「グラニュー糖を100入れて〜強火でグツグツさせたなら〜水〜を100〜とちょと入れて〜アルミの容器に入れたなら〜カラメルソ〜スができま〜した〜」
口ずさみながら工藤家のキッチンに立っていると、背後から声を掛けられた。
「君の命が狙われている事を日本の警察は正確に理解しているか?」
取り敢えず暗号2通を風見さんに送ったから、組織も一枚岩ではないと伝わったはず。
表向きの通達では殺害の指示はなくスパイとして様子見をしている。
ただ、スパイを反組織行為に仕立て上げて職務を奪おうとする者もいる。
「理解はしていると思いますよ。だから拳銃の所持を許され、警察とは別の動きが取れる麻取に入れた訳ですし。」
鍋に牛乳を入れてボウルに卵黄を割り入れた。
「お鍋で牛乳600を〜ぬる〜くぬる〜く温めて〜卵の黄身〜を6こ入れましょね〜グラニュー糖を100入れて〜泡だて器〜で混ぜましょね〜」
沖矢さんは隣に立って自分が渡しておいた紙を見せた。
「風力階級と言うのはBeaufort、ビューフォート暗号を示している。『You better get in touch Prove that you re not a traitor.』君は『裏切り者ではないと証明する形で連絡』を求められているが、どうするつもりだ?」
その紙を受け取って作業着のポケットに仕舞った。
「上と相談して『ハニーポット』の内容を決めて、次の接触で提供しますよ。」
恐らく、公安側から渡す情報はダミーだと直ぐ見破られてしまうだろうが、自分が『記憶喪失』で曖昧なまま動いていると分かれば『裏切りではなく警察に踊らされ、誤情報を渡しただけ』になる。
まあ自分の評価が影響力のないネームド達から下がるのは問題ないからな。
「ボウルに牛乳入れまして〜泡だて器〜で混ぜたなら〜イザラを1滴入れまして〜濾し器で濾して、アルミの容器に入れましょう〜隠し味〜にバナナチップスを入れましょね〜」
バットにアルミの容器を並べてオーブンに入れた。
「接触……もう次の連絡が来たのか、一部の者が焦っているようだな。……プリンに……バナナチップス?」
「それで……指紋に突合する者は無しと……。」
開店前のバックヤードで安室さんが腕を組みながら手を顎に置いた。
ガラケー改とガマ口から取れた指紋は自分の他に掠れてた指紋、綺麗な状態の指紋の3人分が採取出来たが、日本の犯罪者データベースや国際間で取り扱われる記録のいずれにも該当者が居なかった。
「はい。そこでご相談なんですが、ダミー情報を共有したいと思いまして……。」
そして今、手元には『安室さんが公安である趣旨を語った内容の録音』と『沖矢さんが死亡したとされていたライ本人であることを示す指紋が付いた紙』がある。
流石に盗聴を気にする専門職であっても非通信式の腕時計のベルトに仕込んだアナログの小型自動蓄音を見破れるは至難の業だろうし、もし露呈しても『対組織用』で説明がつくからな。
「ダミーとは言ってもアナタはまだ『新参者』だ。麻取に入って間もない人間、しかも記憶喪失である者が重大情報を掴んでいる方が不自然でしょう。」
……それもそうだ。
「ただ、でっち上げの一つくらい無いといくら影響力が無い者達の独断とはいえ示しがつかない……それに記憶喪失も『組織に所属したことすらも覚えていない』として完全に忘却したとするなら動きに不整合が生じますし……」
兎に角、対組織用に渡せる餌を用意しないことには始まらない。
「そうですね……。アナタは『組織に所属していた』ことを半信半疑で思い出している最中。……仕方がありません。」
安室さんは深い溜息をついてエプロンを着用し始めた。
自分もエプロンを着用して顔色を伺うと、彼は口を開いた。
