探偵士、少年探偵団と出会う。   作:ummt

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第六章
第四十三話 探偵士、自問自答する。


 

『探偵士くん、今から君の部屋に遊びに行ってもいいかな』

 

 工藤邸に戻り、一息付く間もなく世良さんからの電話があった。

「あの……女性お一人を部屋に上げるわけにはいきませんので……すみません」

 沖矢さん……彼女の兄である赤井 秀一も在宅ではあるが、今不用意に社会的な死を迎えるわけにいかない。

『もちろん君ならそう言うと思って友人たちも連れて行くさ!! もう誘っちゃってるし、向かっているから電話を切るよ』

 カコンという通話終了音が虚しくガラケー改の受話口から響いた。

 

「本当に……『好奇心は猫を殺す』という言葉を知らない人だ……」

 

 、、、

 

「たのもー!! 探偵士くんは居ますか!?」

 

 沖矢さんに半ば泣きつく形でリビングで待機してもらい、玄関で彼女を待ち構えているとインターホンが鳴り、ドアスコープを覗き込むとフェネックのぬいぐるみが此方を覗いている。

「居ますよ……」

 玄関のドアを開けると、腰に手を当てて胸を張っている世良さんと、ニャロメのぬいぐるみを抱きしめている梓さんと、腕を組んで見上げている哀ちゃんの姿があった。

 何の集まりなんだ……。

「あら、案外潔いのね。もっと居留守を使って抵抗すると思っていたわ」

 哀ちゃんはよく見ると、前に渡した『キャット・ザ・リパー』のゲームソフトを脇に抱えている。

「え……え? あ……いや、まあ……」

 まったく目的が見えてこない。

 梓さんの告白を有耶無耶にしたことを責めるなら、安室さんにその事実を伝えて鉄拳制裁を願い出でればよく、コナンくんからアブサンの事件について聞かされた場合でもやはり安室さんや毛利さんから指導させればよく……。

 熊津との旅館での……その……不適切行為についてであれば、哀ちゃんを連れて来るはずがない。

「私達、愚痴仲間なんです! ね!」

 梓さんがニコッと笑って二人に微笑みかけた。

「ああ!! ボク達は探偵士くんに振り回されてる者同士って事で同盟を組んだんだ!!」

 ……ど、同盟? 

「アナタ、これ以上女泣かせを続けると碌な最後を迎えないわよ」

 シェリー……勘弁してくれ。

 

「え……それは、そうだね……。自分でも、きっと碌なな死に方をしないんだろうなとは思うよ……」

 


 

「へぇー山口 雅也氏の『13人目の探偵士』をゲームにしたものなのか」

 

 世良さんと哀ちゃんはミステリ本の既読者らしく、スラスラとプレイを進めていった。

「わ!! なんだか面白いキャラクターが出てきましたね!! ピンクのロボット!!」

 テレビ画面の中ではピンクのロボットがルイス女史の噂話を始めたところだ。

「変わった趣向を凝らしているわね。このロボットはMrs.グリーンウッドの代わりをしている……確かに、奇を狙って意表を突くことに成功しているわ」

 哀ちゃんは冷静にゲームの意図を解釈し始めた。

「代わり……物語の登場人物も媒体が違えば別のキャラクター代役をされてしまんだよな。作品の趣旨が伝わればいいから……」

 キャラクターでさえ代役を用意されて、本人の唯一性を求められたりしない。

「そうかな? ボクはMrs.グリーンウッドに出て欲しかったかな。彼女が語るからこそ伝わるものがあるんだし」

 はたしてそうだろうか。

 昨今では伏線やどんでん返しや叙述トリック等の技法は好まれず、本文を流し読みながらでも話が追える『わかりやすさ』が求められている。

「特にゲームでは視覚情報が要ですから……『噂好きの秘書』Mrs.グリーンウッドが登場しなくとも代役の『噂好きのロボット』に置き換えれば初見で意識を向けやすい」

 これはゲーム、小説、コミックや映画でもいえることであって、容易さが是でも複雑さが是という話ではない。

「私はこのピンクのロボット、面白くて好きですよ」

 ……と、いいつつ僕もこのロボットが好きだ。

 憎めないし、愛嬌があるし、ずっと忘れられないキャラクター性がある。

 それに、原作を読んでいなくても『重要な事を話すキャラクター』だと一目瞭然だからだ。

「キャラクターに華がある、ということかしら。原作とゲーム、どちらも難読性と可読性のそれぞれの良さが出ていていいと思うけれど」 

 すべからく創作物は、等しい前提知識を持つ地点で語られることは無い。

「ルイス女史の言うダイイングメッセージの講義にある通り、意図が不明なダイイングメッセージは『中途半端』『知識不足』『解る者へ』の三種類に分けられる。これは作り手と受け手にも通ずるものがある。このゲームはそれを……」

