それというのも、私は別に呪術的なバトル描写を描きたくてこの作品を書き始めた訳では無いです。
今回の話の内容をやりたくて、この作品を書き始めました。
なのでこれ以降の話では、バトル描写は多分出てこないと思います。
そういうのを期待してこの作品を読んでいてくれた方には申し訳ないです。
秋の陽光は、もはや山田家の屋敷に暖かさをもたらすことはなかった。庭園の木々は血のような赤に染まり、風が吹くたびに乾いた葉が擦れ合い、まるで数千の骸骨が囁き合っているかのような不穏な音を立てている。
山田家の屋敷を包む空気は、以前のような、物理的な質量を伴って肺を潰さんとする重圧こそ消えていた。しかし、それは決して平穏が訪れたことを意味しない。
廃屋での怪異討伐から三日後、この日の午後、辺りが夕闇に包まれる黄昏時。山田家の重厚な門を通り抜ける影があった。
斉藤家当主、斉藤一成。
東宮家当主、東宮隆臣。
そして、既にこの屋敷に私物ごと持ち込み、半ば住み着いている間宮家当主、間宮零。
三人の当主たちは、屋敷の最奥にある広大な客間に集められていた。
彼らが山田家へと集まったのは、その山田家に住まう、山田大輝その人からの呼び出しがあったからに他ならない。
「大事な話があるから」という、山田大輝から斉藤香澄を通じて届けられた呼び出し。
それは表向きは招待であったが、受け取った側にとっては抗いようのない「召集令状」に等しかった。
阿宗家という日本の霊能者を代表する名門の一つを、まるで食卓に落ちた食べカスを払うように消滅させた存在からの呼び出しを、無視できる人間など、この国の呪術界には一人として存在しない。
使用人に案内された大広間には、漆塗りの巨大な卓が置かれ、そこには料亭も顔負けの豪勢な和食が並んでいた。季節の刺身、黄金色に輝く椀物、香ばしく焼かれた秋の味覚。
しかし、卓の最奥に鎮座する「それ」を目にした瞬間、斉藤一成と東宮隆臣の二人の当主は、一様に息を呑んだ。
山田大輝。
彼は部屋の最奥、上座となる場所にくつろいだ様子で足を崩して座っていたが、その姿は以前とは決定的に異なっていた。
透き通るような白い肌を覆い尽くす、夥しい量の呪印の入れ墨。かつては火山のごとく周囲に撒き散らされていた悍ましい邪気が、今はその呪印という境界線によって、一滴の漏れもなく彼の内側へと封じ込められている。
それは一見、安全になったかのように思えた。だが、超一流の霊能者である彼らの目には、逆の真実が突きつけられていた。
かつては「溢れていた」エネルギーが、今は超高密度に「圧縮」されている。その呪印の一筋一筋に、宇宙の終焉を封じ込めたかのような質量を感じ、目を向けるだけで網膜が灼けつくような錯覚に陥る。
「封じられている」からこそ、その内側の圧力がどれほど異常な領域に達しているかが、静寂の中でより鮮明に伝わってくるのだ。
「やぁ皆さん。ごきげんよう。呼び出すような真似をして申し訳ない」
大輝は、春の陽だまりのような無垢な笑顔を浮かべた。その隣には、複雑な表情を浮かべた斉藤香澄が座っている。
「とりあえず座ってよ。料理を用意させたんだ。一緒に食べながら話そう」
大輝の声は、以前と変わらず穏やかで、鈴の音のように澄んでいた。
三人は沈黙したまま、促されるままに腰を下ろした。
東宮家当主、隆臣は、座る際にも膝がガクガクと震え、端から見れば病人のようであった。彼にとってこの部屋は、巨大な怪物の口腔の中に他ならない。
「いただきます」
大輝が箸を取り、煮魚を一口運ぶ。
沈黙。
吸い物の中の若芽が揺れる音さえ聞こえそうなほどの静寂。三人は、毒の有無を確かめるような慎重さで、しかし拒絶すれば何が起こるかという恐怖に突き動かされ、おそるおそる箸をつけた。
重苦しい静寂を破ったのは、大輝と一番付き合いの長い香澄だった。彼女は大輝の横顔を、どこか縋るような、あるいは見守るような複雑な視線で見つめ、口を開いた。
「……それで、大輝くん。今日皆様を呼び出したのは、一体なぜなの? そろそろ教えてちょうだい」
大輝は咀嚼を終え、上品に口元を拭うと、ゆっくりと箸を置いた。
その瞬間、一同は部屋の温度が数度下がったかのような感覚に襲われた。
「……うん、そうだね。最近阿宗家の人たちがクロちゃんに食べられちゃったのは皆知っての通りだと思うけど」
その言葉が出た瞬間、一成の背筋を冷たい汗が伝った。隆臣の箸がカチリと音を立てて皿に落ちる。
一族郎党を「食べさせた」という事実を、まるで他人事のように、この少年は夕食の献立を語るような軽やかさで口にする。
「あれでクロちゃんはかなり強くなったんだ。正直、もう無敵の存在と言っていいと思う。それで……」
(……来る)
香澄の背中に冷たい汗が流れた。
ついに、あの壺の蓋を開けるというのか。
この日本を、いや世界を、飲み込みかねない、あの『呪い』を、とうとう解き放とうというのか。
隆臣も、零も、一成も、無意識に体を強ばらせた。だが、大輝の口から飛び出したのは、そんな凄惨な予想を嘲笑うような言葉だった。
「それで、考えたんだ。クロちゃんをこれ以上強くするにはどうしたらいいかって」
一同の思考が、一瞬だけホワイトアウトした。
「これ以上強くする」だと?
