枝が裂けた。
次の瞬間、左右の茂みから二つの影が飛び出す。
ヘル・ハウンド。
角質の外殻で肩と背を覆い、低い姿勢のまま一直線に佐藤の喉へ食らいつこうと迫る。
速い。
だが単純だ。
佐藤の顔を覆う金属の面が、視界へ赤い軌跡を描いた。
跳躍角度。
速度。
着地点。
獣の未来位置が、線になって見える。
「便利だな」
一体目が空中で口を開いた瞬間、佐藤は半歩だけ身体をずらす。
牙が鼻先を掠める。
すれ違いざま、右手のナイフを下から差し込んだ。
柔らかい喉奥へ、根元まで。
勢いのまま獣は地面へ転がり、血泡を撒いて痙攣する。
二体目は止まらない。
仲間の死体を踏み台にし、側面から跳ぶ。
佐藤は左腕の籠手へ意識を向けた。
展開。
刃がせり出す。
奪った異星の刃――リストブレード。
振り向きざまの横薙ぎ。
金属の閃光が首筋を裂き、獣は二歩走ってから崩れた。
静寂。
佐藤は血を払う。
「前座は終わりか」
その声に応えるように、森の奥から重い足音が来た。
枝を押しのけ、幹を揺らし、歩くだけで周囲の空気が変わる。
現れたのは、群れを率いる狩人だった。
巨体。
厚い胸郭。
盛り上がった肩。
右腕から伸びる長い刃。
肩には砲門。
そして面の奥にある、冷えた視線。
佐藤は笑う。
「お前が本命だな」
先に動いたのは相手だった。
肩の砲門が唸る。
マスクの視界が警告色に染まり、発射予測線が走る。
佐藤は横へ飛ぶ。
青白い閃光が地面を抉り、爆風が身体を持っていく。
受け身を取る暇もなく転がり、背中を岩へ打ちつけた。
痛み。
だが立つ。
二射目。
今度は木ごと吹き飛んだ。
「厄介だね……!」
近づかなければ勝てない。
佐藤は左腕を操作し、透明化する。
輪郭が森へ溶ける。
だが敵は止まらない。
砲門が左右へ振れ、熱源を探りながら撃ってくる。
土が爆ぜ、木片が頬を裂き、破片が脇腹へ食い込む。
位置を読まれている。
完全には欺けない。
十数メートルまで詰めた瞬間、巨体が突進してきた。
速い。
予想以上だった。
右腕の刃が薙ぐ。
佐藤は避けきれず、腹を横一文字に裂かれる。
肉が開き、血が飛ぶ。
そのまま蹴り上げられ、宙を舞った。
地面へ落ちる。
肺から空気が消える。
普通なら戦闘不能。
だが佐藤は腹を押さえながら笑った。
「いいね……!」
敵が詰める。
止めを刺しに来る歩幅。
佐藤はピストルを抜き、自分の顎下へ当てた。
躊躇なく撃つ。
乾いた銃声。
頭蓋が砕け、身体が沈む。
巨体が一瞬止まる。
理解できない、という静止だった。
数秒。
死体がうごめく。
腹の裂傷が閉じ、骨が戻り、潰れた頭部が再構築される。
佐藤は立ち上がった。
「二回戦だ」
その隙に踏み込む。
ナイフで膝裏を狙う。
だが硬い。
浅くしか入らない。
返しの肘打ち。
頬骨が砕け、視界が白くなる。
さらに右腕の刃が落ちる。
佐藤は左腕のリストブレードで受けた。
火花。
押し潰される。
腕力が違いすぎる。
膝が沈む。
そのまま顔面へ頭突き。
マスクごと鼻梁が折れ、佐藤は吹き飛んだ。
「……強いな」
血を吐き、笑う。
敵は無言。
ただ確実に殺しに来る。
三射目の砲門。
佐藤は今度、避けない。
真正面から走る。
閃光が胸を貫いた。
上半身が焼け、肉が弾け、身体が後方へ転がる。
完全な致命傷。
だがそれでいい。
敵が近づく。
死体確認のため、一歩ずつ。
その瞬間、炭化した身体が跳ね起きた。
再生途中のまま。
焼けた腕で砲門を掴む。
左腕のリストブレードを、接続部へ突き立てる。
暴発。
肩の砲門が内側から弾け、火花と煙が巨体を包んだ。
初めて敵の姿勢が崩れる。
佐藤はその胸へしがみつく。
右腕の刃が肩を貫く。
気にしない。
脇腹へ拳がめり込む。
気にしない。
首元の装甲の継ぎ目だけを見る。
巨体が佐藤の首を掴み、片手で持ち上げる。
喉が潰れる。
