「うぉぉ入隊試験落ちたかもしれん……。」
ゴンと初めて会ったのはボーダーの入隊試験だった。
いかにも偉そうにふんぞり返っていたので良くも悪くも悪目立ちをしていた。
鞄には『ちょんまげ騎士』『賢い犬』のグッズをジャラジャラとつけて、化粧っ気が無く口調も侍口調のザ・オタク女だった。
「あの、落ちましたよ。」
肩を叩くとキッと睨まれた。
「私はまだやれます!!実戦させてください!!ずっとイメトレしてきたので実力を見せますから!!」
どう見ても同じ受験生だろう。
拾い上げたキーホルダーを突き出した。
「キーホルダー、落としてます。」
すると空気が抜けたようにふにゃふにゃと尻もちをついた。
「あ……すみません……ありがとうございます……。」
このままでは通行人の邪魔になるので腕を引いて立ち上がらせた。
「受かるといいですね。」
適当に言葉をかけるとゴンは満面の笑みを浮かべて笑いかけた。
「お互いに!!私は
なんで常月 紺凪でゴンなんだよ。
「そうですか。寺島 雷蔵です。」
あまり関わらないほうがいい。
こういう手合いはどうせ落ちるだろうから。
「このニックネームはある人が考えてくれて、つねつきで『きつね』で紺だから『コン』つまり『ごんぎつね』なんだ!!」
別にニックネームについて聞いてないんだけど。
突然自分語りをし始める奴にろくな奴はいない。
「そうですか。ゴンさん。さようなら。」
ゴンはまだ話し足りないようにソワソワしていたが、試験会場に閉館まで留まっている必要がない。
放っておいて、とりあえず帰ろう。
「バイバイ!またね雷蔵!!」
「やった!!雷蔵も受かってたんだ!!」
入隊試験後の合格者説明会にゴンは居た。
あんななりでも合格できるのか、ボーダーの入隊試験は甘いのか?
「はい。」
とりあえず距離を置こう。
変な女と知り合いだと思われたくない。
「このあとソロのランク戦があるよね?一緒にやらない?」
馬鹿もここまで来ると清々しいな。
「ソロポイントを4,000貯めたらにしてくれないかな。傲慢とか、かわいくないな。」
どうせ戦いに揉まれて泣きを見て、直ぐに離脱するだろう。
ミーハーなオタクにはB級隊員の壁は越えられないから。
「分かった!!雷蔵、待ってろよ!!」
ゴンは意気揚々と跳ねるように訓練室に向かっていった。
「どうせ居なくなる。」
、、、
「あ、そうだ、すっかり忘れていたな!!雷蔵、やろうか!!」
ゴンは強かった。
イメトレだとかいう建前は口だけのカモフラージュであり、しっかりと作戦を建て、脳内で次の手と相手の挙動をいくつもシュミレート出来ているようだった。
「いいよ。やろう。」
当時は二人ともメイントリガーは孤月で、両者の実力は拮抗していた。
それでも、ゴンを初めて打ち負かしたのは自分だった。
そして初めての敗北を喫したゴンは強者の余裕など全くなく子供のように泣き喚き始めた。
「うぇぇん……負けたぁ……私が弱いからだぁぁ……」
極端な人だな、そう思った。
「負けたから泣くとか、かわいくないな。」
ゴンは立ち上がると涙を拭いてノートパソコンをテーブルに広げて負けた理由を要素ごとに分析し、表に重みを付けて伸び代という数値と折れ線を見ながら唸っていた。
もしかしたら、案外マトモなのかもしれない。
それからB級に昇格したゴンと戦う回数が増え、ペアで防衛任務をすることが増えた。
そのうち、自分たちを指して『狐雨』と呼ばれるようになった。
ゴンはまったく意味を理解していないようだったが、悪い気はしなかった。
「ゴン、データ分析するには第三者の意見も必要でしょ。休憩室に行こう。」
「や……雷蔵、私……そんなつもりじゃ……」
休日、どう考えてもデートの最中に路地裏でキスをしようとしたら腕で遮られた。
「……もう公認の仲でしょ。今さら……」
上層部も自分達ペアを交際している前提でシフトを組んでいるのに。
「私……好きな人がいるの……」
誰だ?太刀川、迅、北添……
「あのさ、ルックスなら負けてないと思うんだけど。」
当時は痩せていて、それなりにモテてたはいたから。
「私……根付さんのことが好きなの……入隊前からずっと……大好きなの……」
根付さんって……あの、あの根付さん?
