「……で、目的地の『東都パーク』だ」
東都パーク内にある『ワープターミナル東都』は以前訪れた地下の投影エリアとは別にエントランスで入場ゲートが分かれており、大規模なロケセットが組み上げられた撮影所を要した地上部分のゲートには立ち入り禁止の札が掲げられている。
「だな」
地下エリアには長蛇の列が並んでおり、地上エリアには撮影とニルズ・ファージング監督を一目見ようとミーハーな客達がスマホ片手に入り口辺りに屯しているようだ。
「お前は撮影所の見学予約の抽選に当たったのか?」
シャルトルーズは腰に手を当てて溜息をついた。
「当たる理由ないだろ。WEB抽選にしたって細工をするにはリスクの方が大きい」
胸ポケットから『謎解き名探偵』というスタンプが付いたチケットを取り出すとフロアの受付まで歩いた。
「おいおい!! それは地下で探偵ごっこするためのチケットだっただろ!!」
チケットを渡すと地上エリアのカウンターにポツンと座っている受付の女性は困惑の表情を浮かべた。
「あの……確かにこのチケットは優先的なものですが、現在撮影中の『ギルテセブンⅡ』で地上エリアは貸切であって……完全な抽選制ですので……。予約も開始前ですし……」
受付にあるモニターを覗き込む女性の耳元で囁いた。
「少しだけ……チラッと見るだけなのに……? 僕が責任を取ったとしてもダメなんですか? 残念だなぁ……」
まあ当然、無理だろうが。
責任者の現場に対する監督責任と問題を問われる。
映画撮影なら当然違約金も発生する。
受付スタッフの一人の判断一つで動かしていい問題ではないからな。
企業倫理やリテラシーを問われかねない。
「……はい。少しだけなら……。秘密、ですよ?」
受付の女性は頬を染めて袖を引いた。
……いいのかよ。
シャルトルーズも呆れた顔をして一定の距離を置いてついてきた。
「ありがとうございます……優しい人ですね……」
女性の腰を抱き寄せてスタッフエリアに足を踏み入れた。
普通、社員証での入退室ログ管理をするだろうに。
黒シャツの裾を引っ張られて段ボールが積み上がったままの倉庫エリアに誘われた。
「あの……見せてあげますから……連絡先……教えて?」
シャルトルーズに目配せをして小一時間待機してもらうことにした。
「はい。いいですよ。……悪い人ですね、月本さんは」
「……馬鹿野郎、ヤる前からスッキリしてんじゃねえよ」
仕方がないだろう、求められたんだから。
それに応じただけだ。
「でも二人して裏方の運搬通路に入れたじゃないか」
ベルトを締め直して歩みを進めた。
「お前さ……手を出すのが早いっつうより……自分が無いから情が無くても抱けたわけか。スタントマン時代に女食いまくってたのは枕営業」
「黙れ」
無視をして長く暗くなる廊下の暗闇を目指した。
「……なぁ、エルダー。……本当に『テロメアリス』を飲んだのか?」
シャルトルーズはまるで兄を追う弟のように後ろについて歩いた。
「ああ、服薬した。あの爆発事故の直後、ニルズ・ファージング監督から投与された」
ニルズ監督からしたら、最高の実験材料だっただろう。
誰かの承認を強く求め、他者に必要とされる役を演じようと必死に藻掻き足掻いていた愚かで浅はかな若者。
そしてシャルトルーズ……主演俳優のジェロームに嫉妬し、『ダブル主演』という短絡的な餌に飛びつき尻尾を振る犬のような愚直さ。
結果、掌の上で踊らされていた事実を知って自作自演の爆発事故を起こす『自らの命を軽く見積もる』人間性。
「……どうして俺じゃなくて、お前だったんだろうな」
ジェロームには映画人生があり、潰しが効かないからだ。
自分の代わりなんて吐いて捨てるほどいる。
唯一性、一意の主演を演じる人間になど、全員がなれやしないのだから。
「僕はモブだから。そんな事も分からないのか?」
吐き捨てるように言い放つと、背中に言葉のナイフで刺された。
「はあ? 実際に生きてる人間にモブも主役も無いだろうが!! 別の理由だろ……」
……コイツ。
「いつも光の中を歩いて来たお前に……お前なんかに僕のような名も無き役者の苦悩が分かるわけがないだろうが!!」
後ろを振り返ってシャルトルーズの襟を掴んだ。
「……エルダー、まさか俺が何も苦労も悩みもせずに人生を生きているとでも思ってんのか? 傲慢だな。お前だけが苦労して足掻いているとでも?」
見下しでも憐れみでもない眼差しを向けられて、煮えくり返った腸が冷えていった。
……そうだな。
人生の勝者と敗者は結果論として……勝者の役を与えられた人間などいない。
あとから付いてきた実績を人が勝者と呼ぶだけだ。
「ああ。お前は勝者のレールを進んできた。だから弱者、敗者の心が分からない……」
掴んでいた襟をはたき、肩を押すとしばらく無言になった。
「そんなに捻くれていたとはな……。ファイグリングがつけいる隙が有り余っていたわけだ」
「なあエルダー、なんでエレベーターに数字とローマ字キーを入れる入力装置があるんだろうな」
通路を歩く間、何室か扉を開いたが無人だった。
つまりは僕が今日動くこと、今日しか動けないことを把握している。
ラムからの呼び出し……いや、ジンから『被験者』として暗殺されることを誰から聞いた?
