計画性の無さが浮き彫りに……
森は、死体の熱をすぐに呑み込んだ。
佐藤は歩く。
顔には奪った金属の面。
左腕には異形の籠手。
腰にはピストル。
手にはナイフ。
人間の装備と、異星の装備が混ざり合っている。
歩きながら、ふと一人の男を思い出した。
少し前。
遠距離から観察した、新入りたちの集団。
角に覆われた獣に襲われながらも、混乱しきらなかった連中だ。
その中に、一人だけ妙な男がいた。
視線が広い。
反応が速い。
ただ怯えているだけの獲物ではなかった。
「……あれは少し面倒だな」
佐藤は立ち止まる。
この星で、“面倒”は早めに片づけるべきだった。
いずれまた、あの連中も狩る側に追われる。
そのとき横から割り込まれるのは避けたい。
片付けに行こうと記憶の場所に足を向ける。
せっかく手に入れた装備を使わずに取っておくのは佐藤の趣味ではない。
透明になる方法を模索しようと思考した刹那。
――世界が揺らいだ。
腕から肩へ。
肩から全身へ。
空気が身体へ貼りつくような違和感。
足元を見る。
自分の輪郭が、黒く淀んでいた。
「へえ」
手をかざす。
IBMに覆われている。
完全ではない。
だが十分だった。
「便利だ」
佐藤は口元だけで笑い、男たちのいた方角へ向かった。
◇
数十分後。
沢沿いの開けた地形。
新入りたちは移動していた。
六人。
そのうち一人は足を引きずり、肩を貸されている。
傷は猟犬の爪痕だろう。
浅くはない。
そして、あの男がいた。
短く指示を出し、負傷者を中央に置き、銃を持つ者を外周へ回している。
追われる側にしては、よくまとまっている。
男は時折立ち止まり、森を見る。
何かを感じている目だった。
佐藤は木の陰から眺める。
姿は消えている。
誰も気づかない。
「やっぱり邪魔だな」
その男が生きていれば、今後の集団行動の核になる。
統率されれば、囮にもならず、混乱もしにくい。
それは狩る側にとっても、自分にとっても厄介だった。
なら、今。
佐藤は静かに移動する。
枝を踏まない。
葉を鳴らさない。
集団の左後方へ回り込む。
負傷者を支える男のさらに後ろ。
最も油断しやすい位置。
ナイフを逆手に握る。
狙うのは致命傷ではない。
まず混乱。
一気に踏み込み、最後尾の男のふくらはぎを深く切り裂いた。
肉が裂け、悲鳴と共に男が倒れる。
「散れ!! 周囲を見ろ!!」
あの男の声が飛ぶ。
即座だった。
同時に二人が左右の岩陰へ飛び、負傷者を引きずる。
残る者が銃口を森へ向ける。
だが相手は見えない。
視界だけが空回りする。
佐藤は位置を変える。
右へ。
木々の間を滑るように移動し、別角度から枝を揺らす。
全員の視線がそちらへ向いた瞬間、逆側の背後へ回る。
「囲まれてるわけじゃない! 一人だ! 固まれ!」
あの男が叫ぶ。
佐藤は少し感心した。
混乱を制御している。
普通なら見えない敵に乱射して終わる。
だがこいつは違う。
なら少し遊べる。
佐藤は石を投げた。
反対側の茂みで音が鳴る。
二人がそちらへ照準を向けた瞬間、佐藤は逆側から突っ込む。
姿なきまま、一人の腕を浅く裂く。
銃が落ちる。
悲鳴。
そのまま離脱。
「密着して動け! 単独になるな!」
男は負傷者の首根っこを掴み、低地へ走らせる。
逃走経路まで決めていたらしい。
沢筋。
視界が悪く、音が散る地形。
佐藤は追う。
だが男たちは途中で二手に分かれた。
片方が派手に走り、片方が静かに滑り降りる。
囮。
佐藤が派手な方へ視線を向けた一瞬で、本隊が岩場の裏へ消える。
「ほう」
追いついた頃には遅かった。
残されたのは血痕、踏み跡、そして折れたいくらかの枝。
進行方向を偽装する罠だった。
沢の音が全てを流していく。
佐藤は透明化を解除する。
輪郭が森へ戻る。
面の奥で笑った。
「逃げ切ったか」
殺せなかった。
だが収穫はある。
あの男は使える。
そして、放っておくと厄介になる。
「次はちゃんとやろう」
今すぐ追っても、見つけられないだろう。
森にはもっと気になるものがあった。
人間を狩る連中。
その連中が、この星でどう暮らし、何を拠点にしているのか。
それを知る方が先だ。
佐藤は踵を返した。
◇
森の空気が変わる。
獣の臭い。
乾いた血。
腐肉。
焼けた骨。
鼻を刺す情報量の多さに、佐藤は口元を歪めた。
「近いな」
木々の間に、奇妙な構造物が現れ始める。
骨。
頭蓋。
脊椎。