ゴンとは親子ほど歳が離れているじゃないか。
「はぁ?根付さん?……それは優しい指導者だからじゃない?学校の先生に恋する生徒みたい。馬鹿みたいだ。かわいくないな。」
苛々して声を荒げるとゴンは涙目になった。
「本当に好きなんだもん……。」
なんで泣くんだよ。
まるで……自分が悪いことをしているみたいじゃないか。
「理由は?立場が上だから?」
どうせなんとなく『包容力がある』だとか『穏やか』だからとか、そういうミーハーな理由だろう。
「私がネイバーの被害にあって親族が全員亡くなった時、サポートしてくれたのが根付さんで……。」
やっぱり。
それは根付さんの仕事だからだよ。
「あのさ、それは根付さんが優しいわけではないから。業務で嫌々やってるの分からない?」
優しいだけなら他の隊員でもいい。
ゴンのそばに居るのは、今目の前に居るのは自分だ。
「分かってるよそれくらい!!……ゴンってあだ名、根付さんがつけてくれたの……私、本当に根付さんを男性として好きな」
これ以上聞きたくない。
「……ゴンちゃんはかわいいね。」
、、、
「雷蔵……私、成人したら根付さんに告白しようと思う。」
無理だ、年齢が、立場が、すべてにおいて可能性は無い。
「ふうん、当たって砕ければ。」
馬鹿だな、告白なんかしたら居づらくなるのはゴンの方だし、根付さんにも迷惑がかかることを分からないんだ。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
「う……あ」
突然ゴンの声が途切れ、慌てて急行すると失神していた。
「な、どうしたんだ、オペレーター!!強制的にベイルアウトさせて!!」
「生身が失神し発熱している。」
ゴンが過集中で失神することを知ったのは自分とオペレーター数人、そして上層部だけだった。
、、、
「ゴンちゃんは『手を当てて』『労る言葉』をかけると発熱と失神をする前に眠ります。」
これを緊急措置として他者でも可能かどうか上層部にさりげなく試してもらったが、同じ事ができるのは鬼怒田さんと……根付さんだけだった。
「ゴンちゃんは頑張り屋さんだからね。」
根付さんの膝の上でスウスウと寝息を立てているゴンをみて、ドス黒い感情が渦巻いた。
「……そうですね。ゴンちゃんは……かわいいから。」
「別に……ゴンちゃんまでエンジニアに転向することないでしょ。」
自分がエンジニアに転向するにあたり、ゴンも転向届を出した。
「雷蔵さんの隣には私がいなきゃ!!」
無理をしているのが分かる。
あの一件以降、ゴンちゃんは精密検査に掛けられた。
検査結果は異常なし。
サイドエフェクトの有無については明確な診断方法が無いから確認のしようがなかった。
『ゴンを根付の養子にしよう』
そう言い出したのは鬼怒田さんだった。
ボーダー隊員に家族がいない者は珍しくなく、養子縁組をする者も珍しくない。
それがいきなり『根付さんの養子』と話が持ち上がるということは、ゴンになにかあったとき『組織幹部』ではなく『家族』でなければならない事象が何れ起こる事を意味している。
その話を聞くとゴンは泣きながら駄々をこねた。
当たり前だ、ゴンは根付さんと結婚したいんだから。
養子縁組して『親子』になってしまったら一生想いは叶わないまま。
城戸司令と忍田本部長も強制はできないとして、書類だけ用意して話は保留のままになった。
多分、ゴンは自分が根付さんとの養子縁組を提言したと思っている。
……確かに、恋敵には恋愛の劇場からは退場してもらったほうがいい。
「ゴンちゃん、エンジニアになっても厳しくするよ。」
