「鬼怒田さん、お疲れさまです!」
ゴンは笑顔で行進のようにタンタカと向かってくる。
「ゴン!!お前が書いた仕様書の草案……ペケが多すぎるではないか!!」
赤ペンで印がいくつも付けられた仕様書を丸めて頭を叩いた。
「すみません……あ……座繰りがおかしい……キー溝もこれでは……旋盤で切削が厳しくなる……直します。」
叱りつけても直ぐに失敗を理解し改善案を出してくる。
「期日は5日後だ、遅延は許さん。」
実際に切り出し加工済みの別試作品の仕様書を手渡した。
「ありがとうございます!!鬼怒田さん!!」
ゴンは満面の笑みをして雷蔵のいる技術室に走っていった。
「廊下は走るんじゃないぞ!!」
、、、
「ねえエネドラッド、アフトクラトルってどんなところだった?」
ゴンはオレの爪を潤滑油を吹き付けてウエスで磨きながら微笑んだ。
「言わねーよ。情報は安くねえ。」
ゴンは情報を聞き出すよりオレのメンテナンスに夢中になって無心で表皮を拭いている。
「どこか間接部が軋むとか動きが鈍いとかない?グラグラするとか異音がするとか、内部が熱いとか。」
クルッとひっくり返されて溝部分を綿棒で擦られる。
「ねーよ。お前に定期的なメンテナンスされてるからな。」
コイツはオレがアフトクラトル侵攻に関わり仲間を殺した事を忘れているかのように繊細かつ丁寧に扱った。
「どうしても自己申告してもらわないとデータと内部構造の乖離があると困るし、エネドラッドを分解となると一苦労するからね。」
そう言って布巾で全体をゆっくりと拭いた。
「……もう一度殺せるだろ。お前の仲間を殺した憎い仇を。」
ゴンの手付きは変わらなかった。
「意味ないから。しないよ。」
ただ、声色は低く落ち着いたトーンに変わった。
「意味はあるだろ。復讐できる。」
ゴンはまたオレをひっくり返して頭をコツンと指で叩いた。
「今どき復讐は流行らないからね。」
二つの目には薄っすらと涙が溜まっていた。
「……玄界の猿が。」
爪を振り上げると柔らかい指で摘まれた。
「エネドラッド、握手しよ。」
何度も爪を上下に振られる。
無理なら無理として役目を放棄すればいい。
……いや、しないなゴンは。
しないではなく『できない』んだ。
ゴンは与えられた役割を放棄できない。
「仕方ねーな。ゴン。」
「根付さんのお庭拝見!!」
ゴンちゃんは玄関に荷物を置くと庭に走り出した。
「あまりはしゃがないこと。あのね、一応君は成人していても大学生、私はいい歳して独身であって……私の監督責任が」
言いかかるとゴンちゃんは駆け寄ってきて背伸びをして顔を近づけた。
「ボーダーのメディア対策室長が同じボーダーに所属する女子大生と熱愛報道されたら……なんて。ちゃんと上層部共用室の予定表に『根付さんの庭の草むしり』って書いてありますし、プライベートは別でしょう。……私、根付さんにならお嫁さんになってもいいですよ。」
まったく、冗談にしても困る。
「若い君には私みたいな草臥れたオジサンより」
「私は草臥れたオジサンが好きですから。」
ああ言えばこう言う。
「あのねえ、もし私が本気で……」
……本気でゴンちゃんの頭を撫でて身を案ずる言葉を吐けば、雷蔵くんがするようにゴンちゃんは眠りに落ちる。
これは鬼怒田、私、雷蔵くんの三人のみが行える。
同じ幹部でも忍田本部長、城戸司令、唐沢外務営業部長、林玉狛支部部長、沢村本部長補佐では効果がなかった。
つまり、ゴンちゃんが心から信頼している人間にしかゴンちゃんを眠らせる……無茶を止めることはできない。
「私、普通に根付さんが好きなんですけどね。大学卒業したらまたアタックしますよ。」
まったく……。
「雷蔵くんは?ゴンちゃんは雷蔵くんが好きなのでは?」
肩を掴んで離すとゴンちゃんはため息をついて持ってきていた花苗の袋を持って庭に出た。
「雷蔵さんはファンっていうか、ミーハーっていうか、オタクとして好きです。」
