探偵士、少年探偵団と出会う。   作:ummt

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第四十話 探偵士、花火を見る。

 

「はい。僕は弱い人間です。だから自分の身可愛さに人に当てつけをしたり荒い態度を取ってしまう。僕がクズだという言うことを貴方は散々見てきたじゃないですか。詳細を語らずとも分かっているでしょう?」

 

 腕に縋りつきながら涙を流す梓さんの背中を何度も撫でた。

「嘘つき……。私はデイヴィスさんが優しい人だって知ってます……。人には言えない事情があって、周りを突き放してしまうだけだって……ちゃんと知っていますから」

 このままでは埒が明かない。

「はい、お気遣いありがとうございました。梓さんが優しい人だと言うことは身をもって理解しましたから。もう帰りましょう」

 梓さんの肩を軽く叩いて従業員通用口に足を進めると、腹に両手が回された。

「……行かないで」

 泣き腫らしたせいで熱くなった体温が伝わってくる。

 ……どうしてそんなに。

「帰りましょうね。明日はシフトが休みなので、早く帰りたいんですが」

 暫くじっと佇んでいると、組まれた両腕は離れて背中についた。

「私は……私はデイヴィスさんの事が好き……」

 酷なことを言わないでくれ。

 僕だって、貴方のことを深く愛しているのだから。

「そうですか……。僕は彼女が亡くなったばかりですから」

 扉まで歩くと両腕は離れていった。

「私、デイヴィスさんの都合とか考えませんから」

 扉を開けて、梓さんが店外に出るのを待った。

「へぇ……意外と独りよがりなんですね」

 心臓の鼓動が速くなるのを誤魔化すように悪態をつく。

 彼女は暗くなった店内から姿を現し、涙を拭って晴れた空のような笑顔を振りまいた。

「はい!! 恋する女はへこたれません!! デイヴィスさんがどう言おうと、私はデイヴィスさんの事が大好きですから」

 身体が勝手に動いて、思わず梓さんを抱きしめてしまった。

「梓さんは幸せに成るべきだ……貴方は僕の光です……」

 腕の中で梓さんは目を伏せて説き伏せるように呟いた。

 

「デイヴィスさんも幸せになってください。……今直ぐは無理かもしれないし、相手は私じゃないかもしれないけれど……。好きな人には幸せになってほしいから、幸せになるお手伝いをさせてください」

 


 

「どうしたイザラ……深夜に明かりも点けずスノーノイズを見ながらバナナチップスを食べるのはホラー映画を彷彿させるから控えてもらえるか」

 

 得体のしれないものを見た時の動揺を含んだ沖矢さんの声に、バナナチップスを食べる手を止めた。

「梓さんに告白されました……」

 事実だけを述べると、訝しげな顔をして此方を覗き込んだ。

「……それは、悪夢の続きか? それとも実際に告白されたのか?」

 沖矢さんは開眼して真正面に立ち、精神的ストレスで歪んでいるのか、妄想をしているのかを注意深く伺っている。

「本物の彼女に……です」

 深い溜息と共に姿勢を正すと、同じように懸念の溜息が漏れた。

「……彼女からか。厄介なことになってしまったな」

 ポツリと零すと顎に手を当てて眉間にしわを寄せた。

 ……彼は組織にFBIの潜入捜査官だと露呈し、自らを死んだと偽装し処理した人間だ。

 少なくとも、組織に裏切り者だと知られるリスクよりも前に『ウィークポイント』を意図せず作り、それが露呈した場合の最悪なシナリオを組み立てている。

「はい……。彼女を否してポアロ勤務を続けるか、いっその事自分も潜伏してしてしまった方がいいのか……。瀬戸際にいます」

 この発言が『自分が組織の任務を遂行中である』という事実を肯定するものだとしても、彼には共有しておきたいと思わされてしまった。

「……デイヴィス君」

 組織のイザラに問いかけるのではないと。

「はい……」

 両手で顔を覆い、天井を仰いだ。

「君には愛した女を守りながら組織の目を掻い潜り続けるような器用な芸当は出来ないだろう。……ならば、現状維持に努め彼女を組織の導線上に浮かべるな。俺にはこの程度の助言しか出来ない」

