「こらキッド!! 出かけ際に擦り寄るんじゃねえ!!」
黒いスーツの裾に縋り付く黒猫のキッドを抱き上げた。
「にゃ〜」
頭を撫でてやり、窓を覗き込めるキャットソファに座らせた。
毛にまみれてしまったスーツを粘着シートで掃除して、もう一度洗面台に立った。
手を洗い、表情を作ってみる。
喜び、怒り、悲しみ、穏やかな笑顔。
「フッ……今日も顔が良い。俺はいつだって最強だ」
自分自身にまじないをかけて笑ってみせた。
すると鏡の中の俺もチェシャ猫のように口元に三日月を浮かべて笑った。
「俺ならどんな試練だって乗り越えられるさ。俺は『ギルテセブン』だ」
俳優時代からお決まりのセリフを口にすると玄関に向かった。
「行ってくるぜ!! キッド!!」
、、、
「君が子供達を救った事は把握している。……公安警察官であったデイヴィス阿笠を射殺した事は不問に伏そう」
あの日、エルダーが星になったあの日に俺はバーボンに拘束され『選択肢』を提示された。
「……で、俺が新しい公安警察官……トリプルフェイスになると。確かに組織から現状疑われてはいない。……俺がバーボンがNOCだとジンに報告するとは考えてなかったのか?」
目の前には場を見据えた黒田という管理官、風見という俺に憎しみの感情を抱いている初対面の男、モニター越しにバーボンの姿があった。
『アナタはあの日、僕ではなく躊躇せずイザラを射殺した。それはアナタに正義の心があるからではないのですか?』
……あの場でエルダーを撃ったのは、介錯だ。
アイツは腹を3発撃たれていた、人間は臓器を複数個所撃たれて生きながらえることはまずあり得無い。
それに、アイツは『悪役』だった。
引導を渡してやるのがせめてもの情。
「……本当にデイヴィスは降谷さんに銃口を向けたのか? トリガーに指は乗っていたのか? 見誤ったのではないか?」
風見という男はエルダーの人間性を理解しているらしかった。
「風見……今の議論の焦点はそこではない」
黒田という男も同様だった。
「事実としては銃口を向けていた。監視カメラで状況くらい把握してるだろ」
エルダーを『善性を持っていた憐れな男』ではなく『憎むべき悪党』として処理し、残された子供達の心のケアを選んでいる。
『僕は必ず彼が公安を裏切ると念頭に置いていました。しかし、組織の内情を全て吐かせる前にこの様な事態になり、残念です』
「すみません……デイヴィス阿笠さんの葬儀会場は此方ですか?」
葬儀場の外のベンチで缶コーヒーを飲んでいると眼鏡を掛けたオッサンが話しかけてきた。
「ああ、そうですよ」
結局、エルダーは警察葬になりアイツの職位も繰上げられたが、内々で執り行われる異例の事態になった。
あれでも顔は広かったらしく群馬県警やら長野県警、茨城県警に棋士、高校生探偵達の姿が参列者の中にあった。
「あんなに優しい青年が何故……」
咽び泣きを始めたオッサンに席をを譲った。
「アイツと何処で知り合ったんですか?」
力無く項垂れる口からぽつりぽつりと言葉が漏れた。
「私は玉木古書店という書店を営んでいましてね……軽トラックを出してもらったり荷物の運搬をして貰っていました……私があの日、彼を止めていたら……」
玉木古書店? 聞いたことねえな。
……組織や警察内部に直接関係無い一般市民にまで目をかけていたのか。
トリプルフェイスの諜報と工作物の作成で手一杯だっただろうに……。
「古本ねぇ……。今度遊びに行ってもいいですか? これも何かの縁ですし!!」
ニカッと笑うと玉木のオッサンはくしゃくしゃの笑みを零した。
「はい……。阿笠さんが遺してくれた縁ですから」
、、、
「デイヴィス君を返してくれ……ワシの助手なんじゃ……デイヴィス君は……デイヴィス君」
焼き場に移動すると、阿笠博士に縋り付かれた。
公的に、腹部の三つの銃創はジン、コルン、キャンティによるもの。
胸部の三つ銃創は俺と……バーボンともう一人の誰かだが、俺が一発で仕留めた事になっている。
「博士!! しっかりして……彼は……彼はもう戻らないのよ……」
膝から崩れ落ちて号泣する阿笠博士の肩を灰原が擦った。
「……探偵士さんは……悪党だっただろ」
江戸川が苦しそうな声を出すと三人の子供達が一斉に泣き始めた。
「お兄さん……お兄さん……」
「デイヴィスさん……僕……うぅ」
「うわぁぁ兄ちゃん……兄ちゃんに会いてえよぉ」
無理もない。
監視カメラでエルダーがニルズ監督を撃っていない事、弾痕や銃創から保持していた拳銃からの発砲ではないことは明白になっちまった。
「アイツは大悪党だったんだ。お前たちが泣けばアイツの思惑通りになる。いいのか? お前たちは少年探偵団だろ!?」
声を張り上げると、涙は引っ込むどころか大声になっていった。
「デイヴィスさんは正義のヒーローです!!」
「あなたが……」
警察の納骨堂での骨壺の納骨が終わりエルダー遺影を手持つ役を言い渡され帰り路に歩みを進めると見覚えがある女に頬をぶたれた。
「……で? アンタ誰?」
気にせずに首を傾げると女はボロボロになったミサンガを腕にしていた。
……あのミサンガはあの日エルダーが身につけていたもの。
遺品として渡されたのか。
「私はデイヴィスさんの……」
そこまで言うと言葉に詰まり女は大粒の涙を流し始めた。
この女が梓……エルダーが唯一愛した……ウィークポイント。
「梓さん、大丈夫ですか!?」
梓が蹌踉めくとバーボン……いや、安室が腰を抱いた。
「私……私はデイヴィスさんが好きなの……デイヴィスさんが……」
安室は苦虫を噛み潰したような顔をして抱き寄せた。
「大丈夫ですから……梓さんは僕が守ります」
するとキックイーッという独特な猛禽類の鳴き声がすると空から金属片が降ってきた。
「なんだ……?」
それを安室がキャッチして手のひらを開くと『初心者マーク』のバッジだった。
「いやぁぁ……デイヴィスさん……デイヴィスさんがぁ……私にはデイヴィスさんしかいないの……行かないで……」
梓はバッジを握りしめると人目も憚らず蹲り泣き崩れた。
「あれは梓さんが探偵士くんに渡したバッジなんだ」
隣に目をやると世良が目を真っ赤にして立っていた。
たった数ヶ月の間に、アイツは実を結ぶための種をばら撒いていたたのか。
「そうかよ……」
その思い出のバッジを渡すためにわざわざ猛禽類を使ったのか……。
どうやら本気で梓を愛していたらしい。
もはや、この女にはエルダー以外の男は映らないだろう。
誰にもくれてやるつもりはない、か。
「君は探偵士くんの旧知の知人なんだろ? 名前は?」
なんの因果か俺は公安警察官となり、タクシー運転手と組織のシャルトルーズの役を使い分ける事になった。
まるでアイツの代役をさせられたみたいにな。
ふと、アスファルトの陽炎がアイツの三日月のような笑顔を映し出したような気がした。
「俺はタクシー運転手の夏目 安慈。見習いの探偵士でもある。よろしくな」
第七章 イザラ - ノワール 完