蠱毒の壺をペットにしたバカの話   作:二度見屋

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第十七話

山田家の屋敷の最奥、「祭壇の間」

 

そこはかつて、間宮零や斉藤香澄が足を踏み入れた際に、その存在の暴力性に膝を屈した禁域である。蝋燭の炎が不自然に青白く揺らめき、壁に掛けられた古びた掛け軸が、風もないのにカタカタと震えている。

 

その中心に、山田大輝は座っていた。

 

彼は灰色の、上質な絹の和装を完璧に着こなしている。しかし、その端正で柔和な顔立ちを無残に塗り潰すかのように、額、頬、耳の裏、さらには薄い瞼に至るまで、露出した肌の全てに黒い「呪印」の入れ墨が這い回っていた。

 

東宮家と間宮家の禁忌的な術理が融合したその刻印は、見る者の脳幹に直接「異常」を訴えかけるような、油膜にも似た不気味な光沢を放っている。

 

 

 

「……よし、これで繋がったかな」

 

大輝は、最新型の4Kカメラを固定した三脚の前に座り、画面を覗き込んだ。彼にとって、これは世界を滅ぼす儀式ではなく、あくまで「ペットの自慢」のための第一歩だ。

 

大輝が配信を開始すると、驚くべき事に、事前告知など何も行っていない初配信にも関わらず、視聴者数は開始数秒で三桁、十秒を待たずして数千人を突破した。

 

彼らは、突然おすすめ欄に現れた見覚えのないチャンネルの、奇妙な配信サムネ(クロちゃんのキュート写真)を見て、思わず再生ボタンを押してしまった者たちだ。

 

「やぁ皆さん。ごきげんよう。クロちゃんねるの記念すべき初配信にようこそ」

 

大輝は、春の陽だまりのような、どこまでも澄んだ声で挨拶をした。

 

「このチャンネルでは、僕の家族、クロちゃんの可愛さを皆さんに知ってもらおうと思うんだ。見に来てくれてありがとう」

 

大輝が口を開いた。その声は、驚くほど澄んでいて甘い。しかし、マイクを通しているはずのその声には、物理的な震えが混ざり、視聴者の端末のスピーカーを不自然に震わせた。

 

画面の向こう側、視聴者たちは、まずその「視覚的違和感」に戸惑った。

 

『え、何この人。顔は良いけど……』

『入れ墨エグすぎだろw 首まで真っ黒じゃん』

『中二病の極致みたいな格好だな。てか家族ってワンちゃんとか? 可愛い系?』

『同接伸びすぎじゃね? 業者使ってんの?』

『Vじゃなくて生身でこれかよ。やばw』

『ダッサ。そんな入れ墨いれて将来絶対後悔するだろ』

『いやさすがに特殊メイクだろ』

『何このチャンネル、オススメに急に出てきたんだけど』

『初配信? なんで同接5000超えてんの? バグ?』

 

大輝の肌に刻まれた、この世の理を封じ込める呪印。それを知らない一般人にとって、それは単なる「悪趣味なタトゥー」か「過剰な演出」にしか見えなかった。コメント欄には、匿名性の裏に隠れた嘲笑が並び始める。

 

「家族っていうのはね、この子のことだよ」

 

大輝は愛おしそうに、横に置かれた「それ」を手繰り寄せた。

 

画面いっぱいに映し出されたのは、黒い陶器の壺だった。

 

だが、それはただの壺ではなかった。表面には血管のような赤い筋が浮き上がり、ドクン、ドクンと心臓のように脈打っている。縁は無残に欠け、そこからは目に見えないはずの「重苦しい何か」が、陽炎のように立ち上っていた。

 

「この子がクロちゃん。僕が六歳の頃から、大切に育ててる蠱毒の壺だよ」

 

大輝が、白く細い指先で壺の表面を愛おしそうに撫でる。その瞬間、壺が「キュゥ……」という、赤子の泣き声と金属の軋みを混ぜ合わせたような音を立てた。

 

コメント欄の速度が少しだけ上がった。

 

『は? 壺?』

『クロちゃんって壺かよw 家族ってマジで言ってんのかよw』

『蠱毒(笑)設定凝ってるなー。CGだろこれ。脈打ってるとかすごいわ』

『キモい。生理的に無理だわこの壺』

『配信者の目がマジすぎて怖い。本物のヤバい奴じゃんこれ』

『中身見せろよ、どうせ空っぽだろw』

『壺よりも入れ墨の方にしか目がいかねえわ。耳の中まで描いてあるとか気合入りすぎw』

『フェイクタトゥーだろこれ』

『最近のAI生成とか凄いわー。不気味な感じよく出てる』

 

視聴者たちは、自分たちが安全な画面の向こう側にいると信じて疑わなかった。彼らにとって、これは手の込んだ「創作」であり、鼻で笑うべきエンターテインメントに過ぎなかった。

 

しかし、大輝の瞳が、ふっと温度を失った。

 

彼は画面を真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥には、星々の死滅した宇宙のような、底知れぬ虚無が広がっている。

 

「……あまり馬鹿にするのはやめてもらいたいな」

 