 ……勿体ないくらい、充分過ぎるアドバイスだ。

「はい。残された時間はこのまま停滞を続けます。新たな接点を作らない。人間関係の線を複雑化させません」

 決意を新たにしたものの、両手を顔から離して沖矢さんの瞳を直視することが出来ないでいる。

 

「君の苦渋の決断を俺は聞き届けた。その事実だけを受け止めて欲しい」

 


 

「すみませんね阿笠さん。軽トラを出してもらって……」

 

 一悶着の翌日、気晴らしも兼ねて元々打診があった玉木古書店の用事を手伝う事となった。

 それにしても『デイヴィス阿笠』の阿笠姓で人に呼ばれる事が初めてで、自分ではない別の誰かに対して語り掛けられているように感じて、仄かな疎外感を覚えた。

「いえ、気にしないでください。僕も古本の競り市に一度行ってみたかったのでお互い様です」

 助手席に座る玉木さんの居心地の悪そうな顔に軽口を叩くと、彼は眉を下げて微笑んだ。

 

「長い人生を歩んできましたが、あなたのような親切な方と出会えて本当に良かった」

 

 、、、

 

「稀覯本!! わー!!」

 

 古本の競り市に着くと、そこは宝の山だった。

「はは、阿笠さんは少年みたいな方ですね」

 いくつかの古本が束にり、複数配置されたテーブルに置かれている。

「ここは置き入札方式なんですね」

 その天板の隣には封筒が置かれており、業者が紙を入れて回っている。

「そうっす。デイヴィスさんはこの市場は初めてですか?」

 ……殺気が無かった。

 振り返るとアブサンが真後ろに立って此方を見下ろしていた。

「阿笠さんは蓬原さんとお知り合いだったんですね」

 此処はBtoBのマーケットで、業者以外は付添人でもない限り基本的に立ち入れないはず。

「蓬原さんのご職業は入国警備官だと伺っていましたが……」

 玉木さんを背にして向かい合うとボソボソと言葉が落ちた。

「そうっすね。ただ、遺品整理士の資格も持っていて、その関係で古物商の許可も受けてるっす」

 ……少なくとも古書店を営む玉木さんと顔見知りなら突発的に偽証したわけでは無さそうだ。

「そうだ、阿笠さん。入札したい箱があれば仰って下さい。ご希望に添えるか分かりませんが、競り落とせるようにしてみます」

 ありがたい申し出だが、アブサンがプライベートでこの場にいるのか、諜報活動の一環として立ち入っているのかが分からないと身動きが取れない。

「玉木さん、それならデイヴィスさんに『ヒゲ』を考えてもらってはどうです? ヒゲは所謂十円単位の端数っす。開札の時に端数によって競り落とせるかが決まる」

 ……他愛もない会話の話か? 

 それとも思考パターンを把握するための誘導か? 

 

「いいですね。阿笠さん、ヒゲの金額だけ教えてください」 

 


 

「玉木、26,050円!」

 

