「それで、どうでしたか?」
花火大会後の混濁する心境に無遠慮な投石を受けた。
「花火、キレイでしたよ。梓さんから写真が送られた筈ですが」
梓さんは午前に病院を訪れるため時間休を取った。
「惚けなくていいですよ。梓さんとの仲は深まりましたか?」
……は?
「……いえ、別に」
どうやら安室さんは本気で『組織に所属しながらでも、恋愛に現を抜かし想い人を凶弾から守る事が可能である』としているらしい。
「相変わらず僕にだけは素っ気ないですね。嫌われるような事しましたっけ?」
試すように問われても、相手は同じコードネーム持ちで公安の上司だ。
「気にし過ぎですよ。僕はあむあず過激派なんで……」
隠そうとしても瞼が痙攣してしまう。
「実は、アナタが熊津と交際していた時期から梓さんから恋愛について相談を受けていましてね」
……頻繁にスタッフルームで二人きりになっていた事の根拠か。
「へぇ……」
手の平を爪で抉ってしまって血が滲んでいる。
手を洗おう、嫌なことは洗い流そう。
「ちゃんと説明してありますから安心して下さい。『彼は諸事情によりストーカーの熊津と交際しているだけで、梓さんに好意を持っている筈だ』と。当てつけのような『ラブロマンス小説語り』をするのが何よりの証左ですから」
……はあ?
何を言っているんだ……?
確かに安室さんのような完璧な人間なら一般人の彼女の存在を組織に把握されながらもウィークポイントにはしないのだろう。
従業員として人質交渉に使われたり、親切な隣人として粛清のため覚悟を試すように命を奪われたり、想い人として無茶な命令に従わせる為に見せしめにされたり……。
不安材料さえも帳消しに出来る能力と絶対的なプロ意識と自信があるからだ。
「……勝手に人の心情を推し量らないでくれますか」
ザーザーと流れる蛇口を捻った。
「……なら、ただ単にアナタは彼女に対してセクハラをしていた変質者になりますが? 僕は何か間違ったことを言っていますか?」
……現状は自白剤と強烈な自己暗示としての効力しかないTLMA0181を服薬したと共有した筈だが。
お前が『酩酊状態や錯乱状態を引き起こし、幻覚作用や思考力の低下と著しい記憶障害を引き起こす』と黒田管理官に進言したんだろうが……。
「……それについては、すみませんでした」
苛々する。
頂から下の景色を見るのは難しいか。
「はぁ、まったく……。デイヴィスさんは人との距離感を知る練習をしたほうがいい」
「デイヴィス君、本当にワシ達も着いていっていいのかのう……。宿代まで出して貰ってしまって、何だか申し訳ない」
エクスプレスの車内で阿笠博士が塩をかけた菜っ葉のようになるのを止めるように哀ちゃんが背筋を立たせた。
「いいのよ。彼の身元引受人になっているんだから、金品や利益を受けるべきよ。迷惑も沢山かけられているし」
苦笑いを浮かべながら阿笠博士から貰ったがま口を掲げた。
「はい! 阿笠博士には返さないといけない恩が沢山ありますから」
このがま口だけじゃない。
沢山の尊いものを貰っている。
「そうですよ!! まだデイヴィスさんは少年探偵団の見習いですからね!!」
隣の座席からは光彦くんの元気な声が響いた。
「歩美もサシバさんの訓練見てみたいもん!!」
歩美ちゃんは自分が抱えている鳥かごの中で大人しくしているサシバの林太郎を覗き込んだ。
「鷹を飛ばすのカッケーよな!! オレもやっていいんだよな!?」
今日は少年探偵団のみんなと野鳥を守る会の日位さんから訓練業……所謂鷹匠の指導を受けにツクバに向かっている。
「もちろんだよ。元太くんなら林太郎も安心して止まり木に出来るから」
するとコナンくんからの溜息が漏れた。
「オイオイ、止まり木って……。探偵士さん、言い方!!」
言い方、と言われても『ガッシリしているから安定性があるね』を言い換えられないだろ……。
「みんながしっかりしてるからって言いたかったんだ。言葉選びが下手くそでごめんね」
、、、
「見て見て!! ニワトリさんが横断歩道を渡ってる!!」
標準的な田舎のニワトリ的行動だ。
「律儀に信号を守ってます!!」
田舎ならクジャクも信号を守るよ。
「へー!! 頭がいいんだな!!」
ニワトリは頭がいいよ。
「ねぇ、探偵士さん。『なぜ、ニワトリは道を横切ったの?』」
……コナンくんのリドル・ジョークには何と答えるべきか。
「「反対側にいるニワトリに会いたかったから」」