「国家公務員の中に組織の人間、且つ『ノック』が居ます。これをダミーとして掴んだ情報として使ってください。但し、使った場合は必ず報告するように。」
……国家公務員との言い回しならば、警察組織では無いな。
「『敵を騙すには先ず味方から』と言いますからね。……それで、誰なんですか?」
今のネームドの職務や潜入先を全て把握しておらず、更に国家公務員であるならば潜り込んでたった数年のような職歴では無いだろう。
そして国家公務員ならば組織の活動として動きやすい職場に居るはずだ。
「今は必要がない情報です。先ずはアナタの疑いを晴らす。それが今回の議題だったはずでは?……デイヴィスさん。」
「おはようございます!安室さん、デイヴィスさん!」
「おはようございます、梓さん。」
梓さんが太陽の様に目が眩む笑顔で挨拶をしてくれた。
「おはようございます。良かった、気を落としていないようで。」
爽やかな笑みを浮かべて安室さんが挨拶すると、二人はツーカーである様に微笑み合った。
……何処からどう見てもお似合いのアベックだ。
「……そういえば、引っ越しの手伝いの方は大丈夫でしたか?」
ポツリと問いかけを口にすると、梓さんは慌てたように手をパーにして肩の前で振った。
「だ、大丈夫でしたよ!元々英知さんの手芸道具は貸し倉庫にあって、賃貸の部屋も引っ越ししたばかりで荷解きが殆ど無かったので引っ越し業者さんも使わかったですから!」
そうはいっても荷物運び要員は必要だったろうに。
「……もし何かあれば遠慮なく仰ってくださいね。」
目線合わさぬまま従業員用の冷蔵庫を開けた。
「ありがとうございます!兄が手伝ってくれたのですぐに済みました。」
兄か……。
「デイヴィスさん、それは?」
安室さんが訝しげに覗き込むので、工藤邸からクーラーボックスで運んだ手作りプリンをトレイに出した。
「バナナチップスプリンです。」
二人は同時にギョッとした顔をしてプリンを凝視した。
「……安室さんが先に食べてください!そうだ、デイヴィスさんが絵画教室で描いた作品見てみたいです。」
参ったな、熊津さんに渡したから手元に無いし、写真も撮ってない。
「あー……あれか、気に入らなくて捨てちゃいました。」
そう言って顔を上げると神妙な面持ちをした安室さんと目が合った。
「……なぜバナナチップスを中に入れたんですか……外に出して歯ごたえを出すべきでは?これではバナナチップスが中でふやけてしまって……なんと形容すればいいか……。」
スプーンを持つ手が止まっている。
「そういえば梓さんはコテージに行かれますか?」
すると梓さんがピタッと止まった。
「コテージ?何処かに行くんですか?」
首を傾げて近づいてくる彼女に零した。
「え?玄地さんからコテージに行かないかってメール……来てませんか?」
そのタイミングでドアベルが鳴った。
「ま……また来ちゃいました……デイヴィスさん……あの、あの……絵、ありがとうございました!私……絶対に大切にします!」
「あのー……梓さん、怒ってますか?」
あの後から梓さんの自分に接する態度が目に見えて厳しくなった。
「いいえ!お気遣いありがとうございます!」
結局、コテージには梓さんと安室さん、世良さんと阿笠博士、哀ちゃんも入れた少年探偵団が同行することになった。
哀ちゃんが同行する判断に至ったことに驚いたが、何より驚いたのは沖矢さんも挙手したことだ。
つまり、ライが所属する諜報組織の中でも動きを察知し、彼が同行しならない事態を想定しているのならば。
……ネームドが必ず動く。
「軽トラの窓は手回し式なので……空気が悪くなったら自分で動かしてください。」
、、、
「もー!バカバカ!!デイヴィスさんは気が利かないんだからー!」
コテージに着くなり、玄地さんに胸を叩かれた。
「すみません、みんなで来たほうが気を使わずに……やりやすいかと……」