……あの場にはキールやウォッカも居た。
今更情報の出どころを探っても意味はないか。
エレベーターの中に入ると紙が貼ってあるのが見えた。
「さあ……一流のスパイ……本物の『ギルテセブン』かどうかを確認しているんじゃないか」
紙に書いてあるのは以下の通り。
『猫の童謡、13番目』
OFABROMLDMLBCRVZXX
キャット・ザ・リパーをロケ現場に設置して自分達にプレイさせたのはニルズ監督だったな。
「なぁ、鍵は何だと思う? ま、無難に『Chartreuse』か『izarra』だろ」
ただし、暗号方式を特定しないことには……。
紙には、暗号文の周りに太い枠で真四角に縁取りがしてあった。
「……恐らく四角暗号だ。それなら意味が通る」
ABCDE CHART
FGHIK EUSBD
LMNOP FGIKL
QRSTU MNOPQ
VWXYZ VWXYZ
IZARB ABCDE
CDEFG FGHIK
HKLMN LMNOP
OPQST QRSTU
UVWXY VWXYZ
「四角暗号は平文を2文字単位で暗号化し、上左と下右を使う。最初の文字OFを見るとOは上右の4段3列、Fは下左の2段4列になっている。つまり復号は上左の4段4列のT、下右の2段3列のHとして追っていけば『The cat slipped away』になる。『猫はするりと逃げました』と」
工具箱から火薬の熱源と臭気検知を行ったが反応は無い。
少量の火薬やペースト状の爆薬が仕掛けられていたとして、エレベーター内で爆死させても監督の趣向からして意味を成さない。
キーを入力すると『Clear』の文字が表示された。
「……表示だけかよ。階数は……」
シャルトルーズが指先でボタンを押すことを躊躇っている。
「主人公の『私』がエレベーターでグランドフロア、ファーストフロアを間違えただろ。その階を選べばいい」
「ところでシャルトルーズ……お前はなんで付いて来たんだ?」
シャルトルーズはポケットに手を突っ込んでぶっきらぼうに答えた。
「……お前の死に様を見届けるためだ。悪いか?」
答えになっていないが、無視をしてエレベーターから降りて真っ直ぐ暗闇に向かって足を進めた。
「主役様が観客席に降りるとはな……裏方の仕事はどうだった?」
冷気が漂う無機質な廊下には二人分の革靴の音が響いている。
コイツは自分が消される側だと微塵も思っていないらしい。
「悪くはなかったぜ……職業に貴賤は無いからな」
……そうか。
ジェロームは、夏目 安慈になって変わった。
……いや、元々そうだったのかもしれない。
「だったらそのままタクシーの運転手をしていればいい」
歩みを早めると後ろの足音もそれに続いた。
「……だな。お前の最後を見届けたら、潜伏中の仕事はタクシー運転手を続けるつもりだ」
あれだけプライドが高い高飛車な男だと思っていたのに……。
「案外適職なんじゃないか?」
いつの間にかシャルトルーズは隣に立っていた。
「お前は麻薬取締官なんかより喫茶店の店員の方が性に合ってたんじゃねえか? エルダー」
どうだったんだろうか。
麻薬取締官として働く未来。
ポアロで働き続ける未来。
どれも眩しくて直視出来ない。
「僕は根っからのスパイだ。……一般職など」
もし組織に入る前に『テロメアリス』を投与されておらずとも、組織で生き残っていれただろうか。
ラムに一目置かれ、ベルモットの情夫の座に収まったとして……ジンにより消されるのも時間の問題だった筈だ。
「お前にスパイの適正なんかねえよ。……まあ、俺はラムの腹心の座を狙うけどな」
長い廊下の袋小路に突き当たると黒黒とした非常階段の扉が現れた。