静かな声。怒鳴っているわけでも、声を荒らげているわけでもない。だが、その声が響いた瞬間、マイクの音声レベルが異常な波形を記録し、画面がノイズで一瞬歪んだ。

 

「クロちゃんは、僕の大切な家族なんだ。このチャンネルで、クロちゃんのことを馬鹿にする人は、……呪いでお仕置するからね」

 

その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。

 

 

 

コメント欄が、唐突に沈黙した。

 

 

 

そして、十秒ほどの空白の後、狂ったような速度で新しいコメントが流れ始めた。先ほどまでの嘲笑とは、明らかに異質な言葉が。

 

『あ、あの、目と鼻と耳から血が止まらないんですけど』

『歯茎からも血、助けて』

『スマホ離せない。手が、剥がれ、な』

『え、これってガチのヤツ? 冗談抜きで救急車呼んで、マジで死ぬ』

『画めから目はなない。椅子か立ち上が、ない。たけて』

『痛くないのに血がドバドバ出てくる……ソファ血で真っ赤だ……』

『俺だけだと思ったらみんなこれなってんの? 嘘だろ?』

 

視聴者たちの家庭で、異変が起きていた。

 

画面越しに大輝の「眼」と合った瞬間、彼らの脳内には、理屈を超えた「呪い」という名の毒が直接流し込まれたのだ。

 

「ほらみんな、クロちゃんに謝って。悪口を言うのは、いけないことだよ」

 

大輝は、悪戯が見つかった子供を嗜めるような、無邪気な笑顔で促した。

 

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

『謝るから助けて! 配信閉じれないしモニターの電源も消せないんだけど!!』

『ごめんなさい!許して!』

『クロちゃん様、バカにしてすみませんでした! 許してください!』

 

謝罪の言葉が、画面を埋め尽くす。

 

画面はもはや、血の涙を流しながら許しを乞う視聴者たちの阿鼻叫喚に埋め尽くされていた。大輝はその「恐怖」という名の膨大なエネルギーが、画面を通じて、そして自身の身体を通じて、背後のクロちゃんへと吸い込まれていくのを肌で感じていた。

 

「うん、わかってくれたならいいんだ」

 

大輝が満足げに頷くと、視聴者たちの身体を襲っていた異変が、嘘のようにピタリと止まった。

 

呆然自失とする数千人の視聴者を置き去りにして、大輝は再び、何事もなかったかのようにクロちゃんの「可愛さ」について語り始めた。

 

「クロちゃんはね、こう見えてすごく甘えん坊でね。虫とかをあげると、いつも喜んで嬉しそうに……」

 

それから一時間。

 

大輝は、クロちゃんがいかに可愛いか、過去にどんなものを「おやつ」として食べてきたか(それが大輝の家族や阿宗家という人間たちであることは伏せていたが)を、滔々と語り続けた。

 

彼らは逃げ出したくても、指一本動かすことができず、ただ画面の中で微笑む「怪物」の言葉に耳を傾けるしかなかった。

 

 

 

「今回はまぁ、クロちゃんの紹介だけにしとこうかな。お楽しみは後に取っとくもんだしね」

 

大輝はカメラに向かって、優雅に手を振った。

 

「次の配信からは、色々な企画を用意しとくから、楽しみにしといてね。あ、それと、チャンネル登録と高評価、忘れないでね。クロちゃんが喜ぶから」

 

大輝が画面の向こうにいる数千人の魂を、慈しむように見つめる。

 

「それでは皆さま、ごきげんよう」

 

配信が終了し、画面が暗転した。

 

ようやく自由を取り戻した視聴者たちは、自室の静寂の中で、しばらくの間動くことができなかった。

 

彼らのその精神には、消えることのない「山田大輝」という名の呪印が、深く、深く刻み込まれていた。

 

 

 

祭壇の間。

 

配信を終えた大輝は、大きく伸びをした。

 

「……あはは、楽しかったな。ねぇクロちゃん、みんな喜んでくれてたね」

 

大輝が壺に触れると、カタカタと不気味な音を立てて鳴動した。

 

世界という巨大な「器」の中に、山田大輝という毒が、デジタルの波に乗って一滴、注ぎ込まれた。

 

それはやがて、誰にも止めることのできない巨大な奔流となって、人類すべての常識を飲み込んでいくことになる。

 

山田家の屋敷は、かつてないほどに深く、静かな絶望と、歪な喜悦の中に沈んでいた。




視聴者の皆様
大輝くんが会得した貞子パワーで、画面越しのデジタルなネットワークを介して繋がる呪いを応用して、全世界のY○uTube視聴者たちの端末へオススメとして表示された配信サムネを見てうっかり参加してしまった人たち。一度配信を開いてしまうと閉じれないし席を立つ事も許されない。「そっちからわざわざ配信を見に来てくれた」という縁を通じて呪いをかけられる。謝罪する時だけは呪いの影響を無視して動ける。一応死なない程度の呪いにはなってる。間宮零も興味本位でシレッと配信を見てサラッと呪われた。他の霊能者の人たちは事前に斉藤家や東宮家から告知されていたため、怖がって全員視聴していない。
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