頭を掻いて苦笑いすると、哀ちゃんの鉛のような声が響いた。
「……最低。女を引っ掛けるチャランポランなんて、そのうち蝮に当たって痛い目見るわ。」
何もそこまで言うこと無いだろ。
「探偵士くんもやるねー!まだ出会って間もないだろ?」
……それは『読み』による発言か『事実確認』なのか。
「……デイヴィスさんは誰にでも優しいみたいですから!」
梓さんが腰を手に当てて苛立ちを見せると、世良さんが近づいて顔を寄せた。
「今夜は3人で探偵士くんの悪口大会でもしようか!」
本人を目の前にして堂々と宣言が為されると、三人は首を縦に振った。
「デイヴィス君、女性陣と何かあったのか?君は誤解されやすいタイプじゃからのう。」
すかさず阿笠博士がフォローに回ってくれた。
「誤解されやすいっていうか、探偵士さんは大人なのに周囲に配慮が足りないからじゃない?」
そのフォローをコナンくんにバッサリ切られてしまった。
「確かに……デイヴィスさんはちょっと痛いというかズレてるところがありますからね……でも、人は変われますよデイヴィスさん!!」
光彦くんに心臓を抉られると元太くんに握り潰された。
「兄ちゃんは記憶喪失なんだからよ……人との関わり方を勉強してるんだからあんまり強く言うなよ!」
そしてトドメを歩美ちゃんに刺された。
「お兄さんがもし人に嫌われることをしても、ちゃんとごめんなさいって謝れば歩美達は味方になるから!!」
「ここは近くの川でホタルが見えるコテージとして有名なの!」
コテージの部屋の中に荷物を運び入れ終わると玄地さんからの説明が入った。
壁に飾られている写真には緑色に光る無数の光の玉が写されている。
「ほう……ヘイケボタルのようですね。」
沖矢さんは写真を一瞥しただけで個体のサイズ感を特定したのか。
「ホタルってゲンジボタルっていう名前だけじゃないの?」
歩美ちゃんが首を傾げると光彦くんが鼻息を荒くした。
「ゲンジボタルが有名ですが、ヘイケボタルもいるんです!!名前の由来、分かりますよね?」
此方に目線が向いたので答えようとすると安室さんが先に回答してしまった。
「源氏と平家から取ったとされているよね。だから戦に勝った源氏の方が大きく、平家は小さいんだ。……合ってますよね?沖矢 昴さん。」
先ほどから安室さんと沖矢さんの間の空気が悪いな。
二人とも組織時代の顔見知りで犬猿の仲だったのか?
そして沖矢さんの正体がライであることをバーボンが確実視しているならば、諜報組織間で連携が取りにくい……共同捜査にならない理由……。
……捜査権のないFBIが独断で動いているのか。
「はい。命名には諸説ありますが。」
何故かホタルの話で重苦しくなった室内を元太くんの明るい一声が変えてくれた。
「なんだあれ!!弓矢か!!」
元太くんが走っていった廊下の壁にはボウガンが掛けられていた。
「弓矢じゃないよー!クロスボウだよ!射撃競技会に入ってるんだ!」
……なら、このコテージは私有のものか。
「へぇ、なら『クロスボウ所持許可証』を見せてくれないか?公安委員会から与えられた筈だ。」
世良さんが顎に手を付けて鋭い眼差しを向けた。
「もー!……世良さんでしたっけ?ちゃんと有りますよ!」
玄地さんは廊下を走って奥の部屋から額に入った許可証を世良さんに渡した。
「偽装はされていないように見えますが。」
沖矢さんがそう言うならそうなんだろうが、コテージを本拠地にしていない者が誰でも手に取れる場所に配置しているのは……。
チラリと沖矢さんを見ると右目を薄っすらと開けてアイコンタクトをされた。
黙っていろ、か。
「なんだ、そうでしたか。僕もホラー映画の影響で惨劇を予感しちゃいましたよ。」
頭を掻くと、梓さんが安室さんの後ろに隠れた。
「デイヴィスさん!!怖いこと言わないで下さい!!」
