「
身体中がズキズキと針を刺されているように痛むが、どうにか五体満足ではあるようだった。
「この包帯は万斉が巻いたのか?」
まるでギュドンドンド族のように全身に白い包帯が丁寧に巻かれている。
「み、みてないでござる……。」
みてないは無理があるが、ツッコむだけ野暮だ。
「助かったよ。寺門通のCDと見せかけて、いざと言う時の潜伏拠点の情報を仕込むとは……策士だな。……案外歌が下手だなお前。」
万斉に渡されたアイドルのCDには鬼兵隊幹部のみの情報が……というのは語弊があるが万斉との内通として上書きされており、CDプレイヤーとイヤホンと共に渡された時点で『聴け』という意図を感じ、聴けば隠れ処の侵入方法が『万斉の歌のてい』で録音されていた。
「……と、いうことで……拙者の嫁になるでござるか?」
このボロボロの身体を不憫に思ったか。
「ぬかせ。戦闘中に放った愛の囁き……神威に対する逃走ルートを確保するための目眩ましだったろう?」
あの戦いのさなか万斉は間夫の役を演じ、神威を欺ききった。
『拙者は惚れた女を落とすために動いているだけでござる』
万斉は文字通り左右にワイヤーを放ち壁を崩落させ、天井を崩して神威の視覚を奪い去り、逃走用の死角を作った。
おかげで岡田と共に最後の時を過ごせた。
まさか自分だけが助かるとは、自分が夜兎であることがこれほど虚しいことだとは。
「半分は当たっている、耳が痛い。……射干菟殿こそ拙者を逃がそうとしていたでござろう?」
気づいていたか。
『万斉!!お前は引け!!これは夜兎の共食いだ!!』
神威と阿伏兎との争い……夜兎の闘争は地形を変える程の力を持つ者同士がぶつかり合い、周囲を巻き込み犠牲を顧みることなど無いからだ。
「夜兎の嫁は金食い虫だぞ。ご飯……飯をたくさん食うから。」
私は夜兎として……純血の夜兎として……力ある夜兎と番になるべくして育てられた。
「そうでござるか、いっぱい食べる君が好き。」
カロリーミート、スパゲティーソースコード。
確かに夜兎として見てくれはいい。
「万斉……私は夜兎で……」
「射干菟殿は拙者が嫌いでござるか?」
ズルい男だ、河上万斉。
「嫌いではない。」
完全に乗せられてしまっている。
「そこは好きって言っちゃえYO!」
顔が近い……もう……
「万斉、好きだ。お前が好きだ。お前だから好きだ。」
「……う、恥ずかし、キャパオーバーでござる……」
「よく俺の前に顔を出せたな、射干菟。」
神威は顔中の血管を浮き上がらせながら張り付いた笑みを零した。
「逃走し続けることなど不可能だからだ。」
たとえ万斉と愛し合い愛の言葉を囁き合ったとしても、棲家が安全でなければ、かえって愛する者を害してしまう。
私は名目上は鬼兵隊であり、春雨の雷槍である第七師団団長の神威の嫁と吹聴されている。
そして何より『私の中にいる娘』には逃亡生活は耐えられない。
「流石、射干菟。お前を溺愛してくれる旦那様から逃げられるわけないからな。」
私が記憶を失う間、何が起きているのかまったく把握出来ていなかった。
ふと、CDプレイヤーに録音機能があることに気がついて録音を回して真実を知った。
私の中には別の記憶と意志を持つ『私の中にいる娘』がいることを。
だからこそ謎の記憶や見聞きしていないはずの情報に心当たりがあったのだ。
「そうだな、旦那様が甲斐性なしだから支え」
「調子に乗るな……射干菟……」
髪を引き千切られるほど強く握られ、足が浮いた。
「雑魚の雄など眼中にないから仕方がない。」
ガンッと大きく腕を振られて壁に叩きつけられる。
「……それで、どうして俺を憎まないんだ?殺意が感じられないんだけど?」
当たり前だ、小細工をするような雑魚を手に掛ける気にはならない。
それに『私の中にいる娘』が神威を好いている。
「どうでもいいからじゃないか。」
バキッという音がすると自分の体を受け止めていたダイニングテーブルが真っ二つに割れていた。
「なら……そうか、分かった……俺を憎くて憎くて堪らないようにすればいいんだ。」
神威はテーブルの破片が付いたままの私を引き上げ、壁に押し付けて耳元で囁いた。
「旦那様が愛してやるよ。骨の髄まで。」
肩と腰に手が当てられる。
「可哀想だな、神威。」
「……射干菟、俺が憎いだろ。」
「……神威、お前は弱い。あまりにも弱すぎる。」
「……射干菟。俺の方が上だ。」
「……そうかもしれない。」
「で、射干菟。お前を鬼兵隊から借り受けた。実戦に投入する。」
実戦と言うことは武力による侵略行為を指すのだろう。
鬼兵隊とて春雨の提督にまで上り詰めた神威の意向を無碍にできるはずがない。
岡田亡きあと、私が万斉、神威、阿伏兎と闘った事実は当然のように伏せられた。
協力関係にある春雨幹部に牙を剥き、[[rb:剰 > あまつさ]]え万斉に対しても歯向かったのだ。
それ相応の処分が下されて然るべきだ。
