迷宮   作:ummt

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「チヅが行方不明になりました……まさか殺害されたんじゃ……どうしたら……。」

 

 遺跡発掘調査から戻った際に掛かる第一声が同業ハンターの狼狽した緊急事態の一報になるとは……。

「そうですか。私の方でも時間を見つけて当たってみます。」

「申し訳ありません……僕の弟子の不始末を……。」

 彼から渡された最後の連絡地点を受け取り簡単な事務連絡を済ませて別れた。

 

 チヅさんとは一度仕事を共にした程度の間柄ではあるが、彼女はプロにはあるまじき油断や過信を持っていた。

 それは彼女の念能力の歪さにも通じるものがある。

「ふむ、ゾルディック家の暗殺依頼の項目に『調査』が増えていますね……。失踪した時期と近いタイミングで追加されたものであると……。」

 ゾルディック家といえば、私が試験官として受け持った年度にキルア=ゾルディック、ギタラクル……いえ、イルミ=ゾルディックも受験していましたね。

 そしてキルアさんは失意のまま試験を故意に失格し、兄のイルミさんは難なく合格をすると悠々とした態度で立ち去った。

「ククルーマウンテン、足を運んでみる価値はありそうですね。」

 

、、、

 

 アテンドの依頼の連絡をした後、試しの門を案内されて開けて進むと彼の方から声をかけられた。

 

「あ、あの時の試験官か、どうも。何か用?」

 風に揺られる長い髪をかき分けてこちらを見定め値踏みしている。

「はい、こんにちは。お久しぶりです。」

 仄かにジャスミンの枯れた香木に似た香りがする。

 この香りは、彼女が以前「体臭が変で」と嗅がせてみせた香りに近い。

 チヅさんは念能力を練り上げる際に知らず知らず『制約と誓約』として『自分の居場所が嗅覚鋭敏者に気取られる』ことを入れてしまっていた。

「で、何か?」

 おそらく、チヅさんは此処にいるのだろう。

「チヅさんをお借りしたいのですが、よろしいでしょうか。遺跡分布調査に同行願いたいのです。」

 そう話すと彼は人差し指を顎につけて考えるポーズをした。

「うーん、聞いてみる……チヅ、どうする?」

 通信機を取り出して通話を始めたようだ。

「いきたいです……。」

 蚊の鳴くような声が聞こえてくる。

 彼は更に悩むように腕を組んでみせた。

「うーん、まだ正式に結婚してないんだよなー。傷物にはしないでくれる?ちゃんとレンタル料払ってね。うちも家業としてやってるからさ。」

 そう言って通話を切ると別の連絡先に通話して「チヅを連れてきて」とだけ指示して通信機をしまった。

「はい、善処致します。」

 彼女は催眠か洗脳をされているのか、それとも脅迫されてこの場所にいるのか、ただ身体は無事である可能性が高い。

 結婚……それは彼女が望んだものではない。

「善処じゃダメなんだよなー。約束守ってもらえなかったら殺すしかなくなっちゃうからさ、気をつけてね。」

 そうこうしているうちに執事服を着た男性二人に連れられて彼女が姿を現した。

 チヅさんは私を見た瞬間に安堵と恐怖が入り混じった顔をして表情を引きつらせた。

「ゾルディック家の家名を背負ってるんだ、出来るか?チヅ。」

 彼は彼女の頭を何度も撫で、額と目を合わせて静かに問いかけた。

「……はい。」

 彼女は催眠や暗示をかけられているわけではない。

 ……ただ、逃げられないのだ。

 

「そっか、チヅ。頑張ってきてね。」

 


 

「サトツさん……抱いてください。」

 

 ……え?

 なんでいきなりそんな失礼な話題を振った?

 せっかく……サトツさんとまた一緒に仕事が出来るから……サトツさんが『助けに来てくれた』と勘違いしたから?

