探偵士、少年探偵団と出会う。   作:ummt

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第五十一話 四面楚歌

 

「やあ梓さん、元気だったかい?」

 

 彼女の妊娠が分かる少し前に世良 真純とシャルトルーズ……夏目 安慈がポアロを訪れた。

「はい……元気でした」

 明らかに力の無い返事をして、彼女はミサンガを触った。

「梓さんに一つお願いがあるんだ。……君が探偵士くんに渡してまた手元に戻った『初心者マークのバッジ』を夏目くんに渡してくれないか? 彼も新しく見習い探偵士を名乗るからさ」

 すると彼女の表情は暗くなり、歯を食いしばった。

「嫌です。……あの人を殺した人なんかに渡したくない」

 それもそのはず、ワープターミナル東都でデイヴィスを正当防衛で射殺したのは夏目という事になっている。

 ポアロで働くトリプルフェイスが現に同じ公安警察官として任務遂行中の者を射殺したなど、門外不出であってはならないことだからだ。

「梓さんの気持ちは分かるよ、それでも渡してほしい。君が持っていたら探偵士くんの思う壺、呪われたままで幸せになれないからさ」

 彼女までオカルトチックな話をするとは。

「梓、お前の中でデイヴィスは初心者のままか? 充分重い存在になったろ」

 そう夏目が言って手を差し出すと、梓さんは涙を流しながらバッジを手渡した。

「私はあなたのことを許しません……。でも、バッジのある無しで彼の思い出は消えませんから……」

 夏目は無言でスーツのネクタイに初心者マークを付けて、世良はホッと胸を撫で下ろしたようだった。

「探偵士くんは梓さんのことを自分に一生縛り付けたいくらい愛していたみたいだから……。これで少しは気が晴れたんじゃないか?」

 梓さんに目をやると、下を向いてミサンガを握り締めていた。

 

「私には彼しかかいません……。デイヴィスさんを愛しています」

 

 、、、

 

「安室、お前アイツに『組織がなんだ、梓さんを愛する覚悟が足りないだけの卑怯者』『ウィークポイントだと? 自分の力で組織から梓さんを守り抜けばいい』『僕なら梓さんを守り抜ける』としたらしいな。ワープターミナル東都での行きがけに聞いたぜ」

 

 シャルトルーズは二人で話すことがあると言い、彼女達から離れた瞬間の第一声がこのなじりだった。

「ああ……言った。僕は何か間違ったことを言っていますか?」

 返す言葉には強い意志を乗せきれられない。

「梓にはお前が公安警察官だと明かしてないんだろ? 今更明かせるわけねえか。もし警察協力者だったら公安の庇護下に入れられるが、身分を明かしていない梓に公安が付いたら……安室、お前自身が公安警察官だと組織に証明するようなもんだからな」

 もし、組織に在籍かつ麻薬取締官であった彼ならば、組織に対しても『警察に所属しており、かつ組織に所属中の二重スパイである手前、組織を警戒した警察の意向により警備が付いた』とやり過ごす事が出来たはずだ。

「そうだとも。だから僕自身の力で守り抜くさ……」

 なぜ彼があれほどまでに彼女との交際を渋ったのか、考えるだけで胃液が湧きだつ。

 

「ま、せいぜい風見に泣きつくんだな。俺はパスする」

 


 

「あなた、よく亡くなった同僚の想い人に手を出せるわね」

 

 喫茶ポアロを訪れた佐藤刑事が突然襟元を掴んできた。

「はあ? 彼は梓さんの告白を断り続け、素っ気ない態度を取り続けた。構ってとばかりに、うじうじとした人間に忖度する必要ありますか?」

 すると隣に居た高木刑事がコーヒーカップを叩きつけるようにテーブルに置いた。

「確かに彼は女好きで頼りなかったかもしれない……。それでも彼は梓さんを心の底から愛していた」

 一体全体、何が起こっている? 

