『夏目く〜ん!!黒猫のキッド、可愛いね〜!!動画ありがと〜!!』
無線から聞こえてくる腑抜けた声に怒鳴り返した。
「うるせぇぞ石川 元気!!俺の飼い猫だぞ!?可愛いに決まってんだろうが!!」
少年探偵団とかいうイザラの身辺にチラつく子供達に半ば押し付けられたていで左目が潰れた黒猫を飼うことになってしまった。
ただし、収穫もあった。
少年探偵団の子供達は探偵バッジという超小型無線機器を保持していた。
そして塒に潜り込み、信頼関係も容易く構築することが出来た。
しかし阿笠博士っつう重要人物とは会えず仕舞いだった。
子供達の姓に阿笠が無いから、他人の子供に家の鍵を預けているセキュリティ意識が甘い人間だと把握できただけ儲けもんだ。
『ねー何でキッドなの?怪盗キッドの隠れファンなの?』
無神経な質問に腹が立って大声を出した。
「怪盗キッドじゃなくてキッド・ピストルズだって言ってるだろ!!」
苛立って無線マイクのグリル部分にガリガリと爪を立てると悲鳴が上がった。
『ギャア!!スクラッチ音は嫌だあ!!ノイズ音はやめて〜!!』
情けない声を聞いて満足すると客を拾いにアクセルを踏んだ。
「客を乗せるから黙ってろ石川 元気!!」
、、、
「警視庁までお願いします。」
タクシー予約アプリで指定された場所に停めると、今時にしては珍しく口元に髭を生やし背筋が伸びた背の高い男だった。
「はい!警視庁ですか……もしかして、刑事さんなんですかね?」
立ち振る舞いからして、キャリア組って所か。
「さぁ……。あなたは猫を飼っている。当たりましたか?」
……これは占い師が良く使う手口だ。
所謂バーナム効果……フォアラー効果で一般的にありそうな事を言っている。
「お!当たりです!……毛色は何か分かりますか?」
日本の猫はキジネコやハチワレ等の毛色のミックスが一般的。
単色のロシアンブルーや黒猫、白猫は案外個体数が少ない。
ここで黒猫をピンポイントで答えるとして。
「真っ黒な黒猫でしょう?」
ホットリーディングだ。
俺のタクシー運転手としての顔写真はタクシー予約アプリが利用者の不安を無くすためだとかいう理由で会社の従業員一覧に名字とともに出ているからな。
俺自体はSNSをやっていないが、利用客が『イケメン運転手がいた』とかで写真をアップしたかも分からねえ。
それに少年探偵団の子供たちが『黒猫を引き取ってくれた親切な運転手さん』として美談を吹聴している可能性だってある。
「お!!スゴイなぁ黒猫ですよ!!……毛でもついていましたかね?」
そして最も考えられるのが、直接対峙したときのコールドリーディングだ。
黒猫の毛は短いし、ウサギの毛や犬の毛とも異なるから見分けるには充分だ。
しかし、毛が残らないように粘着テープで毎朝スーツを丁寧にチェックしながら出社して、更に制服に着替えた後も確認するんだがな。
「この付近の動物病院で『金髪に緑のメッシュを入れた男性が黒猫を引き取った』と話を聞いたものですから。」
「なんだ、お兄さんも動物を飼ってらっしゃったとは!」
見るからに朴念仁に見えるが、意外性って奴か。
「ここでお会いしたのも何かの縁。……何か印象に残っているエピソードをお聞かせ願えますか?」
昔話ねえ……タクシー運転手として一つや二つ出さねえとな……。
。。。
「すみません監督、お伺いしたいことが……」
エルダーは俺の専属スタントマンだったくせに、俺の役を読み込んで『スタントにも感情を入れたい』と台本を受け取って監督に演技指導を乞うような身の程知らずだった。
「また君か!!全くさっきのアクションはまるで意志がこもってなかったよ!!スタントマンであっても脚本を読み込んでもらわないと困るよ!!」
……そして、俺が主演を務めるギルテセブンの監督であるニルズ・ファージングもそれを否定しなかった。
「はい……愛する人を助ける時に身を挺するならアクションは小さめになるかなと……」
俳優ってのは、台本を読み『監督の意図』を汲み取らなきゃいけない。
「監督、俺は分かってます!!あのシーンは愛する者だからこそ見栄を張ってオーバーリアクションになるんですよね!!」
ニルズ監督は笑顔で応えた。
「ジェローム君には何も教えることはないね。」
俺は監督がエルダーを疎ましく思い、いずれクビにすると確信していた。
ただ、後日ニルズ監督から直接『次回作はW主演になる可能性を念頭において撮影を始める』と聞かされた。
スタントマンが主役に抜擢されるなど異例中の異例。
直談判しに行こうと足を上げた時、肩を掴んで止めたのは共演者のシャロン・ヴィンヤードだった。
「野暮なことはよしなさい。ファージング監督は伸びると思った子には厳しく当たるのよ。……この意味、分かるわよね?」
。。。
「……とまあこんな感じで学園祭の劇で嫌な目に遭いまして。やっぱり世間では『努力家』っぽいキャラクターの方が人より苦労していたり悔しい思いをしているとされがちなんですよねー……。俺は顔が派手だから楽に役を取れたと思われてる。」
ルックスやスタイルだけで主役の座を射止められるほど芸能界は甘くない。
どんなタレント、俳優、モデルだって血の滲むような努力をして、それを見せないだけだ。
白鳥が優雅に泳いでいるように見えて、水面下では足を動かし続けているように。
不良が少し良いことをしたから称賛されるように、並の努力をしているものが自己アピールをしたからという理由で同情的な褒美を与えられていい理由にはならない。
「巧言令色鮮仁……といった所でしょうか。 口先や表面的なパフォーマンスに長けた者は、実力や意志のある者ではない。」
……いきなり孔子の話をし始めたな。
「え?まあ……皆アイツを『直向きな好青年』だとして疑わなかった。俺が掴み取った栄光を『可哀想だから譲ってあげなよ』という雰囲気にさせた……。」
アイツは心理的誘導のプロだ、だから記憶喪失役なんて大それた作戦に投入されたんだ。
「信言は美ならず。美言は信ならず。善者は辯ならず。辯者は善ならず。知者は博からず。博き者は知らず。聖人は積まず。旣く以て人のためにして、己はいよいよ有す。旣く以て人に與へて、己はいよいよ多し。天の道は、利して害せず。聖人の道は、爲して爭はざるなり。」
今度は老子の引用か……?
「いやー、難しい引用は分からないですね!」
この手の手合いは、やっぱり占い師かなんかか?
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
「本当の言葉を有し知識と善を有するものは、有しているように見えない。聖人は欲を持たず残るのは見えざるものだけ……つまり実績や経験が残るという……。」
つまり、努力している風な者の方が優れていると……嫌味か。
「知識を吸収しようとしていた相手の方が秀でていたって話ですね。」
半ばぶっきらぼうに答えると、男は静かに否定した。
「いいえ。あなたが他者にどう思われようと真に努力をしていたならば、必ず消えない功績が残り、それを評価する人間も必ず居るということです。……お話、ありがとうございました。」