探偵士、少年探偵団と出会う。   作:ummt

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第四十四話 探偵士、最後の晩餐。

 

「デイヴィスさん、大丈夫でしたか? やっぱり入院された方が……」

 

 警察病院で一夜を過ごした後、沖矢さんに迎えに来てもらい虚無感と現実感が等しい翌朝を向かえた。

「いえ、僕は別に……。立ちくらみだったのを大事を取って一泊しただけなので」

 ガラケー改には大量の安否確認のメールが届いており、高木刑事や目暮警部、白鳥警部から諸伏刑事、阿笠博士にコナンくん、世良さんや哀ちゃん、毛利さんから蘭さん、園子さん、果ては服部さんや玉木さん、石川さん達からも届いていた。

 一体どんな連絡網で何と伝えたらこうなるのか……。

 皆がわざわざ無事かをどうかを問うてくる……。

 風見さんの差し金か……理由は何だ……。

「灰原さん、『自分が波の音を聴かせたせいで』と落ち込んでいましたよ。一体どうしちゃったんですか?」

 しかし、どうしたんだろうな……。

 何故、突然昔の事なんか……。

 ……死を予期した走馬灯ってやつの一種かもしれない。

「いや……なんというか、フラッシュバックというか……ようは」

「過労でしょう」

 振り向かなくても分かる。

 この自信に満ち溢れた声、堂々とした歩き方。

「安室さんからも言って下さいよ!! デイヴィスさんはしばらく休みなさいって!!」

 梓さんは腕を前に振り上げて安室さんにじゃれついている。

 はたから見たら……。

 この二人は、いずれはそうなる。

「そうですね。強制的に休みを取れとまでは言いませんが、デイヴィスさんと梓さんにはあるミッションをこなして頂きたい」

 またか……どうしてこの人は……。

 どうして僕の意図を軽々しく踏み躙る事が出来るんだ。

「ミッション!? デイヴィスさん、ミッションってなんなんでしょうね〜」

 内容は共有済みか……。

「ミッションの内容は……『敵情視察』です」

 敵情視察、この場合は競合他店に乗り込むという意味だと察することが。

「敵情視察ですか……。一体何処に?」

 すると安室さん雑誌を掲げて二面記事に指差した。

 記事の写真には『鏡の国のアリス』をモチーフにしたコンセプト喫茶だった。

「じゃあ早速行きましょう? デイヴィスさん!!」

 腕を組まれてポアロの玄関まで引き摺られた。

「あの……シフトに穴が……」

 振り返ると安室さんの爽やかな笑顔が見え、エプロンを取るようにジェスチャーをしてみせた。

 有無を言わさず『行け』との無言の圧を受けた。

 

「デイヴィスさん!! 行きますよー!!」

 


 

「はぁ……凄い内装ですね……」

 

 件のコンセプト喫茶には至る所に『鏡の国のアリス』のモチーフや赤と白、黒に銀色が差し色に入ったテーブルに食器が並び、インテリアや小物類にはハンプティダンプティやトゥイードルダムとトゥイードルディーがあしらわれている。

「あれ? ウサギやトランプがメインじゃないんですね」

 世間ではアリスと言ったら『不思議の国のアリス』だから仕方がない。

「鏡の国ではチェスがモチーフに使われる事が多いですからね。鏡の国ではアリスは女王になり、出来事が『アリスの夢か、女王の夢だったのか』が最終的な……。所謂『胡蝶の夢』というやつです」

 今の自分は誰かの夢の中で生きている存在かもしれない……シミュレーション宇宙論の話にもなってくる。

「『胡蝶の夢』って、自分が蝶になっている夢が現実か、現実が蝶の夢か、という? へぇ……知りませんでした」

 長蛇の列がようやくあけて、案内されて店内に入って席に着くと鏡のフレームに入ったメニュー表がメイド服を来た店員から手渡された。

 ……全体的に価格帯が高いが、メニューは相応に工夫されている。

 ハンプティダンプティの巨大プリン……ダチョウの卵の殻でも使われているのだろうか。

 一番価格帯と味に不安要素が無さそうな『生きた花のパンケーキ』を注文した。

「……そうだ梓さん、哲学ついでにスワンプマンをご存知ですか?」

 今しか言うタイミングは無いだろう。

「知ってます! 沼の近くで落雷で亡くなった男性が沼から同じ細胞と記憶で蘇ったら同じ人と言えるのか? っていうお話ですよね!!」

 記憶と細胞、テセウスの船にも言える。

「クローンやコピーもそうです。もし目の前にいる梓さんが誰かのクローンであって、本人が別の場所にいたとしても、僕にとっての本物は貴方しかいない。たとえ神の視点で他の存在がオリジナルであっても、僕は貴方を愛し続けます。偽物だ、間違いだと言われても僕にとって特別なのは梓さんだからです」

 言い終わる頃には彼女の顔は耳まで真っ赤になっていた。

「な、な、な〜!? な、なんでいきなり告白」

「いえ、そういう例えの話です。オリジナルか偽物どうかは経緯や事実がどうであれ、初めて触れたものがその人間にとってのオリジナルである。という話です」

 そう語ると梓さんは頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

「だと思いました!! デイヴィスさんはいっつも思わせぶりな態度をして乙女心を誑かす悪です!! デイヴィスさんの意地悪!!」

 