、、、
「雷蔵さん!!エネドラッドのカメラレンズ交換してもいいですか?」
ゴンちゃんはエンジニアになっても過集中で発熱失神してしまう症状に改善は見られなかった。
戦闘中でも機械いじりでも使うのが脳だから当然のことで、きっとオペレーターになったとしても同じだったろう。
こうなると、ゴンちゃんの優秀さを買う段階ではなく、ボーダー以外の一般職に下ろしたときに、彼女が失神して大事故を起こしかねないから。
いや、本当はそんなことは関係ない。
発熱失神する病状、ハンディキャップを持つ人達はいる。
ただ、上層部がゴンちゃんの優秀さを、いや、ゴンちゃんという人間性を囲い込んだんだ。
ゴンちゃんはサイドエフェクト持ちで人間関係を拗らせやすい菊地原や影浦たちの緩衝材になっているし、後輩にも気さくに話して戦闘訓練を進んでするし、技術的な知見もポンポン出してくる。
なにより、ゴンちゃんは……優しいから。
「広角レンズにでもする?」
ゴンちゃんはウンウン唸った。
「ジョイント可能パーツを取り付けてマクロレンズにしてみましょう!」
「模擬戦、三雲くんのスパイダーは……。」
まったく、私の戦いを見て一体
「目眩まし戦法は木虎さんが伝授したのか。スパイダーは色付けや場合によっては強度も弄れるからな、巻き付けて物を落とす引き寄せ足元を崩す命綱にする何でもあり、ただ修のやり方はもう皆が警戒するから一周回って無難なやり口がマストになる。トリガー編成のスロットについてスパイダーをデフォルトにする案を上に挙げていてね、やはり基本的装備の充実が要となるから」
隣を見るとゴンちゃんさんがモニターを見ながらブツブツ呟いていた。
相変わらず仕事熱心なのは良いけれど……。
「はい、そうですか……。」
いきなり現れて十を語られると反応に困ってしまう。
「あ、すみません……帰ります……隙あらば自分語りすみませ……」
そう頭を何度も下げて立ち去ってしまった。
「落ち着いてお話を伺いたいのだれど……しばらく無理そうね。」
、、、
「あ!ゴンさん!!ねえカゲから聞いたんだけどさ、カゲをボコボコにしたんだって?」
ゴンさんが自販機に硬貨を入れようとしたタイミングで声をかけたからか、ゴンさんはビクッとはねて硬貨を落として転がってきた。
「あっあ!仁礼さんとこの隊長に対して……すみませんでした……帰ります。」
いやいや、100円玉忘れてってる!!
「ゴンさん100円玉!!って……行っちゃった。カゲ達と焼肉行かないかって誘おうと思ったのに。」
ゴンさんはそそっかしいんだよな。
「その100円玉、ぼくが渡すよ。」
、、、
「はぁ……仲いい人が居ないんだよな……。」
ゴンは毎度毎度、ため息をついた。
「お前の基準だと一生できないだろうよ。」
捕虜のオレに人生相談するくらい、お前は柔い。
「そうだよね……。」
トントンという扉を叩く音がして慌ててオレを隠すカーテンがしかれた。
「ま、まっててねエネドラッド。」
ゴンが扉を開けると気だるそうな声が聞こえてきた。
「ゴンちゃんドジっ子キャラのつもりなの?100円忘れるとかさ、仁礼さん呆れてたよ。」
男の声が聞こえるとゴンの怒気を含んだ声が放たれる。
「……菊地原、あとで戦闘訓練するぞ。」
お前のこと、友人だと思ってる奴らは案外多いと思うぜ。
ただ、本人が目を向けなきゃそのままだ。
「うん、ゴンちゃん。約束だよ。」
「騙されやすいゴンさんのプライドをへし折るためわざわざ役者を雇って役者をチヤホヤし、ゴンさんをこき下ろした……辞めさせるなら解雇通告でよく、いえ辞めさせる必要すらなかったのでは?」