「彼が亡くなれば此処ぞとばかりに弱った隙をついて、直ぐに食い物にした。まるで道徳心ゼロのハイエナね」

 あまりに無礼な言いがかりにテーブルに手を叩きつけた。

「僕は彼女を慰めようとしたまでの事。男女関係に口出ししないで頂きたい」

 語気を荒げると、二人は注文をキャンセルして店から出ていった。

 

「私達はデイヴィスさんに幸せになって欲しかったわ」

 

 、、、

 

「先んじて戦地に処りて敵を待つ者は佚し、遅れて戦地に処りて戦いに趨く者は労す。故に善く戦う者は人に致すも人に致されず。能く敵をして自ら至ら使むる者は之を利すればなり。能く敵をして至るを得ざら使むる者は、之を害するなり」

 

 次の日、諸伏警部と羽田棋士という妙な組合わせの二人組がポアロを訪れた。

「孫子ですね。……それが何か」

 諸伏警部は僕に対して『策に嵌まった』と言いたいらしい。

「いえ、貴方を眺めていたら、ふと彼を思い出しまして」

 ……それは同じ金髪だからか? 

 それとも公安警察官だと見切ったと言いたいのか? 

「Told by an idiot, full of sound and fury. はは、A walking shadow, a poor actor. ですかね」

 羽田棋士に至っては……まさか愚者メモの存在を把握しているのか? 

「……マクベスですね。……何が仰りたいのでしょう」

 握り拳に無意識的に力が入り、爪が食い込んでいく。

 

「いえね、彼も上手いことやったなと二人で話していたんですよ。……それだけです」

 


 

「……風見、彼が死の直前に警察と直接連絡を取った日。……何か僕に対して悪印象を及ぼす発言をしたか?」

 

 風見からはパシフィック・ブイに行く前に警察の何名かを呼び出して宴会という名目の情報交換をしたと報告が上がっていた。

 情報交換の中身はmicroSDカードの中にそれぞれ分けられた大まかな組織の動向と、紙には今までの星座にする者リストを暗号化した文字列が書いてあったと報告を受けた。

「いえ、安室さんについてはひと言も……」

 なら何故、その場にいた者達から軽蔑の眼差しを受けねばならない。

「本当に何もなかったのか? 些細なことでも良い。報告しろ」

 焦りから冷や汗が額から流れては落ちる。

「デイヴィスはだいぶ酔っ払っていて、彼女にセクハラをして佐藤刑事に叱咤を受けていました」

 ……呆れた、酒の席にかこつけてセクハラなど……。

「そうか……ならばいい」

 例の酒の席がターニングポイントになったわけでは無かったのか。

 

「デイヴィスは……本当に心の底から彼女を愛して……。失礼しました。梓さんは降谷さんの伴侶として申し分ない女性です」

 

 、、、

 

「降谷、君は責任を果たせ」

 

 黒田管理官の目も厳しさを増したように感じてしまう。

 まさかとは思うが『デイヴィスの悲劇的な死に付け込み、悲しみに暮れる梓さんを毒牙にかけた』とでも吹聴されているのか? 

 デイヴィスは実際に梓さんの告白を拒絶し続け、梓さんが暖簾に腕押ししていた状態であって、デイヴィスと梓さんは交際関係にすらなかった。

 泣き縋る女性を懐抱しながらことに至ることは男女関係では普通にある話だろう。

 

「……はい。承知しています」

 


 

『バーボン、榎本 梓について話があります』

 

 ラムからの電話だった。

「……何でしょうか」

 彼女が妊娠した、その彼女と交際関係にあると知れた瞬間からジンからの口頭での嫌がらせが始まった。

 ジンからの『身重の女がいるらしいな』という軽口。

 その一言で置かれた立場を理解した。

 組織の一存で命令に従い出張せねばならず、不在の合間に何をされるか分かったものではない。

『彼女は運が良い。……イザラから彼女の面通しを受けました』

 デイヴィスがラムに彼女を紹介しただと……? 

「そ、それはどういった……」

 ラムがいろは寿司に勤める脇田 兼則だという情報は共有していない。

 まさか、直接合わせたのか? 

『驚きましたよ。正面切って宣戦布告をしてくるのだから』

 宣戦布告……!? 