 

「梓さん、ニャロメってチェシャ猫に近しいと思いませんか?」

 

 七段重ねのパンケーキをぺろりと平らげてご満悦の梓さんに問いかける。

「え? 確かに猫で……笑っている?」

 真剣に指を顎につけて帰り路を歩く彼女の姿を目に焼き付けた。

「不思議の国のアリスと言えばウサギやチェシャ猫を思い出す人は多い。チェシャ猫もニャロメと同じように主役を喰った存在だと思うんです」

 主役でなくても、主役の座を奪い、他者から愛される存在になれることの証明。

「主役を喰うっていうより、きっと同じくらい知名度があるキャラクターが好きなんですよ! ライバルではなく、主人公と同じひな壇にいるキャラクターがお好きなんですね。『同じ舞台に立ってるぞ』って……」

 ……違う。

「……そうだ梓さん。もし僕が消えてもチェシャ猫になって此処に居るよと合図しますね。『梓さんは今日もかわいいニャ』って笑います。ニャ」

 指で歯を見せながら笑うと、梓さんは笑顔が引っ込んで暗い表情を浮かべた。

「……縁起でもない……不吉な事、言わないでください」

 梓さんは腕にしがみつき、下を向いた。

 そこまで言ってはいけないラインを踏み超えたか……? 

「……すみません。冗談でした」

 それを振りほどく余裕なく、そのまま歩き続けた。

 彼女の方も離れるつもりはないらしく、ピタリと身を寄せている。

 しばらく歩き続けていると、手の甲に柔らかい手のひらがかすり、温もりが触れ始めると慌てて手を引っ込めると腕の裾を掴まれた。

「あの……あの……手を繋ぎませんか?」

 そんな破廉恥な事、出来るわけが無い。

「な、何言ってるんですか……いきなり……一線を超えるようなこと……」

 今彼女の柔らかい手のひらを握ってしまえば理性は一溜まりもなく崩壊し、今まで血反吐を吐く覚悟で練り上げた計画はご破算になり元の木阿弥、水の泡に帰してしまう。

「一線って大袈裟過ぎます!! 手を繋ぐだけ……ダメですから?」

「ダメです」

 手を振りほどいて前を向くと、梓さんは目の前に回り込んで行く手を阻んだ。

 

「……なら敵情視察の続き。パンケーキの再現を……一緒にしてください」 

 


 

「卵はとりあえず高い赤玉にして……薄力粉も高いやつにしますか」

 

 何故か梓さんとスーパーに買い出しになってしまった。

「とりあえず高いやつじゃダメですよ!! 用途と予算があるんですから!!」

 梓さんはレジかごを片手にムッと頬を膨らませて無難な価格帯の材料を選んでいるようだ。

「なんだか、新妻……づま、つまりいつものポアロで働く梓さんではなく普段の梓さんの姿が垣間見えたみたいで、新鮮ですね。スーパーマーケットだけに」

 危ない、危うくダイレクトセクハラワードを放ってしまうところだった。

「……私をお嫁さんにしたら、毎日新妻姿が見られますよ?」

 レジかごを持つ反対の手に腕を掴まれて擦り寄られる。

 やめてくれ、それは僕に効く。

「……っと、そろそろ材料は揃いましたからレジに行きますか。会計は僕が払うので……」

 レジかごを掴むと腕を引かれて耳元で囁かれた。

「……デイヴィスさんも新婚で浮かれている旦那様みたいですよ」

 勘弁してくれ、いい匂いがするし、本当に理性が飛ぶ。

 

「……はいはい」

 

 、、、

 

「デイヴィスさんやっぱり料理お上手ですね!? 沖矢さんと一緒の時テキパキしてて実は得意分野なのかと……。どうしてポアロだと上手くいかないのかな? 緊張しちゃうんですかね?」

 

 ……それは特定人物からの自分への評価を操作する上での……。

「あはは……緊張しちゃうのかもしれません。『生きた花のパンケーキ』のお味はどうですか? エディブルフラワーの種類が異なるので比較は難しいと思いますが」

 梓さんは切り分けたパンケーキを口に含むと、満面の笑みを浮かべてオーケーマークを指で作った。

「すっごくおいしいです!! デイヴィスさん天才!!」

 天才のハードルが低いな。

「そうですか……口に合えば幸いです……よかった」

 無心でフォークを口に運ぶ彼女を横目に、食器や調理器具の片付けを始めた。

 最初で最後の二人きりの食事。

 思い残す事も何も……。

「……こんな毎日が、日常になって続けばいいなって思うんです。私……デイヴィスさんとずっと一緒にいたいから……」

 いつの間にか、背中には彼女の温もりが伝わっている。

「残念、僕は梓さんと一緒に居たいとは」

「デイヴィスさん……大好き……。私、デイヴィスさんになら……」

 ……負けた。

 彼女に勝てるわけがない。

 

「……なら、本読みでもしますか」

 


 