声が揃った。
「あら、アナタと同意見なんて……。雪でも降るのかしら」
明日は血の雨が降るかもしれないな。
「これは有名ななぞなぞじゃな!! 正解は『道を渡りたかったから』というナンセンスジョークじゃ!!」
「よく来てくれたなデイヴィス君!! 待っとったぞ!!」
ツクバの山頂近い宿に徒歩で歩きつくと日位さんからの細やかな歓迎を受けた。
「わぁー!! かき氷機だ!!」
「大きなシャボン玉ですね!!」
「でっけぇプール!! 水着持ってきて良かったな!!」
それよりも膝が笑っている阿笠博士に筋肉痛を緩和する塗布剤を買わないと……。
「この歳で登山はきついぞい……」
本当に申し訳ないことをした……。
「博士!! 途中から彼におぶされていたでしょう!! しっかりして!!」
哀ちゃん、山登りは上がるだけでキツイんだ。
多目に見てあげてほしい。
「コナンくん、僕は筋肉痛を和らげる薬をドラッグストアで買ってくるから林太郎とみんなを宜しくね」
、、、
「品揃えはあるな……。一番高いやつ買えばいいか……」
地元の小規模ドラッグストアにしては薬品関連が充実してる。
ラスト一本しかない高級塗布剤に手を伸ばすと別の大きな手に取られてしまった。
目線を上げると、殺気に満ちた目と合った。
「あ、デイヴィスさん、偶然っすね」
茶髪に黒いジャージの大男……蓬原。
隠れ公安であり組織構成員でもあるアブサン……何故此処に。
……勘が鈍っているのか、アブサンの気配断ちが優れているのか……。
自分の脳は著しく摩耗しているから、前者だろう。
「そうですね。観光ですか?」
GPSでは無いとするなら、監視追跡されたとみるべきか。
「はい。ゲンチアナとワームウッドを見に来たっす」
……このやり取りに意味を見出すのは無価値か。
ゲンチアナはスーズの原料、ワームウッドはアブサンの原料。
アブサンがスーズの敵討ちしようとしているのは再確認した。
僕を殺したいのなら今直ぐにでもその長い腕で首を捻り上げれば終わるだろうに。
やはり、任務失敗をさせた後に殺したい。
或いは恥をかかせて無様な様を晒させた後で自害させる気か。
「へぇ、ツクバには自生していないから見られないと思いますよ」
そう告げるとアブサンは無言でレジに向かった。
「2,605円でーす」
U2605か……。
どこまでまでも宇宙にあり続け、追いかけてくるな。
「……デイヴィスさん。外来種が入り込んだり人為的に持ち込まれるようなイレギュラーの可能性を考えた方がいいんじゃないっすか」
「デイヴィス君!! サシバは環境に馴染ませるために一日休ませるが、君には代わりに頂上の売店でお土産を受け取ってきてくれ!! わしらで子供達をみとくからな!!」
筋肉痛を和らげる塗布剤を阿笠博士に渡すと、日位さんからの無情な宣言をされた。
「なーんか、お土産を用意してくれたらしいんだけど生ものがあるから先に渡したいんだって!!」
プールで水遊びをしているみんなを眺めながらも、冷めた目をしたコナンくんから告げられて肩を落とした。
「早く行ったほうがいいわよ。ケーブルカーの終発は17時らしいから、乗り遅れたら野宿になってしまう。……まあアナタなら野宿くらい平気でしょうけど」
いや、流石に山頂で装備も持たず野宿は厳しいよ。
「すまんの……デイヴィス君。ワシ達は君の帰りを待っとるから、早めに帰ってくるんじゃぞ……」
阿笠博士……僕の癒しの源……。
「はい!! 行ってきます!!」
、、、
「……痛いっ……オニヤンマ……痛った!」
山頂に着くと、無数のオニヤンマが飛んでいた。
MIBのオープニングばりにオニヤンマにぶつかられてしまい、背を低くして歩いた。
「なんでぶつかられるんっすか? オニヤンマは視力がいいんで人間にぶつかる事はあまりないと思いますが」
声のする方を見ると、想定通りアブサンが佇んでいた。
「……そうですか。珍しいんですね」
頭を下げて売店に向かうと『臨時休業』との張り紙が入り口に掲示してある。
臨時休業……臨時休業なら仕方が無い。
「……中に人、いるみたいっすよ」
背後からの声に頷いた。
「そうみたいですね」
どうせ宿は把握されているだろうし、ここで土産を受け取ったからといって状況は変わらないか。
従業員通用口の方に足を進めると、鍵は掛かっていなかった。
「まさか勝手口から勝手に入るつもりっすか?」
……ギャグか? 思考を掻き乱すための投石か?
