「ライト……ああ……そうですね……。」
ライは腕利きのスナイパーであり、コルンやキャンティに次ぐ実力であったと風の噂で耳にした。
皆が川で蛍狩りをしていた時間でコテージに盗聴器等を付ける時間があった筈だが、ガラケー改のアラートには何も掛からなかった。
つまり別のことをしていた。
それが暗視スコープの確認作業や暗視カメラの設置、予め予測または把握していた落ち合う場所の双眼鏡での位置確認と監視時の潜伏場所の確保であったなら……。
一連のやり取りを確実に見られている。
万が一、ガラケー改が感知できない録音機器があった場合……。
そもそも、自分がサシバを動物病院に運んでいた間の空白もある。
コナンくんと安室さんと共に密談していた可能性も高い。
落ち合う場所からこの向かいの崖の麓まではそう遠くなく1.2km、尚且つ銃声が響いてから彼が駆けつけるまでに時間があった。
これをブラフと捉えずに考えるとライが全力疾走してコテージ内の駐車場に留め置いた車、または部屋に一度戻って物品を隠してから来ることは容易だろう。
「イザラ、話せないなら」
「話します。……但し、警察がいる場で。」
現に数分も経たないうちに喧しいサイレンと赤いパトランプの光が落ち合う場所に使った方角と此方に向かって登って来ている。
このコテージの近くで待機していたかのように。
「……そうか。了解した。」
、、、
「デイヴィスさん、事情をお聞かせ願えますか。」
高木刑事が此方にいるなら、反対側には佐藤刑事か千葉刑事、目黒警部がいる。
「はい……。」
項垂れて真っ直ぐ下を向いた。
「その前に、スナイパーが潜伏している可能性がある。場所を移動した方がいいのでは。」
沖矢さんの提案に高木刑事が同意すると、既に捜索隊と警察犬が麓から山道に近づいて来ている音が聴こくる。
こうなるとスーズ単体が警察組織にマークされていたか、タレコミがあったかの何方かだが、ここまで警察を動かせるのは安室さんの指示か同等の者によるもの……。
ただ、公安の安室さんが派手に動かす理由、メリットがあるのかどうか。
「そうですね。一旦合流しましょう。」
「この丘で殺害されていた女性の第一発見者が……デイヴィスさんだったとは。」
予測と反して佐藤刑事と白鳥警部という組み合わせで、二人は規制線が張られた中で横たわっているスーズの遺体の前で佇んでいた。
「はい……。」
肩を落として遺体を見たが、掛けた上着がない。
「遺体には側頭骨を貫通する程の弾痕があった事から、大型の獣を狩猟する際に使われるライフル弾が使われたと思われます。」
ならば、まだ弾頭は見つかっておらず型の特定も進んでいない。
流石に弾道の目星は付いているだろうが。
銃創がこめかみでなくてよかったな。
「即死だったでしょうね。」
こちらに詰め寄る佐藤刑事の表情がいつにも増して険しい。
その後ろには安室さんと世良さんが控えている。
「そうですか……。」
下に目線を合わせたまま、ただ頷いた。
「この割れ方からして近距離では無いと伺えます。少なくとも現時点であなたが彼女を狙撃したとは考えていません。」
淡々と白鳥警部が話すが、本題はそこでは無いだろう。
「デイヴィスさん、この女性との関係性をお伺いしたい。」
……偽造指紋、人工皮膚、スカルペルナイフを所持した遺体。
一般人として処理されることは無い。
「話します……話しますが……女性の前では……話せません。」
額を押さえて絞り出す様な声で狼狽すると、佐藤刑事が更に一歩前に出た。
「……女性の前では……?ハッキリ言いなさいよ!」
食い付いたな。
「……僕は……彼女と……交際していたんです。」
嘯くと佐藤刑事の張り詰めた声のトーンの緊張の糸が緩んだ。
「……そうだったの。」
彼女のヒールが一歩下がった瞬間に膝から崩れ落ちた。
「呼び出されて……う……う……彼女と愛の確認を……して……」
首を押さえて一筋の涙を流した。
「自分の保身のために不審者によるものだと……僕は……」
蹲ると高木刑事の手のひらが背中に置かれた。
「……分かってますよ。デイヴィスさんが恋人だと名乗り出ることができない事情は……皆、分かっていますから。」
その手を振り解いて声を荒げた。
「僕は愛する女性を赤の他人として処理してしまったんですよ!?……最低な人間だ……」
「白鳥警部!!ルミノール反応が出ました!!」
鑑識が自分の上着を持って駆けてきたが、現場で処理をせず一度車両に戻ったのなら筆箱に何か危険物がないかの確認と……。
「血痕が左肩と右肩に細かく掛かっていますが、左肩の方が飛沫が多い。」
確かに青く血痕が光っているが、これで自分の潔白が証明された。
「それなら彼女はデイヴィスさんの上着を羽織っていた状態で撃たれた。もし彼女が敵の……いえ、アナタから害を加えられたのなら羽織っているのは不自然ね。」
佐藤刑事が納得しかけると白鳥警部が疑念を呈した。
「害した後に掛けることもあるでしょう。」
……沖矢さんの方を見るが、訂正が無い。
盗聴は無かったのか?