「それで、あの人がスーズ候補なのね。……必ず子供達を守って頂戴。」
コテージから出て山道を連れ添って歩くシェリーから念を押された。
「君も守るよ。」
そう言うと足を叩かれた。
「あのね……私は真剣に」
「僕も真剣だよ。」
前を向いて返すと、足が止まった。
「……怖いの。……大切な誰かが傷付くことに、慣れたくない。」
上がった爪先を元に戻して振り返った。
「誰だってそうだよ。」
シェリーは姉を組織に殺害され、自らも殺害されかけているから人より死を恐れるのも無理はない。
しかし実行命令を出した連中も馬鹿だな。
『子供の姿に戻る』ことを可能にした者を処分しようとしてしまうとは、全てにおいて情報こそが要だと再認識させられる。
再び唇が動きそうになった時、元太くん達が駆け寄ってきた。
「大変だ!!タカが怪我してる!!」
、、、
「あー……サシバだね。腹部から出血してる。」
連れてこられた榎木の樹の上には差羽がキィキィと小さく鳴きながら蹲っていた。
落ち葉にある血痕の乾き具合からして怪我をしてなら少なくとも1日以上経っている。
「お兄さん!!サシバさんを助けてあげて!!」
そう言われても野鳥、しかも絶滅危惧II類に属しているものに手を出してはならないと……。
仕方がなくガラケー改を取り出して電話を掛けた。
「……あ、突然のご連絡申し訳ありません。私デイヴィス阿笠と申しまして、怪我をした差羽を発見致しましたので報告を……」
すると苛立ったのか光彦くんが叫んだ。
「電話なんて後でしてくださいよ!!」
なんでこういう時に諌めるコナンくんがいないん……安室さんか沖矢さんと話し合いをしているのか?
「退いて退いて!!」
声のした方を向くと、いつの間にか世良さんが樹を登り始めていた。
『おー!デイヴィス君か!!君には礼をしようと思っとったんじゃ!!』
ならば先ず話を聞いてくれ。
「サシバが怪我をしていますが保護をしても問題ありませんか?」
目線で世良さんを追うが、3mに近い高さまで登ってしまっている。
「鳥……こっちに来い!」
世良さんは無理な体勢で左手を枝に伸ばしているが、あのままでは落ちてしまう。
『構わん!!野鳥を守る会の日位が責任を持とう!!但しその後は動物病院に運んでどの病院かを連絡をしてくれ!!』
その言葉を聞いた瞬間、ガラケー改を投げ捨てて世良さんの落ちてくるであろう位置で両手を広げた。
「や、やりました!サシバを捕まえ……ああっ!!枝が折れる!!」
サシバを抱えたまま落ちてくる世良さんを何とか余裕を持ってキャッチすることが出来た。
「スッゲー!!姉ちゃんと兄ちゃん、ヒーローみたいだったぜ!」
「き、記憶よ消えろ!!探偵士くんはナイトみたいなことはしていない!!」
世良さんがわけのわからないことを言いながら自分に手を向けるのを放り置きサシバの腹をみるが、右の付け根部が半円状に抉れている。
「世良さん、玄地さんに消毒液を貰ってきてください。必ずある筈です。」
我に返った世良さんは頷いて走っていった。
「哀ちゃんは柔らかいタオルと空の段ボール箱を持ってきて。」
同じく頷いて哀ちゃんは走っていった。
「可哀想……あ!エサを探してくるね!」
走り出そうとする歩美ちゃんを止めた。
「歩美ちゃんは具合が悪い時にステーキを食べられる?」
そう問いかけると首を横に振った。
「ううん……食べられない……」
項垂れる歩美ちゃんと光彦くん、元太くんくんに声を掛けた。
「具合が悪い時にジロジロ見られたら嫌だよね?少年探偵団のみんなには哀ちゃんと一緒に段ボールを探してきてほしいんだ。頼めるかな?」
すると三人は顔を見合わせた。
「もちろんです!」
、、、
「獣医さん曰く、命に別状ないって。」
