「
高杉様の船をお散歩していたら河上さんに声を掛けられちゃった。
今まで一言も話しかけてくれなかったし、話しかけるなオーラ全開だったから、今がチャンス!!
「はい!!何でしょうか!!」
元気よく満遍の笑みで首を傾げた。
「すまぬ、人違いでござった。」
……え?
河上さんは前から歩いて来たし、名前まで呼んだのに人違いすることってあるの?
「な、なんでですか〜!!」
軽く腕を叩くと露骨に避けられてしまった。
「失礼する。」
サッサと立ち去ろうとする河上さんの袖を引っ張った。
「どうして避けるんですか?河上さんが鬼兵隊に入れてくれたのに。」
転生者として初めて目覚めたあの日。
倒れていた私を拾い上げてくれたのは河上さんだった。
そこで初めて痛みを知って、本物の戦場を見た。
その後、拾われて直ぐに窓ガラスに映る自分の髪や眼の色といった身体的特徴から夜兎族になったんだと気がついた。
ここが漫画の世界であること、朧気に記憶にあった『射干菟』という名前だけを頼りになんとか鬼兵隊に拾ってもらえた。
漫画の知識を使って高杉様が攘夷志士だったこと、白夜叉……つまり坂田銀時と盟友だったことを言い当てたりした。
そのきっかけをくれた人、言うなれば河上さんは命の恩人だ。
「見込み違いであった。……とも言い切れない。」
河上さんは右足で貧乏揺すりをして、深いため息をついた。
見込み違いってどうゆうこと?
「私、お掃除とか家事とか……やれること、頑張ってるのに……。」
せっかく推しの高杉様が居る船に居るのに1年近くイベントは無いし、殆どネームドキャラと会話出来る機会が無かった。
あっても来島ちゃんとか武市さん、岡田さんみたいな幹部以外の面々ばかり。
頑張って自分磨きするため、配給されたお金を貯めてメイクやスキンケア、ヘアケアにネイルケアを頑張ったし、湧き出てくる異常な食欲をセーブし続けたのに。
夜兎ってものすごくお腹が空くから普通の女の子の食事量を保つのだけでも一杯一杯だった。
「……そうでござるか。やれることをすればいい。」
そう言って河上さんは歩き去った。
……励まされちゃった。
そうだよ!私は自分に出来ることを頑張ればいい!
なにせ夜兎の美形に生まれた夢の乙女なんだから!
「はい!頑張ります!」
「射干菟ちゃん、強い方を出しといたらどうですかねェ。宝の持ち腐れになっちまう。」
似蔵の奴が点鼻薬をシュコシュコと鳴らしながら議題を挙げた。
「頭が回るほうを野放しにはできねェだろう。」
煙管からふぅと紫煙をふかして燻らせると煙は二股に別れ靡いた。
「やっぱり二重人格っつうやつですかい?」
初めて会った射干菟はそこいらに居る『傾奇者』に恋焦がれ傾倒するミーハーな女に過ぎない、ただの通りすがりに過ぎねえようなもんだった。
ただし、万斉からの『交戦した夜兎である』との話から船に乗せては見たが、蓋を空けたらただの女とは肩透かしもいいとこだ。
と、思いきや似蔵に斬らせりゃ忽ち『夜兎族』の本性を現しやがる。
とんだ雌狐だ。大いに化かされたもんだ。
「神威と万斉の話を纏めると、射干菟の来歴はこうだ。」
射干菟は神晃、つまり星海坊主の所に厄介になっていた事がある。
その後、単独で掃除屋をしていた。
この期間の間に射干菟は『親殺し』をしている。
およそ1年前、万斉と交戦し雌狐の射干菟は子兎の射干菟に変わった。
何故か?恐らくは創傷による出血だろう。
それまで子兎にならなかったのは、ひとえに雌狐が強すぎたからだ。
そして神威が2回交戦しようとするも、子兎は逃げた。
神威も逃げるような雑魚を相手にする男じゃねぇ。
