「いい景色だな……。」
高層ビルの屋上から見下ろす朝焼けに照らされたヨークシンは経済の街を表すようにインダストリアル的であり、ビル群に落ちる黒い影が人々の営みを覆い隠すようだ。
……感傷に浸っているのはこれくらいにして。
__
この場所一帯はしばらく新規で開発工事が行われないであろう飽和状態の捨てられた区域だ。
__
座標軸を自分の
ただ、その移動した場に物や生物があった場合には干渉して死ぬ可能性があるので場所は慎重に選ばなければならない。
以前、人や構造物が発生しにくい高度が高い場所に
「ここより上……着地まで……。」
自分はハンター試験にギリギリで合格した後、水見式で操作系だと分かったので身の程を弁えサポート系の念をいくつか会得した。
……本当は体力や武力試験がほとんど無かったラッキー年度試験生なので、単純に筋力やスタミナが足りず……他者との戦いになったら確実に死ぬ。
『逃げるが勝ち、生命あっての物種』が自分の信念だからだ。
。。。
「サトツさん、遺跡ハンターの権威に同伴できるとは……光栄です!」
コツンと人差し指で額を突かれた。
「言葉選びが不適切です。」
ハンター協会からの斡旋で初めて会った憧れのハンター、それがサトツさんだった。
彼が発掘した遺跡の数々と遺跡分布調査により出土した出土品の数々はどれも『自分が知らない未知』を色鮮やかに伝え、『自分も挑戦してみたい』と信じ込みハンター試験まで受験する狂気の燃料になるには充分すぎた。
「すみません……浮かれてしまいました。」
サトツさんは襟元を指を差した。
襟?……あ、よれてる。
「何事も、プロとして自覚を持つことです。あなたもプロハンターでしょう。」
……その通りだ。
「はい!サトツさん!」
結局、自分の
「サトツさん……自分、他にも」
口をひらこうとすると唇の前に指が置かれた。
「……わかりますね。」
……馬鹿だな、他者に念能力の内情をバラすのは手の内を明かす……弱みを嬉々として教えるということ。
「すみません……。」
きっと、一緒に仕事をすることは今回で最後になるだろう。
こんなに懐柔しやすい人間では直ぐに悪意にあてられる。
憧れの人を失望させてしまった、信用を失ってしまった。
「あなたには期待をしていますよ。」
……嘘だ。
。。。
サトツさんとの仕事を終え、ハンター協会に報告書を提出した後は暫くフリーで潜ることにした。
「あ、いたいた。探したよー。」
……誰だ?
……
声が機械的な男性、一般人ではない。
そもそもこの屋上にはビル管理士が来ることくらいしかない排気ダクトまみれの場所。
相手は念能力者……しかも手練れ。
今から
……無理だ、
振り向けない、振り向いたら……死ぬ。
「ねー、キミって特質系?」
違う、自分は操作系……。
……不味い、頭のなかで返答してしまった。
もし相手も操作系……最悪の場合特質系であれば、もう相手の念能力が発動していて……既に操られている可能性がある。
「てゆーか、無視とか感じ悪いね。」
肩に手が置かれた。
ゆっくりと機械的で薄い息遣いが顔の真横にある。
冷や汗をかいたら、脂汗をかいた時点で命はもうない。
……短い人生だった。
「無視したままのつもり?」
恐る恐る左を向くと、人形のような猫目をした黒髪の男性の顔が間近にあった。
「いいえ、自分の系統を他者に話していいものかと考えていました。」
……咄嗟に嘘をついてしまった。
彼の念能力が真偽を問うものなら、終わった。
「当ててあげようか、キミはボクと同じ操作系でしょ?」
初手で系統の開示……つまり、もう念能力は使われていて次のターンで勝敗が決する。
「あはは……当りです。……自分は操作系です。」
正直に言ってしまった。
まだ隙をつけ……つけない、圧倒的な実力差がひしひしと感じる。
彼は絶を使っているのか、纏のオーラの流れは感じない。