「一つ気になることがありまして、デイヴィスさん……なぜ彼女の首を絞めたんですか?」
右肘で押さえただけの圧迫痕を見抜いたのか……安室さん。
「……それは……彼女が……僕が裏切りに当たる事をしたと知って……崖下に飛び込もうとするのを止めるためです。」
なぜ、自分が隠れ公安だと知りながら追い詰めるんだ。
自分がスーズを消さなかったら今頃……。
「私からも一点質問があります。獣道をTの縦線、彼女が倒れていた位置を右横線とした時、側頭骨を貫かれたのなら外側に向いてうつ伏せになるか、外側に足を向けて仰向けになるのでは?」
……沖矢さんまで。
「……僕が彼女の名を叫んだからです。一瞬躊躇った瞬間に彼女が……。」
……スーズの協力者と自分が共犯関係にあり、殺害を企てたと見ているのか。
「……ボクからもいいかな。探偵士くん、なぜ彼女はブラックジャック、所謂コインを布で包んだ鈍器を持っていたんだ?」
知らないよ、僕を殺害する為だろ……。
……あ、ああ、あああああ。
「……信用されていなかったから……。」
失敗した。
ビニール袋の焼酎のコインの中身を確認していない。
「……そうですか。事情聴取については明日……いえ、本日の午後以降に詳しく伺いますので。」
コインの下に振動により起動する録音機器が隠されていたとして……。
大丈夫だ、聴かれていても『ダミー情報』をまだ出しておらず、隠れ公安としての職務を果たしただけ。
殺害される迄のやり取りも正当防衛で済む話じゃないか。
「はい……。すみません、最後に僕から一つだけ……お願いをしてもいいでしょうか。」
顔を上げると……自分をこれっぽっちも、ほんの一欠片も信用していない瞳に囲まれた。
「理由によります。」
……隠れ公安も監視する為に与えた仮初めの役職。
僕には……組織にも、警察組織にも居場所が無い。
違う。
最初から僕には、僕だけ、なにも無かった。
「最後に彼女にお別れを……。さようなら……宇宙でまた会おうね。」
「……どうして……。」
騒動のため、阿笠博士と探偵団のみんなは起床しており、梓さんは立て続けに起こった殺人事件による心労とストレスで佐藤刑事に話を聞かれた直後に倒れてしまった。
「梓さん!!」
安室さんが彼女を支えるようにして抱えると、部屋に連れて行ってご丁寧にドアを半開きにした。
「ボクも梓さんに付くよ。」
続くように世良さんが部屋へと消えていった。
「……説明して。……せ、説明しなさいよ!!」
シェリーは錯乱したようにガタガタと肩を震わせて怒鳴り声を上げた。
無理もない。
恐れていたスーズという脅威が別の第三者に殺害されんだ、動揺して正常な判断が出来なくなっている。
「……灰原、事情はオメーも」
「事情なんて知らないわよ!!守るって……守るって言ったじゃない!!」
……言ったよ。
ちゃんと……守ったじゃないか……。
「……ごめん。想定の範囲外だった。」
スーズが協力者の技術面でのミスなのか、仲間割れなのかは分からないが、まさか殺害できるとは……。
「……デイヴィスさん!まだ犯人は捕まって無いんですよね!?何とかしてくださいよ!!」
光彦くんに裾を引かれても何もしてやれることがない。
「兄ちゃん……怖ぇよ……。」
出来ることは、ただただ膝に縋り付く元太くんと歩美ちゃんの背中を擦る事だけ。
「……分かった。……僕の名前を呼んで。」
名前を呼んで。
「お兄さん!」
違う。
「……探偵士さん。」
違う。
「デイヴィス君!」
違う。
「……い…イザ…ラ……」
違う。
「ギルテセブン。」
そう。
『フランスでならしたスパイの俺は、罪を被せられ指名手配をされたが暗闇に紛れ地下に潜った。しかし、ただ真っ黒になる俺じゃない。いつか星になるために報酬次第で何でもやってのける白黒つけないグレーな男。無理を理屈にし、宇宙を統べる。俺はギルテセブン!!』
