蠱毒の壺をペットにしたバカの話   作:二度見屋

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第七話

斉藤家の屋敷を囲む空気は、山田家のそれとは対照的に、張り詰めた糸のような緊張感に満ちていた。歴史ある霊能者の総本山。その門をくぐった瞬間、山田大輝は鼻をくすぐる白檀の香りと、幾重にも張り巡らされた「清浄」の結界が放つ、針で刺すような微かな刺激を感じ取っていた。

 

「……面白いね。空気がフィルターを通したみたいに透き通ってる」

 

大輝は感心したように呟いた。ここまで慣れない運転で大輝を車で送り届けた斉藤香澄は、屋敷の玄関先に辿り着く頃には、目に見えて疲弊していた。大輝という「高濃度の呪力の塊」と長時間、車中という密室で過ごした代償は、彼女の霊的なスタミナを限界まで削り取っていた。

 

運転席から降りた斉藤香澄は、努めて平穏を装っていたが、その指先はわずかに震えていた。彼女にとって、この帰省は「教え子の紹介」などという生易しいものではない。目の前の少年が、一族の手によって「処刑」されるかもしれない場所への引導だった。

 

 

 

門の前には、斉藤家当主・斉藤一成が直々に立っていた。

 

厳格な紋付袴を纏い、背筋を凍るほど真っ直ぐに伸ばしたその姿は、一国の主のような威厳を放っている。だが、一成の鋭い眼光は大輝の姿を捉えた瞬間、驚愕に揺れた。香澄の報告は事実であった。いや、むしろ過少報告だったであろうことを、大輝を一目見て悟った。

 

(……なんだ、これは。歩く深淵か?)

 

大輝は、一成の前に歩み寄ると、育ちの良い旧家の跡取り息子らしく、丁寧な一礼をした。

 

「初めまして、斉藤一成さん。香澄先生には、いつもお世話になっています。山田大輝です」

 

その声は涼やかで、毒気など微塵も感じさせない。しかし、一成の「眼」には、大輝の足元から広がる影が、その中にある底無しの闇が見えていた。

 

「……よく来られた、大輝殿。さあ、中へ」

 

一成は表面上は穏やかに微笑み、大輝を屋敷の奥へと促した。

 

「大輝くん、私は少し……奥で休ませてもらうわ。父が、あなたを案内するから」

 

香澄はそう言って、途中で二人と別れ、屋敷の奥へと消えていった。

 

香澄は、大輝の瞳を見ることができなかった。彼女は知っていた。これからこの屋敷で何が起こるのかを。そして、自分がそれを止めることも、あるいは見届けることもできない弱者であるということを。彼女は逃げるようにして屋敷の奥へと消えていった。

 

 

 

広大な廊下を進む。斉藤家の屋敷は、随所に強力な封印や破魔の術式が組み込まれているはずだが、大輝が通り過ぎるたびに、壁に掛けられた御札がガタガタと震え、床板が微かに悲鳴を上げた。

 

一成が案内したのは、屋敷の最西端に位置する「西の客間」だった。

 

斉藤家の霊能者たちは、大輝を屋敷へ呼ぶにあたって、事前に取り決めをしていた。

 

大輝を一成が直に視認し、東へ向かうなら対話、「日没」と「死」を意味する西へ向かうなら問答無用で攻撃を行う。と……。

 

「どうぞ、楽になさい。今、茶を淹れさせよう」

 

大輝を客間に先に入らせると、一成は部屋の外へ人を呼ぶ振りをして背を向けた。

大輝がふと壁に掛けられた掛け軸に目を向けた、その刹那だった。

 

一成の纏う空気が一変した。

 

彼は自身の着物の袖から、到底そこに収まっているはずのない長さの白銀の刀を引き抜いた。

 

一閃。

 

一成の放った一撃は、大輝の首を正確に、かつ慈悲深く、抵抗を許さぬ速度で跳ね飛ばした。

 

ゴロゴロ、と乾いた音を立てて、大輝の頭部が畳の上を転がる。しかし、その切断面からは血が流れる様子もなく、断面は黒く濁った何かに覆われている。

 

「いててて……。頭を落とされるのは初めてだなぁ。なんだか気持ち悪いや」

 

転がった頭部が、床に耳をつけたまま、のんきな独り言を漏らした。

 

一成の背筋に氷の柱が突き刺さる。大輝の胴体は、首を失ったまま泰然と直立し、その首からは血が吹き出る様子も無い。

 

