探偵士、少年探偵団と出会う。   作:ummt

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第三十一話 探偵士、クビになる。

 

「デイヴィスさん、ハムサンドを一つ」

 

 沖矢さんは昨晩から自分の身を案じるように横についた。

 胃に優しい夕飯の用意から洗濯物の取り込み、アロマバスまで沸かして貰っていて、睡眠時に使うアロマディフューザーまで準備してあり至れり尽くせりであったが、香料はヤマカガシの近松とサシバの林太郎に悪影響を及ぼす可能性があるため丁重にお断りした。

 そして、子供の見守りでもする様にモーニングをポアロで摂っている。

「……はい。モーニングセットですね」

 ボンヤリとした頭でメモを取ると袖を引かれた。

「ハムサンドと、モーニングセットです」

「ハムサンドとモーニングセット……はい。承りました」

 頭を下げてカウンターで此方を睨む安室さんに注文を繰り返した。

「モーニングセットの注文が入りました……」

 報告してモーニングセットを作り始めるとマニュアルでテーブルにトントンと叩きながら目の前を遮られた。

「……注文を繰り返して復唱してください」

 注文……復唱……。

「ハムサンドとモーニングセットです……」

 言われた内容を繰り返してモーニングセットをトレイにセットし終えた。

「デイヴィスさん、今のまま客席に向かっていいんですか?」

 トレイにはモーニングセットが乗っている。

 マニュアル通りに作ったから問題ない。

「はい……客席に伺います」

 そのままトレイを沖矢さんのテーブルに運んで皿とカップとソーサーを規定の位置に置いた。

「……安室さんでしたか。君がデイヴィスさんの上司だったはずだが、何故第三者の目から見ても明らかな部下のメンタルヘルスの歪みと不調を見誤ってしまうのか、理解に苦しむ」

 すると安室さんは額と頬、腕にかけて青筋を立てると只ならぬ殺気を纏って地に響く低い声を出した。

「メンタル管理は社会人の基本、人として自立し自主的に行うものであって他者から手を差し伸べられることを待つものではない」

 ……あ、そうだハムサンドを作っていない。

「ハムサンド、少々お待ちください」

 鬼の形相をしている安室さんの横に立ってハムサンドを作り始めた。

「……ところで、梓さんという女性の店員さんは今日はお休みなんですか?」

 そういえば、居ないな……。

「……彼の帰りを待ちつつ自宅でおうちデート。彼は急いで帰ってきて、私を抱きしめてくれる。大好きだよって……」

 カウンターのテーブルが割れるほど強い力で天板がバチンと勢いよく叩かれた。

「いい加減にしなさい!! ラブロマンス小説語りは立派なセクハラだ!! アナタは勤務態度が悪すぎます!!」

 見たこともない形相で安室さんが此方を睨み凄んだ。

「……あー……なんかメンドイなって……なっちゃって……」

 それ以外の文面が、まったく思い浮かばなかった。

 まるで頭の中に霧が掛かったように、思考がまとまらない。

 

「アナタがそんな人間だったとは……残念です。本職の仕事だけしていればいいのでは? ……クビです。荷物をまとめて下さい」

 


 

「おっ! 探偵士、暇か!?」

 

 ポアロの従業員通用口に足を進めると毛利さんが腕を組んで壁に背をつけて立っていた。

「あ……はい……クビになったので……」

 作り笑いをして頭を掻いて下を向くと雷のような大声が響いた。

「クビ!? 一体何をしたんだお前!!」

 何……致命的なミス、セクハラ、注文すらろくに取れない。

「色々です……」

 頭を下げて通り過ぎようとすると大柄な体躯に遮られた。

 

「なら丁度いい!! 今から言うところに軽トラを走らせろ!! 依頼だよ依頼!!」

 

 、、、

 

「いやーお前の軽トラなら何処へでも行けそうだな!!」

 

 特に話題がない時に話す言葉を投げかけられて押し黙った。

「蝶舞牧場ですか……依頼主はヤギですか?」

 くだらないことが口から出ると毛利さんは豪快に笑った。

「アッハッハ!! お前が黒山羊なら白山羊からの手紙を読まずに食べるんじゃねえぞ!!」

 黒山羊……自分が黒に染まっているなら、白い立場の者からの啓示を見逃すな……ということか。

「はい……尽力します」

 ポツリと零すと毛利さんは手動の手回し窓レバーをくるくると回して肘を窓の外に出した。

「……探偵士、タバコ……吸ってもいいか?」

 頷くと毛利さんはタバコのパッケージをトントンと叩いて出た一本を咥えてライターに火をつけた。

「よかったんですか……? 同行者が安室さんではなく僕なんかで……」

 そろそろ目的の牧場がある丘が見えてきた。

 自分は誰かの代理にしかならない。

 