 規定の時間になると発生が行われ、開札が読み上げられた。

「蓬原、26,060円!」

 やはりアブサンも同じ箱に入札をしていたのか。

「いやぁ、蓬原さんに買い負けてしまいました。申し訳ない」

 困惑した顔を浮かべる玉木さんに頭を下げた。

「貴重な体験をさせて下さり、ありがとうございました」

 礼をしている此方には目もくれず、アブサンは競り落とした箱を抱えて僕の軽トラックに積み始めた。

「これは、親愛なる妹からのプレゼントということで……受け取って欲しいっす」

 ……コイツ、やはりあの時に……。

「なんだか申し訳ないなぁ。でも良かったですね、阿笠さん」

 その場から立ち去るアブサンを尻目に一目散に箱に向かって外観を確認した。

 あの一瞬で仕掛けられるとしたら箱の内部か、軽トラックの下かタイヤ部分……。

「どうしたんですか? そんなに慌てて……」

 東都水族館の観覧車下に爆発物を配置したのは間違いなくアブサンだ。

 自分が下に回ることを見越して、自分をピンポイントで狙ったからこそ『失敗したのか』と言ったのだ。

 あの爆発物は特殊な作りで入力した内容を視覚的に通知するモニターやセブンセグメントの類は一切無かった。

 そしてピアノ鍵盤のような構造で、ピアノ線ではなくキーボード入力による電気信号をアナログの圧力に変化して段階的に沈む仕組みになっていた。

 ……つまり、爆発物の製作者でない限り『段階的に沈む鍵盤』を一瞥しただけで『入力したコード』が誤りだったのかを知り得る筈がないんだ。

 その爆発物もアブサンに預けたが、そのままの状態で爆発物処理に渡されたどうかも分からない。

「プレゼントなので燥いでしまって……」

 この箱の前で長居は出来ない。

 箱を危険物だと認識したと示すことになり、爆発物を設置したのがアブサンであると確証を持っていることがバレてしまう。

「まだ競り市は終わっていませんよ。早く戻りましょう」

 工具箱でセンサーと臭気探知機を操作するが何もない。

 設置されたのが盗聴器やGPSであれば寧ろ都合がいい。

 ……限られた資材と機器では車を動かす、または時間経過がトリガーで無いことを祈るしかない。

 

「はい。次の開札始まっちゃいますね」

 


 

「今日はありがとうございました。助かりました」

 

 競り市の後、玉木さんにはバスで帰宅してもらい工藤邸に戻って検査器具を持ち出して競り市の駐車場にある黒い軽トラを確認したが、爆発物及び工作物は見当たらなかった。

「いえいえ」

 アブサンは無関係な一般市民は巻き込まない……。

 ただ、これでアブサンが爆発物を仕掛けたと認識していることは公になってしまったが。

 プレゼントされた箱にも仕掛けられたものは無かった。

「……あれま。手紙が挟まっている本がありますね」

 競り落とした本を整頓している玉木さんから声が上がった。

「その手紙、見せてくれませんか?」

 手紙には、こう綴られていた。

 

 JYUIEKZMFGHQKHEMKATIJOWHTJPG

 親愛なる妹

 

「手紙というより暗号みたいですね。親愛なる妹……『Dear』とも『from』とも書いていないので、不思議です」 

 

 、、、

 

「確実に僕を狙っている……」

 

 あれはオートキー暗号で、鍵は皮肉にもsuze。

 出来ることなら、今直ぐにでも安室さんに連絡をして『蓬原を埠頭に向かわせろ』など一報を入れられればタイマンで終わるが、アブサンの行動からして『任務に失敗したていで殺害する』ことに拘っている可能性がある。

 だとすれば動きに勘付いて此方に不利に働く情報を公安側に提示し、窮地に追いやる策に出る。

 偏に『任務外で接触を図ったスーズを疎ましく思い、殺害するようにヴェルヴェーヌに指示した張本人』だと認識しているからだろう。

 だからこそコードネームのスーズの由来である『開発者の姉妹または従姉妹の名』を冠した暗語『親愛なる妹』を彼女に代わって名乗っているんだ。

 情報を整理しながら運転していると歩道で手を振る鶯色のスーツを着た男性と目が合い、つい道路脇に停車してしまった。

「あ〜!! やっぱりそうだ!! アナタ、デイヴィスさんだったりしちゃいます!?」

 何故僕の名前を知っている……? 

「……どちら様でしょうか」

 助手席の窓を開けると腕が伸びて警察手帳が示された。

「ふふ〜ん! 僕は群馬県警の山村ミサオと申します!」

 階級は……諸伏さんと同じ警部か。

 となると、車両ナンバーと行動履歴を抑えられているな。

「何の御用でしょうか」

 山村警部は窓のドアロックに手を伸ばして解除すると、当然のように助手席に乗り込んだ。

 

「アナタが載っていた『美形店員がいる注目の喫茶店』の特集号をみましてね!! ぜひぜひ連れて行ってくれちゃったりしちゃいません!?」

 


 

「デイヴィスさん……明日の花火大会に一緒に行きませんか?」

 

