「アナタ、梓さんのことをどう思っているの?」
スイカ割りが終わった後、そそくさと旅館に戻って夜に行う花火の準備をしていると、着替えた哀ちゃんが一人付いてきたかと思えば、開口一番に吐き捨てられた。
「大人をからかっちゃダメだよ。」
手持ち花火を種類ごとに分類しながら適当に答えると、腕を引っ張られた。
「あのねえ、私は真剣に言ってるのよ。分かるわよね?」
目つきはあどけなさがなりを潜めて冷徹な研究者が観察対象を見極めるような鋭いものに変わっていた。
シェリーに嘘をつくのは得策ではないか。
「うーん……多分、好きなんじゃないかな……。」
まとめた花火を袋に仕舞うと、目の前に回り込まれた。
「多分って何?好きならどうして告白しないのよ。」
野暮なことをいうなあ……好きになったらはい告白、なんて出来るわけないのに。
「告白しても断られるのが関の山だし、後々気不味くなるじゃないか。」
溜め息を付いて縁側に腰を掛けるとチリリンと涼やかな風鈴の音が鳴った。
「……アナタ、彼女の前から姿を消すつもりなの?」
痛い所を突くなあ……。
「そりゃ、気不味くなったらポアロからの離職を考えるさ。」
シェリーも隣に腰を掛けて此方を見上げている。
「質問を変えるわ。アナタは私達の前から消える前提で計画を進めているのね。」
ただただ庭先の太陽に向かって顔を向けているヒマワリの背を見ていた。
「さあ……どうなるかは終わってみないと分からないからね。」
丘になっている庭先からは海岸線が展望できて、子供達の賑やかな笑い声が聴こえてくる。
「……子供達にはなんて説明するつもりなのよ。」
そう言われても『デイヴィスという人間は此処から去った』としか伝えれないだろう。
「子供達はひと夏の出来事として忘れてしまうよ。」
シェリーは手を掴んで、爪を立てた。
「痛っ何すんだよ……痛いから止めてね。」
爪はギリギリと皮膚を抉った。
「……私はアナタを忘れないから。」
返す言葉が無く、痕が残る程に皮膚が変色し始めるのを見届けるとポツリと言葉が落ちた。
「……世良さんのことはどうするの?彼女、アナタに惚れてるわよ。」
……子供は背伸びをしてみたくなるものだから。
年上の人間に特別なものを見いだしたと勘違いしてしまう。
「……彼女には、いずれ住む世界が違うということを直接教えるよ。」
「探偵士くん!!暇かい?」
女将さんに竹藪の竹を間伐ついでに伐採していいという許可を得て竹をノコギリで切断し、ナタで節を落としていると浴衣に着替えた世良さんから声を掛けられた。
「蚊がいます。戻ったほうがいいですよ。」
彼女に背を向けて節のササクレを三角刀で無心で削った。
「そうつれないことを言うなよ!!良かったなー梓さんの水着姿を拝めてさ!!」
……どうすればいい。
「……そうですね。世良さんも似合ってましたよ。目が眩みました。」
そう答えると、静かになった。
「……探偵士くんはずるいよ。どうしてそこまでボクを蚊帳の外に置きたがるんだい?熊津さんが危険人物なら情報共有して欲しい。」
世良さんはあくまでも探偵を自称しているだけの一般人だ。
組織の構成員でもなく、公安でもFBIでも警察組織ですらない。
「だから、前にも言ったじゃないですか。世良さん、貴方が苦手なんですよ。」
流し台にする竹を調整すると、支柱になる竹をノコギリで切り始めた。
「……そっか、苦手かあ……。」
世良さんは離れた場所に移動して、作業をただ淡々と眺めていた。
「……そうだ、暫くの間ランタンをお貸しします。パンチング加工の銅板を交換すれば模様が代わるんですよ。」
そう言って暗くなる事を懸念して持ってきていたランタンを指差した。
彼女は工具箱の近くに歩いてランタンを手に持った。
「いいのかい?へえ……かなり細かく穴が空いているね。」
銅板には正確に加工をした。
勘の良い彼女なら、いつかメッセージを読み解いてくれるだろう。
「穴を開けるの大変だったんですから……。」
切り屑やゴミをまとめ、切り出した竹を両手に抱えると、世良さんも同じように竹を抱えた。
「ボクも手伝うよ!君一人では抱えられないだろうからさ!!」
……何も言えずに頭を下げて旅館の庭先に戻った。
「デイヴィスさん、流しそうめんをする為だけに竹藪に入ったんですか!?」
丁度熊津が不在であったらしく、安室さんと沖矢さんが何か話し込んでいる最中だった。
「流しそうめんには水道とホースの使用許可を……君なら既に取っているな。」
とりあえず手分けをして熱湯で殺菌したりデモンストレーションを何回か行うと、見計らったように子供達が駆け寄ってきた。
「スッゲエ!!本物の流しそうめんじゃんか!!」
はしゃぐ子供達の声を聴いて女性陣も集まってきたので、そうめんを流す仕事を始めた。
「そうめんを流すよ。バケツに落ちたそうめんは僕が美味しく頂くよ。」
「探偵士さん、こんなにたくさんある花火を全部種類分けしたんだ……暇なのか?」