 僕はやっぱり、どんな評価をされていたとしてもこのゲームが好きだ。

 

「その人が感じたことが正解だよ。ダイイングメッセージは伝えたい最後の言葉だとしても、正解を知るすべなんて無いんだから」 

 


 

「えっと……それで、ゲームをわざわざするために来たんじゃ無いですよね?」

 

 ゲームは無事に解決を迎え、リビングのテレビ画面の中では黒い猫が白い歯を見せて笑っている。

「もちろん!! これを直してほしくてね!!」

 世良さんが袋から取り出したのは、旅館で渡したランタンだった。

「ああ、それは僕がデイヴィスさんに渡したランタン……。又貸ししていたんですか……」

 ……それについては弁解の余地がない。

 銅板を付けた状態で彼女に渡せば、いずれ兄である赤井……沖矢さんに渡されると踏んでいたからだ。

「えっと……はい。すみません」

 苦笑いしながら頭を掻くと哀ちゃんから肘鉄を食らった。

「アナタ、随分と人様の大切な物を軽く扱うみたいね」

 大切な物を有るべき場所に戻したかったんだけれど、伝える必要はないから、いい。

「面目ない……」

 頭を下げて、車庫の隣にある倉庫まで歩いた。

「デイヴィスさん、ランタンの縁みたいな細かい溝、直せるんですか!? すごいなぁ……」

 別にすごくはない。

「いえ……これくらいは……」

 ……安室さんや沖矢さんなら容易に直せる。

 ランタンのスリットが潰れた箇所を元ある位置に再び溝を掘り、銅板を差し込む支えを正せばいいだけだ。

「謙遜するなよ探偵士くん!! 直せることは事実なんだから!!」

 特に返す言葉も無く、黙々と作業をしていると耳に何かを当てられた。

「……これ、この間の旅行でおみやげに買った巻貝の飾り。アナタにあげるわ。たまには海の音でも聴いてリラックスしたら?」

 哀ちゃんに左方の耳を手で塞がれ、右には巻貝の特有の空間が当てられた。

 海の音というより、これは……。

 テレビの砂嵐、スノーノイズだ。

「デイヴィスさん、先ほどのゲーム談義で思い出したんですが『スタンフォード監獄実験』をご存知ですね」

 ザーザーと流れるノイズの向こう側から沖矢さんの低い声が聞こえる。

「はい。看守役と受刑者役のグループに分けて行動を観察するミルグラム実験の一種」

 健康な若者からランダムに被験者を選び、役割を与えて生活させると、役に入り込み看守役は権力を振るい始め、受刑者役の素行が悪くなり、自ら役に徹し個としての意思が失われたとされる実験だ。

 

「デイヴィス。君は今、彼らと同じ状況なのではないか?」

 


 。。。

 

「あ! あれヤンくんのお兄さんじゃね!?」

 

 学生生活は地獄だった。

「なんつーか、かわいそ」

 弟のヤンは顔立ちも良くスマートで、文武両道の優秀な模範生。

 兄である僕、エルダーといえば『優秀な兄みたいな弟』のおまけの扱い。

 家族からも期待されず、成績も振るわず、好きになった女性は皆、弟のヤンに夢中だった。

 そんな環境から逃れようと大学を出て直ぐにハリウッドのスタントマンを目指して家を出た。

 長い下積み生活をしていると、風の噂でヤンがATF……アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局に入ったと知った。

