「……抱いてください。」
覚悟を決めた。
男女の仲になれば「思っていたのと違った」との理由で解放……いや、楽に死ねるかもしれない。
「ようやくだね、おいで、チヅ。」
イルミさんに肩を抱かれながら寝室に向かった。
……プロハンターになってから色恋沙汰などしてこなかったから経験がない。
初めては好きな人に……人生、そう上手くはいかないな。
「うん、あっそうだ、いけない。せっかくの初夜だし試験官の顔になってやろうか。」
手のひらに拳をポンと置いて、さも「素晴しいアイデアを閃いた」かのようなポーズをしてこちらを見た。
「え……え?」
イルミさんの顔が念によってみるみるうちに変わっていく。
嫌だ、そんなの。
「チヅが『オレをまだ好きじゃないのに』抱いてって言ってるかもしれないよね?念の為だよ。」
、、、
「で。チヅ、初夜の感想は?」
最悪だ……。
サトツさんの顔で抱かれてしまっては、感情が入り混じって整理がつかない。
「イルミさん、好きです……抱いてください。」
この重苦しい自責の念の根源が恋慕によるものなのか憎しみからくる殺意なのかさえ分からない。
「よしよし、えらいえらい。」
、、、
「また彼女をお借りしても?」
今日のアテンドはいつになく速く、彼の足取りも軽いように思えた。
「チヅに直接聞いてくれる?」
そうのらりくらりと受け答えをする彼の背の影から沈痛な面持ちで彼女が姿を現した。
「サトツさん……。あの……これからは私に直接連絡を取っていただいてかまいません。彼の承諾は必要ありませんから。」
彼女に表面上であっても業務の受注の決定権があるということは……。
ゾルディック家の嫁候補として、後戻り出来ない段階に至ってしまったのだろう。
「……はい、分かりました。」
、、、
「サトツさん。」
二人きりになると、彼女がきつく閉ざした唇を開いた。
……「抱いてください」と言わない。
支配下から逃れたのか、それとも……。
「はい、どうしましたか?」
チヅさんは眉をハの字に曲げてはにかんだ。
「私、自分で出口を見つけられたみたいです。」
「……そうですか。」
「それでさ、初夜って痛がるって聞いてたんだけど、試験官の顔でしたら必死に我慢しててさ、可愛いよね。」
キミの悪趣味にはいくらボクでも言葉に詰まるよ。
「キミ……流石に擁護できないよ♤」
後ろにいる子の衰弱ぶりからして、相当な仕打ちをしたんだろうから。
「そんなオレの彼女を紹介するね。チヅ、挨拶して。」
イルミの影から今にも崩れ落ちそうな20代後半くらいに見える女性がゆらりと歩み寄ってきた。
「こんにちはヒソカさん。チヅ=ゾルティックになる……予定のチヅと申します……。」
顔は青白く、風に揺られたら立ち消えそうなほど生気が感じられない。
それでも尚、瞳の奥にはプロハンターとして生き残ってやるという芯の強さが燻っている。
「こんにちは……♡」
、、、
「あ、ヒソカさん、抱いてください。あっ……すみません。」
イルミの針は判定が緩く『誰にでも股を開くビッチ』として辱められてるらしい。
「キミ……ボクが殺してあげようか?」
チヅの方を見ず、トランプをシャッフルしながらつぶやいた。
きっと自分では死ねないだろうし、このまま生き地獄になるよりは、せめてもの情けというやつで……。
「だめだよヒソカ、チヅを殺していいのはオレだけ。ね?チヅ。」
イルミが隣に立って殺意を向けてくる。
……本当に困った人だね、キミは。
「チヅ、出来るなら早いうちに死に逃げしたほうがいいよ♢」
、、、
「抱いてください。」
彼女がベッドの中に入ってきてモゾモゾと動き始めた。
おそらく、脳が混乱をしているのだろう。
体温が熱く、やはり発熱をしている。
……チヅさんが今、私を求めるのなら。
「……はい。」
、、、
「……え、サトツさん。……サトツ……さん?」
事が終わると彼女は青ざめてカタカタと震えだした。
「……はい。」
頬に手を添えると涙を浮かべ、ベッドから床に降りて自分の首を手で絞めながら土下座をした。
「あ……あ、すみません、私、すみません。」
状況が整理できず飲み込めていないようで、嗚咽しながら何度も頭を床に擦りつけた。
「私の顔でしていたのですね。」
彼は針を使って顔を変える芸当を試験時に見せていた。
おそらく、その能力を使って支配下に置くために私の顔を使うことで、彼女の逃げ場を無くしたのだ。
「……すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんもうサトツさんのお仕事は受けないと誓いますからすみませんすみませんすみませんすみませんすみません。」
彼女は壊れたカセットテープのように謝罪の言葉を繰り返した。
「申し訳ありません、一線を越えてしまって……。」
そう言って彼女の背を擦ると何度もうめき声を上げた。
「あなたを大切に思っています。」
「チヅ、最近試験官の依頼、断ってるね。どうして?」
合わせる顔が無い。
サトツさんと過ごすとイルミさんの影を思い出す。
イルミさんにに優しくされるたびサトツさんとの一夜の間違いを思い出して……。
「オェェェ……ハアッ……ハアッ……受ける資格がないからです。」
頭が割れるように痛くなる。
「そだね、チヅはオレのサポートだけしてればいいよ。」
、、、
「それでさ、チヅ。……キャッシュって何?」
……この場合、PC用語についてではなく、私の念能力について問われている。
なぜバレた?