「……化生め」

 

一成は動揺を押し殺し、即座に次の術式に移行した。彼は印を組み、常人には聞き取れない、律の入った超高速の祝詞を紡ぐ。その肺活量は人間を超越しており、一呼吸の間に数百の文字が空間に刻まれていく。

 

「うわ、すっごい早口、どうやってるのそれ」

 

そんなのんきな感想が最後まで聞き取られることはなく、一成の口から吐かれた純白の炎が、大輝の頭と胴を包んだ。

 

轟々と音を立てて大輝を包み込む炎。不思議なことに、その熱は畳一つ、壁一枚を焦がすことはなかった。ただ、対象となった「山田大輝」という存在だけを、この世から抹消せんと燃え盛る。

 

数秒、あるいは数分。一成が霊力を注ぎ込み、炎を吐ききった時。そこには「何も」残っていなかった。

 

 

 

「……駄目だよ、一成さん」

 

一成の背後。

 

耳元で、囁くような声がした。

 

僕みたいなの(怪異)から目を離しちゃ。『見えない』ものを、人は本能的に怖がるんだから」

 

その「囁き」は、一成が先ほど行った、律の入った詠唱と同じ――いや、それ以上の速度で紡がれていた。

 

一成の背筋を、氷の柱が突き抜けたような悪寒が走る。

 

振り向くと、そこには傷一つない大輝が立っていた。煤の一粒すら、その灰色の着物には付いていない。先ほど首を落とされ、炎に巻かれていたはずの少年は、どこか楽しげに首を傾げた。

 

「えへへ、どうかな。さっきの早口の真似してみたんだけど、上手くできてる?」

 

大輝が早口で笑う。一成は、その無邪気な笑みに一切反応を返すことはなく、渾身の力で刀を振りかぶり、大輝の心臓があるであろう場所を、真っ直ぐに突き刺した。

 

刃が肉を貫く確かな手応え。一成は再び律の入った早口で、先程とは異なる祝詞を唱え、刀を通して『封じの呪詛』を流し込んだ。殺せぬなら、封印するまで。

 

だが、大輝は痛がる様子もなく、チラと胸に刺さった刀を一瞥すると、そっと一成の顎に手を添えた。

 

優しげなその動きとは裏腹に、そこには万力のような力が込められていた。大輝は有無を言わさず一成の頭を固定し、無理やり自分と目を合わせさせた。

 

大輝が大きく口を開ける。

 

そこから這い出した、異様に長い紫がかった舌。その表面には、禍々しい墨色で『返』の一文字が刻まれていた。

 

一成は、脳でその文字を理解するよりも早く、刀を放り出し、後ろへ跳んだ。

 

大輝の胸に突き刺さったままの、斉藤家の家宝である霊刀が、呪詛返しによって、まるで折り紙のように平たく折り畳まれ、呪符へと姿を変えて「封印」されるのが見えた。一瞬でも遅れていれば、自分もああなっていただろう。

 

「──亀」

 

事前に斉藤家の霊能者たちが、示し合わせていた作戦の一つ、その「合図」が、一成の口から放たれた。

 

その瞬間、何も無かったはずの空間から、無数の『注連縄』が、生きている蛇のようにのたうち回りながら飛来した。

 

縄は大輝を囲うようにして正確な六角形の陣を描き、空を裂くような霊力の障壁を形成した。

 

「あれ? 今のは一成さんの術じゃないね。誰かいるのかな」

 

結界に閉じ込められながらも、大輝はキョロキョロと興味深そうに周囲を見回した。

 

一成は膝をつき、ようやく安堵の吐息を漏らした。

 

「流石に、この結界からは逃げられまい……」

 

しかし、その安堵は数秒と持たなかった。

 

ジュッ、という、何かが腐敗するような嫌な音が響く。

 

見れば、斉藤家の術師たちの髪が織り込まれ、その霊力によって強化されてるはずの注連縄が、黒い泥のような物に変化していき、ボロボロと腐り落ちていくではないか。

 

大輝は、そこに壁など初めから存在しなかったかのような顔で、その泥と縄の成れ果てを踏み越えて歩いてきた。

 

「これいい術だね。僕もやってみていい?」

 

大輝は自分の頭から一本の髪を引き抜いた。

その髪に、フッと息を吹きかけ、一成の方へと飛ばす。

 

宙を舞う髪の毛は、一瞬にして数十メートルの長さにまで増殖し、一成を囲んで完璧な六角形の陣を形成した。

 