 ふと、あるときこう思ってしまった。

『ヤンを知らない人達の前で、ヤンのように振る舞えばいい』

 ヤンの模倣をして女性を口説くと面白いように抱けた。

 ヤンに倣って自信を持って人に接するとどんどん仕事が舞い込んだ。

 ヤンが考えそうな思考パターンをすれば、周りに人が集まった。

 人生が順風満帆に回り始め、有頂天になり天狗になっていた。

 しかし、人気アクション俳優であったジェロームの専属スタントマンになった時、投げ捨てるようにこう言われたのだ。

『中身がスッカラカン』

『お前には自分という軸がない』

『言いたいことがあるなら自分の言葉で話せよ』

『まるでお手本を真似するガキみたいだ』

『コピーキャット』

 気にしないことにした。

 俳優とスタントマンの関係は模倣だから。

 しばらくすると、ジェロームはニルズ・ファージング監督の『ギルテセブン』の主演に抜擢され、仕事を共にすることになった。

 何とか監督に気に入られようと台本を読み、自分の解釈を語った。

 最終的にジェロームの解釈が採用されても、諦めなかった。

 撮影がクランクアップし、次回作の構想として演習を続行していた際、ジェローム監督が日本のメディアに『次回作はダブル主演を考えている』と言っと知った。

 嬉しさのあまり、監督が帰国した際に楽屋に訪れると『スタントマンを起用するわけがない』『リップサービスだ』『ダブル主演のキャストは若手俳優に決めている』そう話す声が聞こえてきた。

 その瞬間、自分の中の何かが弾けた。

 居ても立ってもいられなくなり、頭は復讐のためだけに働き、手足も果たすためだけに動いた。

 あの爆発事故が発生した日。

 僕は、僕が、僕自身が……撮影中に使う火薬の分量を上げたんだ。

 ジェロームに嫉妬された僕が殺害されたシナリオに見せかけるために。

 ただ、そうことは上手くいかなかった。

 死ねなかった、生きてしまった。

 不運にも爆風に流れて身体が宙を舞い、柔らかい緩衝材の上に落下してしまった。

 成功と言えるのは、顔に火傷を負い自分も相手も元の顔では居られなくなるなるであろうことだけだ。

 つまり、俳優人生の道を二人分断っただけ。

 絶望を宿した時、監督の嘲るような足音が聞こえて、口に何かを押し込まれたのが分かった。

 

「エルダー、君が『ギルテセブン』となり、組織の人間を殲滅するんだ。手始めに7人を始末し、星座を作るんた。君はホシになれ。スターになるんだ……イザラ。私はニルズ・ファージングではない。ファイグリング……いや、RAMだ。私の命令に付き従え。この会話の記憶は揮発する」

 

 。。。

 


 

「デイヴィス!! しっかりしろデイヴィス!!」

 

 聞き馴染みのある逼迫した声に目を覚ますと、警察病院のベッドの上で横たわっていた。

「……あ、風見さん……」

 見渡す限り、風見さん以外に人は居ない。

「よかった……まったく、心配を掛けるな!!」

 病室の中で怒鳴り声が響いた。

「すみません……」

 ただただ、頭を下げた。

「君が倒れたと世良という女性から連絡を受けて飛んで来てみれば……」

 世良さんが? 

 ああ、沖矢さんや梓さん、哀ちゃんよりは連絡しやすいか。

「……ご迷惑をお掛けしました」

 ひたすら謝罪を述べることしか出来ない。

「デイヴィス、君の代わりは居ないんだ」

 ……僕のことを? 

「君のようなトリプルフェイスの公安の数は限られている。リソースが足りない」

 そうなんだよな、僕が求められているのは役職、ポジション置ける価値の有無。

「はい……」

 力無く返事をすると、肩を叩かれた。

「……同僚に何かあったら困るだろう」

 ああ、最後くらい……友人が欲しかったな。

「はい……体調管理を怠りました」

 ……今、ようやく気がづいた。

 僕は誰かの『代わりの効かない存在』に成りたかったんだ……。

 代役が立たない特別な存在、全てを理解されずとも自分が肯定される幸福、それを追い求め続け、自分を偽り演技を続けた。

 僕みたいな人間が、大層な存在になれるわけないのに。

 最初からこうなる運命だったんだ。

「デイヴィス……今度休暇を取って二人で何処かに旅行にでも行くか。カラオケでもいい、ゲームセンターでもいい。お前の負担が和らぐのなら、……何だって付き合うからな」

 駐韓管理職は大変だ。

 動揺を隠して、平然と達振る舞わねばならないのだから。

 ガリアーノ亡き今、警察病院で自分の検査結果を隠蔽する者は居ない。

 風見さんには自分の容体全てがつつみ隠す伝わり、今までの精密検査の情報が渡っている筈だ。

 ……テロメアリスの服用で神経系に異常をきたし、火事の後遺症で身体全体にガタが来ていることも把握している。

 Speech is silver, silence is golden.

 公安の同僚が風見さんでよかったな。

 

「本当ですか? ……ならカブトムシでも捕りに行きましょう。何もかも忘れて、童心の無垢な気持ちに還って……やっぱり無しはダメですよ……風見さん」

 

 

 

 

 

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