にも関わらず、また子も武市も、総督である高杉すらもその事実を勘付いていながら一切の言及をしなかった。
「そのようだ。鉄砲玉として切り捨てられたか。」
恩情なのか、目をかける価値がないとして見限られたのかは分からないまま時間は過ぎた。
しかし雌狐と呼ばれる私として彼らと接していた期間は子兎と比較しても、あまりにも無情に短すぎた。
それでも、混ざり合い溶け合う記憶と感情は彼らを深く愛し過ぎている。
移動する船の窓から江戸の町並みを見下ろし、最期になるであろう空に別れを告げた。
、、、
「ギャァァァ助け助け助け」
見知らぬ星に対する虐殺だった。
私はただただ、己の力を振るった。
「どうか……この子だけは……」
目の前にいるのは親子だった。
この惨状では、生きながらえるだけその時間が苦痛に変わる。
生きたとて女の方は戦火……戦禍に乗じて陵辱され徹底的に犯され辱められるのが関の山。
子供の方も売り飛ばされて良くて奴隷、悪くて玩具か臓器としてバラバラに売り裁かれるであろう。
ならば手向けとして、私が苦しまぬよう手を下してやるのが優しさか。
それがせめてもの
「射干菟!!右から来るぞ!!」
皮肉にも無駄な考えをしたせいで反応が遅れた。
右肩から失血している。
「オレたちの家族に手を出すなガッ」
振り向くと発砲した男は神威によって討ち取られていた。
「俺の嫁に手を出すな。」
血……
血……
「ぎゃあ!!痛い痛い!!」
肩から血が出てるぅ!!
「あー……お前、下がってて。俺が始末するから。」
神威様が眉間にしわを寄せながら歩いてくる。
「助けてぇ……誰かぁ……」
左を向くと女の人と小さい男の子が抱き合って泣いている。
気づけば周りには死体がゴロゴロと転がっていて血の匂いに吐きそうになるのをグッとこらえる。
このままだと二人とも殺されてしまうかもしれない。
「私が助けます!!……か、神威様!!やめてください!!」
二人を背にして鞭を神威様に向けた。
神威様が戦闘狂で女子供に容赦しないことを私は知っている。
「……は?旦那様に逆らうの?」
確かに神威様は旦那様。
それでも何の罪もない人を傷つけるのは違うから。
花嫁だからこそ神威様を止めなくちゃいけない。
私が高杉様に惚れ込んだのはテロリストだからでも色男だからでもなく、鬼兵隊を想う姿を見ていたから。
攘夷志士として戦い、破れ、それでも現状を変えようと足掻く彼を助けたかったから。
役に立ちたいって、心の底からそう思った。
私だって夜兎族なんだから!
ちゃんとCDプレイヤーで雌狐に戦闘方法をスピーディースターラーニングでコーチングしてもらったもん!!
「私は銀魂のファンです!!だから侍魂を持っているんです!!絶対にこの人たちを傷つけさせません!!」
そうはいっても足はガクガク震えてる。
「……いい加減にしろ。」
怖い。声色から本気で怒ってるのが分かる。
……本当に殺されるかもしれない。
「神威様はお母様の江華様のことで辛かったんですよね?本当は星海坊主と神楽ちゃんのことが大切な家族想いの優しい人だって分かってますから!!」
二人はこの隙に逃げられたみたい。
よかっ
「お前、いらない。」
「神楽ー!!教育テレビの音下げて!!晩飯時に三味線はうるせーよ!!」
銀さんがジャンプを読みながら神楽ちゃんに叫んだ。
「え?今はジャンプアニメやってるアルよ?」
テレビを見るとかめはめ波を撃っている。
「あれ?神楽ちゃん、お供えやめた?」
窓際は隙間が開いていて月餅と三日月型の髪留めが無くなっていた。
「やめてないアル!カラスが持っていっ……」
神楽ちゃんは窓際に立って呆然としていた。
「あ!!コウモリ傘がある!!なんだ、シャガトさん帰ってきたなら一言声をかけてくれればいいのに。」
銀さんはジャンプを置いて、涙を流す神楽ちゃんの側に立った。
「お、大袈裟ですよ……シャガトさんは……」
何故か涙が出て、眼鏡が曇るくらい嗚咽してしまった。
「月にでも……帰ったんだろ。」
三味線の音は段々と遠く小さくなっていった。
「……シャガトは夜兎だから、仕方ないアル。」
、、、
「月が綺麗でござるな、射干菟殿。」
約束は果たした。
『死んでも可いわ、万斉』
そう呟く姿など、何処にも在りはしないのに。
「ピクセボの小説ランキング、子兎みたいなテンションの娘が総督や提督等の強者からやたらチヤホヤされているな……。」
射干菟殿はまだ回復しきっていない身体を癒す余暇時間に飽きてしまったようで拙者のノートパソコンを覗き込んでいる。
自分が相手をできない間の暇つぶしになればいいのだが。
「拙者だけでは不満でござるか?」
雌狐の射干菟殿は拙者しか男を知らない。
子兎のように周囲にいる水も滴るいい男達から寵愛を受けたいのではないか。
目移りをしているのではないか。
「そんなことはないよ。万斉だけでいい。」
拙者で満足しているのか?