ザクザクとシャベルを持ってあらかじめテープを張っていた範囲の雑草を抜きながら土をならした。
「……そう。紅茶でいいかな?」
声をかけると満面の笑みで振り向いた。
「はい!根付さんのおすすめを知りたいです!」
とりあえず台所に行って紅茶用のティーカップを揃えた。
「おすすめねえ……。」
無難にダージリンとアールグレイのブレンドでいいか。
チラリと庭に目をやると、ゴンちゃんはせっせと花苗を植えていた。
「三門市民だけが、庭木を植えられないなんて……おかしいですよ。」
「ゴンちゃん、もう休みなさい。」
ゴンちゃんの肩を軽く叩くとハッとした顔をした。
「あ、はい。後少しで一区切りらので……」
呂律が回っていない。
額に手を置くと予想通り発熱していた。
過集中による知恵熱ではなく、明らかに脳のオーバーヒートだ。
「来なさい。」
ゴンちゃんの腕を引いて半ば強引にソファに座らせた。
そしてオボンにティーセットを乗せてテーブルに置いて紅茶を注いだ。
「しみません。紅茶いららきます。」
彼女が持つティーカップはカタカタと震えている。
だから無理をさせたくないんだ。
技術面でも戦闘面でも、頭と体を使うことをさせたくない。
「ゴンちゃん。あのね、もし仮に私がそのつもりで……」
なんと言えばゴンちゃんを説得できる?
私はメディア対策室長である前に男性であって、監督者であり守るべき義務があることを、何と伝えれば理解してくれる?
水面下でアプローチをしてくる相手をどう丸め込めばいい?
「根付さん、私、ボーダーは国に関与さしるべきだと思います。」
顔を上げるとゴンちゃんは真っ直ぐに此方を見据えていた。
「ボーダーやトリオンに関して国に関与させてしまえば」
「少年兵という組織構造を一度解体しるべきれす」
……彼女は私が思うより余程ボーダーについて考えている。
だから困るんだ。
「確かに少年達が隊員ですがトリオンの」
「しかし、もうアフトクラトル侵攻により我々らけれは対象がむつかひいれす」
ゴンちゃん……君は……
君は幹部ではないんだ、君が口を挟む場面ではないんだ。
「その意見を言うためにプライベートな場で二人きりに」
「違います、それもさうれすが根付さんと二人でお話ししらかったので。」
ハァと深い溜息を着いて紅茶を口に含んだ。
ゴンちゃんは頭が回る。
頭が回ることは大いに結構だが、彼女の場合は実行力まで備えている。
「わらしはボーダーを改革したいわけれはありません、よりよく出来るのならば尽力しらいのです。」
ゴンちゃんも紅茶を口に含んだ。
雄弁は銀なんだ、君は沈黙しなければならない。
「紅茶……口に合うかい?」
そう尋ねると笑顔になって頷いた。
君は無邪気で無垢なままでいるべきだ。
政治について首を挟み雁字搦めに成るべきではない。
「らい!おいひいれふ!」
ゴンちゃんは私が守るから。
「そうかい?……よかった。」
「はじめましてぇ!エンジニアのエンで〜す!根付さんの姪にあたりま〜す!よろしくお願いしま〜す!」
突然、技術室に美少女が配属された。
配置換えや採用の時期ではないのに。
しかも雷蔵さんと私のいる部屋……。
あれ?エネドラッドがいない。
「よろしく、エンちゃん。」
え?雷蔵さん、直ぐにちゃん付けするの?
「よろしくお願いしま〜す!寺島雷蔵だから〜『テラシー』って呼ぶねぇ!!」
は、はあ?テラシー?
「いいよ、テラシーで。」
いいの?う、は?美少女だから?え?なに?
「えっと、そっちの人は……誰だっけ」
「ゴンです!!」
思い切り叫んでしまった。
「え〜ゴンゴン感じ悪〜い、ね?テラシー!」
ゴンゴンって、何……。
「確かに感じ悪いね、ゴンさん。嫉妬は良くないよ。」
……ゴンさん?
待って……なん……
「じゃ!ゴンゴン留守番してて!テラシーと上層部の会議に出てくるから!!」
ちょっと待って!それ私の仕事!