あの、神域にすら届かんとする怪物を、さらに?
阿宗家という名門一族の魂を根こそぎ喰らい、既に人智を超えた存在へと昇華したあの呪物を、さらに強大にする。
それは、ここにいる三つの家をも「餌」にするという宣戦布告ではないのか。
隆臣は絶望のあまり、声も出せずに口をパクパクと動かした。
一成の脳裏には、ここにいる三家もろとも壺へ放り込まれる光景が浮かび、顔面から血の気が引いていく。
普段は冷静沈着な様子を見せる零も、表情こそ普段通りで、余裕そうに上等な酒が注がれたお猪口を傾けて口に運んでいるが、その指先は微かに震えている。
香澄は、絶望したかのような表情を浮かべて大輝を、縋るような眼差しで見るしかなかった。
全員が、無駄と分かっていながらも、防御、もしくは逃亡のための術を、半ば無意識に準備していた。
「……ああ、そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ。別に取って食おうって訳じゃないです」
大輝が困ったように笑い、場をなだめる。
「今日、皆さんをここへ呼んだのは、僕がこれからやろうとしてる事を伝えとくためです。……別に勝手にやっても良かったんですけど、皆さんにも関係してくる事なんで、さすがに伝えとこうかなって」
関係してくる事? なんだそれは、全く見当がつかない。あの蠱毒の壺の蓋を開けるわけでも、我々をその呪物に取り込ませる訳でもないなら、一体何をしようと言うのか。
それは、呪術界の歴史を塗り替える禁忌か、あるいは地獄の門を開く呪文か。
我々の想像を越える何かを言おうとしている。
そう察した一同が、誰もが息を止め、大輝の次の言葉を待った。
「僕、Y○uTuberになろうと思うんです」
時が止まった。
誰も、まばたきすらできない。
斉藤一成の口が半開きになり、東宮隆臣はUFOでも見たかのように呆然とし、間宮零は手に持っていたお猪口を危うく落としそうになった。斉藤香澄にいたっては、驚愕で霊力が制御できなくなり、掛けている眼鏡にヒビが入っている。
聞き間違いか? それとも、笑えない冗談のつもりか?
「ペット系Y○uTuberみたいな感じで、クロちゃんの事を世界の皆に知ってもらえば、皆から恐怖を吸ってクロちゃんがもっと強くなるでしょ?」
しかし大輝は、そんな周りの様子に気付いた素振りも見せず、最新のガジェットを手に入れた子供のようなキラキラとした瞳で、とんでもないことを宣った。
客間には死の如き静寂が訪れた。
「一体こいつは何を言っているんだ?」という疑問が、共通認識として空間に充満する。聞き間違いではない。冗談でもない。
数秒、いや数分か。広大な客間に、文字通りの真空状態のような沈黙が訪れた。
(……Y○uTuber?)
一成の脳内では、その単語が意味不明な記号として空転していた。
(何を……何を言っているんだ、この化け物は。配信? 動画? 世界を滅ぼしかねない最悪の呪物を……画面越しに、大勢の人間の目に晒すというのか?)
