投稿するとUAが凄い増えることに今更気づきました。
人の目に触れるって大事なんだなって。
沈黙が落ちた。
説明は終わっている。
この星の構造。
狩る者。
狩られる者。
そして、生き残る方法。
廃棄された採掘施設の居住空間に、機械の唸りにも似た静けさが満ちる。
ノーランドが壁にもたれたまま、佐藤を見る。
値踏みするように。
「……で」
短く言う。
「行く前に一つ聞く」
佐藤は返事をしない。
ただ視線だけを向ける。
「武器はいるか?」
その問いと同時に、ノーランドは足元の装備を軽く蹴る。
プレデターのブレード。
鹵獲した銃器。
即席の爆薬。
ここには、生き延びるために集められた“手段”がある。
佐藤は無言のまま立っている。
黒ずんだ戦闘服。
泥と血で汚れたジャケット。
肩には、使い込まれたAK-47。
銃床には無数の擦り傷。
金属部には細かな錆。
だが、整備は行き届いている。
腰にはホルスター。
収まっているのは大型のピストル。
予備弾倉が数本、ベルトに等間隔で差されている。
ナイフ。
簡易ポーチ。
最低限の携行品。
余計なものはない。
必要になれば奪い、失えば補えばいい——
そう語るような、実戦本位の装備だった。
佐藤は答えず、自分の肩からAK-47を下ろした。
無駄のない動作。
まず、弾倉を抜く。
重さを確認。
指先で装弾数を読むように撫でる。
差し込む。
金属音。
次に、ボルトを引く。
薬室確認。
排莢口を一瞥し、戻す。
乾いた作動音が、空間に響く。
続いて、腰のピストル。
引き抜く。
スライドを引く。
戻す。
安全装置。
トリガーの遊び。
照準。
一連の確認を、呼吸のように終える。
そして、言った。
「不要だ」
短い。
ノーランドの眉がわずかに上がる。
「それで足りるってか」
佐藤はAKを肩に戻す。
「足りなければ、奪う」
平坦。
事実を述べただけの声。
ノーランドは数秒、黙る。
それから——笑った。
乾いた、擦れた笑い。
「はは……いい」
首を振る。
「そういう答え方、嫌いじゃねぇ」
そのとき、誰もいない横手へ視線が跳ぶ。
まるで今、誰かに肩を叩かれたように。
「……あぁ、そうだな」
小さく頷く。
「だよな。最初からそういう目してやがる」
佐藤は興味を示さない。
再びピストルを収め、弾倉の位置を整える。
それで会話は終わった、という態度だった。
ノーランドは立ち上がる。
「なら決まりだ」
銃を拾い上げる。
迷彩装置の発振音が低く鳴る。
「新入りを見に行くぞ」
その声には、先ほどまでの気だるさが消えていた。
身体の重心も変わる。
疲れた生存者ではなく、獲物の動きを読む者の姿勢だった。
佐藤は無言で頷く。
二人は再び、配線まみれの狭い通路へ身を滑り込ませる。
鉄と油の臭い。
這い進む身体。
低い天井。
その先には、またジャングルが待っている。
そして——
新たに投下された獲物たちも。
◇
配線の迷路を抜ける。
鉄の腹を這い、油にまみれた狭路を進み、二人は再びジャングルへ出た。
湿気が肌に貼りつく。
腐葉土の臭い。
見えない生物の気配。
ローランドは即座に姿勢を低くする。
迷彩装置が微かに揺らぎ、輪郭が森へ溶けた。
「ついてこい」
短い。
佐藤は何も言わず従う。
木々の根を跨ぎ、ぬかるみを避け、視界の悪い茂みを最短で抜けていく。
道ではない。
生き延びた者だけが知る“通路”だった。
やがて、斜面を登る。
露出した岩肌。
上には巨木の枝が張り出し、天然の天蓋を作っている。
その陰に身を伏せると、眼下に開けた平地が見えた。
投下地点。
佐藤は目を細める。
そこには、数人の人間がいた。
武装した男。
軍人らしい姿勢の者。
怯えを隠せない者。
苛立ちを露わにする者。
互いを牽制し、距離を取り、状況を測っている。
ローランドが低く笑う。
「いつ見ても同じ面だ」
擦れた声。
「“何が何だか分からねぇ”って顔だ」
佐藤は答えない。
視線は人間たちから外れていた。
平地の端。
倒木のそば。
そこに——いた。
人型。
だが、人ではない。
大きさは人間より、わずかに上。
肩幅は狭く、四肢は長い。
体表は乾ききり、樹皮のようにひび割れている。
所々に穴が穿たれ、空洞の奥に闇が見えた。
顔面には、眼窩のような窪み。
だが——眼球はない。
それでも、周囲を“見ている”としか思えない角度で首が動く。
背には二つの突起。
左右に並んで生えたそれは、艶を失った黒色。
金属にも角質にも見える、硬質な質感を帯びている。