「これでもプロデューサーでござるよ?ハートを射止めるでござる!!キリッ」
夜兎の女は普通の愛し合う方法では快感が足りず、欲求不満になったり……
「私は戦うお前が好きだ、頭が切れるから。」
いつの間にか射干菟殿が肩に身体を預けている。
「や、はずかし……」
サングラスを手で抑える。
射干菟殿はストレート過ぎるから。
「立ち回りが上手い、策士だ。そして強い。」
ノートパソコンをベッド脇に置いて、ぎゅうっとハグをされる。
「やめて……」
駄目でござる、3回戦は……傷の治りが……
「それに三味線が弾ける。」
「それは晋助も同じでござる。」
思わず頬を撫でた。
柔らかいが、まだ細かな傷が残っている。
「……そうだ、射干菟殿、歌を歌ってみないでござるか?」
手櫛で髪を梳くが、毛先が傷んで絡まっている。
「私には無理だよ。『私の中にいる娘』なら兎も角……。」
上手い下手ではなく、射干菟殿の歌声を聴きたい。
「いいからいいから、CDプレイヤーに録音機能があるでござろう?好きなタイミングでいいでござるから……」
唇を重ねた。
「考えておくよ……。」
瞳が綺麗だ……満月のようで、写し鏡のようで……。
「好き好き大好き射干菟殿♡」
額に唇を落とすと首元に頭が擦り付けられた。
「私も好きだ、万斉。」
「うっ……バタッ、どうやら心の臓を撃ち抜かれたようでござる。」
、、、
、、、
「万斉先輩、何聞いてるッス?」
また子は万斉が珍しくCDプレイヤーを持ち歩いているのに気がついたようだ。
「愛の言葉でござるよ……」
おめぇ達がそこまで深く情が通じていたとはなぁ。
「聞いてもいいッスか?」
野暮なこと、だが、また子が居るからこそ空気がカラッと乾く。
また子は鬼兵隊の心の臓だ。
「これだけはダメでござる!!」
万斉がCDプレイヤーを天にかざすと、また子はぴょんと飛び跳ねた。
「そう言われると聞きたくなるッス!!」
ぴょんぴょんと、まるでうさぎがいるみてぇに。
「晋助!!預かってくれ!」
イヤホンごとCDプレイヤーが放り投げられて、それを受け止めた。
「あいよ。」
「ぐぬぬ……晋助様には強く出れないッス……」
、、、
「射干菟の奴……下手くそだったなぁ……唄も、生きることも……人を愛することも……」
三味線のベンベンという弾ける音が満月の月明かりに溶けた。
「今日の晋助殿の演奏は心を揺さぶりますね……」
三味線の胴掛けには万斉と二つに分けた髪飾りのように小さい鏢刀の三日月が鏡のように煌めき、月の光を反射している。
「そう聴こえるか。……武市。」
あの雌狐が神威相手にいとも容易く討ち取られるはずがない。
たとえ策に嵌められたとて神威が無傷でいるはずがない。
……つまりは、あの雌狐が負けたのではない。
子兎が、あの無邪気な年頃の無垢な娘が表出て、自らの意思で神威に対し牙を剥いたのだ。
神威が連れ出したあの戦場は申し出通りの縄張り争いですらなく一方的な略奪行為だったと耳にした。
だからこそ小兎は窮鼠のように強者に歯を立て、逆らった。
そして、無様にも美しく咲き誇る桜のように散っていったのだと、鬼兵隊の隊員としての矜持を持っていたのだと。
そうだろう……。
「今宵もお月さんは欠けていく……なあ子兎よ。」
。。。
「射干菟を俺の嫁にする。」
そう神威が言い放ち、腕に射干菟を抱いて現れた時には目を疑い、同時に耳も疑った。
「よく見つけたなぁ、神威よ。」
尺玉を撃ち込み、花火の炸裂と共に火花として散ったとばかり。
「射干菟はお前……高杉んとの……一応は鬼兵隊の隊士だろ?……春雨との同盟強化の貢物ってことで貰い受けるから。」