「映画では、非常階段では爆薬が仕込まれていたり下から狙撃されたり、上から投擲されるのが定番だが……どっちに向かうべきか……」
シャルトルーズは非常階段の扉を迷わず開けて上を目指した。
「俺は上に行く。……エルダーは好きな方を選べ」
「おっと、下で正解でしたか」
非常階段を降りて扉を開けると、江戸時代のセットが組まれた大規模なロケの設営がされていた。
その舞台袖にはニルズ・ファージング監督がディレクターズチェアに座ってカチンコを掲げていた。
「久し振りだなエルダー!!」
威厳を称えた顔を歪ませ、気さくな笑顔を浮かべて手招いている。
「お久しぶりです。ニルズ監督。いえ、RAM」
人工的な砂利道を踏みながらゆっくりと近づいていく。
黒シャツの下には直接肌に触れるショルダーホルスターを忍ばせている。
僕は元々着痩せするからな……受付スタッフも脇を触らない限りは何も気付かなかった。
今ならヤマカガシの近松から抽出した毒針を打つことも、神経毒を嗅がせて意識を失わせる事もできる。
「……記憶は揮発したんじゃないのか?」
監督は穏やかな表情を一変させた。
たった一度の服薬で、予備の薬を持たせただけで完全に掌握しコントロールなどできるはずが無いだろう。
「ギルテセブンとして、ちゃんと七つの星を上げ、星座を作りに来ましたよ? スーズ、ガリアーノ、ヴェルヴェーヌ、アブサン、コカレロ。……そしてギルテセブンとファイグリング。二人を始末して計画は遂行される」
シャツを捲りホルスターに手を伸ばすと叫び声が響き渡った。
「あ!! お兄さんだ!! お兄さんも予約の抽選に当たってたの!?」
声のする方を見ると人工的に作られた高見櫓から歩美ちゃんに光彦くん、元太くんが手を振っていた。
「あー!! 兄ちゃんずるいぞ!! 監督にサインを貰うつもりなんだ!!」
視線を監督に戻すと口角が上がりきっていた。
……予約の抽選の操作は、受付を行う側からなら幾らでも操作できる。
「デイヴィスさん!! 今から僕達もそっちに行きますね!!」
何故阿笠博士、コナンくんと哀ちゃんが居ないんだ。
辺りを目視したが二人の気配はない。
隠れているのか?
「来るんじゃない!!」
天井に向かって発砲すると、子供達は静まり返った。
穴から小さな光が漏れたのを見ると、非常階段の上は屋上で現在いる場が地上に隣接している階だ。
「お、お兄さん……どうして……」
歩美ちゃんの怯えた声を聞くと、監督は高笑いを始めた。
「アッハッハッハ!! こりゃ傑作だ!! 『ギルテセブン』が子供の目の前で人を殺す!? そんなこと出来やしないさ!! アッハッハッハ!!」
「殺せない? 誰が決めたんですか?」
二丁拳銃を構えると監督は真顔で答えた。
「私が決めた。『ギルテセブン』は子供の前で人を殺められない。そう脚本に書いてある」
……今此処で監督……ファイグリングを殺害するのは容易い。
しかし今殺害してしまったら、子供達に心の傷を一生背負わせる事になる。
「僕は」
腹部に強烈な痛みが走った。
じんわりと温かいものが滴り、白いスラックスを赤黒く染めている。
「よお、裏切り者」
反対側の舞台袖の黒い幕から見慣れた長い銀髪をした男が笑みを浮かべ、銃口を向けて立っていた。
「ジン……お前……」
次の瞬間、ニルズ監督の胴体が双方向から貫かれた。
恐らくはコルンとキャンティによる狙撃だろう。
「グアッ……なっなぜ私を」
「ファイグリング、貴様はラム……RUMの名を騙りRAMとして未承認の『テロメアリス』で組織内の風紀を乱した罰を受けてもらう」
そう言い放つとジンの銃口はニルズ監督の頭部に向き、銃弾は頭蓋骨を貫いていた。
「見るんじゃない!! みんな!! 目を瞑れ!!」