それは、たった今斉藤家が仕掛けた結界術の、あまりにも完璧で、あまりにも冒涜的な「模倣」だった。

 

「いいね、これ。低コストで高効率、使いやすい術だ」

 

大輝は満足げに頷きながら、動けなくなった一成の元へ歩み寄った。

 

一成の着物は激しい戦闘の余波ではだけ、その剥き出しになった胸元には、『顕』の一文字の入れ墨が彫られていた。

 

「……失礼しますね」

 

大輝は微笑みながら、自らが張った結界の障壁に、手を無理やり突っ込んだ。

 

バチバチと霊的な火花が散るが、大輝は構わずに一成の胸元を、汚れでも拭き取るかのように優しく擦った。

 

「あ……」

 

一成の『顕』の入れ墨の文字が、まるで水性マジックが水に溶けるように、消えていた。

 

次の瞬間、部屋の景色が変わった。

 

これまで空気に溶けるようにして存在を消していた、一成以外の六人の術師たちの姿が、忽然と現れたのだ。

 

彼らの肌には、一成の『顕』と対になる『隠』の文字が刻まれているのが見えた。

 

「なるほどね。二つの呪印のペアによって、一方以外に意識が向かないようにする暗示みたいなものかな」

 

大輝は感心したように呟いて、何の未練も見せることなく、一成の動きを止めていた結界を解除した。

 

術師たちは、構えていた武器や法具を握りしめたまま、石像のように硬直していた。

 

彼らは理解してしまった。

 

目の前の少年は、そこらの怪異がそうするように、ただ力ずくに自分たちの術を破ったのではない。

 

見た瞬間にその術理を理解し、自分の持つ、霊力と呪力のハイブリッド構造に合った形に術式を組み換え、自分のものとして使いこなしてしまっている。

 

それは、努力や修練で到達できる場所ではない。

 

まるで、神話の怪物が人間の遊びを真似事しているかのような、圧倒的な格の差。

 

一成は、目の前の少年の底知れぬ深淵に、ついに心を折られた。

 

この少年がその気になれば、この屋敷にいる者など、瞬きをする間に消滅させられることを悟った。いま自分たちが五体無事で生きていられるのは、目の前の化生に「殺意」も「敵意」も無いから、というだけの理由でしかない。

 

「……構えを、解け」

 

一成が掠れた声で命じた。

 

術師たちは、重い呪縛から解放されたかのように、武器を畳に置いた。

 

「山田大輝殿……。非礼を詫びる。貴殿の力は、少々……私たちには刺激が強すぎた」

 

一成は深く頭を下げた。それは敗北の宣言であり、同時に、この「厄災」と対話する道を選ばざるを得ないという、生存のための懇願でもあった。

 

「いいよ、色んな術が見れて面白かったし。それに僕、先生の家の人たちとは仲良くしたいんだ」

 

大輝は、何もなかったかのように再びおっとりとした微笑を浮かべた。

 

 

 

こうして、斉藤家と山田大輝の「初対面の挨拶」は、一族全員の屈服という形で幕を閉じた。

 

夕暮れの光が差し込む客間で、ようやく、本当の意味での「話し合い」が始まろうとしていた。




山田大輝くん。
今作の主人公くん。先に本体(クロちゃん)を倒さないとダメージを受けないタイプのクソボス。なお、その本体は主人公くんよりヤベー存在とする。霊能者たちのことを「初対面の同業者に会ったら殺し合う」蛮族なんじゃないのかと思い始めている。

斉藤一成くん。
現代に生きる霊能者の中では最強クラスの人。でも相手が悪かった。大輝がギミックボスじゃなかったら初手の一閃で倒せてる。大輝の事を人の皮を被った化生の類だと確信している。でもどうしようもないんで、頭の中で「あそれどうしよう」盆踊りを踊ってる。

斉藤香澄ちゃん。
中の下クラスの霊能者ちゃん。大輝の邪気に当てられて寝込んでるなう。今の大輝くんは公共交通機関使うと軽く騒ぎになるし仕方なくレンタカー借りて慣れない運転で頑張った今話一番の苦労人。大輝の事は一応人間だとは思っている。斉藤家の人間が大輝の事を、一目見て対話ではなく、自分がそうしたように滅殺しようとするであろうことは察していた。斉藤家の霊能者たちが大輝に勝てるかは五分五分だと思っている。
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