「……読書って……コミュニケーションの一つだと思うんです……」

 

「作者のメッセージを読み解く……恋愛での駆け引きをするように……」

 

「行をなぞり、結果として感情を突き動かされるのならば……それは能動的な相手を知ろうとするアクションに他ならない……」

 


 

「その本、梓さんにあげますよ」

 

 腕の中で此方を見上げ、今にも閉じそうな瞼をしている彼女の髪を手で梳いた。

「……いいんですか? 『13人目の探偵士』……この本、デイヴィスさんの大切な本なんですよね?」

 だからこそ。

「ねえ梓さん。梓さんが読者になり、初めて出会った主人公の『私』はどんな人物でしたか?」

 問いかけながら本を抱える指を撫でた。

「えっと、記憶喪失なのに色々と知識があって、矛盾しているんです。けれど実は『私』が……」 

「そうですね。それを知るのは後の事でしょう」

 梓さんは頭を僕の腕に委ね、呟いた。

「確かに……最初は何も知らなかったですね……『私』のこと……」

 その頭を何度も撫でる。

「あの場にいた『私』と後から来た『警察』、どちらを警戒すべきですか?」

 撫でるたび、重さを伴って腕に深く沈み込んでくる。

「『私』……? 記憶喪失の作業着姿で……あ、でも『警察』のキッドもバンクファッションで鶏冠頭……怪しい……うーんと……」

 おでことおでこをコツンと合わせて瞳を覗き込むと、澄んだ宝石のように輝いている。

「所謂『シリーズの主人公』が誰かを知っている『神の視点』と『信頼できない語り手』という小説の文法です」

 覗き込んだ瞳には僕がいて、此方をただ、見ている。

「えっと……なら注意深く」

「いいえ、その必要はありません」

 僕は僕に問いかけた。

「視点を疑え。情報を疑え。前提を疑え。貴方には僕という本質を見極めて欲しいのです。『何故』の『理由』を見つけてください」

 僕は頷いた。

 その瞬間、二人のミサンガが音を立てて千切れた。

「熱っ! わ、銅のミサンガだったのに……」

 千切れたミサンガを回収して二つを一つに捩り直した。

「……このミサンガ、僕がもらいますね。お守りに」

 それを腕に巻きつけると彼女は縋るように、僕の胸に顔を埋めた。

「縁起でもないこと言わないで……。お願い……」

 震える彼女の背中を撫でたあと、ベッドからゆっくりと起き上がって上着に袖を通した。

「梓さん、五円玉を差し上げますよ。どうぞ受け取って」

 重い体を持ち上げるように揺れながらベッドに座り直した梓さんに五円玉を渡した。

「穴から景色を見てみてください。今の貴方の視界では周りがボヤケてしまっていますよね? ……しょんぼりすると穴がどんどを小さくなって、見えていたもの、見える筈のものが見えにくくなる。タイミングによって同じ視点でも見ているものが違うから」

 梓さんは五円玉の穴を覗き込み、じっと此方を見据えた。

「……私にはデイヴィスさんがちゃんと見えますよ。大好きなデイヴィスさんが居ますから……」

 そういう物質的な話ではないんだ。

 

「……泣かないで。大丈夫、五円玉……縁は出会いと別れを繰り返します。目を擦って開けば新しい景色に変わっていますから」 

 


 

「おやすみなさい。またポアロで会いましょうね。……さようなら、梓さん」

 

 泣きじゃくる梓さんを寝かしつけたあと、久しぶりにいつもの公園に立ち寄った。

 ギルテスターでの一服は、もうしなくて十分だ。

 宇宙を見上げると、ただただ広い闇が広がっている。

 ヤマカガシの近松は元の飼い主の阿留さんが明日、退院次第引き取りに来る。

 サシバの林太郎は何か起きたら日位さんの元へ飛ぶようにした。

 ドリームキャッチャーのタッセルはあと二つ。

 ……コカレロとファイグリング

 そして最後の一つ。

 ……ギルテセブン。

 ボーッと天を仰ぎ見ると妖しげな美女の微笑みに移り変わった。

「あらイザラ、『もう直ぐに終幕になる』みたいな顔をして。アナタには未来があるでしょう? 組織の駒として……ね?」

 ベルモットが直々にきたとすれば、RUM……ラムの『記憶喪失としての潜入計画』に変更があったのか。

 それとも、記憶喪失の症状が演技ではなく薬剤の副作用も含まれていると勘付かれたのか……。

 ならば暗殺……いや、最大限利用し葬るタイミングを見計らってるだけか? 

「ベルモットさん……えーと……はあ」

 この付近には監視カメラや盗聴器は無い……。

 首を取られるか……。

 

「先のフランクフルトでのユーロポール職員の末路について通達はあったたかしら? ……アナタにはパシフィック・ブイの裏で『個別に』働いてもらいたいの。この意味、分かるわよね?」






 あとがき


 指でなぞったり、捲ったり、触れたりして
 相手の意図を汲んで高揚感を抱いたり
 思いを募らせたり情念や感情を揺さぶられる
 ◯ックスってな〜んだ

 こたえ ブックス
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