視界が暗くなる。
それでも佐藤は笑った。
「見つけた」
左腕が閃く。
一撃目。
リストブレードが首の継ぎ目へ深く食い込む。
黒い血が噴き出した。
巨体が佐藤を地面へ叩きつける。
背骨が軋む。
なお立ち上がろうとするその首へ、佐藤は踏み込む。
二撃目。
下から振り上げた刃が喉を断ち割り、奥の骨まで断ち切った。
巨体が硬直する。
一歩、二歩とよろめき、ついに膝から崩れ落ちた。
森が静まる。
佐藤は肩で息をしながら、死体を見下ろす。
「……さすがに一回じゃ足りなかったな」
背後では、柱へ縛られたもう一人の異形が、無言のままその戦いを見ていた。
森は、もう静かだった。
倒れ伏す巨体。
裂かれた獣。
血の臭い。
焼け焦げた土。
処刑場めいたその空間で、佐藤だけが立っていた。
左腕の異形の籠手から伸びた刃を引き戻す。
金属音が短く鳴り、刃は腕の中へ収まった。
「楽しかったよ」
足元の死体を見下ろす。
強かった。
純粋に、殺しに長けていた。
だからこそ面白かった。
佐藤はしゃがみ込み、相手の顔を覆っていた面へ手をかける。
留め具を外す。
血で滑る金具を力任せに引き剥がし、鈍い音とともに面が外れた。
ずしりと重い。
先ほどのものとはまた形状が違う。
粗暴で、威圧的で、実戦向きの意匠。
「これも貰おう」
肩の砲門は半壊していたが、腕の装備や細かな器具も外せるものは外す。
腰へ括りつけ、背へ担ぐ。
戦利品というより、拾った玩具だった。
背後では柱に縛られた異形が、なお沈黙している。
佐藤はそちらへ視線だけ向けた。
「助けないよ」
返答はない。
ただ、その眼だけが佐藤を追っていた。
佐藤は元の面――位置発信機付きと分かっている金属面――を被り直す。
内側で低い駆動音が鳴る。
追跡される。
狙われる。
こちらの居場所は割れている。
普通なら捨てる。
だが佐藤は笑った。
「そのほうが面白い」
敵が来るなら、待つ手間が省ける。
佐藤は戦利品を担ぎ、そのまま森へ入った。
◇
帰路は早かった。
道を覚えているわけではない。
だが迷っても問題ない。
襲ってくるなら殺せばいい。
それだけだった。
途中、何度か面の内部表示が点滅した。
遠方に反応。
移動する熱源。
追跡者か、別の狩人か。
佐藤は気にも留めず歩き続ける。
やがて地形が変わる。
絶壁から突き出た巨大な棘のような岩柱。
その下を這う配管。
錆びた金属と絡みつく配線。
ノーランドの拠点。
佐藤は狭い管路を潜り、配線まみれの通路を進む。
しゃがみ、這い、曲がり、暗闇を抜ける。
そして廃棄採掘施設の居住空間へ戻った。
薄暗い灯り。
鉄と油の臭い。
その中央で、ノーランドが銃を構えていた。
そして――その背後に、数人の新入りたち。
佐藤は立ち止まる。
見覚えのある顔ぶれだった。
沢で逃げ切った集団。
負傷者。
緊張した兵士崩れ。
警戒心を隠さない者たち。
その中心に、あの男がいた。
鋭い目。
全体を見る視線。
状況へすぐ適応する顔。
ロイス。
彼は佐藤の被った面と、担いだ戦利品を見て、眉一つ動かさなかった。
ノーランドだけが乾いた笑いを漏らす。
「おいおい……散歩に出たと思ったら、土産がでかすぎるだろ、友達」
佐藤は戦利品を床へ放り投げた。
金属が転がる音が響く。
「面白いものがあった」
ロイスが低く問う。
「お前は何者だ?」
佐藤は面の奥で笑った。
「さあね」
そのとき、被っていた面の内部で小さな点滅が走った。
警告というほど切迫してはいない。
だが遠方に複数の反応が現れ、ゆっくりと移動している。
まだ距離はある。
ここへ来るとしても、少し時間が必要だった。
この拠点に危機が迫っていることを、佐藤は誰にも話さなかった。
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