蠱毒の壺をペットにしたバカの話   作:二度見屋

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なんか当初予定していたよりもバトル描写が多くなりそうなのでジャンルを日常から冒険バトルへ変更しております。混乱させてしまって申し訳ないです。2026/04/27


第九話

日本の霊能界を支える「四家」の一つ、関西の斉藤家が発した緊急の連絡は、暗号化された霊的な伝令鳥や秘匿回線を通じて、全国の有力な家々へと瞬く間に伝播した。

 

その内容は、およそ正気を疑うものだった。

 

『斉藤家は、山田大輝という特異点に対し全戦力をもって討滅を試みたが、完全に敗北した。対象は、人としての形を保ちながら、その身に天災規模の呪力を宿し、かつてない強度の蠱毒を『家族』として飼い慣らしている。斉藤家は今後、彼を敵対対象から除外し、教育的指導を通じてその理性を繋ぎ止める道を選択する。諸家、決して彼及び『クロちゃん』と称される呪物に手を出すべからず。それは人類にとっての不可逆な破滅を意味する』

 

千年の歴史を誇る斉藤家が、これほどまでに無様な敗北宣言と、屈辱的な「降伏勧告」を通達するなど、前代未聞であった。

 

この報せが、各地の霊能者の家々にどのような波紋を広げたか。それは、静かな湖面に巨大な隕石が落下したかの如き惨状であった。

 

 

 

九州の最南端、峻厳な山々に囲まれた広大な敷地に、阿宗家の屋敷はあった。

 

阿宗家は斉藤家と同じ根を持つ一族である。平安の昔、術の正統な継承権を巡って血みどろの抗争を繰り広げ、結果として二つの一族に別れた経緯を持つ。それ故に、阿宗家は斉藤家と一言では言い表せない禍根があり、その言葉をただ鵜呑みにする事はなかった。

 

「笑わせるな」

 

阿宗家の現当主、阿宗猛は、斉藤家からの書物に霊力を込めて粉砕した。破片が飛び散り、静まり返った大広間に不快な音が響く。

 

「あの腰抜けの斉藤が、ついに耄碌したか。十四歳のガキに首を垂れ、術の全てを差し出すだと? 斉藤一成も地に落ちたものよ。おそらくは、その山田とやらを名乗る高度な霊障怪異に、一族丸ごと脳を焼かれ、操り人形に成り果てたのだろう」

 

猛の周囲には、鍛え抜かれた肉体を持つ阿宗家の術師たちが、抜き身の刀のような鋭い気を放って控えていた。

 

「斉藤が堕ちたのなら、次に狙われるのは我ら阿宗家か、東宮家のどちらかだろう。……全門弟に通達せよ。九州より発ち、山田家に巣食う怪異、山田大輝と名乗るそれを、掃討する準備を整えよ。我らが正統なる術の力、見せつけてくれるわ」

 

阿宗家は斉藤家の警告を「弱者の言い訳」と切り捨てた。彼らの目には、大輝という存在は、斉藤家を乗っ取った悪しき怪異にしか映っていなかったのである。

 

 

 

一方で、雪深い東北の奥地にひっそりと佇む間宮家の屋敷では、全く異なる反応が起きていた。間宮家は、古来より政治的な繋がりを嫌い、日本の呪術界のコミュニティの中でも孤立した立ち位置を維持し、ただひたすらに「術の真理」を追い求める探求者の家系である。

 

若き女当主、間宮零は、薄暗い書庫の中で、斉藤家からの報告書をじっと見つめていた。彼女の瞳は銀色に近く、感情が欠落したような冷徹な知性を宿している。

 

「……霊力と呪力の完全な統合。かつ、術者の成分を混入させながらも自壊しない蠱毒。理論上はあり得ない。でも、もしそれが事実なら……」

 

零の指先が、報告書の山田大輝という名前の書かれたページを愛おしそうになぞる。彼女にとって、山田大輝という存在は恐怖の対象ではなく、解き明かすべき究極の「謎」だった。

 

「斉藤家が、一族の術をすべて伝授するとまで言った。あの誇り高い一成様が、家を売り渡すに等しい条件を出すほどの価値。……見てみたい。その少年が、どのような理で世界を見据えているのか」

 

彼女は傍らに控える老僕に、静かに命じた。

 

「旅の支度を。私一人で行く。間宮家としては静観を貫いて。私はただ、彼という現象をこの目で見極めたいだけ。もし彼が本物なら、間宮の術のすべてを差し出してでも、その『理』を共有させてもらうわ」

