一般市民たちの間では、混乱の第一波が過ぎ去った後、奇妙な「平穏」と、それに伴う「畏敬の念」が、静かに、しかし爆発的な勢いで浸透し始めていた。
世界各地の紛争地帯。
昨日まで、互いの宗教や国境、民族の誇りを巡って血みどろの殺し合いを続けていた兵士たちは、今、泥にまみれた塹壕の中で、お互いに顔を見合わせてポカンとしていた。
彼らは、銃の引き金に指をかけている。スコープの向こうには、憎むべき敵の頭部が見えている。しかし、彼らの脳は、「引き金を引いて、金属の弾丸を肉体に撃ち込み、相手の生命活動を停止させる」という、一連の『殺害の手順』を、どうしても実行に移すことができなかった。
「……おい、俺は今、何のためにこの鉄の筒を握っているんだ?」
アフリカの荒野で、一人の少年兵が、錆びついたアサルトライフルを地面に下ろして呟いた。
「わからん。だが、この銃口をあいつに向ける必要が、どうしても感じられないんだ。あいつを撃つと、どうなるんだっけ? ……死ぬのか。そうか、死ぬのは良くないことだな。じゃあ、なんで俺は撃とうとしていたんだ?」
対峙していた敵対部隊の兵士たちもまた、同じように銃を放り出し、泥だらけの陣地から這い出てきた。彼らは、互いに数秒前まで命を奪い合おうとしていた事実を「歴史としての知識」としては記憶している。だが、その背後にあったはずの『燃え盛るような攻撃衝動』が、心臓の奥から綺麗に消え去っていることに気づいた。
「……帰ろう。故郷のトウモロコシ畑が心配だ」
誰かがそう言うと、数万人規模の軍隊が、最新の対戦車ミサイルや装甲車をその場に放置し、ただの「乗り物」として使って一斉に解散を始めた。
この劇的な「奇跡」は、インターネットを通じて世界中に瞬く間に知れ渡った。
『本当に、地球上から戦争が消えた』
『テロリストも、カルテルの暗殺者も、みんな武器を捨てて普通に仕事を探し始めてる』
『これは呪いなんかじゃない。救世主の奇跡だ』
人々は、最初は自分たちの脳をハッキングした「悪魔の映像」として恐れていたあの『クロちゃんねる』に対し、次第に歪な「感謝」と、宗教的な「畏敬の念」を抱き始めていた。
特に、日常的に暴力や犯罪の脅威に晒されていたスラム街や、治安の悪い発展途上国の地域では、その信仰は手の付けられない規模で広がっていった。夜道を一人で歩いても、誰からも襲われない。強盗が包丁を突きつけてきても、「どうやってこの刃物を使って相手を脅し、傷つけるか」のロジックが強盗の脳内でフリーズするため、ただ刃物を手に持ったまま「……あの、大変恐縮なのですが、お金を貸してくれませんか」と、たどたどしく懇願するだけの無害な存在になってしまうのだ。
街頭には、いつの間にか、ネットからキャプチャした「脈打つ黒い壺」の画像や、大輝の顔をモチーフにしたステッカーが、お守りのように貼られ始めていた。
「クロちゃん様、世界を救ってくれてありがとう」
「日本のどこかにいる、偉大なるタトゥーの主様。私たちに平和を分け与えてくださり、心より感謝いたします」
人々は、自分たちに「お仕置」を施す苛烈な神でありながら、同時に世界から暴力を一掃してくれた唯一の存在として、画面の向こうの少年を絶対的なものとして崇め奉るようになっていた。彼らは、毎晩のようにスマートフォンの前に座り、彼が再び配信を始め、あの甘美な声で「ごきげんよう」と語りかけてくれるのを、熱狂的な信仰心と共に待ち望むようになった。
さらに、配信の中で「クロちゃんはみんなの恐怖を食べて強くなるんだ」という発言を真に受けた一部の過激な信者たちは、自宅の植木鉢や自家製の壺に向かって、「クロちゃん様、どうか私たちの恐怖をお召し上がりください」と、毎日祈りを捧げる奇妙な儀式を始めていた。それは、大輝が直接意図したものではなかったが、世界中から発生する「畏怖」と「信仰」のエネルギーを、より純度の高い形で日本の「本尊」へと送り届けるパイプラインの役割を果たしていた。
しかし、この人類規模の「精神のバグ」は、思わぬ方向での滑稽な変化も、一般市民の生活にもたらしていた。
その日、都内のとある雑居ビルの一室。映画サークルの部室では、数人の大学生がモニターの前に集まり、スナック菓子をつまみながら、一本のクラシックなホラー映画を観ていた。
「……ねえ、これ、マジでやばくない? 脳汁が止まらないんだけど」
サークルの部長である男が、画面を指差して興奮した声を上げた。
画面に映っているのは、チェーンソーを持った仮面の殺人鬼が、悲鳴を上げて逃げ惑うヒロインを追い詰める、かつての名作スプラッター映画だ。
しかし、それを観ている学生たちの表情には、恐怖も、お約束の手ぬるい展開への退屈さもなかった。そこにあるのは、まるで未知の超大作ミステリーの謎解きを見つめるかのような、純粋で張り詰めた「知的興奮」だった。