「いいんだよ! お前で……お前だから同行者として呼んだんだ」

 


 

「毛利探偵!! よくぞお越しくださいました!!」

 

 マグノリアの大木が一本そびえ立つ丘と対面するような丘に複数の鉄製の鐘備え付けられた塔がそびえ立ち、それらを囲むように牛舎棟が建つ牧場に辿り着くと、砂利道に黒い軽トラをつけた。

「どうもどうも!! それで予告状の方はどうなっていますか蝶舞さん!!」

 毛利さんがズカズカと砂利道を歩くと蝶舞と呼ばれた作業着の中年男性が頭を下げた。

「いやぁ……全然意味が分からなくて……お手上げです」

 蝶舞が毛利さんに手渡したのはコピー用紙に印刷された予告文だった。

『他者を排除する九つの杯は、過剰な鐘の神託を求める』

 あー……成る程。

「これが予告状なんですか?」

 指を指すと蝶舞は別の紙を出してみせた。

「これとは別に『神の怒りを受けよ、そして鐘は正しい主を受け入れる』って紙もあったんです!!」

 紙……指紋や衣類の繊維が残っていそうだ。

「蝶舞さーん!! 毛利探偵がいらっしゃったんですか!?」

 三人で紙を見つめていると丘の方から青年が手を振りながら駆け下りてきた。

「おお風太!! 毛利探偵が解決して下さるぞ!!」

 風太と呼ばれた青年は息を切らせて駆け寄ってきました。

「毛利探偵!! さっき新しい紙が牛舎に貼り付けてあって『Im(bXZ) Un(bXZ) Am(bYZ) Tu(bYZ) XYを鐘の下へ』と書いてあるんですが……一体何のことか分からなくて……」

 はあ……。

「おい! 探偵士! お前はこの意味、分かるか?」

 毛利さんに背中を叩かれて頭を掻いた。

「あー……金を鐘の下に持っていけと書いてありますが、金製のものは何かあるんですかね?」

 そう尋ねると蝶舞は驚いた顔をした。

「確かに鐘を鳴らすために作られた金製の撞木はあるが……あんな高価なものを外に持ち出せんよ!! それに何故『金』だと分かったんだ!? 適当なことを言って盗むつもりじゃないだろうな!?」

 自然と溜息が出て、ぽつりぽつりと見立てを述べた。

「Im(bXZ)はImbalance、Un(bXZ)はUnbalance、Am(bYZ)はAmbulance、Tu(bYZ)はTubulenceを示し、XはAをYはUを示している……つまりXYはAU……金です」

 それを聞いた毛利さんは思い切り背中を叩いた。

 

「でかした探偵士!! 蝶舞さん!! 金製の撞木を持ってきて下さい!!」

 


 

「あ!! 鐘の下に紙が置いてありますよ!!」

 

 蝶舞と風太と共に複数の鐘がある鉄塔の下に向かうと鉄塔の柱に紙が貼り付けてあった。

 ……セロテープから指紋や髪、皮膚片が付いている可能性があるな。

『偽りの主は他者を排除する九つの杯の下で六つの重瞳で鐘を見つめよ』

 紙を見つめると若干土の汚れが見て取れた。

「双眼鏡はありますか? 恐らく偽りの主は蝶舞さんなので、マグノリアの木の下で反対側にあたる鐘を見ていてください」

 首をかきながら伝えると風太が驚いた顔をした。

「どうしてマグノリアの下なんですか? 双眼鏡って!?」

 深い溜息をついて毛利さんの方を見るとコクコクと頷いた。

「他者を排除する九つの杯は泰山木、マグノリアの代表種です。九つの花被片のお椀のような花姿から大きなサカズキの 木として大盞木と書きますしアレロパシーから他の植物を排除するんです。……六つの重瞳は人の瞳二つ、接眼レンズ二つ、対物レンズの六つだと仮定しました。……内容的に」