木虎にロビーで捕まってしまった。
「太刀川の大学の演劇サークルはレベルが高かったな!ゴンは馬鹿だから自分以外の可愛い女が持て囃されるのが我慢成らなくなって、必ずボーダーとして成果をだして見返そうとするからさ。」
ゴンはへし折れば折るほど心の芯、正義感が燃えて成功確率が上がるから、あの猿芝居は仕方がなかった。
「最低だ迅!!」
仁礼に頬を打たれた。
やっぱり……ロビー立ち入り禁止にしてよかった。
「いきなりビンタ?」
ヘラヘラと笑うと仁礼は涙をためてこちらを睨んだ。
「ゴンさんがどれだけ技術に対して真摯に向き合ってプライドを持っていたか……知ってただろ……」
分かっていたよ。
「……ヒカリ、やめておけ。」
影浦……。
察させてしまったか、申し訳ない。
「カゲだってゴンさんがどれほど傷ついたか分かるだろ!!」
影浦は力なく項垂れた。
「……ああ」
その姿を見て後に引けなくなったのか仁礼は言葉を詰まらせた。
「もし……ゴンさんが目を覚まさなかったら……」
「覚ますよ。」
……醒めない夢なんてないと。
「なんで言い切れるんだよ!!」
「覚ますと信じれば、覚める。」
信じたいから。
「みんな、喧嘩はやめよう。」
騒ぎを聞きつけて雷蔵が仲裁にやってきた。
「雷蔵さんが一番ゴンさんを想ってたんじゃないんですか!?」
……雷蔵、おれを憎んでいるよな。
「今でも想っているよ。ただ、ゴンちゃんは自分のためにくだらない喧嘩は望まないから。」
……すまないことをした。
「くだらないってなんだよ!!もう行こうカゲ!!みんな冷血漢だ……。」
すまない。
「ああ……行こう、ヒカリ。」
、、、
「ゴンちゃん、今日は来るのが遅くなってごめん。」
酸素マスクが外れて、ただ薄く呼吸をする彼女の髪を撫でる。
「君たちは『狐雨』って呼ばれていたね。……ごめんね、ゴンちゃん。」
ベッドの上の名前札には[[rb:根付 紺凪 > ねつき かんな]]とマジックペンで書かれていた。
「今日は晴れているのに、雨が降ったよ。」
「私は本気で根付さんが好きなんです!!愛してます!!結婚してください!!」
雷蔵くんが退出してしばらくすると突然ゴンちゃんは座る私に迫ってきた。
「……あのね、ゴンちゃん。組織で上司が部下を」
「養子縁組の書類を書くのは根付さんが婚姻届も書いてくだされば書きます!!それ以外なら書きません!!何かあれば一般隊員のように扱ってください!!それが本望です!!」
近い近い、顔が近いよ。
「仕方ない。根付、婚姻届を書け。」
鬼怒田!?
「は!?な、な、私と彼女は歳が親子ほど離れていて世間一般からしたら私の社会的立場が、いえ彼女の立ち場すら危うくなりますよ!!」
ボーダーのメディア対策室長としてバッシングが起きたらどう収拾をつけるつもりなのか。
「そうか、根付とはそういう男か。」
思わぬ所から声が上がった。
「城戸司令!?私はスポークスマンとしてボーダーを背負い立つ人間の一人だと理解していますが!?」
なんだ、一体……。
「常月さんは雷蔵と同じ21歳、成人女性だ。法的に何も問題はないはずだが。」
忍田本部長まで、夢でも見ているのか?
「それは、そうなんですが……。」
女子大生と中年が交際するなど……。
「これは『いざと言う時の保険』ですよ?両者の同意なしに出さない。提出出来ない。」
唐沢……しかし書いてしまったら……。
「そうですが……」
「根付さん!!男性ならハッキリしてください!!」
沢村……今は男女平等で……。
「ですから……」
なぜこんな猿芝居が打たれている!?