そうめんをしこたま流し終わった後、コナンくんに手痛いツッコミを受けつつ、旅館の浴衣姿に着替えた彼らを庭先で迎えた。
「女将さんが後始末をキチンとするなら花火をしていいと仰ってくださったので、ジャジャーン……手持ち花火です。」
ススキ、スパーク、手持ち噴出、線香、変わり種と書かれた両手いっぱいに詰められた袋を抱えると縁側の近くにバケツと共に置いた。
「歩美スパークがいい!!」
「オレはデッカイやつにする!!」
「僕は無難にススキからにします!!」
子供達がワイワイと花火を選んでいると、服部さんが変わり種の袋を訝しげに覗いた。
「まさか旅館の庭でねずみ花火やらロケット花火なんちゅう何処に跳ぶか分からんもんやるつもりや無いやろな……。」
ガサガサと袋を漁ると手のひらに掴んだ花火を見て目を丸くした。
「平次!!ヘビ花火やて!!パラシュート花火も電線が近くにないからできるやないの!!」
和葉さんは用意していたロウソクの代わりに長い着火ライターを使って黒い塊に火をつけた。
「和葉ちゃん……ヘビ花火なんか見て、面白いの?」
蘭さんと園子さんが呆れたような顔をして手元を覗き込んだ。
黒い塊からは煙を出してモクモクと黒い円筒が伸び出ている。
「面白いやん!!」
服部さんは溜め息をつくとパラシュート花火に火をつけた。
日がついた花火はパンッと発火音を出すと天高くパラシュートが浮かんだ。
「あー!!パラシュートだ!!歩美達が取ってくる!!」
子供達が旅館から出ると、蘭さんと園子さんが後を追った。
「ちゃんと前見て歩きなさいよ!!」
それを見届けると服部さんが声を掛けていた。
「探偵士……やったっけ?……工……坊主に関して何処まで情報を把握しとるんか、聞かせろや。」
チラリと熊津の方を見ると沖矢さんと安室さんの二人と腕を組んで両手で手持ち噴出花火をしている。
男性の両腕を抱えながら動き回るのは逆に器用と言えなくもない。
「彼は探偵ですよね?子供と傲っては痛い目をみてしまいます。」
服部さんはその答えに納得しなかったのか、グイッと詰め寄ってきた。
「そういう誤魔化しは要らんねん!!」
張り上げられた声に熊津が気付いて此方に寄ってきた。
「……どうしたの?喧嘩……?私は逃げないから安心して……?」
「デイヴィスさん……好き……好き……大好き……」
同じ食事処で夕食を食べて子供組大人組の棟に分けてそれぞれ入浴したりリラックスする時間帯になると、アベックとして相部屋になっていた熊津は想定通りの事を要求してきた。
「僕も……熊津さんが好きだよ……」
まだゴールデンタイムだぞ……。
「私が他の男の人と仲良くしてたとき……イライラした……?」
はぁ……勘弁してくれ。
「……胸が張り裂けそうだったよ……他の男に色目を使わないで……苦しいよ……」
語りかけると熊津は満足げに背中に腕を回した。
「……榎本 梓になれなくてごめんね……?私より榎本 梓に言いたい言葉だったよね……?」
……コイツ。
「そんな事ないよ……あんな何処にでも居るような女より熊津さんの方が魅力的だから……熊津さんは可愛いね……」
すると部屋の外でカシャンというプラスチックが落ちる音がした。
「ふふっ……部屋の扉、少しだけ開いてたみたい……盗み聞きなんていかがわしい事する最低な女……死んじゃえばいいのに……」
音の主は慌てたように扉の前から走り去っていった。
「……そうだね……」
、、、
「熊津さん……はっ!?」
いつの間にか自分は眠っていて、布団の中に熊津の姿はなかった。
敷き布団の温もりからして、居なくなってから暫く経つ。
ガラケー改で時間を確認すると22時を回っていた。
流石に訓練を受けているから、自分が眠ってしまったのではなく、最中に何かを盛られたのか……。
いや、この時点で諜報員失格だな……。
扉を開けた瞬間に『好色のクズ』と蔑まれる事が確定しているため、外に出たくはないが……『大好きな恋人』を探しに行かないとまた熊津の要求がエスカレートしてしまう。
重い腰を上げて自分の入浴セットを持ち扉を開けると、眉間に青筋を立てた服部さんに胸ぐらを掴まれた。
「お前なぁ!!まだ明るいうちから何考えとんねん!!坊主達は別棟やったからええけど、周囲の事を考える……配慮っちゅう言葉を知らんのか!?」
おっしゃる通りで、何も言い返せない。
「……申し訳ない。……不快でしたよね……。」
ボソボソと言い訳を述べると怒鳴り声が大きくなった。
「あのなあ!!そう思うんやったらそういうことはひっそりと静かにやれやボケ!!わざと音が聞こえるように隙間開けとったやろ!!」
何度も頭を下げて謝罪を述べると反対側の女性陣が泊まる部屋と女湯の方から悲鳴が聞こえた。
「きゃあああ!!熊津さんが死んでる!!」
「熊津が!?」
熊津は腐っても組織の構成員……まさか別の諜報員が紛れ込んで居るのか?