軽トラで麓まで降りて動物病院に駆け込んだが、エキゾチックアニマルと言うことで初診料と診察料、手術代引っ括めて27万円近く掛かってしまった。
「本当か!?やったぜ!!」
みんなの笑顔と命が守れたんだから27万は安いか……。
……安くはないな……。
「デイヴィスさん何処行ってたんですかー?探したんですよー?」
ニコニコと笑う玄地さんの後ろでは三人の女性陣がなんとも言えない顔をして此方を見ている。
「はは……玄地さんのおかげで姿をくらます羽目になっちゃいました。」
玄地さんは無邪気な顔をして顔を覗き込んでくる。
「えー?ドロドロの関係性ってやつですか?……ドキドキしちゃいますね。」
「ヘイケボタル、綺麗でしたね……。」
夕食を取ったあと、荷物の番をすると挙手した沖矢さん以外の全員で河原の近くまで行って優雅に飛ぶホタルを観賞した。
「梓さんが転ばなければね。なんて。」
その帰り道の途中で梓さんが転んでしまい、足元が暗いのもあって安室さんがお姫様だっこをしてコテージまで送り届けた。
「あ、安室さん!!……もう、誤解を生みますから。」
誤解も何もないだろうに。
……ああ、交際を仄めかすと安室さん目当ての客対策の。
……今は客の事など気にせずともいいのに。
用心深いのは……客に対してではなく、自分に対しての警戒か。
「あれれ〜これなあに?」
コナンくんが広間の隅にあった5Lはある焼酎のペットボトルを指さした。
「それはねー、500円貯金箱!!」
貯金箱とするなら350万円近くあるんじゃないか?
「危なくないですか?貯金箱を硬貨が見えるかたちで置いておくの。」
光彦くんが目敏い指摘をすると玄地さんはケラケラと笑った。
「なら持ってみなよ!」
挑発的な言い方にムッとしたのか光彦くんがペットボトルの持ち手を持つとビクともしていない。
「お、重いです……持てません。」
元太くんが試しても少し上がったくらいだ。
「ね?すごいでしょ?盗めない貯金箱なんだー!」
軽く見積もって50kgはあるな。
「それよりワシの撮ったホタルの写真を見ておくれ!!」
、、、
「それではおやすみなさい。」
それぞれが部屋に入って就寝前の挨拶を済ますと、ただ合図を待った。
そして日付変わった頃、ドアがキシィと揺れた。
室外に出ると安室さんが唇に指を立ててグラスを揺らす動きをして目配せをしたので、『組織』の誰かからの呼び出しがあったのだろう。
バーボンの介入を許さないのなら、自分の殺害を計画に入れていると見て間違いないな。
外に出た彼を見送って、振り返ると胸元がバックリ開いたノースリーブワンピースにトレッキングブーツを身に着けた玄地さんが立っていた。
口を開こうとすると腕を引かれ、ビニール袋を手持つ彼女の後を歩いた。
流石にクロスボウは持たないか。
しかし、これとは別に違法所持するものを隠し場所に置いたと見るべきだ。
彼女のスタイルからして単純に銃で決着をつけることはないだろう。
暫く獣道を慣れた手つきで枝と葉を割り進むと、下を流れる河川と隣立つ正面の崖の断層が一望できる見晴らしのいい丘に出た。
「ねぇ、本当に記憶喪失なの?」
「手の甲の印、消したの?」
白い手袋をはめて手の甲を撫でると、スーズは抱きついてきた。
「イザラ〜!?信じてた……。イザラが裏切るわけないもん!!」
スーズの耳裏と項をなぞるが突起物はない。
「僕が白になるって思ったの?」
問うとスーズは目を潤ませた。
「だって……爆発に巻き込まれたんでしょ……ん」
口の中を開かせて覗き込むが異物はない。
「僕を誰だと思ってるの?」
服を捲り上げて縫い付けられた物はないか確認した。
予想通りワンピースの下に平たいスカルペルナイフが数本忍ばせてある。
「あ……イザラ……」
皮膚を押すが埋め込まれている物はない。
「スーズは何の任務をしてるの?」
靴を確認したが不審物は内外ともに認められない。