「待ってください!私が用意した資料なんですから私が」
「いいよ、資料作成なんて誰でも出来るし解説も台本があればいいだけだから。」
目の前が真っ暗になった。
、、、
「それで〜私はトリオン障壁の待機時間を減らして保つ時間を2倍にすればいいって思いま〜す!テラシーなら2日で延長できると思うんで〜!」
頭が痛くなる。
トリオン障壁の待機時間がなぜ必要なのか、有効時間がなぜあの時間なのかまったく理解していない。
そもそも延長には莫大なトリオンが必要となり、まずイレギュラー門が輻輳のように乱立した場合のデュアル構造が設計の基本スタンスであって一朝一夕で構造を変えるなど
「面白い意見だ。」
は?城戸司令……『冗談言うな』って意味ですよね?
「成る程、その手があったか!」
き、鬼怒田さん?
あれだけ協議しましたよね?
「新しい風が吹いたようだね。」
根付さんまで?
忍田本部長や唐沢さん、林玉狛支部部長も頷いている。
「エンちゃんはエンジニアの期待の星だね。」
雷蔵さん……?
これは夢?悪夢……寝ればいいか、寝れば。
「オイ!!関係者以外会議室には立ち入り禁止だ!!」
鬼怒田さんが叫ぶと皆が一斉に私を見た。
「ゴンさん、仕事をサボらないでくれないかな。罰としてロビーの立ち入りを禁止する。模擬戦などもっての外だから。じゃあね。」
「ゴンちゃん、御役御免らしいじゃないか。」
ロビーが見える廊下の隅にあるベンチで項垂れていると迅が薄ら笑いを浮かべて話しかけてきた。
「らしいな……。」
私はやっぱりボーダーに向いていなかったんだ。
トンチンカンな意見を笑われていたんだ。
役立たずだったんだ。
「ゴンがボーダー本部から去る未来は見えていたからな。」
そう言って隣に座った。
「結局、太刀川と迅には勝てなかったな……。」
何も成し遂げられなかった。
エネドラッドは居なかったけど、エンさんが面倒を見るのかな。
引き継ぎ資料とか渡してないのに。
「ゴンちゃんは変な厄介根暗オタクとして悪評たってたから順当かな。喧嘩っ早いオタクエンジニアとかボーダーの顔に泥を塗る。ゴンに肩入れする隊員ゼロだし。」
そうだった、私には仲がいい隊員が一人もいない。
「向いてなかったんだ……。」
涙が留め置く流れた。
「だねー。才能無き者のみっともない悪足掻き。」
悔しい。反論出来ない。
「役に立ちたかった……。」
どうしようもない、役立たずなんだから。
「ま、雷蔵と一緒になれば?」
「雷蔵さんを巻き込むな!!」
思わず怒鳴ってしまった。
「そういう瞬間湯沸かし器な性格が災いしたね。」
、、、
「そっか、ゴンさんはボーダー辞めるのか。」
雷蔵さんに辞意を伝えると素っ気ない回答が帰ってきた。
「退職願は書きました。」
涙が溢れそうなのを拳を握りながら必死に堪えた。
「直ぐに出してきたら?」
横からエンさんの弾んだ声がする。
「……お世話になりました。」
ひたすらに頭を下げた。
その間、コツコツという時計の秒針が虚しく鳴り響いていた。
顔を上げて手荷物を詰めた段ボール箱を抱えると肩にポフっと手が置かれた。
……やっぱり冗談だったんだ、ドッキリだったんだ。
「送別会はないけど、荷物を運ぶの手伝うよ。ゴンさん。」
、、、
「荷物、宅配便で家に送りましたので……。」
宅配センターから出ると雷蔵さんに腕を引かれた。
……本当は嘘で
「そうだ、ついでに休憩していかない?……お互いに大学生で成人してるし、意味はわかるよね?」
目が回る。
息が苦しい、悪夢なら覚めてよ。
嫌だよ、そんな……ついでって、何?
ついでに肉体関係結んでおこうってこと?
私はただの……。
「はい……。」
「ベッド、大きいね。」
雷蔵さんは窓を見ながら呟いた。
「……そうですね。」
私は一体、ボーダーで何をしていたんだろうか。
何もなし得ず何者にも成れなかったから?
私……。
『警戒区域外にイレギュラー門が発生、地区は麓台町』
麓台町……?今丁度今いる町だ!