 組織のナンバー2に対してなんてことをしてくれたんだ。

「彼女は関係無い!! どうか考え直して下さい……」

 彼女の命を軽々しく扱うなんて……。

『大変度胸がある有能な構成員でした。非常に有望な手駒を失い、組織にとっては大打撃……とまでは言わずとも痛手を負った』

 ……はあ? 

「なん」

『警察にもフェイク情報を流して終わった。彼の勇気を称えてイザラが愛した女だけはリストに挙げるな。そう通告します』

 ……何故だ、何故なんだ。

「……そう、ですか……」

 何故、デイヴィス、イザラ……彼の影響を受け続けなければならないんだ。

『バーボン、見境のない浅慮な行動は慎みなさい』

 ラムなら当然知っているはずだ。

 ハニートラップとして男女関係を持ち出すのはスパイの定石であって、女性を抱くということは特別なことでは……。

 今回に限った話ではない。

 ベルモットも、イザラ自身も同じような事をしていただろう。

 

「……はい」

 


 

「梓さん、ミサンガは破棄しなさい」

 

 出産後、いつまでもデイヴィスの影に翻弄され、人生に迷いが生じた彼女の忌み深いミサンガを掴んだ。

「嫌です!! これは私と彼の愛の証なんです!! 離して!!」

 涙を流しながら抵抗する彼女をなんとか説き伏せようとする。

「アナタは私の妻なんですよ? 前の男の物など……」

「私はデイヴィスさんが好き!! 一生大好きなんです!!」

 声を荒げて泣き叫ぶ彼女を、叱るわけにもいかず途方に暮れた。

 

「……アナタはもう母親なんです、自覚して下さい。お願いです」

 

 、、、

 

『もしもし姉さん? 今暇かな?』

 

 部屋の固定電話が鳴り、梓さんの代わりに出ると電話の主はデイヴィス……エルダーの弟、ヤンだった。

「梓さんに手を出すな……ヤン・ブルドン、いや、バイジウ……」

 ヤン・ブルドンはATFに所属しながら組織の構成員としても潜伏し、厄介なことに序列が上である人間。

『え? なんで? 兄さんのものに先に手を出したのはバーボンでしょう? 兄さんのものに手出ししたら罰を受けなきゃ』

 何故『兄さんのもの』と言い切れる。

「……罰なら自分が受ける。頼むから、やめてくれ……」

 エルダー……イザラがバイジウが組織入りしていると知らない、不仲であるから連絡を一切取っていない状況から、ブルドン兄弟の脅威を見誤っていた。

『当たり前でしょ? 姉さんは兄さんのものなんだから壊したりできないよ』

 ……人を物扱いするなんて……どうかしている。

「分かったから、見逃してくれ……」

 この兄弟に人道的な心が備わっているとは考えにくい。

『だからさ、なんで? 姉さんは兄さんのものだよ? だか、僕の姉さんなんだ』

 話が通じない。

 サイコパスの化け物め……。

「頼むから……」

 どうすれば理解してくれる? 

 理解させられる? 

『やだ。僕の姉さんなんだから』

 馬鹿みたいな金額の遺産という人参をぶら下げて、そんな法外な大金を目にしたら人間は尻込みするとすら分からない。

「分かった。組織にだけは余計な口を利くな」

『……はあ? お前が交際始めて導線上に上げたんだろうが……口の聞き方に気をつけろよ』

 ……まるであの日、ポアロで殴り合った日のデイヴィスのような口ぶりだった。

「……分かった。浅はかだったのは認める」

 どうしても兄弟揃って僕に敗北を認めさせたいらしい。

『あ、そうだ。……ねえねえ、DNA鑑定した?』

 ……止めろ。

『図星だった? なんでしないの? 早い方が傷は浅くて済むのに』

 ……これ以上は。

『おーい、無視するなら……。姉さんをアメリカに呼び寄せるよ。僕と赤ん坊の三人で新たな生活を始めるんだ。そっちの方がいいと思わない?』

 もうやめてくれ。

 

『やめてください……。彼女は僕の……僕の愛する女性なんです。お願いします』

 






 あとがき


 ★ < リストは完遂された

デイヴィスって

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