「そっかー。やっぱり。前に四角形みたいなものに身投げしてたから特質系なのかな、とも思ったんだけど特質系ならあんなギュウギュウの狭い範囲じゃなくていいはずだから。」
嘘だ……
あれだけ周囲の目がないか確認……いや、手練れなら円の範囲が広く……終わった。
「いつ、見たんですか?」
最後にそのミスを確認してから死にたい。
「え?いつだったかな……覚えてないや。」
男性は手を顎につけて考えるポーズをしたが、おそらくは相手を油断させるパフォーマンスだろう。
……感情が見えない。
「そうですか、見られていたとはお恥ずかしい。」
一か八かだ。
彼の方に体を向けて右手を出した。
……男性はノーモーションで右手を握って握手の形になった。
__
対象の人物と握手を交わし、4フェイズ[①問いかけ②返答③問いかけ④返答]を自分発か関わらずに1時間以内にこなせれば24時間以内『敵意をむけられる』ことがなく、問いかけの返答の真偽が判る。
ただ、『握手』自体が難関のために発動できた試しがない。
「オレはイルミ。イルミ=ゾルディック。よろしく。」
……ゾルディック……ゾルディック!?
まて、なぜ伝説の暗殺一家が自分なんかに接触してきたんだ?
可能性1.暗殺を依頼されたため
これについては可能性が薄い、依頼されれば既に自分の命など疾うの昔に奪えているはずからだ。
可能性2.念能力を利用するため
念能力者は自衛のため、というより目的達成のため武力や拘束系統に念能力を割り当てるものが多い。
自分のような完全に逃げに全振りの
可能性3.惨たらしく殺せとの依頼のため
可能性は一番高い。
ゾルディック家がこの程度の能力者を囲っていないはずがない。
時間をかける殺害依頼ならば猶予があるのも頷ける。
「あ、はじめまして。イルミ=ゾルティックさん……。あの、なんの用ですか?」
……しまった、明らかに目的が分かっていることを質問してしまった。
ここは「誰に依頼されたか」とか「どうすれば見逃してくれるか」を聞くべきだ。
「んー、キミと話してみたくてさ。お前の名前は?」
……真。
……?……話してみたいから話しかけた。
……どういうことだ。
本名は不味い。
「あ、あの……自分は……。」
今は
「そうだなー、地図だからチヅって呼ぶから。」
失敗した……フェイズ④が返答ではなく定義になってしまった。
「あのさー、時間ある?」
「適当に散策しようか。」
そう言われて頷くと荷物を抱えるかのように自分を脇に担いで男性……イルミさんはビル群を飛び回った。
「オェェ……」
あまりに目まぐるしく景色が移り変わるため、目を閉じても全身が頻繁にに急上昇と急降下を繰り返して胃液が逆流する。
……どこに連れて行かれるんだ、ついに私も拷問されるのか。
ハンターになる上で他者から拷問や陵辱されるリスクは常にあったつもりだが、実際に命の危機に晒されるとこれ程までに無力になるとは。
「着いたよ。朝市。」
腕を離されてドサッと地面に倒れ込んだ。
耳からは賑やかな行商人や行き交う人々の声が聞こえる。
ゆっくりと瞼を開けると、眩い日差しに目が霞んだ。
……確かに、朝市に連れてこられたらしい。
少なくともヨークシンではないことは確かだ。
「朝市ですね。」
……オウム返ししかできない。
「あのさ、チヅ。」
イルミさんがしゃがんだのが分かる。
目線を上げたら、眼が合う。
死にたくない。
「もしかして、オレに殺されると思ってる?」
……いや、誰でもそう思うだろ。
ここで「殺すと思った?ドッキリでした!」になるわけがない。
少なくとも自分は他者に殺害依頼をされるまで恨まれるようなことは……。
いや、遺跡発掘やハンター同士の利権争いで自分を消したい人間がいるやも分からない。
「はい……。」
また馬鹿正直に答えてしまった。
「手。」
……手?