「やばい。先の展開が、本当に一ミリも読めない……! あのチェーンソーを持った男、何をするつもりなんだ!? あの回転する金属の刃を……まさか、ヒロインの体に近づけて、どうする気なんだ!? まさか、体に触れさせて……滑らせるのか? なんでそんな非効率なことをするんだ!?」
彼らの脳からは、「刃物やチェーンソーを用いて、物理的に人体を切り裂き、殺害する」という『殺害の手順・因果関係』が完全に抜け落ちている。
そのため、映画の中で殺人鬼がチェーンソーを振り回しているシーンを観ても、「なぜそんな危険な機械を持って人を追いかけているのか」という動機と、その後に起こるであろう「惨劇の結果」が、脳内でどうしても結びつかないのだ。
「あ、ほら! 今、チェーンソーが腕に当たった! ……えっ、腕が切れた!? なんで!? チェーンソーが肉に触れると、腕が物理的に切断されて、そこから赤い液体が出るの!? そ、そうか! あの機械は高速回転して肉を削り取るから、当たると人間は壊れちゃうんだ! すげえ、そんな物理現象があったなんて知らなかった!」
「おいおい、ネタバレするなよ! 殺人鬼が次、そのチェーンソーをどう使うか、俺に予想させてくれ! ええと、あの機械を……今度は床に押し当てて、火花を散らしてヒロインの目を眩ませる、とかか?」
「違う! 首に当てるんだよ! 首が切れると、人間は呼吸ができなくなって死ぬんだ! ほら観ろ!」
「うおおお! まさかの首かよ! その発想はなかった! 斬新すぎるだろこの映画!!」
彼らは、かつてない熱量で盛り上がっていた。
「平和の呪い」にかかった人類にとって、かつて溢れかえっていた「アクション映画」「ホラー映画」「サスペンスドラマ」は、すべてが『前代未聞の、超常的な物理実験映画』へと変貌していた。
銃撃戦のシーンを観ても、「弾丸が当たると、なぜあの男は倒れるのか」が直感的に理解できない。
「そうか! 弾丸の運動エネルギーが、体内の主要な臓器を破壊して、失血死させるんだ! なるほど、あの鉄の筒はそうやって遠くの物理オブジェクトを『破壊する』ために開発された機械だったのか! よくそんな物騒なシステムを思いついたな、昔の人間は!」
映画の登場人物たちが、あの手この手で相手を陥れ、傷つけようとする一連の「悪意の手順」が、彼らにとっては「人類が到達し得なかった、超次元のパズル」にしか見えないのだ。
SNSでは、この奇妙な現象に気づいた若者たちの間で、ホラー映画やサスペンスの「新しい楽しみ方」が爆発的にバズっていた。
『【超おすすめ】あの配信が始まってから「13日の金曜日」観ると、マジで脳の理解を超えた神展開の連続で気絶するぞwww』
『昔のサスペンス映画、犯人の殺害トリックが「包丁で刺す」とかいう、今となっては理解不能な超次元理論で動いてるから、常に新鮮な気分で視聴できて超面白いww何回観ても「え、そうやって傷つけるの!?」って毎回新鮮に驚ける』
『「どうやって人を殺すか」の前提が脳にないから、映画のすべての殺傷シーンが「まさかそう来るとは!」っていう大どんでん返しになる。映画ライター全員失業確定だわこれ』
『ホラー映画が、ただの「先の読めない超極上ミステリー」になってるの面白すぎる。昔の監督、どうやってあんな不気味な手順を思いついたんだ? 脳の構造が天才すぎるだろ』
暴力が消え去った世界で、人々はフィクションの中にある「かつての暴力の記憶」を、まるで失われた古代文明のオーパーツを鑑賞するかのような、知的な興奮と共に面白がっていた。それは、大輝自身も想像していなかった、世界が「平和」に順応していく過程での、歪で幸福な副産物だった。
そんな世界の喧騒と、狂信的な畏敬、そしてコミカルなバグの渦中。
日本の片隅、存在しないはずの霧の向こう、山田家の屋敷では、今日もまた、穏やかで、しかし救いようのない深淵が脈打っていた。
「……あはは、香澄先生、見てこれ。ネットでみんな、昔の映画が面白くなったって大騒ぎしてるよ。僕も今度観てみようかな」
山田大輝は、スマホの画面をスクロールしながら、のんびりとした声を上げた。
彼の白い肌を覆う、黒い「呪印」の蔦は、以前よりも一そう深く、妖しい光沢を放っている。
部屋の中央に鎮座する「クロちゃん」の壺は、世界中の四十億人から秒単位で流れ込んでくる「恐怖」と「畏敬」のエネルギーを貪欲に啜り、ドクン、ドクン、と、山田家の屋敷全体を、いや、この日本列島そのものを揺らすかのような、重厚な鼓動を響かせていた。
「うん。みんなが楽しそうで、クロちゃんも嬉しそうで、本当によかった」
大輝は満足げに目を細め、クロちゃんの表面を、そっと優しく撫でた。
彼という「空っぽの器」が放った、無垢な一滴の毒。
それは、人類を一つの巨大なペットサークルへと閉じ込め、優しく、そして永遠に、その蓋を閉ざした。
世界は今日も、新しい神のささやきを、最も贅沢な子守唄として聞きながら、静かに、狂気の中に沈んでいくのだった。