丸みを帯びた基部から背へ食い込むように固定され、装備品ではなく身体の一部だと分かる。
光を吸うような黒さだった。
そして何より——
静止している姿勢からは想像できぬほど、脚部の筋肉配置だけが異様だった。
走るためだけに組まれた構造。
佐藤の眉が、わずかに動いた。
「……人間だけではないな」
ローランドが横目で見る。
「気づいたか」
当然だろう、という顔で鼻を鳴らす。
「連中はコレクターだ」
一拍。
「強いもん、珍しいもん、よく殺すもん——なんでも拾ってくる」
佐藤は平地を見下ろしたまま問う。
「別の星からか」
「たぶんな」
ローランドは肩をすくめる。
「聞いた話じゃ、虫みてぇな奴もいた。岩みてぇに硬い奴もな」
視線を遠くへやる。
「人間同士で潰し合わせる時もある。ああいう異星の獲物と混ぜる時もある」
その異形は、不意に身を沈めた。
次の瞬間——消えたように見えた。
違う。
速すぎたのだ。
倒木の横から、十数歩先の岩陰へ。
地面を裂くような加速。
葉が遅れて舞う。
佐藤の口元が、わずかに上がる。
それはまるで、次に遊ぶおもちゃを見つけた子供のようで。
「脚力特化か」
「走り出したら厄介だ」
ローランドは吐き捨てる。
「見失えば、次は背後だ」
佐藤は静かに言った。
「試験場だな」
ローランドは即答した。
「ああ。連中は獲物を色々放り込んで、何が生き残るか見てやがる」
声に滲むのは嫌悪だった。
「強さも、知恵も、運も込みでな」
平地では、一人の男がその異形へ銃口を向けている。
異形は、顔らしき部分をゆっくり傾けるだけで動じない。
別の人間が怒鳴り、銃口を下げさせる。
混乱。
不信。
恐怖。
まだ何も始まっていないのに、すでに崩れかけている。
佐藤は静かに言った。
「統率がない」
「だから減る」
ローランドは笑う。
「だが今回は面白ぇぞ」
顎で示す。
平地の中央。
人間たちの中に、一人だけ異様に落ち着いた男がいた。
無駄のない体勢。
周囲への視線。
呼吸の乱れすらない。
武器を持っていても、それに頼っていない者の立ち方だった。
その眼だけが、狩られる者の眼ではない。
佐藤もそれを見る。
「……なるほど」
ローランドが小さく笑う。
「そうだ。中には混じるんだよ」
声が低くなる。
「最初から、狩る側の顔した奴がな」
そのとき。
ローランドの表情が変わる。
「始まるぞ」
平地の人間たちはまだ気づいていない。
異星の獲物たちも、ざわめくだけだ。
だが佐藤には分かった。
この惑星で、“静かな時間”は終わったのだと。
平地の空気が変わる。
人間たちはまだ、それを理解していない。
だが、理解している者が三人いた。
佐藤。
光学迷彩の中で息を潜めるローランド。
そして——平地の端に立つ、あの異形。
樹皮めいた体表の生物が、ゆっくりと首を巡らせる。
眼球なき窪みが、森を向く。
次の瞬間——
消えた。
否。
走った。
地面を蹴る音すら置き去りにして、一直線に森へ突っ込む。
人間たちがざわめく。
銃口が揺れる。
だが追えない。
速すぎる。
迷彩の揺らぎがわずかに震えた。
ローランドが緊張したのだ。
佐藤は短く言う。
「来る」
その直後だった。
右。
木々の隙間から、灰色の影が弾丸のように飛び出す。
狙いは——佐藤。
最も静かな存在を、先に潰しに来た。
「ほう」
佐藤の口元がわずかに歪む。
初撃。
異形の脚が閃く。
横薙ぎの蹴り。
丸太で殴られたような衝撃。
佐藤の身体が樹木へ叩きつけられる。
幹が震え、葉が落ちる。
常人なら、肋骨が砕けて終わりだった。
だが佐藤は立っていた。
首を鳴らす。
「速いな」
――速さとは、それ単体では勝利にならない。
だが“先に当てる権利”を一方的に奪い取るという意味で、戦闘における最上級の才能である。
技術差も体格差も、相手が反応する前に攻撃を通せば意味を失う。
異形は答えない。
答える口が、そもそも人間の形ではない。
再び沈む姿勢。
背の黒い突起が震える。
地を裂く加速。
二撃目。
今度は佐藤が前へ出た。
真正面から。
AK-47を横薙ぎに振るう。
銃床が異形の頭部へ叩き込まれる——寸前。
異形が身を低くし、掻い潜る。
そのまま通過しざま、爪が脚を裂く。
肉が裂ける。
血が散る。
佐藤の左脚が千切れ飛んだ。
光学迷彩の輪郭が大きく揺れた。
ローランドですら息を呑んだのだ。
普通なら終わり。
脚を失うとは、機動力・姿勢制御・回避能力の喪失を意味する。