確かに鬼兵隊の隊士であったが、ただのお飾りにしかならず、隊士の慰み者や人攫いに売っぱらうのも哀れに想い、いっそのこと斬り捨てた女だ。
ただ、あの日の射干菟は別人のように猛者として立ち回った。
……戦える夜兎なら手元に置きたい。
「ならばお前さんが通え。ならば仮の夫婦として認めよう。」
紫煙と共に諦念の溜息を吹くと神威は餓鬼のような笑みをした。
「吐いた言葉は取り消せないからな……高杉。」
、、、
「射干菟。俺を忘れちゃいるめぇな。」
戦人に変わった射干菟の隙を突いて抜刀し、右肩を貫いて動きを止めた。
「まるで天女に見まごうよう舞踏だった。」
いや、鬼神と言ったほうが正しいか。
岡田に万斉、阿伏兎に神威、この強者共を同時に相手取れる者は男でも指折りしか居ない。
「おもしれぇ女だ……射干菟よ。」
刀身を引き抜くと力なく床に倒れ、程なくして射干菟は意識を失った。
「射干菟は旦那の俺が介抱するから。」
、、、
「高杉様ぁ!!またご一緒できて嬉しいです!!」
またしても耳と目を疑った。
今迄の射干菟と鬼神の射干菟は明らかに別人格。
つまり、今目の前にいるのは小兎で、鬼神は雌狐で、恐らく出血か何かがトリガーとなり『人格を交替』している。
「そうか……。」
ならば雌狐は控えに置いたほうがいい。
いつ寝首をかこうとしてくるか分かったもんじゃねえ。
「こうして松陽先生が守ろうとした江戸の町を……高杉様と一緒に見られて……。」
なぜ松陽先生の名を……。
確か小兎は銀時が白夜叉であったこと、攘夷志士達のその後を言い当てたりはしていたが……。
記憶を読むのか?
「おめぇ……人の過去を知ることが出来るのか?」
小兎の顎を掴むと顔を真っ赤にして首を横に振った。
「ま!まさか!!転生なんかしてません!!」
転生……何者かの生まれ変わりか?
だから前世の記憶がある……荒唐無稽な話だが、突然に雌狐が現れた事実を鑑みるにあながち間違いではなく、瓢箪から出た駒かもしれねぇな。
「そうかよ……。」
、、、
「ところで小兎よ、三日月の髪留めはどうした。」
神威の奴は武器だけを回収してきたらしい。
「小兎?はい……何処かで失くしちゃったみたいで……結構お気に入りだったんですけど……。」
丁度よく宝石商とやり取りをしていたところだ。
小兎みたいにぴょんぴょんとはしゃぎ回る娘には目印が必要だろう。
夕闇色の髪、夜を映す瞳、そんな女には月長石をあしらった金の髪飾りがよく似合う。
「おめぇはそそっかしいからな……。」
ポンと手を頭に置くと小兎はヤカンのように湯気を出し蹌踉めいて、倒れかかってそれを抱きとめる。
「……このままにしちまうと……神威との結婚祝いになっちまうな。」
、、、
「小兎よ、夜風に当たると風邪を引く。」
甲板に座る小兎に羽織をかけるが反応がない。
普段なら湯気を出すか飛び跳ねて喜ぶかのいずれかだが。
隣に腰を掛けて、項垂れる小兎の顎を掴んで顔を近づけた。
「小兎……隙を見せたお前が悪い。」
唇を指でなぞるとゆっくりと唇が動いた。
「私は雌狐だぞ。」
慌てて手を引っ込めると何事もなかったかのように煙管をふかした。
「残念だったな、高杉。」
ニタニタと嗤う雌狐の頭を小突いた。
「残念……?何の話だ……。」
おもむろに立ち上がって紫煙を深く吐き出した。
「すまないな……二人の仲を裂いてしまって。」
……おめぇは何も気にすることなど……。
小兎も……雌狐も……。
全て、権力争いの犠牲者に過ぎねぇだろうが。
「射干菟、おめぇは鬼兵隊の隊士だ。……総督に気を使うんじゃねぇ。」
、、、
、、、
「『狡兎死して良狗烹らる』『砂上の楼閣』とは、よく言ったものだ……小兎……。」
。。。