で、俺たちが雌狐と相見まえたのがつい先日。
似蔵に斬らせ亡骸を神威に渡してやろうとしたあの日。
雌狐の射干菟は似蔵と神威、そして俺を相手にしながら逃走を図り、尺玉を撃ち込んでも生きて居やがった。
その後、行方知れずになるも境内の森で神威と2回交戦し、再び創傷を負って子兎が現れた。
神威が連れ帰った子兎が創傷を負うと再び雌狐になり、同族の阿伏兎、神威。そして似蔵、万斉、俺の5人を相手に大立ち回りをしてみせた。
その立ち回りに失敗して雌狐は子兎になっちまった。
「つまり、子兎を雌狐するのは容易いが、雌狐を子兎にするのは骨が折れるという話だ。」
子兎は花畑を跳ね回っていればいい。
雌狐は寝首をかこうとする獰猛な眼をいちいち瞑らせなきゃならねぇ。
隣で黙りこくっていた万斉が口を開いた。
「確かに、小姑になりそうでござるな。」
「誰が小姑ですか?」
この音、このリズム……間違いない。
「射干菟殿!丁度、射干菟殿の噂をしていたところでござる。」
射干菟殿の肩を指先でツンとつつく。
「噂……?私をどうやって始末、または実戦に投入するかについて?」
腕をツンツンとつついた。
「違うでござるよ。拙者、広義でいうワイヤー使いの者同士、戦闘スタイルについて語り合いたくてウズウズしていたでござるよ。手始めに射干菟殿は好きな音楽は何でござるか?」
射干菟殿は目を細めてため息をついた。
「雌狐やら子兎やら隠語で会話をしていた筈。まさか遊郭に落とすのではあるまいな。」
突拍子もない発言に口角が緩む。
「射干菟殿〜自分の美貌に自信がありまくる女性でござるか〜射干菟殿は自分が遊郭で通用すると〜?」
リズムに乗ってきてしまい射干菟殿の肩を揺すった。
「そういうわけでは……。」
射干菟殿に『出血が人格交代のトリガー』であることを悟られてはいけない。
これは春雨幹部、鬼兵隊幹部のみが知りうる切り札。
「射干菟殿、このCD聞いてくださるか?拙者このシングルが好きで……ぜひ感想を共有していただきたい。」
CDを手渡すと射干菟殿はマジマジと眺めている。
「寺門通……?アイドル……。」
「アイドルと侮るなかれ。お通殿のパッションは本物でござる。」
拙者がプロデュースしたアイドルでござる。
「万斉……おめぇなぁ。」
晋助が呆れたように遠い目をした。
「射干菟殿、お時間よろしい」
「よろしくない。俺の嫁に触るな。」
いつの間にか神威が顔中に青筋を立てながらこちらを睨見つけている。
「私は神威の嫁ではない。」
そうでござったか。
「つまり『射干菟殿は俺の嫁』ということでござるな!いいでござるな……射干菟殿は俺の嫁!射干菟殿は俺の嫁でござる!」
腕を振り上げて下げる動作をすると神威と射干菟殿は引きつり笑いをしていた。
これから毎日、射干菟殿と話したり対人訓練ができるでござる。
「賑やかになったねぇ……。」
似蔵も心なしか楽しんでいるように見える。
「はぁ……厄介な爆弾を抱えちまったなァ……。」
晋助は煙を吹きながら窓の外の江戸の町を見下ろした。
「まあ、春雨と鬼兵隊で射干菟を管理するから、これからよろしくね、射干菟。」
オマケのコーナー(ふえる)
「射干菟殿は最強愛されヒロインでござるな。」
何を言い出すかと思えば……。
「私は夜兎族の現最強格である。愛され?確かに両組織の幹部とコネクションを持ったが、愛されとは甘やかしのことだろう。甘やかしなら神経張り詰めた殺気を向けられるはずが無い。」
天女、及びおもしれぇ女というヒロイン称号は獲得し、パーフーというモンハン宛らの効果音がなった気がしたが。
記憶がない時に甘やかされている?