「できません。それでは今回の調査について説明します。」

 話を逸らされた。

 当然で、当たり前だが……尊敬する人に対して私はなんてことを……。 

「すみません……すみません……そうですよね。」

 悔し涙なのか恥の涙なのか分からないものが頬を伝った。

「チヅさん、あなたはプロでしょう。仕事とプライベートを分けなさい。」

 そうしたい、そうしたいのに……。

「サトツさん……抱いてください。」

 口から出るのは現場に相応しくない言葉。

 サトツさんはそれ以上何も言わず、業務について淡々と説明をした後、地下に潜り採掘調査に臨んだ。

 自分もそれに同行し、以後口を聞かないようにして筆記でやりとりをした。

 調査も一段落した頃、サトツさんがサラサラとメモに筆を走らせた。

『あなたの無事が確認できて安心しました。』

 優しく手渡されたメモを抱きしめ、今までのプレッシャーが解放されたように泣き崩れてしまった。

 縁もゆかりも無いような取るに足らない人間を、わざわざ探し出して人材として使ってくれる。

 どこまでも人格者で清廉な理想のハンター。

 そんな彼の私が隣に立っていること自体が不相応だと改めて突きつけられるようだ。

「サトツさん……抱いてください……。」 

 サトツさんは何も言わずに報告書を書き上げて出土品をまとめ始めた。

「チヅさん、バックドア(どこでも窓)ビーコン(命綱)を使って出土品を地上に上げたいのですが、出来ますか?」

 ……自分の能力を使って貰える日がくるなんて。

 夢みたいだ。

 

「はい!抱いてください!」

 

、、、 

 

「チヅ、試験官と浮気した?」

 

 そう尋ねるとチヅは顔を真っ赤にして涙をためながら下を向いた。

 プロハンターなのにここまで分かりやすいなんて、よく生きてこられたな。

「いえ……。」

 チヅは服の裾を握りしめて唇を噛んだ。

「あはは、チヅ、試験官にフラれたね。残念でした。」

 初デートの時、チヅには好意を持つ異性に性的アプローチをしかける針を忍ばせておいた。

 きっと試験官に迫って恥をかいたんだろう。

「……はい。」

 小刻みに震えるチヅの頭ををポンポンと撫でる。

 

「これでわかったろ?チヅにはオレ以外必要ない。」

 

、、、

 

「ねえチヅ、まだオレのこと好きにならないの?」

 

 食事中にいきなり質問されて困惑する。

「え、ええ?……す、好きですよ。」

 彼を拒絶したら、確実に死に直結する。

「うーん、そう……まあいっか、デートにでも行く?」

 まだゾルディック家の家訓、しきたり……いやワンフロアの間取りすら覚えていないからなるべく家にいたい。

 ……家ではない、家にならないように、あくまで逃げるために把握しないといけないのに。

「はい……。」

 でも断わって機嫌を損ねるよりマシか。

 

「はやく両思いになるといいね、チヅ。」

 


 

「ねえヒソカ、オレの彼女が性的アプローチしてこないんだ。」

 

 イルミが恋バナしてくるなんて。

「彼女いたの?奥手なんじゃないかな♤」

 きっと稼業でお見合いか何かしたのかな。

「異性に好意を持ったら性的アプローチする針を仕込んだのにまだなんだよ?」

 そうだよね、キミはそういう男だった。

「……キミ、えげつないことするね♢」

 好意を強制しないところに変態の才能を感じるよ。

「オレって男として魅力ないのかなー。」

 首を傾げて、本気でそう思ってるみたいだ。

「あのさぁ、……拉致した子?」

 お見合いなら針を刺す必要がないし、そもそも好意を強制するだろうし。

「まさか。デートもしたし、合意で部屋を与えてるんだよ。れっきとした嫁候補。」

 真顔でボクの方を見た。

「可哀想に……♧」

 ボクが言うのもなんだけど、流石に同情するよ。

 

「本当に困っちゃうよ。」

 

、、、

 

「……チヅさん、助けに参りました。」

 

 与えられた寝室で寝ていると扉がギィと開いて暗闇から男性のシルエットが浮かび上がった。

「さあ手を取ってください……あなたを救い出します。」

 そう言って手を差し出される。

「……ずっとあなたのことが好きでした。」

 手がベッドに差し掛かる。

「ヒィッ……ヒィィ!!」

 恐ろしさのあまり壁に背をつけてしまう。

 限界を突破した恐怖にバックドア(どこでも窓)を使う思考にすらならない。

「ごめんごめん、針無しでも顔変えられるから試してみたんだけど、なにが悪かった?チヅ。」

 彼はサトツさんの顔のままベッドに腰掛け、私の頭を撫でた。

「暗殺一家のゾルディック家に潜り込んでいるのに返り血や着地の乱れがありません……。」

 それ以前に、サトツさんではないことは異様な雰囲気で否が応でも分かってしまう。

 ハンターでなくても差異に気づくほど、悍ましい。

「確かに。チヅは賢いね、えらいえらい。」

 まるで幼児が「リンゴは赤い」という当然の事実を指摘したことをさも素晴しいと親が褒めるように何度も頭を撫でた。

 