「画商として……国内外を……自由にう……動く」
靴を履かせて作業着の上着をスーズの肩に掛けた。
「そうなんだ、どうして任務外で接触したの?」
体内に通信機器がある場合は流石に確認できない。
「も……もしノックになってたら始末を……」
上層部に了承を得ぬまま同士討ちなど言語道断極まりない。
スーズ単身一人だけで接触しようとはしない筈。
現に地位の高いバーボンと恐らくFBIに所属しているライの二名が動いた。
協力者が必ずいる、それも一人や二人ではない。
「始末は、犯人をどう用立てるつもりだったの?」
見立て殺人にするにしても、この丘では落とすか狙撃くらいしか方法がない。
「……走り出したら逃走とみ、みなして裏切り者と……来た道をも……戻ったら……何も……」
狙撃か、この暗さならば暗唱スコープを使っている。
必ずスコープのアイピースとの間に視差……パララックスが生じるはず。
『走り出したら』という言葉を信じるならば高性能な熱感知装備を備えていない。
立地からしてスナイパーがいるのは真正面の崖になる。
左右や斜めは樹木が多すぎてコルンやキャンティ並の腕が無ければ難しく、彼らが関与するならジンが背後にいるだろうが、暗殺に失敗した今ジンがスーズ如きと共に動くとは考えられない。
「誰が関わっているの?」
スーズは首を横に振った。
いいから答えろよ。
「……あ……あのね?アタシ……ノックを見つけたの……」
……ノック?
「僕もだよ。スーズの方は?」
スーズは首を縦に振った。
「いってほしい?」
早くしろよ。
「いって。」
スーズは胸に手を当てて深い溜息をついた。
「フーッ……フゥ……驚かないでね?……バーボンがノックなの。」
……そうか。
「凄いね。どうやって知ったの?」
頭を撫でるとニヤケ顔が更に崩れた。
「喫茶店から出てすぐ近くの所で短波通信を拾ったの。暗号化が強くなかったから周波数ホイッピングの一瞬だけ。店内は拾えなかったから妨害装置が付いてるよ。」
「そっか。その情報、誰かに言った?」
スーズは隣に座る自分に抱きつきながら甘ったるい声を出した。
「言うわけないじゃん!最初はイザラだって決めてるんだから!!」
仮に虚偽なら、安室さんは二度と戻らない。
真実ならば、安室さんは必ず戻ってくる。
「そう。ならさ、その情報を出すのは僕が許した時にして。」
それを聞いた瞬間スーズの身体が強張った。
「……はあ?なんでよ!?バーボンはアタシたちと仕事した仲間じゃないじゃん!!」
お前は僕の仲間ではないよ。
「情報のコントロールは僕がする。許すまで誰にも話さないで。」
幼い顔つきがみるみるうちに般若のようになっていく。
「もしかして……バーボンがノックだって知ってたの?」
うるさいな。
「既知かどうかは関係ない。話さないでって言ってる。」
スーズは子供のように激昂し始めた。
「信じてたのに!!イザラまで裏切り者だったなんて!!……せめてアタシが引導を渡す!!アンタをダリの『焼いたベーコンのある柔らかい自画像』にしてあげるから!!」
点と点を繋ぐ時が来た。
スカルペルナイフを取ろうとした彼女の服を捲り上げると動きが一瞬固まったので、背後に回って右肘で首に圧迫感が残らない程度に絞めると必死に引き剥がそうと爪を立てた。
そんなことよりスカルペルナイフで刺すとか、わざわざ持ってきた強化ビニールに焼酎のボトルを包んで作ったブラックジャックで思い切り殴ればいいのに。
あ、背後に回ってるから鈍器による殴打は無理かな。
「僕が話さないでって言ってる。」
意識が落ちていないんだから強く締められていないと……分からないか。
喉を少しでも圧迫されたら反射的に身体が動く……は言い訳だな、完全に先制を取られてパニックになってる。