目の前にはイルミさんの手がある。
この場合、手を取るのが何らかの条件の「承諾」またはトリガーになっている事が多い。
「ありがとうございます。……ふう、初めて来る場所なので緊張してしまいました。」
そう嘯いてイルミさんの手につかまって体を起こし、衣服についたホコリを払って伸びをしてみせた。
「歩こうか。」
「はい。」
何を考えている?
発動条件が『一定時間半径1m以内で過ごす』という能力か?
制約が厳しいとなると、自身の能力を一つや二つ奪われる……または記憶を抜かれるかもしれない。
ちらっと横目で彼をみるが、何を考えているか全く検討がつかない。
……仕方がない、歩くか。
「あ、ソーセージマルメターノ……大きいなぁ。」
加工肉食品を扱う露店に差し掛かったとき、つい思ったことを口に出してしまった。
……ハンターとしては致命的だ。
ただ、ブラフとして使えたりするから……。
「オジサン、ソーセージマルメターノ2本。」
イルミさんが立ち止まって露天商に声をかけた。
「はいはい、2本ね。アベックかな?仲良くお食べ。」
……余計な口を叩くな。
相手は暗殺一家だぞ、下手な口を聞いたらお前の命がない以前に自分の命がないんだからやめてくれ、死にたくない。
「うん、どうも。」
イルミさんはソーセージマルメターノを1本渡してくれた。
いい匂い、美味しそう。
「ありがとうございます!いただきま……」
……いや、馬鹿か。
これは『物品授受』によるトリガー……しかし、もう受け取ってしまった。
「あそこの噴水に座って食べない?」
「いただきます……美味しいですね。」
これは何の肉なんだろう。聞けばよかった。
味が濃いのにさっぱりしていてプリッとしていて美味だ。
「うん。」
あ……噴水の中にコインがある。
浅いところでは小鳥が水浴びをしている。
平和だな……。
自分の命がもうすぐ無くなる事を除いて。
「ところでイルミさん、自分への本当の要件はなんですか?」
ただ肉体の
万が一奇跡的に一命を取り留めたら
もうヤケクソだ。
「チヅとデートしようと思って。」
……。
……?まて、ブラフにしても訳が分からない。
少なくとも彼とは初対面だ。
いや、彼は一方的に自分を知っている。
……ただ、切り札の
__
ただ
そして複数作れず、72時間後経過した場合また一からの生成になる。
つまり、
……爆炎に巻き込まれたら、死ぬということだ。
一旦落ち着こう。
……デートってなんだ?
「つまり、どういうことですか?」
彼はソーセージマルメターノを食べ終えて串を手慰みにしている。
……串……刺されて死ぬのか。
できるだけ楽に死にたいのだが、拷問をされるのだろうか。
伝説の暗殺一家の拷問とは……案外スマートに痛みを伴わずに欠損させていくとか……だと嬉しい。
「親父達が『念の為に』嫁を探しておけってうるさいからさ。」
……。
嫁探しか。成る程。
意味が分からないが。
よく知らないが、暗殺一家は他の由緒ある暗殺一家と見合いしたり許嫁がいたりするんじゃないのか?
さっき会ったばかりで会話も一言二言交わした程度の人間を……。
まて、その嫁が自分だとは明言されていない。
つまり、嫁探しのために自分の念能力を使うということか。
……確かにこの
「あ、そうだ。チヅ、恋人いる?」
彼は手のひらに拳をポンと置いて閃いたと言わんばかりのポーズをした。
その問の答えはNoだが、今なんと答えれば最善なのか判断がつかない。
「いたら殺すから、今のうちに別れてくれない?」
条件がおかしい。
いたら殺すなら別れる云々は意味をなさない。
「あはは……恋人はいません。」
「そうなんだ、安心したよ。」
言葉に詰まる。
まさか本当に自分を暫定の嫁候補にするつもりなのか?