 山村警部の奇怪な行動を前にフリーズしたまま喫茶ポアロに客として来店してしまった。

 そして梓さんの突然の申し出に苦笑いを浮かべた。

「……安室さんと行けばいいじゃないですか」

 ぶっきらぼうに答えると彼女は拳を握り締めた。

「へ〜、意地悪して気を引く作戦ですか? 此方には未公開ラブロマンス小説があるんですけどね〜」

 身体を擦り付ける猫のような仕草をしながら彼女が腕に寄りかかるのを受け止めた。

「脅しじゃないですか……はぁ、行きますよ。行けばいいんですよね」

 溜め息つき、彼女の代わりにクーラーボックスにある安室さん特製のプリンを取り出してトレイに乗せた。

「やりました! 安室さん!」

 そしてホールに立ち、テーブル席に座る山村警部の前にそっと置いた。

「季節限定のエルダーフラワーのプリンです。サッパリとした白いミルクプリンに半透明の黄色いエルダーフラワーシロップを掛けて召し上がってください」

 山村警部はミントが乗ったガラス容器を手にしてマジマジと見つめた。

「エルダーフラワー? あまり聞き馴染みがないですね〜」

 エルダーとはニワトコ属の総称。

「ニワトコ……『ハリー・ポッター』に出てくる杖の材料と言えばピンとくるでしょうか」

 彼は閃いた顔をして手を叩いた。

「ニワトコ!! 最強の杖か!! へぇー……大したもんだ」 

 ニワトコは杖の材質なだけで、大したものかは分からないが。

「エルダーはリキュールのイザラにも使われているんですよ」

 いつもの如く口走るとカウンターから声が掛かった。

「デイヴィスさん、ちょっといいですか?」

 急いで向うと、安室さんが神妙な顔をしながら告げた。

「僕は急用ができたので花火大会は不参加になります」

 ……なんてこった、今は二人きりになりたくない。

「えー……残念です」

 すかさず代案を述べた。

「ならその花火大会は行くのを辞めて、別の花火大会に三人で行きましょう」

 梓さんはまた眉を下げた。

「どうしてですか? その花火大会は一度きりなんですよ?」 

 このままだと、また泣かせてしまいそうで……。

「……行きましょうか。他に誰かを誘うなら早めに都合をつけないといけないので、今日中にでも連絡をしてしまいますか」

 すると安室さんから肘鉄を喰らった。

 

「大人数だと混雑の時に大変ですから、二人で行った方がいいですよ。他の方も突然の誘いは困るでしょうし」

 


 

「花火……綺麗ですね」

 

 翌日、浴衣姿の梓さんと電車を乗り継いで雑踏で混雑する花火大会に来てしまった。

「安室さんも来られればよかったのに……」

 そう思うのなら、別の日で良かっただろう。

「……そうですね」

 ……その場に自分は居ないだろうが。

「オーナーも入れたポアロの皆で同じ景色を見られたら、きっと何倍も綺麗に見えただろうなって思います」

 梓さんは花火を見あげながら小さく呟いた。

 

「……はい」

 

 、、、

 

「あ! かき氷食べたら……う、頭がキーンってなっちゃった!」

 

 花火が一段落した後、早めに屋台へ向かった。

 目を瞑って痛みを我慢する梓さんのおでこに手の平を当てた。

「で、デイヴィスさん!?」

 驚いた様子で口を開いてみせると、舌が真っ青になっている。

「寒冷刺激にはひたいを冷たいもので包むと楽になります。僕の手は冷たいから丁度いい」

 慌てふためく彼女はゆっくりと落ち着きを取り戻した。

「……た、確かに痛みが和らいだような……」

 瞼をパチパチとさせながら氷を掬ったスプーンを何度も口に含んでいる。

 

「……そうですか、良かった」

 

 、、、 

 

「チョコバナナとりんご飴、なんで買ってくれないんですか?」

 

 理由を話す必要はない。

「綿あめを買ったじゃないですか……」

 あしらうように彼女が手持つ綿あめを千切って頬張った。

「じゃあ間を取ってヨーヨー釣りしましょう!!」

 何が間なのか分からないが。

「いいですよ。欲しい柄を選んでください」

 比較的人の少ないヨーヨーの屋台に並ぶと、梓さんは指を挿した。

「なら、あの緑と黄色のヨーヨーがいいです!!」

 水桶の一番端にあるヨーヨーの絞り口は下を向き、ストリングは桶の底に沈んでいる。

 短いこよりと釣り針ではちと厳しいが……。

「はい。いいですよ」

 店主に200円を支払ってこよりを受け取った。

「兄ちゃん!! 彼女の前で恥をかくよ〜!? 取れるやつを教えてやっから!!」

 彼女ではないし、自分のやるべき仕事に対して口出しなど必要ない。

 指先で摘んだこよりを手早く水面に落とし、指を揺らして釣り針をストリングの輪に通した。

 こよりが千切れる前に素早く手を垂直に引いて、目的のヨーヨーを釣り上げた。

「凄い!! 一発で取ったじゃないですか!!」

 鞠のようにピョンピョンと跳ねる梓さんを他所に、店主の厳しい視線が突き刺さる。

 