神威は嫌がらせの新婚ごっこをしているのは確定として。
仮にそうだとしたら高杉や阿伏兎、岡田の態度に現れる……。
……この3人はあまり表情に出さないタイプか。
交戦したのは岡田、高杉、阿伏兎、神威、そして万斉。
もう一度手合わせ願いたいが、如何せん体力が無い。
殆どご飯を食べていなかったかのように力が出ない。
本領を発揮すれば5対1でも……。
「拙者、射干菟殿のこと……射干菟殿のことが好きでござる……トゥンク……。」
万斉……。
「トゥンク……と口に出している時点でなぁ……。」
最近、やたらと万斉に絡まれる事が多くなった。
以前は無視をされていたような気がするが、記憶が曖昧で定かではない。
意図せず何かがトリガーになったのか?
「トゥンク……トゥンク……」
サングラスをかけているので表情が伺いしれない。
「新手のセミか!」
腕をパシッと叩くと、逆に私の腕に縋り付き耳元で囁いた。
「トゥンクトゥンク蝉でござるよ……トゥンク……トゥンク……」
その光景を神威と高杉は形容しがたい顔をして黙って見ている。
神威は己の嫁という縛りを忘れてか、たまに自分の『射干菟の番であり夫』という管理者ポジションを取り逃し、高杉も冷徹な総督ポジションを忘れるようだ。
「はぁ……おめぇら……仲、いいな……。」
、、、
「なんて美しい女だ……俺のものにしてやる。」
ピンク色をした三つ編みのカツラを被った武市先輩が私の手を握った。
「あら、あなた春雨の団長……神威ね?」
私も同調して頷く。
「何故正体が分かったのです……分かったんだ。」
武市先輩がずいっと近づいて、思わず後ずさりする。
「女の勘ッス……癪です。」
台本通りに目を伏せた。
「癪はカンでも違います。……面白いな、ますます気に入った。」
顔が近づいてくるのを避けようとして蹌踉めきそうになる所をなんとか踏ん張る。
「あらあら、どうしましょう晋助様。」
晋助様になりきった万斉先輩がサングラスをクイッと上げる。
「……おめぇは俺の女だ。」
スタスタと近づいてきて武市先輩との間に割ってはいる。
「へぇ……誰のものか決着つけようか。暗黒微笑。」
武市先輩と万斉先輩の手に両腕を握られた。
「私の為に争わないでくださいッス!!」
大声で叫ぶとパチパチという拍手が鳴った。
「素晴らしい寸劇だったねぇ、来島また子は名女優。ねぇ?射干菟ちゃん。」
岡田先輩の声は届かない様子で、射干菟はただ呆然とこちらを見ていた。
「なんだぁ……こりゃぁ……」
私もわからないッス。
「これが愛されヒロインでござるよ。射干菟殿のポジションを寸劇にしてみた件。」
射干菟は口をあんぐりと開けて絶句している。
「……なら私は違うと思う……。」
射干菟が逃げて再び帰還してから明らかに待遇が変わったッス。
何があったかは教えられなかったから、もしかしたら機密情報、射干菟は紅桜以上の何かを持ってるッス?
「射干菟殿は拙者の嫁でござる!キリッ」
あ、万斉先輩がまた悪ノリし始めた。
「フン……戦えるか?そのなまくらでよぉ……。」
射干菟もノリノリみたいッス。
「闘ってみせようぞ、惚れた女のためとあっちゃあしかたねえ、ああしかたねえ。」
万斉先輩、もはや歌舞伎役者ッス。
「いいだろう!!刀を抜け!!」
射干菟が高らかに宣言すると万斉先輩が抜刀するフリをした。
「いくぞ……両親の仇!!」
設定!!女のためでは!?
「ハッハッハ!!俺は四天王のなかでも最弱!!……って目的が変わっている!!」
射干菟がノリツッコミをすると万斉先輩はハハッと笑った。
「見抜かれてしまったでござるな。」
チラリと本物の晋助様の方を見ると、後ろ姿ではあったものの少しだけ笑ったように見えた。
「……たまには羽目を外すのも……悪かねぇな……。」