 

「ゾルディック家には慣れましたか?」

 

 何回目かの業務同行の終盤に尋ねると、彼女は酷く疲弊している様を露わにしてポツリポツリと答えた。

「……お義理母様の叱咤や使用人の方々の冷たい目が厳しくて……でもイルミさんが間に入ってくれるので……。」

 もはや洗脳が完了してしまうのも時間の問題だろう。

「そうですか。チヅさん、あなたの今の志は何ですか?あなたは今何を目指していますか?」

 彼女はハッとした顔をしてこちらを見た。

「私はサトツさんのお役に立てる事……サトツさん抱いてください。」

 明らかに操作系の能力で私に対して「抱いてください」と言わされていることに気づく余力さえ失われている。

「できません。」

 そう答えると彼女は肩を落として下を向いた。

「そうですよね。最近緊張から疲れ……あ……操作……サトツさん、ありがとうございました……。」

 ようやく操作されている事実に向き合えるたようで、涙をためながら何度も頭を下げた。

「いえ、まだチヅさんの力が必要ですから。」

 チヅさんの肩を叩くと涙を零しながら上目遣いをした。

「サトツさん……抱いてください……。違います。私が未熟なばかりに……どうにかコントロール……でき……サトツさん抱いてください。」

 おそらく、自身で否定は可能ではあるが感情の起伏をトリガーに不適切な性的アプローチを強制的に発話するようになっているのだろう。

「できません。」

 彼女はそれを聞くとふっと力が抜けたようによろめき、それを抱きかかえた。

「はい……うー……うう。」

 意思に反した発話を繰り返したためだろう、高熱が出ている。

 

「今日は宿に戻って休みましょう。」

 

、、、

 

「……おや、宿の手違いで相部屋になってしまいましたが、大丈夫でしょうか。」

 

 同業者として、異性と相部屋になるような場合は別の宿を取るなどの措置を取るのが常識。

「……はい。」

 その常識すら踏み越えてしまうほど、彼女の脳はキャパシティを超えている。

「……ではゆっくりとお話をしましょうか。」

 彼女をベッドに寝かせると近くにあった椅子に腰掛けて首元を触る。

 発熱しているが、念能力によるものの場合では解熱剤が効くかどうか。

「……嫁になんかなりたくないです……。」

 彼女は腕で目元を押さえて苦しい胸のうちを吐露し始めた。

「彼に直接そう話してみてはどうですか?」

 その彼はゾルディック家の長男。

 並のハンターでは太刀打ちできず、ブラックリストハンターですらたじろぐ強者。

 小兎に「虎に説法しろ」と無理難題を命じているのと同じ事。

「サトツさん抱いてください……私の実力では殺されます……。」

 しかし、あなた自身でしか解決の糸口は掴めない。

「私はあなたをプロとして評価しています。」

 そう発破を掛けることがあなたの命を縮めるとしても、私は言わなければならない。

「……なに日和っているんだ、私は腐ってもプロ……。私、言ってみます。」

 チヅさんは腕を下ろして涙に濡れた瞳で決意を語った。

 

「頑張ってください。」

 


 

「で、話って何?」

 