「チッ……女の前でカッコつけやがって……」

 


 

「あ、痛いっ……下駄が……」

 

 帰宅時間を繰り上げて土手から路地に出ると、梓さんは小さく悲鳴を上げた。

 しゃがんで足元を見ると鼻緒と皮膚が摩擦で擦れてしまい、血が滲んで皮が剥けてしまっている。

 仕方が無いのでお姫様抱っこの要領で抱きかかえると、近くのベンチが有りそうな場所を探しながら駅周辺まで歩いた。

「ちょっ!! 恥ずかしいです!! 降ろして下さい!!」

 ジタバタ暴れる彼女に溜め息を落とした。

「鼻緒がズレて皮膚が剥けてしまい出血してるんですよ? あと5分で椿神社に着きます。それまで辛抱して下さい」

 周囲の視線を気にするより、状況を考えないと。

「う……うう……」

 羞恥に耐えられないのか、梓さんは瞼をギュッと瞑った。

 花火の見物客で歩道はごった返していたが、群衆はモーゼの海割りのように避けるわけでもなく、ただ感想を話し合ったり人混みの多さに文句を垂れたり歩き疲れたと声を出し合っているだけで、此方が周囲を気にするほどの関心を此方に抱いていない。

「着きました。座れますか?」

 神社の石段に梓さんを座らせて、未開封の水のペットボトルで彼女の下駄を脱がせて足を洗うと、作業着のポケットから消毒液を取り出して患部に吹きかけた。

「念の為に消毒液持ってきておいてよかった……。下駄では厳しいでしょう。新しい靴を買ってきますね」

 コクリと頷く梓さんを横目に手尺でだいたいの足のサイズを測った。

 

「えっと……24cmでいいか。少しの間、待っていてくださいね」

 

 、、、

 

「お嬢さーん、一人で何してるの?」

 

 神社の石段が視界に見えると、梓さんが分かり易いナンパに絡まれていた。

「えっと……人を待ってて……」

 ……邪魔だな。

「何なら送ってこうか? 夜道は危ないよ?」

「消えろ」

 この男が何かしらの犯罪者であればいいのに。

「は? 誰お前」

 男が胸ぐらを掴んでくれたら、正当防衛に出来るのに。

「消えろ」

 早く始末したい。

 早く早く早く早く始末したい。

 早く早く早く早く早く早く早く。

「……あ、はい……す、すみません。帰ります……」

 男は何も罪を犯す事なく立ち去ってしまった。

「……梓さん、スニーカーですが、このサイズで大丈夫ですか?」

 硬直したまま宙を見る梓さんの肩を叩いた。

「あ……は、はい。ありがとうございます……」

 少しオーバーサイズだったが、なんとか履けそうだ。

「歩けないなら肩を貸しますよ。タクシーを呼びましたから、道に出るまでです」

 立ち上がった梓さんにしゃがみながら声を掛けると、俯いて瞼を下げた。

「……あの……えっと……」

 もし、この場に居るのが僕ではなく彼だったら……。

 スマートに立ち回り、彼女を困惑させる事など無かったはずだ。

「……すみません、此処にいるのが僕で」

 また当てつけのような言い方をしてしまった。

 学習しないな……。

 意に反して、梓さんは肩に腕を回して小さく囁いた。

 

「……部屋まで……送ってください」

 


 

「応急処置はこれでよし。念の為、明日朝イチで皮膚科に行ってくださいね」

 

 石川さんの賑やかなマシンガントークをBGMにタクシーで部屋に向かった後、玄関先で足が膿んだりしていない事を確認して、絆創膏を貼り付けた。

「ありがとうございました……」

 梓さんは小さく呟くと頭を下げた。

「……ではこの辺で。おやすみなさい、梓さん」

 背を向けてドアノブに手をかけると作業着の裾を引かれた。

「ま、待ってください! あの……あの……あの……浴衣の帯を一人でほどけません!!」

 ……そんな訳ないだろう。

 