「いいえ。声を掛けるだけです。すみません!! 日位さんからの指示で土産を受け取りに参りました!!」
呼びかけてみても応答は無かった。
仕方無く引き返そうとすると腕を掴まれた。
「……血の臭い……わからないっすか?」
此処は食堂も併設されているから、発泡スチロールから剥き出しになった生魚の血の臭いかも知れないだろう。
「なら貴方が先に動いてください。……入国警備官の蓬原さん」
「……どういうことっすかね」
アブサンと勝手口から進入すると、食堂がある2階が縁の縁を残すような吹き抜けになり、1階の隅に商品陳列棚がある売店の真ん中で中年男性が仰向けの状態で頭から血を流していた。
「さぁ……死んでるんじゃないですか?」
適当に相槌を打つと、スタッフルームから男女2名が現れた。
「何処から入ってきた!? 休業の文字が見えねえのかよ!!」
エプロンを付けた若い男性と女性だった。
「不法侵入!! 泥棒!!」
それもそうなので引き返そうとすると再び腕を掴まれた。
「あんたたち、この状況はなんなんすか?」
アブサンに動きを封じられたままでは、足を止める他ない。
「作業員が点検中に落ちたんだよ!! いいから帰れ!!」
中年男性はヘルメットも無く安全帯も身に付けておらず、作業服ですらなく安全靴も履いていない。
そしてTシャツに短パン姿でネックレスにブレスレット、おまけに指輪を嵌めている。
何処からどう見ても作業員では無いが。
「……デイヴィスさん、名乗り口上をして下さい」
お前がしろよ。
「僕は少年探偵団の見習いマスターオブディテェクティブ、探偵士です。現場保存のために場を荒さないでください。エドワード法により検察及び警察より72時間優先して捜査ができますので」
すると男女の叫び声が響いた。
「探偵士ぃ!? 知らねえよそんなもん!! 誰なんだよてめーは! 好き勝手言ってんじゃねーぞ! 素人が偉そうに探偵ごっこをおっ始めんじゃねぇ!!」
まあ、それもそうだ。
「現場を引っ掻き回して他人に迷惑をかけないで!! 金髪に作業着なんてただの不審者じゃない!! 偉そうに指図しないで!!」
確かに、そうだな。
フリーのルポライターである浅見 光彦は不審者扱いされても、警察庁刑事局長の兄の威光で場を黙らせる。
私立探偵の金田一 耕助はフケを撒き散らすヨレヨレの袴姿で現場をうろつき、現場にいる者から不審者扱いされても、結局は何とかなる。
男子高校生の金田一 はじめは祖父の威光と肩書きで場を制圧してしまう。
大学教授の犀川 創平は自然と場に受け入れられ、湯川 学も警察の要請がある場合が多いとはいえ、自発的に尋問を始める。
そして警察でありながら捜査権を持たない杉下 右京は伊丹刑事の警告を無視して独断で捜査を始める。
僕は?