……行くか。
「……デイヴィスさん、何処に行くおつもりですか?」
そんなの決まっているじゃないか。
「星座を作りに。」
「〜♪」
警察の捜索で見つかっていないなら、一度川に潜水しているはず。
警察犬は優秀で、半日すら経過していない硝煙の臭いを辿れないわけが無いから、川に潜水しながら服を脱いで用意してあった服を着て逃走したかくらいでないと説明がつかない。
崖に潜伏しようが土の中だろうが臭いは辿れる。
車で移動したなら待機していた警察による検問があった筈で、エンジン音や排ガスの臭いも特になかった。
更に、ここはホタルが生息するほど川の流れが緩やかだ。
なのにも関わらずホタルが好んで棲む浅さではなく、川幅は30m以上深さも6m以上はある河川。
おまけに河原には背の高い水草まである。
逃走する際河原の石に水滴がつき、泥に足跡が残ることを見越しているのなら。
「出てきなよ、ヴェルヴェーヌ。」
ホタルの光がすっかりと消え、捜索隊が川上と川下に移動した川の中腹に向かって声をかけた。
暫くすると潜水服とボンベを背負った女が徐々に浮かび上がってきた。
「ど……どうして分かったの?」
開口一番に出たセリフに笑ってしまった。
本当に潜水していたのかよ。
「あはは!相変わらずポンコツだなぁ。適当に言っただけだよ。」
ヴェルヴェーヌは頬を赤らめてまた水中に沈んでいった。
「うぅ……私はポンコツじゃない……」
良かった。
「あのさ、一つ聞きたいんだけど……僕を殺すつもりだった?」
「ち、違う!!スーズがちょっかい掛けようとするから……イザラの邪魔をするなら殺したほうがいいかなって……」
懐柔できそうで。
「そっか。ヴェルヴェーヌなら分かると思うんだけど……何を出す?」
彼女は一瞬躊躇うと、ゆっくり口を開いた。
「アイリッシュが動く計画がある。」
……アイリッシュが直々に動くとなると、大規模作戦が自分に通達されていない。
バーボン、ライは何か知っているのか?
「国家公務員にノックがいる。」
言葉に反応して水面が動いた。
該当者に心当たりがあるな。
「……裏切り者じゃないって証明してくれてありがとう。……イザラは昔から損な役回りだったよね……スーズなんかに構ってあげたり……優しいから……。」
深追いは避け、連絡を継続的にした方が後々やりやすいか。
問い詰めて洗いざらい吐かせるには自白剤を使ったほうが確実だ。
「ヴェルヴェーヌこそ……僕の為に身を張ってくれてありがとう。……まだ暫くは潜水した方がいい。何かあったら連絡して。」
「デイヴィスさん、お話があります。」
コテージに戻ると玄関先で安室さんが待ち構えていた。
「僕も伝えなければならない事があります。」
ゆっくりと朝焼けが燃えるような山道に向かって二人で歩き始めた。
「アナタはなぜ、ポアロを訪れた彼女がスーズだと打ち明けなかったんですか?」
……『敵を騙すには先ず味方から』そう言った所で。
「安室さんが『なぜ彼女が此処に居る』と仰ったので、スーズを知っていると勘違いをしました。……安室さんこそ、なぜ黒髪の女性が組織の人間だと教えて下さらなかったのですか?」
安室さんの歩くペースが心なしか遅くなった。
「……彼女はヴェルヴェーヌ。隠密行動に優れた人物です。」
……理由は伝えられないと。
「今しがた、彼女から接触がありました。」
すると歩みがピタリと止まった。
「彼女は何と?」
朝日を背にした安室さんに目が眩む。
「……アイリッシュが動くと。……既に動いているやもしれません。」
目を瞑りながら情報と推測を伝えた。
「……ダミー情報を使いましたか?」
ただ、頷いた。
「はい。彼女は僕を組織側だと認識した筈です。おって連絡があると思います。……そして、まだ川に潜伏している筈です。」