不味い、この時間帯の当該エリアはパトロールしている日勤隊員が居ない白紙スペースになるタイミングにかち当たる。
非番もそうそう急行出来ないだろう。
「……なんでトリガーを持ってるの、ゴン。はぁ、迅……話が違うじゃないか。」
窓辺に顔を向けると怒りを帯びた眼差しを向ける雷蔵さんと眼が合った。
「退職願は書いて渡しただけで、受理は未だだからですよ!!」
……そういうことか。
迅が言った『私がボーダー本部から去る未来』というのは『私が規定違反を犯す』から。
『雷蔵と一緒になれば』というのは『雷蔵と一緒にいれば安全』という意味だったのか。
「トリガーオン!!……雷蔵さん、大好きでした。」
廊下に駆け出すと背後から殺気が放たれた。
「トリガーオン……ゴン、行かせはしない。」
迅に何を聞かされたかは知らない。
ただ、私の邪魔をするのなら……いや、今は
「雷蔵!!先に行く!!」
廊下の窓を開けて思い切り飛び上がり、屋根伝いを走った。
「待て!!ゴン!!」
雷蔵が背後から追ってくるのが分かる。
イルガー3体にモールモッドが目視で10体……。
完全に破壊用のトリオン兵の編成に見えるが、陽動で市民を攫う目的が見え見えだ。
「先ずはイルガーを落とす!!」
イルガーはトリオン兵の中でも図体がデカく、兎に角硬い。
実戦は初めてだが私ならやれる。
屋根を駆け抜けて助走を付けてイルガー1体に飛び乗った。
「おっと!背中に乗られるのは嫌か?」
イルガーの背に乗ると爆破機構がせり上がり爆撃を飛んで躱した。
「爆撃できるなら穴が見えたってことだ!!」
爆撃機構が下がる前にバイパーを内部に撃ち込み合成していたメテオラが炸裂した。
「よし次!!」
周回し円を描くように空中を回っている先頭のイルガーに飛び乗り、同じように内部に撃ち込むと爆撃が開始された。
「撃たせるかよ!!」
落ちた爆弾の軌道に近づくように自分も落ちてグラスホッパーと接触させて空中で破裂させた。
再び爆弾が落ちる前にスパイダーで次のイルガーに向かいながら同じ要領でグラスホッパーで被弾させる。
すると最初に内部に撃ち込んだイルガーが真っ二つに割れていた。
「ゴン、相変わらず足が早いな。」
目をやると雷蔵が孤月を振り抜いていた。
「雷蔵!!やろう!!あの日々のように……二人だけで!!」
雷蔵は二匹目のイルガーに飛び乗り、私は三匹目のイルガーの爆撃機構を躱してバイパーとメテオラの合成弾を撃ち込んでイルガーの欠片が街に落ちる前にグラスホッパーで宙に浮かせてアステロイドで粉々になるよう砕いた。
「……そうだね。」
「イルガーは潰した!!応援はまだか!!」
雑音がして本部との会話が通じない。
「ゴン、ジャミングがあるみたいだ。警戒して。」
雷蔵は反対に走り出し、自分は目の前にいるモールモッドの間接部をレイガストで貫き外していった。
通信妨害があるのなら、他にも仕込みがあるはずだ。
「分かった!!雷蔵!!そっちは頼んだ!!」
雷蔵は強い。
私の何倍も強い。
先ずはモールモッドの攻撃力を削ぐ。
「脚を削いで削いで削ぎまくってやる!!」
走ってモールモッドの脚を潰していくが、レーダーが正確に起動していない。
……まだ人的被害は出ていない。
家屋は致し方ないが、兎に角人的被害を限りなくゼロにしなければ。
2、4、6と撃破していったが、まだ何かあるはず。
イレギュラー門を開いたからには
「ガアッ!!グッ……」
いきなり見えない場所から投石をされ、そこにアステロイドを打ち込むと景色が歪んだ。
「カメレオンのような透明迷彩バンダーだと!?」
何体居るんだ!?