 サトツさんと別れ、仕事から戻るとイルミさんに一目散に声をかけた。

「イルミさん……わ、私はイルミさんに恋愛感情がないので……。」

 心臓が飛び出そうだ。

 今日、私は死ぬかもしれない。

「だから?」

 彼の声は単調で怒りも呆れも感じない。

 下を向いていると、もう二度と空を見上げられない気がしてきて目眩がする。

「……嫁候補から外してください。」

 お義父さまとお義祖父さま、お義母さま達はみな私を見て良い反応をしていなかった。

 ただ、お義祖父さまが「姉さん女房なら安心じゃわい」と軽口を言っただけ。

 使用人の人たちも目線が冷たい。

 私が嫁である必要が無い。

「あ、もしかしてあの試験官と浮気した?」

 ……私は

「し、してません。」

 していない……でも相部屋だった。

 同衾はしていない、でも……。

「うーん……チヅにはやましいことがあるんじゃないかな。今のうちに洗いざらい話したほうがいいよ。大丈夫、オレは恋人に自白系の能力とか使わないから。」

 頭に手が置かれる。

「……サトツさんと一夜を共にしましたが一時的に同衾しただけで……何もありませんでした。」

 高熱にうなされた時、直ぐ近くに居てくれた。

 それが不名誉なことになると分かっていても、サトツさんは側にいてくれた。

「それってさ、浮気ってことじゃない?」

 頭を丁寧に撫でられる。

「本当に何もなくて……高熱を出してしまって。それを寝かしつけてくださっただけなんです。」

 事実しか言っていない。

 真偽を問われる念能力であれば偽でないことは分かるはず。

「浮気だね。」

 ……そうなるか。

 私は死ぬんだ。

「う……すみません。」

 もっといろんな場所を巡りたかった。

 そして絶対パス(ドッグイヤー)を拡張してサトツさんの役に立って……。

「えらいえらい。オレに殺される覚悟で浮気報告するなんて、オレに見初められただけあるよ。」

 見初められた?

 違う。

 ただ「操作系で扱いやすい能力者」だっただけ。

「オレは優しいから浮気性でもチヅを許すよ。じゃあオレは仕事があるから。」

 そう言って彼は私を背にして歩き始めた。

 

「……バックドア(どこでも窓)。」

 30秒あればビーコン(命綱)に入って自身を損壊させてキャッシュ(保存期間)リロード(復元)して支配下から抜け出せる。

 このタイミングで能力発動、そして彼が知るはずのないビーコン(命綱)に入ることは想定外だろう。

 ……サトツさんに貸し出しされている間は「サトツさんが紛失した」とされる危険性があったから……今しかない。

 出現したバックドア(どこでも窓)に飛び込もうとすると上半身が入った瞬間に腰を掴まれた。

「うん、チヅはやっぱり賢いね。オレの隙をつけると思ったことは失敗だけど。」

 不味い。

 ……このままだとバックドアは30秒後に強制終了(シャットダウン)する……。

 つまり胴体がこちらと向こうのビーコン(命綱)との間で切断されてしまう。

「ねえチヅ、この四角形ってあと何秒持つの?チヅの念能力的に持ってあと数秒?」

 正確な秒数を答えるわけには……。

「はいっ……はい……。」

 引き抜くか押し込まれるかしないと、私は確実に輪切りになって絶命する。

「チヅはどうしてほしいの?」

 ……これを答えてしまったら、私は一生……。

「……助けてほしいです。」

「うん、いいよ。」

 27秒後に引き抜かれてバックドア(どこでも窓)強制終了(シャットダウン)してパチィと消えた。

「ハァーッ……ハァーッ。」

 脂汗がどっと出て呼吸が荒くなる。

 ……後数秒遅かったら、私は確実に死んでいた。

 

「貸し一つね、チヅ。」

 


 

「チヅ、オレに対して言うことは?」

 

 チヅは抱えられながらハアハアと息を切らしていた。

「ハァ……逃走しようとしてすみませんでした。でも……嫁にはなれなません。」

 命を助けてあげたのに。

「え、まだオレを好きじゃないの?」

「えっ?」

 チヅは疑問を呈した。

「……はい、いつ殺されるか分かりませんし……。」

 まだ殺されるか不安なのか。

「えー……母さんに折檻しないように取り持ったりしてるのになー……。」

 オレって案外尽くすタイプなんだよ?

「それについては感謝しています……すみません。」

「え?」

 ここまで良くしてあげてるのに性的アプローチをしてこないんだ。

「これでもだめ?」

 チヅを寝室に連れて行ってベッドに降ろした。

「イルミさんすみません、私を操作していますよね。」

 ベッドに突っ伏しながら声を上げた。

「うん、少しだけ。」

 チヅの背中を撫でながら落ち着かせてやる。

「……どうして無理やり従わせ……成る程そういうことか……。」

 ブツブツと芋虫のようになりながら独りで納得していたようだ。

「無理やり傀儡にしたら嫁じゃなくなっちゃうからね。」

 するとゆっくりと起き上がって向き直って正座した。

「あのー……私もイルミさんもお互いのことを知らないので、知る機会も必要だと思います。」

 いつになく真剣な顔をしている。

「オレはチヅのこと理解してるよ。」

「私はイルミさんをよく知らないので。」

 チヅがつよい口調になったのは、これが初めてだ。

 

「あ、そっか。じゃあ家族のことを話そうか。念の為伝えとくけど親父たちはチヅのこと気に入ってるからね。」

 