「あの……自分からも質問いいですか?」
イルミさんと目が合った。
全ての光を飲み込むカーボン塗料のような黒い瞳。
「うん。いいよ。」
慎重に……。
「イルミさんの嫁候補は自分一人ですか?あはは、第二婦人とか愛人とかはキツいかなって……。」
……死んだな。
軽いジョークを入れたら面倒くさがられてリストから外されるかな、と思って愚問の手本みたいな質問してしまった。
「んー、あんまり侍らせたりするの面倒だし、今のところはチヅ一人でいいかな。」
「親父と母さんは恋愛結婚でさ、恋愛結婚の方が後々いいって力説するから。」
こちらをじっと見つめながらイルミさんは答え続けた。
「チヅはオレのことどう思う?」
……いや、暗殺一家の異常者としか。
「暗殺一家の……異常者。」
彼は表情を変えずに手を上げた。
首を絞められる……昼間から?
「うん。長男だからさ。」
そう言って頭に手が乗せられた。
長男だから、なんなんだ?
異常者と言うのはセーフなのか?
「そうだったんですね。自分も弟がいて……。」
雑談している場合ではない。
「弟って手がかかるよなー。」
いや、これは雑談か?
というより、もう発動条件が達成したから時間稼ぎなのか?
発動までに時間がかかる能力……。
「家業を継ぐのはオレか弟かまだ言えない。」
昔、仕事でゾルティック家の家系図の一部をみたことがあった。
なぜ一般ハンター間で家系図の一部を共有されているのか。
それほどゾルティック家は地元でも有名でオープンな仕事をしている……実力がある一族という裏付けである。
家系図で……現当主、先代、先々代に「兄弟」の情報がない。
……ということは当主が代替わりした時に当主以外の兄弟は除外されている可能性がある。
ただ単に表舞台から消えるのか、別の一族に婿入りするのか、独り立ちするのか……抹消されるのか。
「オレも一通りの資格とか操縦の免許を取ってるんだけど、いざというときにチヅみたいなバックアップがあれば役に立つかなーって。」
バックアップ……使い捨て要員だから血統や家柄などは気にしない、ということか。
「あの……御家族には了承を得ているんですか?」
もし彼の独断と気まぐれで自分を選んだのなら、血統……すなわち念能力の才能を受け継ぐ可能性に賭けたほうがいいとする考えを持つ者もいるはずだ。
そこで否定されれば……。
死ぬな。
いずれにしても死ぬな。
。。。
「あなたはたった一度仕事を共にした私に全幅の信頼を置いてしまっている。人懐こさは時として命を賭す仕事の結果が命を落とす結果になりますよ。」
いつになく真剣な顔をしたサトツさんに襟元を正されながら指導される。
まるで子供が出かける際に親から注意されているようだ。
「はい……気をつけます。」
頭を下げるとポンと肩を叩かれた。
「わかりやすくシュンとしない。」
初めて、おそらく最後のサトツさんとの仕事は叱咤で幕を閉じた。
どうしたらサトツさんの役に立てるのだろう。
まずは
。。。
「恋愛に家族の了承が必要なの?」
そういって彼にソーセージマルメターノの串を取られた。
手慰みにするものがない。
爪を今弄ると発動条件の一部が身近にあるものだとバレる。
操作系の多く、いや念能力の多くが『手に馴染んだもの』を使う。
ただの『手慰み』では気づかれ……。
何を考えているんだ、サトツさんに直ぐに看破されたじゃないか。
「いえ、そんなことはありません。ただ、御家族には話されているのかなと疑問に思いまして。」
……服だ、服を弄ろう。
この噴水前という一般市民が行き交う場所でしか能力を発動するチャンスは訪れないかもしれない。
「気になる子がいるって話はしてる。」
……今、やるしかない。
服の裾をつまんで集中する。
練は微々たるものだが、継続してやれば……。
「じゃあ、紹介しにいこう。これからよろしくねー、チヅ。」