それらを縄や金属線で繋ぎ合わせた門。
風に揺れて、かちかちと鳴る。
さらに奥には杭が立ち並び、何かの皮膚を剥いだような膜が張られている。
地面には乾いた血の染み。
無数の足跡。
獣の爪痕。
重い何者かが引きずった跡。
ここは巣ではない。
処刑場。
あるいは――見せしめの庭だった。
「趣味が悪い」
佐藤は警戒もなく踏み込む。
罠があるなら、かかってから考えればいい。
足元には人骨。
折れた銃。
裂けた迷彩服。
人間だけではない。
見たことのない顎骨。
異様に長い腕の骨格。
この星に落とされた“獲物”たちの成れの果てだった。
中央に、大きな柱がある。
太い幹を削って作られたような支柱。
そこへ何本もの鎖が伸びている。
その先に、いた。
佐藤の足が止まる。
縛り付けられている。
巨体。
二メートルを超える体躯。
灰色がかった皮膚。
筋肉は鎧のように盛り上がり、肩幅は人間の倍近い。
顔には面がない。
露出した口元には四つに裂けた顎。
そこから低い呼吸音が漏れていた。
装備はほとんど剥がされ、腕と脚を拘束され、胸や肩には拷問の痕まである。
だが死んではいない。
眼だけが、生きていた。
佐藤を見る。
敵を見る目ではない。
値踏みする目だ。
「へえ」
佐藤はゆっくり近づく。
「お前も捕まるんだな」
縛られた異形は答えない。
だが喉の奥で、低く唸った。
怒りか。
警告か。
あるいは誇りか。
佐藤は柱の周囲を歩く。
拘束具は頑丈だ。
金属と骨材を組み合わせた、力任せでは外れにくい構造。
そして周囲には、新しい足跡がいくつもある。
ここを管理している連中が、ついさっきまでいた証拠だった。
「見せ物か、処刑待ちか」
異形はなお佐藤を睨む。
佐藤はその視線を受けて笑った。
「安心しろ。助ける義理はない」
そう言いながら、左腕の籠手を見下ろし、次に顔へ被った金属の面へ指をかける。
重い。
視界は狭い。
だが内部には、まだ使っていない機能がいくつも眠っている気がした。
「さて……」
佐藤は側頭部の突起を押す。
低い電子音。
視界の端に赤い線が走る。
森の輪郭が変わった。
温度差。
距離。
高低差。
生身の目では拾えない情報が、薄い記号となって空間へ浮かび上がる。
「へえ」
さらに別の箇所へ触れる。
今度は網目状の表示が広がった。
地形の透過図。
その上に、光点が一つ。
北西。
地表を移動しながら、まっすぐこちらへ向かってくる。
周囲には複数の小さな反応。
佐藤は数秒見つめ、口元を歪めた。
「犬使いか」
先ほど人間たちへ群れを差し向けていた側だ。
しかもまだ距離がある。
だが進路は一直線。
自分がこの面を被っている以上、向こうにもこちらの位置は伝わっている可能性が高い。
「場所、もう割れてるね」
奪った装備は便利だ。
だが同時に、居場所が丸裸にもなる。
佐藤は面を外しかけ、途中でやめた。
知られているなら、それを利用するだけだ。
敵は来る。
来るなら、途中で削る。
その瞬間、森の奥から乾いた遠吠えが響いた。
一つではない。
二つ。三つ。四つ。
獣の声に似ている。
だが感情がない。
訓練された兵器の発声だった。
「先行隊か」
佐藤は面を被り直す。
透明化を起動。
輪郭が空気へ溶ける。
透明化したまま、近くの大岩へ身を寄せた。
地形は悪くない。
小高い丘。
背後は急斜面。
正面からしか突っ込みにくい。
ナイフを逆手に握る。
ピストルは腰。
だが使わない。
そのほうが楽しそうだから。
再び遠吠え。
今度は近い。
草むらが揺れた。
角質の装甲で全身を覆った異形の獣が、低い姿勢で現れる。
猟犬。
鼻先を地面へ擦りつけ、臭いを拾っている。
透明化しても、匂いまでは消えないらしい。
「優秀だな」
一匹が岩陰に隠れる。
二匹目は一匹目の死角へ回る。
三匹目は後方へ抜け、逃走路を塞ぐ位置へ。
包囲。
人間相手に慣れた動きだった。
だが今日は相手が悪い。
佐藤は呼吸を止める。
一匹目が、あと三歩。
二歩。
一歩。
飛びかかった瞬間、透明な空間から刃が走った。
喉元へ、横一文字。
血が噴き、獣が地面へ転がる。
同時に佐藤も姿を現す。
残る二匹が吠え、跳んだ。
佐藤は笑う。
「来いよ」
マスクの表示では、北西の光点はなお接近中だった。
群れの主は、まだ此処に到達していない。
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