』という固定概念が邪魔をしている。
ゴンちゃんの頭の回転と戦闘IQは自前だけど、集中力を維持し続けると発熱してオーバーヒートするだけだ。
賢くなっているのも当然だ、人間は学習する生き物だから。
根付さんや鬼怒田さんは幹部だからこそ見誤っている。
ゴンちゃんはサイドエフェクトを持っていない。
過集中のせいで発熱し、過集中が途切れて失神するだけ。
「さあね、わからないな。」
根付さんや鬼怒田さんはサイドエフェクトでなく体調に気をつければいいだけだと気づいてしまったら、ゴンちゃんの仕事量を倍にするから。
それに、このままでいいから。
このままのほうがいいから。
「雷蔵が言うなら……そういうことなのか。」
「た、大変です!!ゴンさんが失神しました!!」
三雲が大声をだした。
本当に声が大きいな。
「直ぐに救急搬送しろ!!」
鬼怒田さん、そんな丁重に扱う必要ないのに。
「ゴンちゃん!!しっかりしなさい!!」
根付さんまで……はあ、お姫様みたいだ。
「仮眠室で寝かせますよ、よいしょっと。」
寺島さんがまたお姫様抱っこしたのか。
「ゴンに何かあったらどうする!!」
何もないって。
「ゴンちゃんは我々に必要な人材だ!!」
なんだこれ、ドラマか?
「はいはい、どいてください。」
こっちに向かってくるな。
「ゴンの命が……」
「ゴンちゃん……あなたを死なせはしない……」
お涙頂戴ものの感動ポルノを聴かされているぼくの身にもなれ。
心音からしてただの失神、なんなら寝てるし異常なんかない。
「すみません、二人っきりにしてください。」
雷蔵さんは仮眠室に入ったようだ。
うまく状況を利用してるよなぁ。
「ゴンさん……そんなに重要な人だったのか……」
三雲は見る目がないな。
「ふむふむ、ゴンちゃんはそういうポジションか。」
クガは分かっててからかってるよな。
「ただの失神でしょ、大袈裟過ぎますよ。」
四人の前に顔を出して事実を言った。
「菊地原!!」
「菊地原くん!!」
「菊地原さん!!」
「はぁ……姫ポジうざ……あとでコテンパンに負かそ。」