蠱毒の壺をペットにしたバカの話   作:二度見屋

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第一話

蝉の声が響く夏が何度も通り過ぎ、山田大輝は小学四年生になった春。

 

六歳の夏に始めた「自由研究」は、今や彼の日常の一部として完全に定着していた。おっとりとした気質は相変わらずだが、霊感のある子供たちは、大輝からどこか不気味な怖気を感じていた。

 

大輝の放課後のルーチンは変わらない。学校から帰ると真っ先に倉へと向かう。

 

最近の大輝は、以前のようにただ虫や小動物を投げ込むだけでは満足できなくなっていた。彼は倉の隅に置かれた、埃を被ったつづらの中から、先祖が遺したであろうさらなる古文書の束を見つけ出したのだ。そこには蠱毒の作り方だけでなく、さらに深い、禁忌とされる呪術の体系が記されていた。

 

「……えっと、これは……『代用』、かな」

 

十歳になった大輝は、学校から借りてきた古語辞典を駆使し、スマートフォンの検索機能も併用しながら、解読の精度を上げていた。そこには、呪物のさらなる強化、あるいは、自分の作った式神と術者との同調を深めるための「供物」についての記述があった。

 

『術者の血肉を以て糧と成せ。血肉は呪を繋ぐ鎖なり。然れど、若(も)しその身を削ぐを畏(おそ)るるならば、生命の源たる液……精、乳、或いは汗を以てこれに代えるべし』

 

「へぇ……血じゃなくてもいいんだ。痛くないなら、いいかも」

 

大輝は指先でスマートフォンの画面をスクロールしながら、小さく呟いた。

 

四年前に始めた「最強の虫作り」は、今や遊びの範疇を完全に超えていた。壺の中にいる「クロちゃん」をより強く、より自分に近い存在にするために、彼は常に新しい供物を探していた。

 

解読を進めるうちに、人間の「精液」や「母乳」といった体液が、より純度の高い呪力の代替品になることを知った。

 

その頃、大輝の体には二次性徴の兆しが現れ始めていた。初めての「精通」を経験したとき、多くの少年が感じる困惑や羞恥を、大輝は抱かなかった。彼が真っ先に考えたのは、「これをクロちゃんにあげたら、もっと強くなる」という、極めて事務的な、そして歪な献身だった。

 

それ以来、大輝は、自身の生命の種子を壺の欠けた穴から流し込むようになった。それに加えて、生え変わった乳歯や、切った髪や爪なども、壺に放り込み始めた。

 

その時からだった。

 

それまで静まり返っていた黒い壺が、生き物のように「カタカタ」と不気味に震え始めたのは。

 

「嬉しいの? クロちゃん」

 

大輝が壺に手を触れると、振動はさらに激しさを増す。それは喜びというよりも、内側で膨れ上がった「何か」が、外の世界へ溢れ出そうと悶え苦しんでいるようにも見えた。

 

 

 

一方、山田家の大人たちは、ようやく異変に気づき始めていた。

 

大輝が倉に籠もりきりなのは今に始まったことではないが、最近の彼からは、触れてはならない冷気のようなものが漂っていたからだ。

 

「大輝、ちょっといいか」

 

ある日の夕食後、父親の正樹が大輝を呼び止めた。正樹は地域の有力者としての威厳を保とうと努めていたが、その声はわずかに震えていた。

 

「最近、ずっと倉にいるようだが……。あそこにあるのはおじいさんの趣味の古い本だ。子供が真似事をして遊ぶようなものじゃない。あの壺も、もう捨てなさい」

 

大輝は箸を止め、ゆっくりと父親を見た。その表情には怒りも悲しみもなかった。ただ、深い霧のような無関心がそこにある。

 

「嫌だよ。クロちゃんは僕のだから」

「わがままを言うな! あれは不衛生だし、何より気味が悪い」

 

説得は平行線をたどった。正樹は大輝の煮え切らない態度に、ついに堪忍袋の緒が切れた。しつけという名目で、彼は大輝の肩を掴み、手を振り上げた。

 

だが、その手が大輝の頬に触れる直前。

 

「……がっ、あ、……っ」

 

正樹の心臓を、目に見えない巨大な鉄の拳が握りつぶしたような衝撃が襲った。

胸を掻きむしり、息を吸うこともできずにその場に崩れ落ちる。顔面は土気色になり、冷や汗が滝のように流れた。

 

「あなた!?」

 

母親の悲鳴が響く中、大輝だけが冷めた目で父親を見下ろしていた。数分後、大輝が食事を終えて部屋から出ていくと、正樹の苦しみは嘘のように引いたが、彼はそれ以来、大輝を叱ることができなくなった。

 

数日後、正樹は恐怖を「怒り」で塗りつぶし、根本的な解決を図ろうとした。

 

大輝が学校へ行っている隙に、問題の壺を破壊してしまおうと考えたのだ。

彼は野球のバットを握りしめ、数人の使用人を連れて倉へ向かった。

 

「あんなものがあるから、大輝がおかしくなるんだ……!」

 

重い倉の扉を開けると、そこには大輝が「飼育」を続けている黒い壺が鎮座していた。カサカサと、中で何かが蠢く音が聞こえる。壺は相変わらず小さく震え、そこから漏れ出す空気は腐敗した花のようなどこか甘い、吐き気を催す臭気がした。

 

正樹はバットを大きく振り上げた。

壺を粉々に打ち砕こうとした、その瞬間――。

 

「……う、あ……!」

 

激しい動悸が正樹を襲った。心臓が早鐘を打ち、視界がぐにゃりと歪む。立っていることができず、彼はバットを放り出してその場に膝をついた。激しい吐き気と眩暈。まるで壺そのものが、外敵を排除するための「毒」を撒き散らしているかのようだった。

 

後ろに控えていた使用人たちも、倉の一歩手前で身の毛もよだつような寒気に襲われ、動くことができない。

 

「触れない……。あの壺には、大輝以外……誰も……」

 

正樹は確信した。あの壺は、もはやただの骨董品ではない。大輝の血と執念を吸い、山田家の守り神か、あるいは呪いの根源へと成り果てているのだと。

 

 

 

それから、山田家の中で一つの暗黙の了解が生まれた。

 

『大輝の趣味には、決して干渉してはならない』

 

大輝が倉で何をしていようと、何を壺に注いでいようと、大人たちは見て見ぬふりをした。恐怖が大輝を、そしてあの黒い壺を、山田家の中の「聖域」へと押し上げたのだ。

 

夕暮れ時、学校から帰った大輝は、誰にも邪魔されることなく倉へ向かう。

 

彼は知っている。自分のすぐ後ろで、目に見えない影が寄り添い、守っていることを。

 

「ただいま、クロちゃん」

 

大輝が声をかけると、壺は一際大きく、カタカタと鳴った。

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