「根付〜ゴンのこと、好きなんだろ〜?」
林藤玉狛支部長……くっ……。
「……あくまで、書くだけですよ。間違っても提出しません。」
、、、
「根付さん、ゴンはまだ寝てる?」
空閑くんか。
「ああ……穏やかだよ。」
君も定期的に見舞いに来てくれているね。
「で、結局さ、養子縁組で娘にしたの?結婚して嫁にしたの?」
……な、な、なぜ漏れている!?
「誰から聞いた、誰が知っている。」
ボーダーのイメージ戦略に影が落ちてしまう。
「なんとなく勘で聞いただけ。」
……はぁ。
「彼女が目覚めたらまず彼女に話す。部外にも『書類上身内にした』としているのだから、これ以上掘り起こさないでくれ。」
空閑くんは目をパッと開き、開いた掌に拳を当てた。
「あ!!そういうことか!……雷蔵には内緒にするよ。」
「……くれぐれもよろしく頼むよ。」
、、、
『根付メディア対策室長はご結婚などは……』
「私には大切な人が居ますから。以上です。」
「会議中にすみません。」
東春秋を含めた現冬島隊隊長の冬島慎次、自分の他にチーフエンジニア組と上層部の技術会議の最中に、迅がぼんち揚げを食べながら無遠慮に入室してきた。
「なにかね、急用でないなら会議中に入るのは些か常識にかけるが。」
根付さんがため息をつくと迅は天気の話をするかのように話を始めた。
「太刀川が『レイガスト使いの女』に一本取られたらしいですよ。」
すべての言葉を聞き終わる前に勝手に足が走り出していた。
同じタイミングで根付さんも走り出して見事に転んだのを無視して、ただ訓練室を目指して走った。
『レイガスト使いの女』
既存のA級またはB級の女性隊員がトリガーを変えただけかもしれない。
それでもひたすらに息継ぎを忘れて走った。
腿が吊るほど全力疾走して辿り着いた訓練室の前には人集りが出来ていて、誰が戦ったのかが分からない。
「太刀川!!」
大声で叫ぶとモーゼの海割りのように隊員達が道を開けた。
「あ、どうした雷蔵」
「誰と……誰と戦ったんだ!!」
ハアハアと息を切らしながら詰め寄ると太刀川は右方向を指さした。
「いや、俺も油断……訂正する。まさかレイガストで勝ちに来るとは思わなかった。」
恐る恐る右を向くと、見覚えがある女性の姿があった。
「ゴンちゃん……な……なんで……。」
いるはずがない。
ゴンちゃんは昨日まで昏睡状態だった。
いきなり奇跡みたいな事が起こるわけがない。
「あ!!雷蔵!!聞いてくれ!!ようやくレイガストで太刀川を討ち取ったぞ!!わたくしめが!!」
よろよろと近づいて頬を触った。
「ゴンちゃん?ゴン……ちゃん?」
するとゴンちゃんは飛び跳ねて後ろに下がった。
「な、なに!?いきなり……」
いきなりなのはそっちだよ。
どうして……。
「ゴンには那須隊長が試した『病弱な人間がトリオン体で動けるか』の研究の延長で『脳が生きている昏睡状態の人間がトリオン体で動けるか』の研究の実験体になってもらっていた。」
後ろから冬島達の声がする。
「嘘だ……病室では何も……」
ゴンちゃんの病室は普通の部屋で……。
「消灯時間に看護師さんに器具をつけて朝に外して貰っていた。特別な患者だと外部に漏れると困るから。」
なら、トリオン体で……なぜ鬼怒田さんや自分に聞かされていなかったんだ。
「聞け雷蔵!!最初のうちは意思疎通が上手くいかず言語や体の操作、つまりトリオン体が不安定で形状を保つことすら困難であったが、自分の危ういトリオン体で自分の研究と調整を行い、自分が自分を直すサイクルで自力でここまで来たのだ!!どうだ驚いたか!?ドッキリ大成功!!……チーフエンジニアの皆さんのご教示があってこそですが。」
そう言ってエンジニア達に頭を下げた。