 持論を解説すると、風太は慌てて牛舎近くの作業場に走っていった。

「九つの杯はちと大盞木だけに絞るのは厳しいな……。探偵士!! 他に思いついた事があればどんどん意見しろよ!!」

 背中をバシンと叩かれてふらついてしまった。

「毛利探偵、この探偵士というのは一体何者なんですか?」

 蝶舞が首を傾げて此方を覗き込んできた。

「探偵士は私の探偵仲間です!! ご安心ください!!」

 その言葉に無性に涙腺が刺激され、瞼を右手で覆った。

「う……すみません……お手洗いを借りたいのですが……」

 顔を下にしてくぐもった声を絞り出すと蝶舞は気の抜けたように両手を開いた。

「作業場にありますが……その前に『過剰な鐘の神託を求める』の意味を教えて行ってくださいよ」

 右手で両目を押さえながら、推論を述べた。

「鐘の神託はCampanologiaという教会特有の鐘を鳴らす方式です。鐘のカンパナ、神託のロギアを意味します。過剰なの部分はロシア語でПеребор、ペレブリーともいい葬儀の際に一番小さい鐘から順番に一番大きい鐘を鳴らしていき、すべての鐘を鳴らしたら同時に鐘を鳴らすとされています」

 説明を終えると作業場に向かって走り出した。

 これ以上、苦しみに耐えられない……。

 

「早く戻ってこいよ!! 待ってるからな!!」

 


 

「はぁー……」

 

 作業場の手洗い場で顔を洗って鏡に映る自分を見た。

 それは、金髪にオッドアイの男だった。

 ……切り替えよう。

 手ぬぐいで顔を拭いて深呼吸した後、鐘のある丘まで走った。

「お!! 戻ってきたな!! 今九つの鐘のうち最後の鐘を鳴らすところだ!!」

 鐘が複数設置された鉄塔群はリンゴンと仰々しい金属音を鳴らしていた。

 向かい合う丘では豆粒サイズの蝶舞さんがマグノリアの木の下に居るのがギリギリ確認出来た。

「次は最後の鐘を鳴らした後、全部の鐘を一気に鳴らしましょうか」

 流石に金製の撞木で鐘を鳴らしたりはせず、括り付けられた紐を引っ張った。

「おお……荘厳って感じだな……葬式の時にこれを鳴らして見送るのか……」

 死者を送り出す音楽か……。

「そうですね……死者も浮かばれるでしょう……」

 九つの鐘を手分けして同時に鳴らし終わると、マグノリアの方を見ると蝶舞さんと思わしき男性が丘から転げ落ちていた。

 

「蝶舞さん!? どうしました!?」

 

 、、、

 

「呼吸が浅いが生きています!! AEDを探してきて下さい!!」

 

 蝶舞さんには三つ編み状の索溝と吉川線が首に残っていたものの、痕は赤く腫れているが未だ息がある。

 側にはイネ科のオオクサキビらしき草陰の上に双眼鏡が投げ出されており、紐状のものはなかった。

「どうされましたか!! ……蝶舞さん!? な、どうしてこんなことに……」

 牛舎から風太が飛び出してくると、毛利さんが大声で叫んだ。

「殺人未遂だ!! 警察と救急車を呼べ!! AEDを持ってこい!!」

 通報を任せてAEDを探しに走った。

 牧場のチケット売り場の入り口には想定通りAEDが設置してあった。

 複数の鐘がある丘等、観光スポットになっているだろうからな。

 AEDを取り出して蝶舞の元へ向かうと、毛利さんが必死の形相で救護措置をしていた。

「蝶舞さん!! 生きるんだ!!」

 横についてAEDの準備を始めると、風太が祈るような仕草をして立ち竦んでいる。

 予告文に神を使ったから最後まで神頼みか。

「風太さん、警察と救急は呼んだんですよね?」

 何度も頷いたので、側に毛利さんもいたから流石に連絡はしただろう。

「あ、当たり前でしょう!? 人が死ぬかも知れないのに!!」

 慌てたように両手のひらを広げてみせる風太の指の腹には小さい切り傷と青い汁が付着している。

 

「貴方が殺そうとしたのに?」

 


 

「は、はあ? な、なんで僕が!? まさかあの場に居なかったから犯人だとか決めつけるんですか!? 僕は双眼鏡を渡した後に牛舎に戻るように言われていて……」

 