眩い光を受けて出来た彼の黒い影に自分の身体と自身の影が飲み込まれた。
自分は光に当たれない。
その資格が無いから、権利を持たないから。
影の役割でしか、存在を許されない。
「……デイヴィスさん。同じ立場の人間として、僕はアナタを信用しています。……文字通りに受け取って下さい。」
、、、
「イザラ、戻ったか。」
コテージに戻ると沖矢さんに声を掛けられた。
「はい……。」
彼はヴェルヴェーヌと自分が共犯関係にあり、スーズを害したと考えている。
「少し話をしないか。」
沖矢さんの部屋に連れられ、床に正座をして言葉を待った。
「君の動きを彼女と接触してからスコープでとらえていた。」
やはりそうだったか。
「……僕は」
いくら言い訳を並べた所で、一人の女性を殺害しようとした事実は変わらない。
証言も信用出来ないとして消えてなくなる。
「彼女の持っていた焼酎のペットボトルの中から小指サイズのレコーダーが見つかった。」
自分が言った『白になるとでも』が切取られ『話さないで』を信用に値するかのジャッジに使われることは無い。
刑事たちの前で異なる証言をしてしまっている。
「イザラ、記憶喪失を騙る際に服用した薬の後遺症が顕著だ。後は警察に任せて、しばらく休んだほうがいい。……喫煙も控えろ。」
「山の近くにある民家から女性の死体が上がりました。そしてライフル銃と遺書も発見されました。」
待機の指示があり沖矢さんと安室さん、自分だけが残ったコテージを白鳥警部が夕方頃に訪ねてきた。
「線状痕が一致したんですね……。遺書には何と書かれていたんですか?」
靴底のサイズを照合される事を見越して余裕を持たせていたか。
「『女性が害されている場面に遭遇してしまい、気がついたら誤って女性を殺してしまいました、命をもって償います』という趣旨の内容です。」
これが出たくらいでは捜索が打ち切りにはならない。
凶器を隠し持った被害者と、潜伏に長けた犯人が遺書を残すことは辻褄が合わない。
警察組織に組織の情報がどの程度浸透し、誰が何を知り何を把握していないか調べなければ。
「まだ、真犯人が捕まっていない。」
白鳥警部は頷き、捜査を継続する旨を話して立ち去った。
それとは入れ違いに乗用車がコテージの前に乗り付けて、中から見覚えのある高齢の男性が降りてきた。
「君がデイヴィス君か!!」
そう言って沖矢さんに話しかけた。
「私ではありません。彼です。」
アイコンタクトで僕の方を見ると男性は安室さんの肩を叩いた。
「なら君がデイヴィス君か!!」
安室さんは苦笑いを浮かべて僕の方に手を向けた。
「なんじゃ、君かね!!パッとしとらんから気づかんかったわい!!」
男性はこちらの背中を叩きながら豪快に笑った。
「あのー……野鳥を守る会の日位さんですよね?何のご要件でしょうか。」
まさか追加の治療費請求か?
「君が命を救ったんだ!だから君が責任をもって保護するんじゃ!!」
乗用車からサシバの入ったケージを取り出して目の前に突きだした。
「絶滅危惧II類ですよ?保護とはいえ許可が下りるとは……」
「わしが掛け合ったんじゃよ!!飼育に不安があれば何時でも連絡してきなさい!!」
無理やりケージと名刺を持たれると、日位さんはさっさと車に乗り込んで行ってしまった。
「……今回ばかりは許可する他あるまい。但し家具や壁紙、カーペットに爪痕や排泄物で汚損しないように。」
珍しく沖矢さんが溜息をついて無条件で受け入れたな。
持ち上げて落とすつもりか。
「ありがとうございます……。名前……林太郎でいいか。林太郎に危害を加えた犯人は死んだから安心してね。必ず守るから。」
第二章 スーズ - ヴィオレ 完
なかみについて(期間限定アンケ)
-
ややこしい(かため)
-
分かり易い(やわらか)