自白、または記憶の抜き取りを知らずのうちに受けたのか?
そして、
……私はサトツさんに抱かれたあの夜の直前に
だから……もう
自分のメモリを無駄にする結果になっても、この能力は潰す。
あの日の自分を守りたいわけではない。
間違いを無かったことにしたら、それこそ『自分だけが綺麗なまま』でサトツさんに砂をかけることになる。
「だから、キャッシュって何?」
イルミさんの顔が近づく。
「えっと……なんでしたっけ。」
「惚けるな。チヅの能力、彼氏として全部把握したいんだけど。」
隠す気のない殺気に心臓の鼓動が速くなる。
「言わないなら、仕方がないかな。」
、、、
「
チヅは血まみれになって腕がひしゃげているのにまだ能力を出し惜しみしている。
「能力使いなよ。更新期限もあるんでしょ?そりゃそうだよね、更新が昔のを参照できたら永遠に若返っちゃうし。」
腹の肉を摘んで見てもチヅは黙ったまま。
意識はあると思うんだけど。
「ほら、早くしないと死んじゃうよ?」
血溜まりが赤から黒に変わってきている。
「うーん、仕方がないな。今回だけ針を刺して自動的に能力発動させるからね。」
チヅに針を刺して強制的に
「ふーん、思ったより再生スピードが遅いんだね。」
当たり前だよ、こんなに能力を保持していたら個々の能力は弱くなる。
「流石に複数能力を精密化はできないからね。チヅは欲張りさんだから。」
チヅの髪を手櫛で梳いてやる。
「頑張れ、頑張れ。オレがついてるから。」
そう耳元で囁いてチヅの手を握りしめる。
「……
言って聞かせてやらないと。
「だから個々の能力の制限が30日とか30秒とか72時間後とか緩いんだがキツいんだか分からないアベコベな制約になるんだよ?個々が尖鋭になっていないし、戦闘用に向かない。ちゃんとした師匠につかなかったんだね。」
チヅの目に怒りが宿った。
「もしかして、師匠が試験官か試験官の関係者だったりする?」
師匠だから彼にベッタリなのかな。
「こーら、彼氏を無視しない。」
額にデコピンしてやると、再生しかかっている口が動いた。
「あ……はい……しゃ……サトツさんの……おにゃ……仲間のいしぇ……遺跡ハンターがしそ……師匠です。」
モゴモゴと口を動かして、必死に訴えてる。
可愛い。
「そっか、だからチヅは要領がわるいんだね。」
下手な割り振りをしてしまってどうしょうもないね。
「チヅ、もうこれ以上能力は増やせないね。」
顔が再生し終わると、せきを切ったように言い訳を並べ始めた。
「はい……
なんだ、ちゃんと欠陥を把握してるのか。
「もう、チヅったら。」
瞼に溜まった涙を指で拭ってやる。
「人を殺害する目的で念能力を極めたわけではありませんから……遺跡ハンターには充分すぎます……。」
珍しい、チヅが口応えをするなんて。
「へえ、反抗期?かわいいね。
再生中の腕を撫でるとキッと睨まれた。
「うんうん、反抗的な目。人を殺そうとする人殺しの目になったね。えらいえらい。」
「かわいいチヅ。」
イルミさんに抱き寄せられるたびに憎悪と怒りの感情が頭を支配する。
「あれは?まだ?」
顎を掴まれて見つめられても口が勝手に「抱いてください」と発話することはない。
「……はあ、イルミさんがしたいならそう言ってください。」
どうしてこの状況下で恋愛感情を向けることができると思うのか理解できない。
「かーわーいーいー。言って?チヅから言って?」
彼は私の抵抗すら『情愛』だとしている。
「……抱いてください。」
そう言わないと言うまで折檻するくせに。
「どうしよっかなー。チヅ、どっちがいい?」
人差し指を顎にあてて悩む素振りをする。
「……どちらでも構いません。」
「うんうん、オレの彼女は今日もかわいい。オレの姿のままで抱いてあげるね。」
、、、
「イル兄はチヅ義姉に甘すぎ。」
嫁候補如きに口答えさせるなんて。
