蠱毒の壺をペットにしたバカの話   作:二度見屋

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第四話

太平洋の藻屑と消えた「家族」たちの死が、公に報じられたのは事故から数時間後のことだった。テレビの速報テロップが冷たく惨劇を告げる中、山田家の広大な屋敷は、外部の騒乱とは無縁の、奇妙な静寂に包まれていた。

 

十四歳の少年が直面するには、あまりにも巨大な悲劇。しかし、その中心にいる山田大輝は、葬儀の席でも、親族たちの啜り泣きの中でも、ただの一度も声を荒らげることはなかった。

 

葬儀を取り仕切ったのは、山田家の遠縁の親戚たちだった。彼らは「不幸な孤児」となった大輝を憐れむ振りをしながら、その実、山田家が抱える広大な土地と、山のように積み上がった資産、そして莫大な保険金の行方に目を光らせていた。

 

だが、その野心は大輝と対面した瞬間に氷結することとなる。

 

「……大輝くん、これからのことはおじさんに任せなさい。君一人ではこの家は守れない」

 

葬儀の後の薄暗い応接間で、一人の男が身を乗り出した。しかし、大輝がふい、と視線を上げた瞬間、男の言葉は喉の奥で硬直した。

 

大輝の瞳は、何も映していないようでいて、同時に全てを見透かしているかのように深い。その背後、何もないはずの空間から、肌を刺すような寒気が立ち上っている。それは生理的な嫌悪感を超えた、魂が生存本能として発する警告だった。

 

「……あなたが、僕の家族になってくれるの?」

 

大輝が静かに問いかけた。その声は少年のそれでありながら、どこか幾重にも重なった他人の声が混じっているような、不気味な残響を伴っていた。

 

「ひっ……!?」

 

叔父は椅子を蹴り飛ばすようにして立ち上がった。全身に冷や汗が噴き出し、鳥肌が止まらない。大輝の背後に、巨大な、黒く蠢く無数の影の輪郭が見えたような気がしたのだ。

 

「いや、私は……その、急用を思い出した!」

 

それを皮切りに、財産目当てで集まった親戚たちは、競い合うようにして屋敷を逃げ出した。大輝が放つ異質な覇気は、既に凡夫の精神が耐えられる限界を遥かに超えていた。彼らは口々に「あの子は取り憑かれている」「あれは人間じゃない」と囁き合い、二度と山田家の門をくぐることはなかった。

 

結果として、大輝の手元には、二十二人分の遺産と保険金が残り、人生を何回も贅沢に暮らしても使い切れないほどの莫大な財産が転がり込んだ。

 

一族が消え、親戚も去った。広大な屋敷に残ったのは、大輝と「クロちゃん」、そして数人の使用人だけだった。

 

かつては何十人も居た山田家の使用人たちは、これを機にほとんどが暇乞いを申し出た。彼らは、今まで仕えていた山田家の人間を殺したのは、唯一の生き残りである大輝だ。と考えていたのだ。それを差し引いてもなお、今の大輝は、常人が共に過ごすには劇薬すぎたのもある。

 

これには大輝も少し困った。使用人たちが全員いなくなってしまうと、自分一人でこの広大な屋敷を管理しなくてはならない。それは面倒とかそういう次元の話ではなく、物理的に不可能だった。

 

これまでの月給の三倍。それを提示することで、古参の使用人たちを引き留めた。彼らにとって、大輝は依然として恐怖の対象だったが、提示された金額は、その恐怖を「仕事上のリスク」として飲み込ませるに十分な額だった。年齢的に、次の職を見つけるのが難しい。という理由もあったかもしれない。

 

こうして、山田家は世間から切り離された、大輝のための「楽園」へと作り変えられていった。

 

変化は、クロちゃんの処遇から始まった。

 

それまで湿った倉に安置されていた黒い壺は、屋敷の中で最も大きい、かつ隔離された一室へと移された。

 

そこは大輝が自らの手で改装し、四方の壁に複雑な呪印を施した「祭壇の間」となった。

 

当初、使用人たちは、部屋に近づくだけで激しい嘔吐や眩暈に見舞われた。このままでは仕事どころではない。そう考えた彼らは大輝にどうにかしてくれ、と泣きついた。

 

「坊ちゃん、あの部屋はどうしても……」

「わかってるよ。みんなが困らないようにするから」

 

大輝は独学で編み出した結界術を実践した。古文書から得た知識に、自らの感覚をミックスさせた独自の術式。部屋の境界線に、目に見えない霊的な断熱材を敷き詰めるような作業だ。

 

数週間に渡る試行錯誤の末に、邪気は部屋の中に完全に封じ込められた。使用人たちは、扉さえ開けなければ健やかに過ごせるようになり、三倍の給料という恩恵を享受しながら、静かに「主人の奇行」に順応していった。彼らが目にするのは、時折その部屋に何かを抱えて入っていき、数時間を過ごして、どこか満足げな表情で戻ってくる主の姿だけだ。

 

それと合わせて、大輝は学校へ行くのを止めた。

 

今となっては、それを咎められる人間もいない。クロちゃんとわざわざ離れてまで、ただただ面倒な場所へ行く気など起きなかった。

 

だが、彼は完全に世捨て人になるほど短慮ではなかった。

 

「……やっぱり、義務教育を受けてないっていうのは、後で面倒なことになるかもしれないな。書類の手続きとか、世間の目とか」

 

大輝は縁側に座り、庭園を眺めながら思考を巡らせた。

 

世間体を保ちつつ、自分の「趣味」を邪魔せず、かつ不足している常識的な知識を補完してくれる存在。

 

「家庭教師……。うん、それが一番効率がいいかな」

 

今の彼には、最高の人材を買い叩くための資金が腐るほどある。

 

彼が必要としているのは、単なる勉強の教え手ではない。自分の異常性を目の当たりにしても発狂せず、あるいはその異常性を黙認してくれるような、何らかの器量を抱えた人間だ。

 

大輝はスマートフォンを開き、高額な報酬を条件にした家庭教師の募集要項を打ち込み始めた。

 

「どんな人が来るかな。クロちゃんと仲良くできる人だといいんだけど」

 

彼が指先で画面を操作するたび、祭壇の間の壺が、共鳴するようにカタカタと低く鳴った。

 

山田家の屋敷を包む空気は、以前よりもずっと清浄に見えた。だがそれは、強大すぎる呪いが周囲の澱みを全て飲み込み、真空のような静寂を作り出しているからに他ならなかった。

 

十四歳の少年、山田大輝。

彼は今、広大な屋敷の主人として、静かに、だが確実に、人の世の理から外れた場所へと歩みを進めていた。




一応大輝くんは自分が異常である。という自覚は持ってます。一応ね。
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