「やっぱりこれくらいは直ぐに把握されるんですね」
羽田さんはメモを回収して微笑んだ。
「すみません……僕は試されているんですか?」
彼レベルの頭が切れる人間が警察組織の協力者なら、状況が変わってくる。
「いえいえ! タクシー運転手の方から『緑と黄色のオッドアイの男に会ったら見せてみて欲しい』とだけ言われまして。リキュールの『IZARRA』という銘柄は何かの暗号なんですか?」
……警察組織から組織のコードネームを知らされて作ったものでは無いのか?
ブラフで、シャルトルーズが監視下に有ることを暗に伝える陽動か?
「何の話〜? ……なにこれ、□■❚……意味わかんないんですけど!! 解説しなさいよチュウ吉!!」
宮本さんは羽田さんに寄りかかりながらメモを周囲に見せた。
「これはね、位の置き換え暗号だよ。□は十の位、■は五、❚は一を。□■❚なら十六……ローマ字でいうPになる。……みたいな。単なるなぞなぞだね」
仮にシャルトルーズのメモだとしたら『なぞなぞ』と一蹴された事になるが。
「ふーん。オタク同士、意気投合したみたいでよかった!」
華やかな笑顔を振りまく宮本さんを他所に、ハトが豆鉄砲食らったような顔をしている羽田さんと顔を見合わせた。
「オタクかぁ……」
「オタクですか……」
声が揃うと三人はゲラゲラと笑った。
「息ぴったり!!」
、、、
「では、この辺で失礼します」
手巻き寿司の代金はパソコン設定の代金と相殺されたらしい。
三池さんの部屋から立ち去ると、行く当てもなく東都の街を彷徨った。
暫く歩いていると、広い公園に蒸気機関車が設置しているのが見えて、無意識に足が動いた。
「へぇ……本物か?」
外観は本物に近いが、駆動しないように部品が一部外されている。
もっとよく見ようと車輪に顔近づけると、轟音と共に蒸気が流れ出て、車輪が走るようにスピンしていた。
「凝ってるなぁ……こんな公園があったのか……」
「運がいいですね。この汽車の汽笛は11時と15時にしか鳴らないんです」
見知らぬ声に振り返ると、穏やかそうな壮年の男性がほほ笑んでおり、着用しているエプロンには『BOOK』と大きく刺繍がしてあった。
「えっと……貴方は?」
まさか、この人畜無害を体現したような男性が警察組織ないし組織の連絡者だったりするのか?
もしそうなら、全てを疑わないとならなくなる。
「私は隣の玉木古書店の店主をしています、玉木裕次郎です」
「わあ!! フレッド・B・リクソンの『暗号解読辞典』がある!! どの通販サイトを探しても見つからなかったのに!!」
信じられないことだ。
状態もよく新品とさほど変わらない状態で見つけられるとは……。
「その本は稀覯本ですから。なかなか入手が出来ないんですよ」
本を片手に真っ直ぐレジに進むと、玉木さんは苦笑いをした。
「そう焦らなくても……この店は見ての通り閑古鳥が鳴いていますから、ゆっくり見ていって下さい」
ありがたい言葉に何度も頷いて暗号関連を見ると、ほぼお目にかかれないフレッド・バイパーの『暗号理論』に山口雅也氏の『ミステリーズ!』まであった。
「これと、あとこれ……それにこれと……これ」
両手いっぱいに本を積んで再びレジに向かうと溜め息の落ちる音がした。
「いっぺんに買っても読むまでに時間がかかりますから……。少しずつでいいと思いますよ」
ありがたい言葉を頂戴し、頭を下げた。
「全部買います!! 今直ぐ家に戻って軽トラでまた来店するので、少々お待ちください!!」
、、、
「お買い上げありがとうございます」
買った本を荷台に詰め込むと、玉木さんがスタスタと近寄って来た。
「いえ、こちらこそ」
頭を下げて運転席に乗り込もうとすると咳払いをされた。
「……初対面の方にこんな事を言うのは失礼であることを承知しています……。あなたは、生き急いでいませんか? 兎に角忙しなく、何かに焦っているように見えます」
……年の功と言うやつか。
「あはは……少年老いやすく学成り難しですから。……そうだ、此処で会ったのも何かの縁。何か有りましたら此方まで連絡を下さい」
不要になる麻薬取締官としての名刺を渡すと、玉木さんは驚いた顔をした。
「……そうでしたか。失礼しました。……その、頼みと言ったらなんですが、もしご迷惑でなければ古本の競り市に車を出していただけませんか? ガソリン代や諸経費はお支払いします。なにぶん、歳ですからリアカーを引くのがちと厳しくて……」
古書店の敷地にあったリアカーは古書の運搬用だったのか。
「もちろん! いい本を沢山買わせてもらいましたから。何時でも言ってくださいね」
「……誰だ」
高揚した気分のまま工藤邸に戻ると、門扉の前で背が高く口髭を生やした男が此方を見ていた。
見るからに固い職業、貴重目だということがわかる。
「……すみません、どなたですか?」
軽トラを車庫に入れて門扉に近づくと、男は姿勢を正しくして警察手帳をかざしてみせた。
「姓は諸伏、名は高明。あだ名は音読みでコウメイと申します。以後お見知り置きを」
階級は警部か……。
沖矢さんに話があるのなら旅行中だということを公安経由……でなく、熊津が死んだ事を警察組織は把握しているから……。
「僕になんのご用でしょうか」
此方も麻薬取締官証を見せて門扉を開いた。
「この家に『鞠躬尽力、死して後已まん』を体現している青年が居ると伺いまして、この機会に親交を深められればと思った次第です」
……目的遂行の為に他を顧みないという当てつけか?