、、、

 

「イル兄、女の趣味悪いよ。美少女連れてこなきゃ。」

 

 イル兄が連れてきたのはそこら辺にいそうな20代か30代位の女で、一応はプロハンターらしいとは聞いていた。

 オレもパパとママから『念の為』に嫁候補を作れとは言われてるけど、チヅ義姉はあまりに平凡すぎる。

「酷いこと言うなぁ。チヅも愛嬌あるよ、ね?」

 チヅ義姉は腕を掴まれて苦笑いを浮かべていた。

 可愛いというおべっかくらい使ってやればいいのに。

「チヅ、オレは?」

「え?」

 やっぱりチヅ義姉はプロハンターなのが疑わしいくらい鈍い。

 遺跡ハンターって鈍臭くてもなれるもんか?

「……イル兄がチヅ義姉の好みかどうかを聞いてんだよ。」

 小声で零すとチヅ義姉は下手くそな笑みを浮かべた。

「あ、はい……スラッとした美男子ですね。」

「え?」

「え?」

「なのにまだなの?」

 まだ……とはイル兄が刺した針が期待通りの反応を示さないからだな。

「えーと……はい、すみません。」

「チヅは理想が高いんだね。」

 チヅ義姉ははぐらかすようにオレのモニターを指さした。

「あ、ハンター用の裏サイト!ミルキさんもハンター?」

 バタバタと近寄ってモニターを眺めた。

「……別に、ただ頼まれて一部ソースをハッキングしただけ。」

 オレに媚を売るつもりなのか。

「へーどうやって?自分、これでも昔はパソコンの大先生と言われててね。」

 

 いや、それはどう考えても蔑称だろ。

 


 

「ねえミルキ、抱いてくれない?……えっ?あ。」

 

 イル兄はチヅ義姉に甘すぎる。

 発動条件が緩すぎる……逆に緩いほうがビッチに見えるからいいのか?

「チヅ義姉、義弟に欲情するなよ。」

 チヅ義姉は固まってイル兄に耳打ちをされていた。

「うーん、流石に躾が必要かな?チヅ。」

 もっと強引にすればいいのに。

「しばらくの間24時間一緒に過ごそうか。」

 そう言ってチヅ義姉を引きずるイル兄に耳打ちした。

「……イル兄の針が判定する好意ってラブじゃなくライク、リスペクトだろ?面倒だし拘束するより……」

 

「だーめ。チヅにはお仕置きするから、ね?チヅ。」

 

、、、

 

 暗殺稼業を生で見てしまった。

 本当に躊躇なく、人殺しをする。

「どう?……え?まだなの?」

 返り血すら浴びずに飄々とした態度で接せられる。

「はい……。」

 殺人鬼を好きになれるわけがない。

 確かにプロハンターは自衛のために人を殺害することはある。

 それでも……一般人を巻き込むのだけはおかしい。

 

「チヅは手がかかるね。そこが可愛さってやつになるのかな。」

 

、、、

 

「また彼女をお借りしてもよろしいでしょうか。」

 

 彼女の生存確認が業務委託の発注でしか行えない。

「うん、いいよ。浮気してくれると助かるんだけど。」

 不貞をさせて神経を焼き切る目的だろうか。

「おや、なぜでしょうか。」

「最近恋愛について少し分かってきてさ。馬鹿な子ほど可愛いとか、手間がかかって世話が焼ける方が愛着が湧くとか、そういうやつ。」

 彼は表情を変えずに淡々と語り始めた。

「だから浮気されたら嫉妬心が燃え上がってより恋愛を楽しめるのかなって思ってさ。」

 闇を宿した目には一点の光も無い。

「そうでしたか。」

 現段階では、彼女を無理やり支配しコントロールするつもりは無い、在るが儘を楽しむということか。

「お前に依存するくらいめちゃくちゃに抱いてもらえれば後々都合がいいんだよね。」

 罪悪感で縛るつもりなのだろう。

「男女関係について言及はできかねます。」

 彼女はまだプロハンターとして若く未成熟。

 言葉に乗せることも容易い。

 だからこそ、私は彼女を教え導く立場を貫かねばならない。

「そっかー、泥々の愛憎劇になればいいと思ったんだけど。じゃ、チヅをよろしくね。」

 


 

「彼に浮気を勧められました。」

 