 確かに風太が居たかどうか、このだだっ広い二つの丘と草原を囲む牛舎棟からの監視カメラに捉えられていたかどうか分からない。

 監視カメラを鐘の塔やマグノリアの木に向けていたとは考えにくく、電線も丘には地上で見える範囲には通っていない。

「探偵士……凶器が無いんじゃ……」

 毛利さんの手が離れて、額を拭った。

 どうやら安定した自発呼吸を取り戻したらしい。

「そうですね、凶器はもう無いと思います」

 すると風太は草の上に座り込んで息を吐いた。

「無いなら立証出来ないですね……僕は犯人じゃないですけど……」

 凶器はもう無いだろうが、再現はできる。

「凶器はオオクサキビのようなイネ科の葉ですね。この長い葉を三つ編みにすると高い強度を持つ紐が出来ます。……こんなふうに」 

 葉を編んで紐にすると息をしている蝶舞の首の索溝の近くに置いた。

「ああ!? 本当にこのサイズと形の痕になるじゃねえか!!」

 毛利さんが声を上げると、風太は自分が作った紐を奪うと思い切り引っ張ってみせた。

「確かに紐になっていますが、ならこの紐は何処に行ったんですか!? 説明してくださいよ!!」

 仕方無く、ゆっくりと立ち上がると視線を遮るように牛舎を指差した。

「牛の胃の中。……ではないですか?」

 当たっていたようで風太はしどろもどろになり後退りを始めた。

 毛利さんはその様子に怒鳴り声を上げた。

「なぜ蝶舞さんを殺害しようとした!!」

 責められたことに慄いたのか眉間にシワを寄せて張り合うように声を上げた。

「蝶舞が金製の撞木を持ってるって自慢しやがったからだよ!! 金を換金した後で僕が新しい牧場主になるつもりだったんだ!! 安月給で働かせた罰だ!!」

 あ・ほ・く・さ

「牛の胃の中を調べなくても、貴方の手から証拠は出てきますから」

 淡々と事実を述べると手を払い始めたので、思わず投げ飛ばそうとするより先に毛利さんが風太を一本背負い投げしてのしていた。

 

「証拠隠滅しようとするんじゃねー!!」

 


 

「毛利さん!! 今回もお手柄でしたね!!」

 

 到着したのは高木刑事と佐藤刑事のアベックペアだった。

「いやいや〜!! 今日は探偵士も一緒でしたからな!! アッハッハ!!」

 毛利さんに背中をバンバンと叩かれて下を向いた。

「デイヴィスさん、少しお話してもいいかしら」

 佐藤刑事がずいっと足を踏み込んで此方を見上げた。

「はい……何でしょうか」

 交際関係にあったとされる女性……スーズが亡くなったのによく呑気にしてられるわね、スーズが亡くなったのに熊津……ヴェルヴェーヌと交際しているなんて節操がないわね。

 ラブロマンス小説語りでセクハラするとは見損なった。

 ミスをするとは警察組織の人間として失格だ、恥を知れ。

 お前に今の仕事は向いていない、迷惑だから辞めろ。

「あの時……玄地さんが亡くなった時、強く当たって悪かったわね。アナタとは落ち着いて会話する機会がなかったから……謝罪が遅れてごめんなさい」

 ……佐藤刑事は当然の職務を果たしただけだ。

 あの場で『はいそうですか』と引き下げられた場合の方が大問題であった。

「いえ……疑わしきは何とやら……ですから」

 言葉に詰まると高木刑事がパァッと表情を明るくして提案を始めた。

「同じ警察権限を持つ同士ですし、今度目暮警部や千葉刑事、白鳥警部達も含めて皆で飲みに行きませんか?」

 すると思わぬところから横槍が入った。

「探偵士、お前警察だったのか!?」

 毛利さんの驚きの声に高木刑事と佐藤刑事は鳩が豆鉄砲食らったような顔をして口をあんぐりと開けた。

「アナタ、毛利探偵に置かれた立場と身分を説明してなかったの!?」

 佐藤刑事の呆れたような叱責に苦笑いして頭を掻いた。

「はい……言い出すタイミングが無くて……僕は麻薬取締官。しています」

 話終える前に毛利さんはオーバーリアクションで仰け反った。

「探偵士が麻薬取締官だあ!?」

 補足をするように高木刑事が密々声で付け加えた。

「それは仮の姿で彼は公安職員です。所謂隠れ公安というやつです」

 毛利さんは飛び上がって「隠れ公安!?」と叫びそうになるのを高木刑事が必死に止めた。

「声が大きいですよ!! 隠れ公安なんですから彼は立場を迂闊に明かせないんです!!」

 フォローが入ると毛利さんは腕を組んで考え始めた。

「そうか……だからオレ達に対して見えない壁があって、意中の梓ちゃんにも突慳貪な態度を取るしか無かったのか……辛いなぁ、仕事だから仕方が無い」

 毛利さんは一人で呟くと自己解決したようで声を張り上げた。

 

「安心しろ!! オレはお前の味方だ!!」






 あらすじ


 暗号考えるの厳しい
 
【挿絵表示】

 これはイネ科の縄

なかみについて(期間限定アンケ)

  • ややこしい(かため)
  • 分かり易い(やわらか)
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