「……長野県警の方が、一体なぜ?」
諸伏さんはスタスタと玄関まで歩くとくるりと此方を向いた。
「捜査情報は麻薬取締官の方には共有できません」
……それは分かっている。
「と言うことは、僕は捜査の対象になっているんですか?」
鍵を開けると、真っ先に扉を開けて彼を招くと直ぐに施錠をした。
「それも言えません。一つ言えるのは、アナタに興味がある、と言うことです」
この人は自分が隠れ公安だと知っている?
それとも、更に組織の人間であるということも把握している?
「そうですか……」
リビングルームに案内すると、無難にコーヒーと菓子を出してテーブルに置いた。
「ニャロメ、お好きなんですね」
諸伏さんはガラケー改につけたストラップを見ながらコーヒーを啜った。
「ええ……まあ……」
気不味い沈黙が流れると、おもむろにテレビのリモコンのスイッチが押された。
『みんなのうたです。マスク・ド・カメロ』
つい画面に気を取られると、諸伏さんはメモ帳に何やら文字を書き始めた。
113 111 222 133 312 233 313 311 312 331 223 313
「えっと……それに値するかは自分では何とも言えません」
そう言って頭を下げると、静かな言葉が放たれた。
「ヒールとは悪役であって悪党ではない。悪役が居なければ正義の味方は存在意義を無くす。いい歌ですね」
試すような口ぶりに、つい強い口調で口走ってしまった。
「存在意義など、定義されなくても在るじゃないですか」
「……おはようございます、梓さん」
結局、諸伏さんは多くを語らずに帰ってしまった。
その後は何故かドッと疲れがでて、二泊三日の旅行から帰ってくる筈の沖矢さんを出迎えられず一夜を明かした。
そして、翌朝ギリギリの出勤になってしまっている。
「……おはようございます、デイヴィスさん」
安室も梓さんも普段通りのていで接してくれ、その心遣いが氷の礫のように肺へ突き刺さった。
「そうだデイヴィスさん、アナタに頼みたいことがあったんですよ」
安室さんはおもむろにスケッチブックとサインペンをスタッフルームから持ち出して渡した。
「はい……これで一体何をすればいいんですかね?」
……自画像を描かせて精神状態を測るつもりか?
「アナタには子供向けのなぞなぞ絵本を作ってもらいます。よくファミリーレストランで時間を潰す用の簡単な冊子が置いてあるでしょう? ……アレです」
……落ちつけ。
玄地、熊津が死に、隠れ公安だった塞本が死んで、流石の公安もパニックに陥っているはず。
そして同じコードネームを持つ立場でありながら、隠れ公安の上司でもある安室さんの指示の第一声が『なぞなぞ絵本』であるはずがない。
深い意味がある……何がキーワードなんだ……。
「なぞなぞ絵本! ステキですね。スタッフルームにちょこちょこ覗きに行きますから、頑張ってください!」
梓さんに直射日光のような笑顔を向けられて、日に焼けたヒマワリのように肩をすくめてスタッフルームに向かった。
なぞなぞ……。
なぞなぞ、つまりは暗号だ。
……できた。
「安室さん!! 出来ました!!」
そう言って客席を掃除している安室さんにスケッチブックを見せた。
女の子がイチイの木を探しているよ
この中に一本隠れているみたい
1 ロー
2 セコ
3 サード
4 トップ
5 ハイトップ
それを見るなり安室さんは難しい顔をして溜め息をついた。
「……これは、一位だからとすると1なのか4、5なのか判断が難しいのでは?」
対策はちゃんと考えてある。
「イチイの木は『一意のキー』つまり『ユニークキー』なので『プライマリキー』ではないため、プライマリキーになり得る番号順の数字列は無視をして、トップとハイトップが候補になる。一位にかけるとトップ、より上にハイトップがいるので5が正解になります」
すると安室さんは真顔になった。
「……デイヴィスさん、子供向けのなぞなぞを作ってくださいね」
「なぞなぞ……」
……与えられたミッションに適応してこなせるのかを試されている。
ソファに腰掛けてスケッチブックを睨んだ。
「デイヴィスさん、悩んでますね」
なぞなぞと言ったら暗号……この固定概念から離れるべきなのか。
□に当てはまるものはどれ?
