在野の強者のモブパイロットはシビアなSF世界を気楽に生きていたい。 作:その辺の束子
「あのバルトって子についた賞金は………おっほ、遊んで暮らせるなこんだけの金がありゃあ。」
ネットワークか何かで賞金首の情報を確認しているリドーが笑う。コロニー、カリオストロ……厳密には国営の研究所『HM機関』が出した懸賞金は、並のものではなかった。
「儲かってるねぇ、流石地球圏で一番進んでる研究所……影響力その他も計り知れずってか?」
HM機関とは、カリオストロコロニーに本拠点を置く研究所……その研究内容は多岐に渡るが、その技術により各星のテラフォーミングやコロニー建設が円滑に回っているのは功績としても挙げられるだろう。
今頃複数の賞金稼ぎが、あるいは保安局も動き出している頃だろう……そんな急ぐべき状況にもかかわらず、リドーは相変わらず落ち着いていた。
「なぁんでそんな落ち着いてんだよ。」
そう言って入ってくるのは墨だらけのレイトだ……ぶっ壊れかけたアルバレイスのクローの修理をしていたようである。そんなレイトに対して、彼の風貌には一切触れずにリドーは話を続ける。
「焦ることもねぇって話だ。どーせ他の奴らは血眼になって探してる頃だろーが、奴らは俺等とは違って奴の逃げたある程度の方向を知らねぇ。」
確かに加速力に優れた機体だとは言われていたが……そこまで見つからないものなのかと素人目には驚きを隠せない。リドーが言いたいのは、ある程度の方向が分かればどの辺りに逃げているのかわかるって話だ。
そして、今はあの時点での月と太陽と地球の位置関係を算出してある程度の方向を絞る………という作業をコンピューターに任せている最中である。ディング号のオンボロでは、時間がかかるだろうが……
「しかし、フルマニューバか……そんなのあるなんて知らなかったぜ。」
「未完成品のはずだったからな。でもまぁ、あの機能に耐えるCPUってどんなのだろうって思うところはあるな。」
そう言ってリドーは笑う。リドーにとっては加速力が強すぎて演算中に機械がバグるポンコツという印象があるからか、どうしてもそう思う。
どうして、そんなところまで知っているのだろうか………検索したいところだが、レイトはやめておく。自分も知られたくない傷くらいはあるもんだ。
すると、コンピューターの赤ランプが点滅してモニターに情報が映る……その情報をもとに地図と照らし合わせると……金星圏だ。
「金星かぁ……」
「あそこはレジスタンスの巣窟だぞ?」
あの辺りは反星間連盟への意識の強い……ようはレジスタンスの集まりで、賞金稼ぎは思想的には敵みたいなものだ。
何せ、政府から悪党を捕まえて金をもらっているわけだから……言い方を変えれば警察のようなものでもある。使い捨ての。
「まぁた入って速攻風穴空けられんのかな?」
「そんな時のディング号の弾丸まだ直ってねぇしなぁ……」
前に金星に行ったら鉛玉の雨の歓迎を食らったのは、二人共記憶に残っていた。
しかし、金星……レジスタンスの巣窟、逆に言えば、政府も簡単に手は出せない場所……逃げ場としては考えられている。
「……あてずっぽうじゃなかったりな。」
レイトは静かにそうつぶやいた。またわけの分からないことを言い出したレイトを気味悪く思いながら、リドーはそんなレイトに対して肩をすぼめて問いかける。
「別に構わねぇが、本当に追うのか?」
「勿論。」
レイトは言い放つ。レイトにとっては、それだけ追いかける価値がある……奴がいったいどんな主人公っぽさを見せてくれるのか、あるいはただの端役で終わるのか見てみたい……と、好奇心旺盛な享楽主義の心が叫んでいた。
「金にゃならんが、金より面白い物が見れるかもしれないぜ?」
「んだそれ。」
「若者の青春とか?」
「そんなの見たくねぇ……」
がっくりと肩を落とすリドー……色々、あったのだろう。まぁレイトも色々あった側ではあるのだが………同級生がほぼ、クワイセランの動乱で全滅しているという意味で。
「さぁ、行こうぜ。金星!」
「まぁた時間かかるからなぁ……ひとまず諸々準備してからな。」
今から出発する気満々のレイトに対してリドーはそう、ひたすらに冷静に返すのだった。
――――――――――――――
とある2人乗りのコクピットの中。一人が二人分の毛布をかけられている……銀髪で無感情そうに見える少女……ナディアだ。そんなナディアに、前のコクピットに座っている男……バルトが問いかける。
「ナディア、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。」
岩だらけの黒い海の下、宇宙に浮かぶ岩礁地帯……金星圏の外縁部に漂う、無数の小惑星の群れだ。
大きいものは山ほどもあり、小さいものは人の頭ほどしかない……それらが重力の綱引きでゆっくりと漂っている。アストロスはその隙間に身を潜めていた。
あの亡霊みたいなバウンティハンターとの戦闘の際、ナディアが撤退のために用意してくれた策……それが、フルマニューバだ。