組織の構成員として名ありでいるのは技術面で優れているからであって対人戦闘面での評価ではない。
埒が明かないので右肘の力を緩めて左手でビニール袋を掴んで振り上げる仕草をするとスーズは脱兎の如く右側に走って肩にかかった作業着の脇から物を取り出した。
「なっ……筆箱!?」
しかし馬鹿だな、銃を忍ばせた状態の作業着を他者に渡すわけが無く、そもそも今常備してるのは麻取として携帯を許されたS&W M360J。
おまけにヒップホルスターだ。
イザラは二丁拳銃持ちで衣服をホルスターにしているという顔馴染みであるが故の先入観が災いしたな。
「だからお前じゃ駄目なんだ。」
ドーンという落雷のような重低音と共に反論しようとする二つのが眼が一点を向いた。
作業着の有無で誤射するとは技術面が劣る者とみていいだろう。
左耳から右耳へと貫通した穴からして308win。
大型動物の狩猟に使用されるが、ライフル銃の持ち主はいずれ絞られる。
ピカソの『ル・レーヴ』のような体勢になり横たわったスーズが完全に事切れるのを見届けた後、手袋を仕舞いタンクトップのまま来た獣道をゆっくりと戻った。
「スーズは宇宙に浮かぶんだ。」
「デイヴィスさん!!無事ですか!!」
暫く歩いていると安室さんの声と足音が聴こえてきた。
それに合わせて再びスーズの元に足の向く方向を変えた。
折れた枝でスーズに付けられた爪痕を誤魔化す新たな切り傷をつけながら。
「探偵士さん!!今のは銃声!?」
コナンくんの声と足音も続いた。
「コナンくんは来るな!!」
そう言ってスーズの下敷きになった上着を抜いて、上半身に掛け直した。
意味を理解したらしく、小さな足音が止まった。
「デイヴィスさん……まさか彼女も……」
安室さんが戻って来たのならば、スーズの言ったことは本当か?
……ただし、伝えるタイミングを考えた方がいい。
今『スーズがバーボンをノックと疑っていた』と言えば彼の動きが鈍る。
「恐らく彼女がスーズです。彼女の名は玄地シュザンヌ……スーズの語源になった名前だと今更気づいて……。早く気付いていたら……。」
彼はあの時点で、もう一人にしか気づいていなかった。
何食わぬ顔で手袋をはめて体温が下がり皮膚が乾燥し浮き上がった手の甲と指を触った。
「な……特殊メイク用の導電性ゴムか……人工偽装指紋……此処まで組織内部で技術が転用されているとは……」
考え込んでいる安室さんを横目に掛けてある作業着の血飛沫の散布を確認したが暗闇で目立つ物はない様に見える。
「……不審者による偶然の殺人と見せかけようとした者、銃殺をしようとした者の少なくとも二人の犯行かと。」
「それか、不審者が彼女を害した後に持っていた猟銃で彼女を殺害した。……なんてのは犯人側に都合が良すぎるか。」
振り返ると世良さんが顎に手を付けて眉を顰めていた。
……これなら動ける。
「世良さん、安室さん、後を頼みます。僕は向かいの崖に」
「ならば私も同行します。」
世良さんの背後の闇から沖矢さんが足音も立てずに現れた。
「……はい。まだ遠くには逃げていないはずですから。急ぎましょう。」
、、、
「サイズからして男性の靴底に見えますが、重心のかかり方からこのサイズよりも一回り小さいサイズの者がインソールとパッドで無理やり履いたみたいですね。」
向かいの崖に続く山道まで来ると沖矢さんが懐中電灯で地面を映した。
「イザラ、一つ聞きたい。」
……はぁ。
沖矢さんは、コテージで一人きりになっている間……何をしていた?
「なんでしょうか。」
……あの場に現れるまで、何処にいた?
「君は何故、ライトも付けずに獣道を真っ直ぐに歩く事が出来たのか。俺に分かるように教えてくれないか。」
あとがき
崖っぷち
なかみについて(期間限定アンケ)
-
ややこしい(かため)
-
分かり易い(やわらか)