「だってかわいいんだもん。みて?行為中に背中に爪立てるようになったんだ。」
イル兄は服を脱いで背中の生々しい傷跡を見せた。
「……あー……そう。」
わざわざ絶を使って自分の皮膚に傷をつけさせるとか、よっぽどだな。
「これが恋女房ってやつなのかな。」
うつつを抜かしている風でいて、その実、今のゾルディック家でチヅ義姉を殺すことに最もためらいがないのは紛れもなくイル兄だ。
「……えーっと、爺ちゃんからの依頼は……。」
「恋っていいよね。」
、、、
「みて、チヅに行為中に肩を噛まれた。」
同情を禁じ得ない。
「そう……♧」
チヅはもう、逃げられないんだね。
「かわいいよね。」
確かに可哀いね。
「ゾッコン♡ラブラブ♡だね……♧」
早くこの話題を変えたいんだけど。
「うん、世界で一番かわいいかな。」
「そう……♧」
、、、
「ねえサトツ、痕をみて?チヅにつけられたんだ。」
彼はオフィスに現れるなり服をはだけさせて痕を見せた。
「仕事の話では?プライベートなお話は困ります。」
すると黒い殺気を放つオーラが部屋中を満たした。
「……え?キミ、チヅと寝たんでしょ?チヅのことどうでもよくなったの?」
どうやら、彼は私が彼女に関心を無くすことを『チヅさんの価値の否定』と捉えるようだ。
「いえ、大切に思っています。」
その答えに満足したのか、殺意は薄れていった。
「でね、キミの顔でするときはしないんだ。」
本人を目の前にして『お前の顔で性行為をしている』と堂々と宣言をするとは、やはり理解しかねる。
「そうですか。」
「なんでか分かる?」
……私に罪悪感があるから、でしょう。
「わかりかねます。」
そう答えると彼は得意気なポーズをしてみせた。
「チヅはオレを愛しているから、オレにだけ素の加虐心を見せるんだよ。」
……成る程。
「……そうですか、用件は以上ですか?」
「うん、また惚気を話しに来るね。バイバイ。」
チヅさんは、私の依頼を断り続けている。
そして、彼も「同じチヅを抱いた者同士だし」という理屈でオフィスに度々現れた。
「ねえサトツ、またうちに来てよ。お茶会しない?」
彼女の顔を見られる最後の機会かもしれない。
「ええ……是非。」
、、、
チヅさんは私をみるなりティーカップを落とした。
「まあチヅ!!そのティーカップは上等なものなのよ!?」
彼の母親から平手打ちをされ、ただ頭を下げた。
「もう!!嫁になるんだからしっかりなさいよ!!」
彼女の絶望を宿した表情をみて、彼はそっと抱き寄せた。
「チヅはオレがいないと何にも出来ないからね。母さん、優しくしてやって。」
執事服を着た女性が割れたティーカップを回収して、席に着くように促した。
「 チヅ、サトツにお茶を淹れてあげて。」
、、、
「サトツ、また来てよ。」
彼はオフィスに現れたと思えば、あっけらかんとして話を続ける。
「お前が帰った後燃えてさ、チヅが一番激しく求めてきて、噛み締める力も強かったんだ。やっぱりサトツに来てもらって正解だった、あんなに情熱的になるなんて。快楽に溺れてすっごくよかった。それに『オレの顔でしてくれ』って強請るようになったんだ。……だからさ。」
「試験官さん、またきてね。」
「チヅ、自分で動いてごらん。」
「いい子だね、チヅ。」
「オレのこと、好きかい?」
「うん、そうだよね」
「どうして欲しい?言ってごらん。」
「上手におねだりできたら、一つだけ望みを叶えてあげよう。」
「かわいいチヅ、ウソだよ。ウソさ。」
「オレがチヅを手放すわけないだろ?」
「信用されてないなー。」
「ほら、イきたい時はなんて言うんだっけ?」
「えらいえらい。」
「チヅはオレの彼女、あ、もう嫁か。」
「これからも熱々でいられるようにして?チヅ。」
「……チヅさん、助けに参りました。早く此処から立ち去りましょう。」
まただ……もう嫌だ。
もう何も見たくない。
消してやる。
「……