「あ、はい。わかりました。不審者なので黙ってますね」
「……はあ? デイヴィスさん……本気っすか?」
彼らの指摘は往々にして正しいからな。
アブサンは苛立った様子を見せたが、彼も隠れ公安だと名乗ることはしなかった。
上を見上げると、円状の2階部分には観光用望遠鏡が4台設置されており、吹き抜け部分は100cm程の柵がある。
柵は鉄製で、一部が剥げているが目立った破損はない。
中年男性はもう助からないだろう。
ボーッと死後硬直を眺めているとガラス扉を叩く音が聞こえた。
「どうかされましたか!? 諍いですか!?」
第三者の声と扉を叩く音が入り口からすると、女性が慌てて駆け寄っていった。
「もう!! 次から次に!! 何なんですか!?」
扉から身を出した男は警察手帳を提示している。
「茨城県警の金子です」
本職の方が来られた、もう安心だな。
「作業員が2階から落ちたんですよ!!」
金子刑事は白手袋をして遺体に近づいた。
「吉川線や絞殺跡が無い……かかとの無い靴で作業していたのか……。まあ、この時期なら慣れと慢心でKY活動を意識せず作業することもあり得るか……」
……ノーコメントだ。
「……アルコールは? 酔ってはいなかったっすか? それか一服盛られたか」
アブサンが口出しをすると金子さんは厳しい顔をして叱責を始めた。
「作業着……ジャージ……あなたがたには後で事情聴取を行います」
……少なくとも僕、デイヴィス阿笠の名は長野県警の諸伏警部には伝わっていたから全都道府県警に『組織に所属する隠れ公安』を監視の名目で共有していると早合点するところだった。
群馬県警の山村警部は本当にポアロ従業員であるから声掛けをしただけだったのか……?
「従業員のお二人は警察と救急に連絡して下さい」
……自分とアブサンが入ってきてから20分は経過している。
「「わかりました!! 刑事さん!!」」
今……呼ぶのか……。
その間に2階に上がって、柵……白い手すりを注視していると内側に真新しい爪の引っ掻き跡があった。
中年男性の爪に同じ白い破片が見えたから、つまりはそういう事だ。
「……事故ですね。詳しくは鑑識と聴取、現場検証をしないと正確なことは言えませんが、現状ではそう判断します」
「お、観光用望遠鏡だ。懐かしいなぁ……」
暇つぶしに2階に設置された観光用望遠鏡に100円を入れると、徐々に視界が揺れていった。
なるほど、望遠鏡のレンズの前部分に設置した液晶シャッターで故意的な錯視を作り、歪んだ3Dテレビもといビューマスターの要領で一時的な視界不良を発生させ酩酊感を生んだ。
足元がふらついた中年男性は後ろ手に柵を握るも背中から転倒。
設置したのが誰かは分からないが、ケーブルカーが17時に止まる事を把握していて救急車を呼ばなかった者達はいる。
「ちょっと君!! 勝手な事をするんじゃない!!」
金子刑事が2階に駆け上がると、ヘラヘラと手招いた。
「見てくださいよ!! すごいものが見れます!!」
すると激しい剣幕で叱咤を受けた。
「現場は遊び場じゃないんだ!! ふざけないでいただきたい!!」
……そうだよな。
「あ、はい。すみません」
すごすごと退散して1階に戻るとアブサンに本音を言った。
「僕達は存在しちゃいけないらしいよ」
アブサンのひたいにも青筋が立ち始めた。
「……デイヴィスさん。あんた、腐っても隠れ公安っすよね? ……正義を遂行する使命感はどうしたんだよ」
驚いた。
組織の構成員に正義のあるべき姿を語られるとは。
「蓬原さんこそ、身分を名乗ればいいじゃないですか。僕だけを責められる立場ですか?」
次の瞬間、自分の背中はガラス扉を突き破っていた。
「ふざけるんじゃねえ……あんたみたいなクズにほんの一欠片の見返りを期待した彼女に……死んで詫びろ……」
もしかして、スーズとは恋人同士ではなく、アブサンの片恋慕だったのか……。
改めて考えると、恋人同士なら浮気した女の方を憎むのがポピュラーか。
「え……? 僕、殺されちゃうんですか?」
鼻で笑うとアブサンがジャージから拳銃を取り出して発砲体勢になるとパンッという銃声が響いた。
「拳銃を捨てろ!!」
金子刑事が天井に向かって発砲したらしい。
威嚇射撃ね……一発目は空砲、というのはドラマやアニメだけの話で……。
アブサンが金子刑事に拳銃を向けた瞬間にヒップホルスターから自らの拳銃でアブサンの右肩を撃ち抜いた。
「僕はデイヴィス阿笠!! 麻薬取締官です!!」
その言葉を聞き般若の形相になったアブサンが再び此方を向き銃口を向けた瞬間、アブサンの胴体が撃ち抜かれた。
「警告した筈だ!! お前を殺人未遂容疑で逮捕する!!」
撃たれた場所が運悪く致命的だったらしく、アブサンは膝をついて天を見上げた。
「……死ね……クソ野郎……イザラ……あんたは……」
あとがき
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