「ご……ゴンちゃん……。」
転んでスーツやネクタイがズタボロになっている根付さんが遅れて到着すると、ゴンちゃんを見て膝から崩れ落ちた。
「根付さん!!」
ゴンちゃんは人目も憚らず根付さんに抱きついて今にも崩れ落ちそうな身体を支えた。
「根付さん……ありがとうございました……根付さんがいてくださったから……私……頑張れました。本当は根付さんに会うの……恥ずかしくて……でも、病室で掛けてくれていた言葉……ずっと聴いていました……。」
根付さんは目頭を押さえてうずくまって嗚咽を漏らした。
「君が……君がまた……羽ばたいてくれて……よかったよ……ゴンちゃん……。」
その場に居た大多数の人間は『養子縁組をするほど縁深かったのだから親愛の抱擁だ』と、そう思ったろう。
「大好きです……。」
もう自分に入り込む余地などないと、思い知らされた。
「狐につままれた思いだよ……ゴンちゃん……。君を幸せにするから……トリオン体だけでなく、本来の君が目覚めるまで……目覚めてもずっと……君を大切に想うよ。」
「そんなこといっても愛され女子大生幹部隊員のエンちゃんと違って人気ゼロだったんですよね、ゴンちゃんは女子からも人気ないんですよ。」
トリオン体で飛び跳ねているゴンちゃんの動きが止まった。
「……菊地原、訓練室だ。」
思惑通りゴンちゃんは腕を引っ張り胸に当てながら引っ張った。
柔らかい。
「やった、じゃない。だいたい雷蔵さんや根付さんにモテても太刀川さんや出水、米屋、空閑みたいな人気どころとラブコメしてないし。女子ならイケメンとイチャつきたくありません?」
ゴンちゃんはそのままギューっと腕で胸に押し当てるようにぼくの身体を締めた。
柔らかい。
「雷蔵さんと根付さんを愚弄するな!!10戦するぞ!!」
この流れならいける。
「やった、あとで二人きりでカフェいきません?」
ゴンちゃんは二つ返事で頷いた。
「いいよ。」
チョロいな……。
後で膝枕をしてもらおう。
なんて言えばいいかな……。
膝枕されながら見上げると、大きい胸で顔が見えなくなるところが好き。
太もも柔らかいし、どさくさに紛れて胸を触っても気づかないフリしてくれるから好き。
抜けてるフリして本当は小心者で言い出せないだけの気遣い屋なところが好き。
わざと隙を与えてくれて、口実を作らせてくれて、なんだかんだベタベタに甘えさせてくれるところが好き。
寝たフリをしたら頭を撫でてくれるところが好き。
ゴンちゃんだから、好き。
「約束だからね。ゴンちゃん。」
、、、
「ゴン、お前人妻なのに堂々と菊地原とデートすんじゃねーよ!!」
周囲に人目がない事を確認して呼び止めた。
「なぜ結婚していると知っている!?デートだったのかアレ!?」
サイドエフェクト持ちでなくても、機微に敏い隊員はとっくのとうに気付いてるだろうよ。
根付のオッサンのお前を見る目は深い愛情で満ちている。
「ゴン……お前なぁ……うちに来い。」
ゴンはビクッと飛び跳ねて後ろに下がった。
「おうちデートか!?……困る。」
ハァ、とわざとらしくため息を漏らした。
「うちの隊の作戦室に来いってことだよ!!まったく……」
騒ぎを聞きつけてヒカリが俺の背後から顔を覗かせた。
「ゴンさん!!その後みんなで焼肉に行こーな!!」
う……ヒカリのやつ、ゴンに嫉妬して妬いてるのか。
結果的にゴンをダシに使った形になっちまった。
「うん!!仁礼さん!!」
それでもゴンが人馴れしたようでよかった。
俺よりも余程コミュニケーション不全だったからな。
「たしかなまんぞく、よかったな。ゴンちゃん。」
空閑がゴンの後ろからニョキッと顔を出した。
「うん!!空閑、ありがとう!!」