 翌朝に解散する日の前の晩、宿部屋に着くなり事実を述べた。

「……ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」

 彼女はひたすらに頭を下げた。

「浮気、してみましょうか。」

 チヅさんの手を取り、手の甲に接吻をする。

「サトツさん抱いてください。」

 彼女は焦点の合わない目でピッタリと抱きついた。

「できません。」

「わかっています……すみません、しばらくハグしないとダメみたいです。」

 けしかけたのは私だ。

「大変ですね。」

 背中に手を回して宥めるように擦ると彼女の腕の力が強くなった。

「サトツさん抱いてください、すみません、拘束時間が増えてしまいました。」

 オーラに変質が認められない。

 体内に仕込まれたものならば、解除が困難だ。

 

「はい。」

 

、、、

 

「で、どうだった?浮気は。」

 

 チヅは頭を下げて泣き崩れた。

「ハグをしてしまいました……。」

 なんだ、まだ性行為になってないのか、期待して損した。

「そっか、オレは浮気を許してあげる。チヅのことが好きだからね。」

 頭を撫でるとチヅは嗚咽して唸り始めた。

「すみませんすみません……。」

 まだなのか。

「こんなに優しくしてるのに、まだオレを好きじゃないの?」

 ここまでして性的アプローチを仕掛けてこないのは、チヅのストライクゾーンが狭すぎるからなのかな。

「はい……、」

 弱々しく呟いて、腕で涙を拭ってよろよろと立ち上がった。

「うーん、まいったな。今更オレから手を出すのもなー、まあ子作りに関しては正式に嫁になったあとに考えればいいか。」

 もしチヅが不要になった時に子供を孕んでいたら使用人たちも情が移ってきてるから始末が面倒だし、性行為は後でいい。

「すみません……痛み入ります。」

 仕方ない。

 

「よし、押してだめなら引いてみろ。ってことでしばらく家から追い出すね。じゃあね、チヅ。」

 

、、、

 

 まさか本当に放り出されるとは。

 ……しばらく自由……いや、絶対パス(ドッグイヤー)を作り念能力を強化して逃げ切る最後のチャンスかもしれない。

 そう思って流星街に次ぐ治安の悪さと言われるスラムに来てしまったが。

 ……手練れの念能力者に囲まれたな。

「お、部外者がどうしてここにいるんだ?」

「犯される覚悟があるんだな。」

 ここにきて犯されるだけで済むはずがない。

 自分の念能力……思考の迷宮(アステリオス)だけは奪われてはいけない。

「……バックドア(どこでも窓)

 男の膝を押し出すようにバックドア(どこでも窓)が出現して足場を直ぐに飛び立たなかったため、脚は切断された。

「足がっ足が……。」

「馬鹿が、早く足を引けば……。……女、やる気なら遠慮はいらないな。」

 次のバックドア(どこでも窓)発動可能時間まであと30秒、後退を続けて次のバックドア(どこでも窓)で移動すれば命は助かる。

「調子に乗っ」

 ヒュッヒュッという風を切る音がすると、男たちは針に刺されて頭から倒れた。

「チヅはオレが居ないと死んじゃうからさ。」

 後ろを振り向くことができない。

「い、いつから居たんですか?」

「覚えてないな。」

 ここまではバックドア(どこでも窓)経由したから足取りを追うにしても……やはり、居場所は常に把握されていたのか。

「……殺す必要……」

「チヅも殺す気だったでしょ?」

 ……自分も、もしあのまま交戦していたら。

 殺害したかもしれない。

「うちに帰ろうか。」

 嫌だ。

「……あの。」

「帰るよね。」

 逃げ場など、最初から……。

 

「……はい。」

 


 

「そろそろ?まだなの?」

 

 チヅはまだオレを好きにならないらしい。

「すみません……。」

 こんなにも蝶よ花よと愛でているのに。

「うーん、デートする?最初にデートした朝市に行こうか。」

 

、、、

 

「ソーセージマルメターノはいつ食べても美味しいですね。」

 イルミさんは頷くと隣に座った。

「イルミさんって肉料理好きですか?」

 そのうち、自分は凄惨な死を迎えるだろう。

「どちらかといえば好きかな。」

 拾ってきた犬のように、世話に飽きたら用済みになる。

「ゾルディック家の料理長ってすごいですよね。今度ソーセージマルメターノを作ってもらえないか話してみるつもりです。」

 

「そっか。チヅがうちに馴染んだみたいでよかったよ。」

 

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