あまりに突拍子もない、俗世的な単語の出現に、隆臣はショックで脳の血管が切れそうになり、呆然と大輝を見つめ続けていた。
「一応、霊能者や怪異に関わる情報を直接視聴者に教えたりはしません。『クロちゃんが理解を越えた存在である』という事だけ伝われば、恐怖は吸えるはずですから」
大輝の瞳は、純粋な好奇心と、計算された冷徹な確信に満ちていた。
彼は本気だ。この少年は、呪術の神秘を、最先端の情報インフラを使って効率化しようとしている。
一番早く硬直から回復したのは、間宮零だった。彼女は唇を震わせ、大輝に食い下がる。
「……で、でも大輝くん。そんな事したら……怪異その物に対する恐怖心が増してしまう。フィクションの中でしか存在しないはずの『本物の怪異』が存在することが明らかになる。……今の情報社会で、そんな事態になったら、一体どれだけ世界に影響が出るか分からない。人類社会が崩壊するかもしれないのよ?」
零の抗議は、霊能者としての、そして世界を影から見守る『守護者』としての正論だった。
「大丈夫ですよ」
しかし大輝は、そんな零の方を向いてニコリと微笑んだ。その微笑みは、全知全能の存在が被造物を慈しむような、残酷なまでの優しさに満ちていた。
「この前香澄先生と一緒に、怪異退治の様子を見せてもらったでしょう? あの時に、人から怪異への『恐怖の流れ方』は分かったので、上手いこと調整して、他の怪異へは恐怖心が流れないようにします。これなら、強くなるのはクロちゃんだけ。霊能者の人たちの神秘が暴かれて、皆さんが弱くなったりもしないし、他の怪異が増えて強くなったりもしない。完璧な計画でしょ?」
そう言って朗らかに笑う大輝。
「それに……。やるやらないの意見は、皆さんに聞いてません。僕は『やるから一応伝えといた』だけです。止めようって思っても無駄ですから、諦めてくださいね。これ以上霊能者の人たちを減らすのは嫌なので」
その残酷なまでの無垢な笑顔。その裏にある、これから始まるであろう「何か」を、大輝以外の人間は、それぞれの立場で受け止めていた。
斉藤一成は、諦めと絶望の混じった溜息を心の中で吐いた。この少年は、「恐怖」という概念を、ただの「エネルギー」として理解している。全世界からの恐怖の流れを制御し、一点に集める。それはもはや術理ではなく、世界の物理法則を書き換える作業に等しい。そんな偉業を「上手く調整して」と一言で済ませてしまうような怪物を止める手立てなど、最初から存在しない。実力行使でも、説得でも山田大輝という存在を止めることは不可能だ。それこそ、太陽の光を素手で止めろ。というような無理難題だろう。
東宮隆臣は、もはや言葉を失い、魂が抜け落ちたかのような表情で、ただ目の前の料理が冷えていくのを見つめていた。彼にとって、大輝の言葉は理解の範疇を超えていた。秘匿されるべき怪異という存在を、全世界へ向けて発信する? 一体幾つの掟を破る事になるのか検討もつかない。……いや、確かに『霊能者がY○uTuberになって怪異をペットと称して配信してはならない』という内容の掟は無い。……だが、これは……色々と駄目だろう……。そんな考えが、隆臣の頭を埋め尽くしていた。
一方で、間宮零の心中には、術の真理を探求する間宮家の一族としての『そんなリスクの高い愚行を許す訳にはいかない』という責任感と『人類が未だかつて到達したことのない信仰と恐怖のデジタル錬金術を目の当たりにできる』という期待感がぶつかり合っていた。
彼女の知的好奇心が、不謹慎にも脈打ち、ワクワクとした昂揚感が背筋を駆け抜ける。
(どうせ止めることなんて不可能よ。ならば、いっそのこと開き直って、この『世界という器』を使った空前絶後の実験を、最前列で見届けさせてもらうわ)
隣で、斉藤香澄は深く、重いため息をついた。
香澄は、大輝の無垢な狂気を誰よりも近くで見てきた。彼女は遠くを見るような、全てを悟ったような目で大輝を見つめていた。
(……逆に考えましょう。少なくとも、全人類をクロちゃんに食べさせるなんて言い出さなかっただけ、マシなのかもしれないわね。……あの子のおやつとして、人間の魂ではなく、世界中の人々の『恐怖』が選ばれた。……うん、そう考えたら全然良いことのように思えてきたわ……。そういうことにしときましょう……)
香澄は、半分ほど残った煮魚を見つめ、静かに大輝に声をかけた。
「……それで、チャンネルの名前は何にするつもりなの?」
香澄の問いに、大輝は今日一番の笑顔で答えた。
「『クロちゃんねる』。可愛いでしょ?」
山田大輝の全身を覆う呪印が、微かに明滅したように見えた。
秋の終わりの夕暮れ。
呪術界の重鎮たちが揃った席で、世界の「理」が、デジタルの波に乗って崩壊し始める号砲が鳴り響いた。
屋敷の奥底で、クロちゃんが期待に震えるように、カタカタと、かつてないほど激しく鳴動していた。
斉藤香澄ちゃん
突然「大事な話があるから」と言われて呪術界を統べる重鎮たちと同じ部屋に突っ込まれてめっちゃ気まずかった。多分今日クロちゃんの蓋を開けるつもりなんだろうなとか考えてたら「強くする」とか言われて覚悟決めた。Y○uTuberになると聞こえてきて????となった。
斉藤一成くん
突然呪術界の実質的頂点に君臨する当主全員が呼び出し受けて、クロちゃんの蓋を開けるだけなら、大輝はクロちゃんの事を可愛いペット程度に考えてない節があるから、それだけで呼び出したりしないだろうしな……あれじゃあこれ霊能者全員食べる宣言始まる??「オイオイオイ死んだわ俺」ってなってた。何なら遺書まで書いてから来ていた。Y○uTuberって単語が聞こえてきて走馬灯かなって一瞬思った。
東宮隆臣くん
一番ビビってた人。霊能者一族全員含めて多分今日死ぬだろうなと思ってた。でももしそうなったとしたら遺書を読む人も居なくなるから遺書は書いてない。せめて苦しまずに死ねたらいいなって思ってたらY○uTuberになるって言われて素で「何言ってんだこいつ」ってなった。
間宮零ちゃん
とうとうクロちゃんの中身と対面かぁ感慨深いなぁって思ってたら「これ以上強くする」とか聞こえてきて「悪りぃ! 私死んだ!」ってなった。Y○uTuberになるって言われて「ふ、ふーん……。おもしれー男」する事になった。