立つこと、踏み込むこと、逃げること、その全てが著しく損なわれる。
戦場でそれは、死の宣告に等しい。
だが——
佐藤は倒れない。
片脚のまま体を回転させ、空振り覚悟の肘打ちを放つ。
衝撃波のような一撃が背を掠め、
黒い突起の片方に亀裂が走る。
異形が初めて後退した。
距離を取る。
首を傾ける。
理解できないのだ。
脚を失った獲物が、なぜ攻撃してくるのか。
佐藤は落ちた自分の脚を一瞥した。
次の瞬間には腰のピストルを抜き、ためらいなく銃口をこめかみに押し当て、そのまま引き金を引いていた。
乾いた銃声。
頭部が弾け、身体が崩れ落ちる。
あまりに淀みのない一連動作だった。
迷彩の揺らぎが硬直し、ローランドでさえ反応を失った。
自死を“回復行動”として選択できる者など存在しない。
死を恐れる本能が、人類共通の安全装置だからだ。
だが佐藤には、その装置が戦術的に無意味だった。
死が終点でない者にとって、死はただの手段へと堕ちる。
異形は数歩後退した。
理解不能の光景だった。
だが——次の瞬間。
黒い粒子が死体から噴き出す。
渦を巻く。
頭蓋。
脳。
皮膚。
失われた左脚。
すべてが再構築される。
倒れたはずの男が、ゆっくりと立ち上がった。
無傷で。
迷彩の中で、ローランドの姿勢がわずかに崩れた。
思わず声を漏らしかけ、飲み込んだ反応だった。
異形は静止した。
初めて明確な警戒を見せる。
佐藤はAK-47を構え直す。
「続けようか」
この瞬間、勝負は半ば決していた。
未知の敵にとって最も恐ろしいのは、倒しても終わらぬ相手だからだ。
攻撃の成果が積み上がらず、消耗だけが自分に蓄積する。
異形が消える。
三撃目。
背後。
だが、佐藤は振り向かない。
来る位置を読んでいた。
引き金を後ろに向け、AK-47の引き金を引く。
連射。
銃口炎。
弾丸が一直線に森を裂く。
数発が体表を砕き、
一発が背の黒い突起を吹き飛ばす。
異形の身体が大きくよろめく。
それでも即座に走る。
速い。
だが今度は逃走だった。
佐藤は踏み込む。
片膝立ちの姿勢から、さらに連射。
二連、三連、四連。
脚部へ。
樹皮めいた外皮が弾ける。
片脚が砕け、異形が地面へ転倒した。
なおも這う。
まだ速い。
まだ生きている。
ならば——止める。
佐藤は予備弾倉を叩き込み、至近距離まで歩み寄る。
異形が跳ね起きる寸前。
頭部へフルオート。
銃声が森を裂く。
顔面が砕け、背の残った突起も粉砕される。
身体が痙攣し、止まる。
静寂。
葉が落ちる音だけが残った。
銃とは、平等の装置である。
筋力も体格も速度も、引き金一つで帳消しにする。
長年鍛えた肉体も、生まれ持った才能も、鉛の一粒で沈む。
次の瞬間。
死骸の穴という穴から、黒い粒が溢れ出した。
最初は土が零れたように見えた。
だが違う。
虫だ。
甲殻に覆われた細長い虫が、無数に。
裂けた脚部から。
砕けた頭部から。
背の突起があった窪みから。
樹皮めいた体表の穴という穴から。
わらわらと湧き出る。
地面を埋めるほどの数。
互いに絡み合い、擦れ合い、音を立てながら四方へ散っていく。
佐藤は一歩だけ下がった。
AK-47の銃口を自然に下げる。
迷彩の揺らぎは動かない。
ローランドにとっては見慣れた現象だった。
虫たちは死骸の周囲を奔り、土へ潜り、また這い出し、やがて森の暗がりへ散っていく。
だが、異形の本体そのものは、その場に残っていた。
崩れない。
砕けた頭部。
撃ち抜かれた脚部。
穴だらけの樹皮じみた胴体。
ただ中身だけを吐き出した抜け殻のように、なお巨体を横たえている。
佐藤は死骸を見下ろした。
「寄生か」
迷彩の揺らぎが、ごく小さく左右に振れた。
否定でも肯定でもない、ローランドなりの反応だった。
佐藤はさらに観察する。
背の黒い突起の破片。
空洞化した胴体。
虫が抜けたあとの無数の孔。
「それとも共生体か」
今度は迷彩の輪郭がわずかに傾いた。
ローランドは、その見立てのほうが近いと感じたのだ。
虫たちはやがて一匹残らず消えた。
残された巨体は、森の土に半ば沈みながらも、不気味な存在感を放っている。
遠く平地では、人間たちの悲鳴と銃声が上がり始めていた。
狩りが、本格的に始まったのだ。
佐藤はAK-47を肩に戻す。
そして、平然と言った。
「次へ行こう」
ちなみに、この話を思いついたのは佐藤さんの軍人時代と初代プレデターって似てね? と思ったのが始まりです。