女性陣が女湯を指さして居るので、念の為麻取取締官証を提示して安室さんと沖矢さんを呼びに、それにAEDを探しに行って貰った。
「ボクが一緒に立ち入るよ。」
世良さんが挙手してくれたので服部さんと共に女湯に入ると、湯船に浸かった状態の熊津が頭ごと沈んでいた。
「おい!!引っ張り上げるぞ!!」
服部さんと共に肩を掴んで引っ張り上げると、バスタオルを掛けて水を吐き出させ気道を確保すると心臓マッサージを始めた。
「どうしてこんな事に……。」
手に手を重ねて何度も救命措置をして、服部さんと世良さんと代わる代わる繰り返し、AEDを使用しても息を吹き返すことは無かった。
「第一発見者は誰や!!」
服部さんが叫ぶと英知さんが震えながら手を挙げた。
「見たときにはもう熊津さんは沈んでいたの……。」
その両手には目新しい細いミミズ腫れのような食い込みが見えた。
「そうなのかな……もしそうなら呼吸はしていなくても水を大量に吐き出したはずだ。それに顔がふやけていなかったから、首を絞められた後に自重で沈んだんじゃないか?」
世良さんは既に熊津の死因が絞殺だと見極めたのか。
「確かにな。こんな細っそい糸みたいなんで絞殺とはな……索条痕より吉川線の方が太いからな……。」
熊津の首には細く赤い線が正面に向かって色濃く残っている。
「凶器は見つかっているんですか?」
「他の女性陣のアリバイは伺いましたよ。」
女性陣を掻き分けて安室さんと沖矢さんが姿を現した。
「凶器がない事自体が、犯人に紐づいてしまうとは……。」
どうしてこんな事になってしまったのか……。
「凶器が無い?紐状なら髪の毛を使ったんじゃないの!?なら指紋も残らないから……犯人を見つけられないわね……。」
英知さんがソワソワと手の平を忙しなく引っ掻いている。
「英知さん、貴方は手芸配信者をしている。湯で溶ける水溶性ソルブロン製のしつけ糸で証拠を隠滅した……何故その技術をこんな形で使ってしまったんですか?」
すると英知さんは胸ぐらを掴んで喚き散らした。
「王子様なら分かるでしょう!?あの女……塞本さんを愚弄したのよ!!死んで報いを受けるべきなのよ!!」
「塞本……?まさか警察病院の外科の勤務医だった塞本 義の事ですか!?」
安室さんが塞本の名前に反応した……当たり前か、隠れ公安として活動していたのだから……。
塞本はガリアーノとして組織に所属していたが、バーボンとは面識が無いままで終わったか。
「そうよ……亡くなったあの人は……隠れ公安だったの。」
……その情報は伏せるべきであったが、開示されてしまったら致し方ない。
「それで、何故彼女を絞殺したのですか?」
沖矢さんが淡々と問いかけると英知さんは膝から崩れ落ちた。
「私は彼の協力者として配信者の傍ら、諜報の仕事をしてたのよ!!今住んでいる家も前の家も彼が斡旋してくれて……私と彼は歳が離れていても一心同体だったの……。」
嗚咽と共に涙が更衣室の床に流れた。
「だからって、死者に悪口を言ったからって……」
「アンタみたいな小娘に何が分かるのよ!!あの女『アンタみたいなババアより私の方がいいって言っていた』『あんな甲斐性なしは死んで当然』と彼とのツーショット写真を見せながらせせら笑ったのよ!?あの女……あの女……」
世良さんは一歩引いて、眉をひそめて下を向いた。
「そうですか……僕はショックで……。」
口から本音が漏れ出すと英知さんは腕に縋った。
「王子様もショックよね!?恋人があんな最低な女だって知ってしまったんだから……」
決して悲しくは無いはずなのに、涙が溢れて止まらなかった。
「……僕が命がけで救った貴方という存在が、別の誰かの命を奪ったという事実が……受け入れられないからです。」
震える声で言葉を紡ぐと、英知さんは感情が決壊したかのように泣き崩れた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
、、、
「……その、なんや……探偵士、お前が訳ありっぽい事に薄々気づいとったんに……すまんかった。」
服部さんが言葉を詰まらせながら頭を下げた。
「いえ……服部さんの指摘は正しいので……」
結局、夜はパトカーと救急車のサイレンの音で気が休まることは無かった。
「デイヴィスさん、アナタは今『荷が降りた』と感じていますか?『虚しい』と感じていますか?」
第四章 ガリアーノ - ブルー 完
なかみについて(期間限定アンケ)
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ややこしい(かため)
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分かり易い(やわらか)