「透明でもレイガストで斬れば終いだ!!」
バンダーを輪切りにすると通常通り破壊できた。
つまりは、ジャミング及び透明迷彩機能を制御するラッド、もしくはネイバーがいる可能性がある。
もし私が制御する側ならば。
「イレギュラー門の真下!!」
屋根伝いを駆け抜けてレギュラー門の周辺をジグザグと交差するようにバイパーを撃ち込むとカチンと音がしてラッドの形に景色がぐにゃりと歪んだ。
「いたなネズミめ!!」
レイガストでたたっ斬るがレーダーが未だ正確性に欠け通信はノイズが入っている。
『ゴン……れ……ゴン……も……』
よく聞こえない。
「雷蔵!!ラッドを潰したが未だ」
至近距離で瓦礫をぶつけられた。
「ガッ……クソ……」
側にはバンダーが次の瓦礫を持ち上げて待ち構えていた。
この距離で直撃を受けたらベイルアウトしてしまう。
グラスホッパーで飛ぼう。
「なっ……」
上に飛び上がった瞬間、別のバンダーに地面に叩きつけられる。
まだやれるが、そろそろ眠気が近い。
後は雷蔵や応援に任せて自分の意思でベイルアウトをするべきか。
「ベイルアウト……ベイルアウト……な、ベイルアウトが出来ない!?」
まさか、アフトクラトル侵攻でベイルアウト技術が漏れ出てはいたが、ベイルアウトだけを狙い撃ちにして阻害する技術を開発したのか?
なら……ベイルアウト出来ない雷蔵も危うい。
「……誰が逃げるか……最後までやってやる!」
「……良かったんですか?私みたいな三文芝居であんな茶番狂言をして……。」
太刀川の大学の演劇サークルで無理な頼みを聞いてくれたエンさんに謝礼と菓子折りを渡した。
「はい。おれも含めて『特定の人間にだけ憎しみ』を短期間のうちに持って辞めてもらわないといけなかったから。」
エンさんは頬をかきながら苦笑いをした。
「なら『クビ』にすればよかったのでは?」
他人様にはゴンちゃんの性質は分からないだろう。
「『クビ』だと反骨精神で立ち上がってきゃうし、失敗を捏造しても検証して噛み付いてくるから……『自分より認められている女の子』が現れて『代わりができた』と言うしかなかったんだ。」
もし雷蔵が『ゴンのロビーへの立ち入りを禁じ、戦闘訓練も禁止する』としなければ、茶番狂言を聞かされていない他の隊員達が必ずゴンに声をかけ、『ボーダーを辞めるな』と引き留めただろう。
ゴンには仲間がいる。
それを理解してしまうのを防ぐため。
気づいてしまったらボーダーに愛想を尽かさず食らいつき、彼女は這い上がってくる。
それにしても……雷蔵には悪いことをした。
ゴンを辞めさせて、二人きりでいればゴンは無事だと伝えたからだ。
でも、ゴンがラッド2体を検証できる形で破壊しないとジャミングと透明迷彩機能を搭載したトリオン兵の解析が遅れ、麓台町に甚大な被害が起こる未来になっていた。
だから、ゴンはあの日、雷蔵に背中を預けて三門市の空を羽ばたかなければならなかった。
根付さんに鬼怒田さん、城戸司令には茶番狂言をしてゴンのプライドをへし折った後でなけれはゴンはボーダーにとって必要な情報を得られず、市民の命が救うことが出来ないこと、そして彼女本人が命を落とす可能性を伝えた。
根付さんと鬼怒田さんは相当に悩み抜いたが、結果、大勢の命が救われた。
忍田本部長、唐沢さん、支部長には、ゴンはボーダー倫理規定を破るが人命に関わるため、どうか茶番狂言に付き合ってくれるよう頭を下げた。
隊員が命を失うシナリオを、彼らは許さないからだ。
「そうですか……ゴンさんによろしくお伝えください。」
、、、
「間違っていたのかな。」
雷蔵がポツリと零した。
「間違いかどうかは分からねえ。」
はたから見たら馬鹿みたいな寸劇だったが、ゴンはそのおままごとですら深刻に受け止める奴だった。
「ゴンちゃんの翼を折ってしまった。」
……お前が折ったわけじゃねえ。
「そのうち、また飛び回るようになるだろ。」
ゴンはまだ、目覚めていないらしい。
「……そうだね。」
、、、
「以上が
場には深い沈黙が流れた。
「……そうか。……唐沢くん、花瓶のグロリオサが枯れている。縁起が悪いから処置してくれ。」
そう忍田本部長が話を逸らすと、唐沢は苦笑いをした。
「花は私の担当ではありません……。」
その場にいる全員が枯れ落ちたグロリオサの花殻を各々の心持ちで見守った。
「ゴン……お前だったのか。」