だがフルマニューバで飛んできた直後は、エンジンが焼けて動けなかった。今も完全には回復していない。
燃料も心許ない。ただ、動けない間に岩陰を利用して隠れたのは正解だった。センサーに映りにくい場所をナディアが選んでくれたのだ。おかげであれから数日経っても発見されずに済んでいる。
「……しかし、よく見つかんないな。」
「金星圏のレジスタンス拠点周囲で、ここが一番電波干渉が強い場所です。センサーに探知されにくくなっています……レジスタンスからは、まだ狙われているようですが。」
「まだ狙われてるのかぁ。」
ナディアの眺める計器には、衛星砲によってアストロスが狙われていたが……ずっと膠着状態だ。向こうもアストロスが盗まれた話は聞いているだろうから、敵か味方かの判断期間といったところだろうか。だが、いつまでもそうとは限らない。
(……しっかり、あれが金星か。)
岩礁の向こうに金星が見える。
硫酸の雲に覆われたその姿は、地球のように青くもなく、コロニーのように人工物のような見た目でもなく、分厚い大気の層が星全体をぼんやりと白く霞ませている。
訳ありの人間が流れ着く場所。
星間連盟に反感を持つ連中の巣窟。
そういうところなら、ナディアのことを『生体CPU』として見る目もないだろうと思いナディアの提案に乗ったが……まさかまだ狙われているとは。
「ナディア、腹減ってないか?」
「……少し。」
「少しか。」
「正確には分かりません。」
バルトはため息をついて、備蓄の保存食を引っ張り出した。カリオストロを出る時に持ち出せたのはわずかだ。あと何日持つかは考えたくない。
「ほら、ナディア。」
「ありがとうございます。」
ナディアに一つ渡すと、彼女は受け取って、少し眺めてから食べ始めた。急がず、かといって味わうでもなく……ただ、食べている。
バルトは自分の分を口に放り込みながら、ぼんやりとセンサーを見た。そこに映る反応を見ると、この辺りには他にも何機か機体が潜んでいることが分かる。
バルトたちのように、誰かから逃げている連中か、あるいは星間連盟の目を避けて金星に出入りしている連中か。
どちらにしても、互いに干渉しない暗黙の了解があるらしかった。
一度、近くに別の機体が接近してきたことがあった。アストロスと同じくらいのサイズの、くたびれた作業用ロボットだ。
バルトが警戒して腕を向けると、向こうはすっと離れていった。追ってこない。
それだけで、ここがどういう場所か分かった。誰も彼も、自分のことで手一杯なのだ。たまにそこに乗り込んで賞金首を捕まえるバウンティハンターもいるようだが。
「バルト。」
「どうしたナディア?」
「先日の賞金稼ぎ……レイト・ナモナ。」
バルトは少し黙る。その名前は戦闘中に向こうが自分から名乗ってきた名前だ。あんな場面で自己紹介してくる賞金稼ぎをバルトは初めて見た。カウボーイでも気取っているのだろうか?
「彼は、また来るのでしょうか?」
「たぶん来る、だから早い内に移動したいんだけどなあ……」
あの賞金稼ぎの動きは普通じゃない。コクピットを潰せる場面で、ぎりぎりのところで手を止めた。あれは明らかに手加減……本気で殺しに来ていたわけじゃない。
生き延びたんじゃなく、生かされたのだ。それが……引っかかっていた。頭の中で、レイトの言葉が木霊していた。
『ロミジュリ気分かよ?盗人が!』
『逃げるか!なら楽しみにしてるぜ!お前らがどんな結末を迎えるかをな!!』
……それでもと啖呵を切ったが、気にしていないといえば嘘になる。自分の今していることは、本当に正しいのか。ナディアにとって、良いことだったのか。
本人に直接問いかけるのは……あまりに怖い。
感情の見えない横顔を見ていると、ふと思う。
自分の今していることは、本当にナディアのためになっているのか分からないのが……怖い。
ナディアにとってこの行動がプラスなのか分からないのが……怖い。
自分が正しいと自信を持って言葉にできないのが……怖い。
「……それでも、選んじまったんだもんな。」
そう、バルトは選んだ。彼女を助けようとする道を……どんな茨道であろうとも、助けようと誓った。
そこに、親愛や恋愛に近い感情があることは否定できないが……それを理由にすることを否定することも、また許されていいはずがないのだ。
「バルト?」
「何でもない!さっ!早く次の手を……」
バルトが気を取り直して明るい口調になると、通知が届く……レジスタンスからの連絡だ。声をさらすのを恐れてか、テキストでの連絡。
「金星レジスタンスから?」
「暗号化されてますね……読み上げます。」
暗号化されているのにさらりとテキストを読み上げようとするナディアの声が、通信越しに両耳から響く。
「『……貴官に金星への戦闘の意思がない場合、これより指定する座標への移動を提案する。』」
……それは、痺れを切らしたレジスタンスからの催促状でもあった。自分たちの味方をするのか、敵になるのか、はたまた狭間に立つかの択を迫るという交信だ。