大声で叫ぶと再び腹部から出血し、口からは臓器を突き破った証として鮮血が流れた。
……せっかく梓さんから貰った博物館の分厚い図録を防弾チョッキ代わりに忍ばせていても撃たれたら元も子もないな。
「イザラ、役を演じきったお前に最高のショーを見せてやる。……やれ、ウォッカ」
ジンが呟いた瞬間に高見櫓の柱が燃え始めた。
「ふざけ……るな……」
腹を撃たれると、本当に痛いんだなぁ。
目が霞んで視界がぼやけてしまっている。
「じゃあな、死する星よ。地獄の業火に焼かれる者達の叫びを聴きながら死ね。……ずらかるぞ、ウォッカ」
不味い、このままだと高見櫓が倒壊して舞台セットにまで飛び火してしまったら大惨事になる。
子供達を……子供達を救わないと……。
「誰か助けて!!」
僕が助けるから……。
天井のスプリンクラーがある配管を狙って銃を撃つと、スプリンクラーと共に亀裂から水が流れ始めた。
しかし火の手が回るスピードが早く、子供達の立つ展望台に迫っている。
走らないと……走って助けに行かなくちゃ。
それなのに足が思うように動かない。
どうして?
僕はみんなのところに行きたい。
「待ってろ!! 今助けに行く!!」
「タクシーのお兄さん!!」
落ちそうになる瞼を無理やり開けると、シャルトルーズが子供達三人を抱えていた。
「夏目さん!? 来てくれたんですね!!」
……そうか、そうだったんだ。
「タクシーの兄ちゃん!! ありがとう!!」
震える脚で高見櫓に近づくと、シャルトルーズはワイヤーを使って子供達を地上に降ろした。
「みんな……」
三人に手を伸ばすと甲高い悲鳴が響いた。
「嫌!! 人殺し!! 来ないで!!」
ああ……高見櫓越しだったから、ニルズ監督を殺したのは僕だと思っているんだね。
「見損ないました!! デイヴィスさんがそんな人だったなんて……」
それに黒いシャツを着ているから、スラックスに流れる血を返り血だと思ったんだね。
「兄ちゃんが悪者だったなんて!! ずっとオレたちを騙してたんだな!?」
秘密裏に監督と会っていたんだ、そう見えるよね。
「ああ、そうだ。前に名乗らなかったか? 組織のイザラだと……まんまと騙されてくれて助かった」
吐血して上手く話せない。
シャルトルーズが余計な口を叩きそうだったので、胸ポケットから探偵バッチを取り出し指で弾いた。
「エルダー……お前、これ……」
その隙に口笛を吹くと排気ダクトを潜り抜けてサシバの林太郎が飛んで来た。
「それはお前にくれてやる……」
宇宙に向かってもう一つのバッジを投げると、林太郎は嘴でキャッチして再び排気ダクトから飛び立っていった。
「そこまでだ!! デイヴィス……いや、イザラ!!」
振り向かなくても声の主が分かった。
「安室さん!! 相手は銃を持ってるよ!!」
だから居なかったのか……彼を呼ぶために走っていたのか。
「待って!! イザラは怪我を負ってるわ!!」
シェリーの珍しく動転した声が聴こえる。
「油断してはいけない。彼はトリプルフェイスの皮を被った化け物だ」
その言葉に堪忍袋の緒が切れて、振り向きざまに銃口をバーボンに向けると双方向から胸を撃たれた。
「イザラ!! お前を殺人の現行犯として拘束する!!」
そろそろ限界に近く、膝から崩れ落ちた。
「エルダー……お前、お前はなんで……」
不思議と、怒りや悲しみは湧いてこなかった。
「……何が少年探偵団見習いだよ……馬鹿馬鹿しい……。そんな役はお前にくれてやるよ……シャルトルーズ……」
僕には勿体ないくらい、幸せな日々だった。
「探偵士さん、アンタの罪は消えない」
そうだね。
それでも僕は大切なものを沢山貰えたよ。
「……そ、だね……ありがとう……みんな」