「そうですか……仕方がありませんね」

 

 、、、

 

「これでよし。以上が浴衣の着脱の手順と保管方法になります」

 

 口頭と身ぶり手ぶりで着付けの順序を伝えると、梓さんは下を向いて拳を握った。

「ありがとうございました……」

 要は済んだな。

「それでは、失礼しますね」

 身を翻して背を向けると、意を決した声が上がった。

「待って!! あの……あの……ふ、二人きりでその……お話を……」

 ……苛々する。

「感想は電話で話したほうが楽しいので、では失礼します」

「待ってくださいってば!! ……さっきはありがとうございました……変な人から守ってくださって……。お礼くらい言わせてくださいよ……」

 優柔不断で未熟な自分に腹が立つ。

 

「当然の事をしたまでですよ。おやすみなさい。ちゃんと鍵とドアチェーンをしてくださいね」

 


 

「待って……お願いだから……」

 

 背中に温かい温もりを感じて、足が止まった。

「デイヴィスさんといると……眠くなっちゃって……」

 女性に此処まで言わせるなんて……。

「疲れてるんですね……眠ってください」

 最低極まりない。

「嫌です……少しの間でいいから、一緒に居たいんです……」

 腹に回った手を掴んでゆっくりと下に降ろした。

「貴方の気が済むまで、一緒にいますよ……」

 そのまま手を引いてベッドに腰掛けると、彼女は胸に顔を埋めてきた。

「……デイヴィスさんの匂いを嗅ぐと、なんだか落ち着くんです。森みたいな……」

 ……それはギルテスター……タバコの臭いと木材ペレットの臭いが混ざっているんじゃないかな。

 ……加齢臭だったらどうしよう。

 そんな事を考えていても、胸の中で言葉を紡がれるとむず痒くなる。

「……そろそろ眠くなりました?」

 背中を優しく撫でながら問いかけると彼女は小さく頷いた。

「……はい。……でも、もう少しだけ……このままでいいですか?」

 甘えたような声を出されてはお手上げだ。

「……いいですよ」

 瞼を閉じた彼女の髪を流すように撫でると、微かな寝息が聞こえて来た。

 穏やかな時間を暫く堪能した後、彼女を起こさないようにゆっくりと寝かせて布団を掛けた。

 そのままベッドを抜け出して背筋を伸ばすと、姿見に映る鏡の中の自分と目が合った。

 "本能に従え、意気地なし"

 いいえ。RAM。

 これでいいんだ。

 ……初めて命令に背いたな。

 物音を立てぬようそっと玄関から抜け出して鍵を閉めた。

 

「……おやすみなさい、梓さん」

 

 、、、

 

『どうして本当に帰っちゃうんですか!! デイヴィスさんのバカバカバカ!! いつの間にか寝かしつけられてたなんて!! 酷すぎます!!』

 

 翌朝、モーニングコール代わりの着信がなった。

「鍵はポストの中に入れました。何もしていませんよ」

 身の潔白を説明すると受話口からは子供のような可愛らしい怒鳴り声が響いた。

『デイヴィスさんの意地悪!! バカ!!』

 悪口の語彙力の無さについ笑ってしまう。

「バカっていう方がバカなんですよ」

 挑発するように仕掛けると、彼女の憤りはヒートアップしていった。

『埋め合わせに今度はちゃんとデートして下さい!! 約束ですからね!!』

 無茶な注文に苦笑いを浮かべながら上体を起こすとベッドが軋んで物悲しい音を立てた。

「……梓さんは何処に行きたいんですか?」

 カーテンの僅かな隙間から射し込む日の光が眩しくて、目を細めた。

『……デイヴィスさんの行きたいところじゃダメですか?』

 ……もし、僕に組織から足を洗い、日の下で生きる未来があったなら。

 

「皆が集まる場に行って、その輪に入りたいです……。皆と一緒に他愛もない事で悩み笑い手を取り合って生きていたいです……。……僕の行きたい場所は『喫茶ポアロ』……貴方が居る世界です。……なんてね。ラブロマンス小説の続きです」






 あとがき


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