 

 

 

そして、近代的なビルが立ち並ぶ東京の裏側に、結界によって隠蔽された古風な屋敷を構える東宮家。彼らは代々、斉藤家と婚姻を重ね、互いの血と術を補完し合ってきた盟友である。

 

東宮家の当主、東宮隆臣は、斉藤家からの報告を受け、直ちに緊急会議を招集した。

 

「一成殿がここまで言うのだ。間違いなく、事態は我々の想像を絶する域にある。彼が嘘をつくはずがないし、何より、プライドの高いあの男が『負けた』と認めたのだ。これはもはや、一家の問題ではない。日本の霊能界の存亡に関わる」

 

隆臣は厳かに、そう覚悟を決めて宣言した。

 

「香澄嬢が現場にいる。彼女からの内通もある程度は信じていいだろう。東宮家としては、斉藤家の判断を全面的に支持する。阿宗は動いてくるだろうが……。我々は斉藤家の……いや、山田大輝の側につく。彼という『理性の防波堤』が崩れれば、その中にいる怪異が解き放たれる。そうなれば、関東も無事では済まん」

 

東宮家は即座に斉藤家へ「全面協力」の返信を送り、支援のための術師を派遣する準備を開始した。山田大輝という少年を、一族の守護対象として組み込む決断を下したのである。

 

日本中の霊能者たちが、戦慄と野心、そして困惑を抱えながら、血眼になって一人の少年の行方を追っている。

 

 

 

しかし、その激動の渦中にある当の山田家では、まるで別世界のような穏やかな時間が流れていた。

 

「……大輝くん、ここ。この短歌の『切れ字』、どこかわかる?」

 

屋敷の書斎。柔らかな木漏れ日が、磨き上げられた机を照らしている。斉藤香澄は、以前よりも少しやつれた様子ながらも、懸命に家庭教師としての役割を果たしていた。

 

「えっと……この『けり』、かな? 過去の助動詞だけど、ここで詠嘆の意味で切れてる気がする」

「正解。よく勉強してるわね。国語もだいぶ安定してきたじゃない」

 

大輝は「へへ、よかった」とのんきに微笑み、ノートに書き込みを入れる。その姿は、試験の結果を気にするどこにでもいる中学二年生そのものだ。

 

香澄は大輝の横顔を見つめながら、複雑な思いを抱いていた。

 

彼女の実家が、大輝を「処刑」しようとしたあの日から数週間。大輝は何のわだかまりもなく、再び彼女を家庭教師として受け入れ、こうして日常を過ごしている。

 

だが、香澄には聞こえていた。

 

「祭壇の間」から、時折響く、地鳴りのような「カタカタ」という音。

 

そして、大輝の服の隙間から漏れ出す、深淵の底を覗き込むような濃密な呪力の気配。

 

しかしその横顔は、どこにでもいる、勉強に飽き始めている中学二年生の少年そのものだ。

 

だが、大輝の足元。畳の隙間から漏れ出す影は、主人の感情に呼応するように、ゆらりと不気味に揺れていた。大輝の意識の半分は、依然として「祭壇の間」に置かれた黒い壺――クロちゃんと繋がっている。

 

一族二十二人分の魂を吸い込み、斉藤家の霊能者たちの恐怖を糧にし、今や神話の怪物さえも凌駕しつつある蠱毒の王。

 

それが今、大輝の「退屈」という感情を共有し、静かに喉を鳴らしている。

 

「あ、そうだ。香澄先生。昨日教わった、あの浄化の術、少し改良してみたんだ。この後、見てもらっていい?」

「……ええ。お手柔らかにね」

 

香澄は、苦笑いを浮かべながらも、背筋に走る戦慄を隠せなかった。

 

自分たちが今、こうして教科書を広げていられるのは、この少年の気まぐれな「日常」という名の薄氷の上に立っているからだということを、彼女は痛いほど理解していた。

 

窓の外では、夏の終わりを告げる蝉の声が、どこまでも騒がしく鳴り響いていた。

 

世界が彼を中心に崩壊へ向かっていることなど、大輝はまだ、何一つ気づいていない。

 

ただ、新しい知識を得ることの喜び。

 

そして、クロちゃんという「家族」が、自分を全肯定してくれる安心感。

十四歳の少年は、今日も穏やかに、自らの深淵を深め続けていた。

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