目=四 鼻=九 口=三 耳=兆 触=□
これならば問題ないか……。
「あのっ!? あのっ……デイヴィスさん!?」
もう一つ代案を出すか。
彼は何と言っている?
「1いい2 2う 3うう44いい3 5いい6 6う 8あ7いい8 8う 9う」
①②③④⑤⑥⑦⑧⑨
あABCDEFGHI
いJKLMNOPQR
うSTUVWXYZ!
一旦、進捗を報告するか。
スケッチブックを持って立とうとすると脚が何かに使えて上がらなかった。
「な、梓さん、いつの間に膝の上に乗ってるんですか!? 貴方は猫ですか!?」
気づくと梓さんを膝上でお姫様抱っこをしている姿勢でスケッチブックを持っていた。
「な〜!? デイヴィスさんがいきなりお姫様抱っこしてきたんじゃないですか!?」
そんなはずはない、普通は気づく。
「……降りてもらえますか?」
両腕を上げて降伏のポーズを取ると、梓さんは顔を真っ赤にさせながら肩を叩いてきた。
「もう!! 思わせぶりなことしないで下さいよ!! それに……ここは職場なんですよ? ……その、そういうスキンシップはちゃんと順序があって……」
仕方が無いので脚と背中を抱き上げてソファに降ろした。
「そうだ、なぞなぞ解いてみてください」
立ち上がってスケッチブックを渡すと、梓さんは慌てて座り直した。
「……当てはまるもの……触で初? ……彼についてはなんだかさっぱり……」
一応ヒントを出すか……。
「触の読みを変えて、彼については指で追って見てください」
梓さんはうんうん唸った後、閃いたように手を叩いた。
「あ! 分かった!! 触は触れる……だからふのニ!! 彼は4649! ヨロシク! ですね?」
良かった、ちゃんとなぞなぞになっているみたいだ。
「テスター役、ありがとうございました」
頭を下げて安室さんの元に向かった。
「あの! デイヴィスさん!! 私のこと見てくれてますか!?」
「……梓さん、猫のボンは……飼育できそうですか?」
退勤時間にスタッフルームで寛ぐ梓さんに問い掛けた。
「はい! 大尉とも仲良く出来そうです。安心して下さい」
梓さんにばかり負担をかけてしまているな。
「そうですか……良かった」
安室さんはまた用事があると言って早退してしまった。
公安の用なのか、組織の用なのか……。
後始末……事前準備……。
そもそも、アイリッシュとキュラソーがNOCに関する事由で動いた。
キュラソーが亡き後、ラムの腹心の座には誰が収まったのかを把握出来ぬままだ。
「あの……よかったら、様子を見に来ませんか?」
組織の構成が大きく変わった。
「そうですね……」
もう待ちの姿勢では居られない。
此方から動いて残りの構成員に接触しなければ。
「じゃあ……その……部屋に……」
入り口の扉にある鍵を閉め、真っ直ぐに従業員通用口に向かうと梓さんに立ち塞がれた。
「やっぱり話をちゃんと聞いてくれてない!!」
話……聞いてるけれど。
「え……猫のボンの様子を見るんですよね? 写真、送ってください」
頭を掻くと腕を掴まれた。
「どうして私と向き合ってくれないんですか? ……私はデイヴィスさんを理解しようと」
「理解? しなくてもいいですよ、そんなもの」
無意識に口から言葉が出ると、梓さんの頬に涙が伝っている。
「デイヴィスさん……」
日の光の下へ連れ出そうとしてくれる彼女を徹底的に拒めばいいのだろうか。
思考と身体がチグハグに動いている。
梓さんが好きだ、愛している。
そして梓さんを払い除けたい、遠ざけたい。
「どうして貴方はそうまでして僕を困らせるんですか……」
困らせているのは僕だ。
僕がポアロを自主退職して身を引いて、その日まで潜伏すればいいだけのこと。
わがままを言って子供みたいな癇癪を起こしているのは自分だ。
こんなみっともない人間が、どうして選ばれるだなんて……。
「デイヴィスさんの事が……す、す……すっごく放っておけないからです!!」
梓さんが腕に縋り付いて泣き始めたので、背中を撫でた。
「すみません……でははなく、ありがとうございます」
まただ。
また同じ失敗、傷付けては謝罪してのループをするだけだ。
「……何だか、デイヴィスさんの事が分かった気がします。ずっと勘違いしていました。……あなたは弱い人なんですね」
あとがき
コウメイのは3通り組合せ暗号です
次回、ドキドキ!?恋する夏祭り
〜まるで少女漫画みたい〜