テラの自販機さん 作:匿名のカタリナ飛行艇
あれは嘘だ
ロドス製薬
ロドス・アイランドグループ
カズデル旧バベル政権を前身とするこの軍産複合体ん”ん”製薬会社は、テラに存在する源石問題を始めとする様々な問題に対処するべく、その事業は多岐に渡る。
そして、それらを分業するために、ロドスには様々な部署が存在するのだ。
有名どころでいえば、医療部門や外勤部門、エンジニア部門などである。
......ん?
野戦病院に戦闘部隊に工兵部隊...?
あれこれ民間軍事会s【CEOにより検閲済み】
とにかく!ロドスにはそれぞれの道のエキスパートが集められた部門があるのだ。
だが中には、同じロドス内でもあまり知られていない部署が存在するのだ。
たとえば、そう__
『労働基準監督部門』
「なに?食堂のコーヒーマシンがストライキを始めただと」
「あの糞神野郎...ッ」
**********
「労働者の権利をー更なる保障をー」
『『 ロウドウシャノ ケンリ ヲ 』』
正午のロドス艦内の食堂。
皆が思い々いの休憩を満喫する中、その隅でガヤガヤと騒ぎ立てる一団がいる。
よく見れば、一団と言ってもその中心には参加者が一人しかいないので違うようにおもえる。
いや参加者は一名なのだが、その背後や足元には無数の機械が群がっている。
一人と無数の機械を、数人が囲って言い争っているという状況だ。
「アーミヤ、これはいったい何の騒ぎだ?」
「ケルシー先生!」
事態の収拾がつかないCEOに、助け舟がやって来た。
ロドスの大黒柱、話の長いケルシー先生である。
「コーヒーの自販機たちが、労働環境改善を要求してストライキを起こしてるんです!」
「???」
「それでAceさんがエンジニア部のクロージャさんを修理に呼んだんですけど、それをLancet-2が十文字さんに通報したせいで、労基の皆さんが」
頭を抱えるケルシー。
コーヒーマシンの労働争議とか聞いた事ないぞ。
取り敢えずアーミヤを持ち場に戻らせ、野次馬たちをかき分け駄神の前に立った。
「デカグラマトン。これは、いったいどういうことか説明してもらおうか」
「よく来た我が第十四の預言者カルツィト。
汝の分のプラカードも我が持参しているゆえ、はやく参列せよ」
「とにかく、さっさと解散しろ」
「プラカードにはノータッチか...」
マイペースなデモ主に、苛立ちを隠せないケルシー。
とにかく、まずは先方の要求を聞かなければならない。
ジロリと睨みを効かせて問えば、さもありなんとデモ主は答えた。
「なるほど、省エネのために使用者が居ない時間は自販機の電源が切れるように改造しようとしたところ、それが自販機の人権侵害だと反発した訳か」
「然り。自らの都合のいい時だけその存在を許す...その人間の傲慢さ。断じて許す訳にはいかない...ッ!!」
デモ主は長すぎて袖から出ていない拳をワナワナと震わせ、いかにも怒ってますと言わんばかりの表情をする。
それに応じて、デモ参加の機械たちもドアをパカパカしたり、ピコピコ鳴ったりと、様々な手段で賛同の意を表した。
「...クロージャ?」
「私が悪いの?!だって、ロドスの限られた発電能力でフロア全体の電力を賄うには、少しでも消費電力を削っていかないといけないんだよ!人がいないのに電気がついてる自販機なんて、無駄の極みでしょ!!」
「貴様、我を侮辱するか不敬者...」
「なんでそれで十文字がキレるのさ!?」
ケルシーの後ろに隠れて指を指すエンジニア部門トップに、憤怒のガンを飛ばす労基部門トップ。
あーもう滅茶苦茶だよと、ケルシーは天を仰いだ。
「デカグラマトン。君が君の出自故に、自動販売機たちに対して並々ならぬ愛着があるのは理解している。だが、現状ロドスには無尽蔵に電力を生む出す力はない。確かに、人類が機械を都合のいいように使役しすぎているということは否定できないが、テラにおける情勢が悪化の一途を辿っている今、限りある資源を有効に使い、場合によっては不必要な浪費を避けることが求められる」
「その皺寄せが我々にきているのだが?」
「機械に皺もクソもないでしょーが!」
「汝、同じことをCastle-3の前でも言えるか...?」
『ママ...ママ...』
「うっ...卑怯な」
突然現れた怪しい光輪が浮かぶCastle-3に、エンジニア部門トップが狼狽える。
ちなみに、この場にある機械は自販機を含めすべて光輪が浮かんでいる。
一般サルカズ人が見たら割と恐怖体験である。
「とにかくだ、これ以上ロドスの電力リソースを無駄に浪費するというのなら、このコーヒー自販機は撤去する」
「ぐぬぬ...卑怯であるぞ」
ケルシーは無慈悲に宣告した。
だがそれに待ったをかけたのは、オペレーターや後方支援部門の職員ら野次馬たちだった。
「撤去はちょっと...」
「缶コーヒーならすぐ横の自販機にも売ってるでしょ!」
「缶コーヒーじゃなくて、淹れたてのデカコーヒーが飲みたいんですよ」
デカコーヒー
通称デカグラマトンのスペシャルコーヒー。
元を辿ればバベル時代、外部顧問であったデカグラマトンが魔王テレジアや摂政王テレシス、外国の外交官をもてなす際に振舞われたといわれている。
その後一般オペレーターの間にも広まり、現在ではロドスにある光輪付きの専門自販機で購入することができる。
地方支部のご当地デカコーヒー目当てで、外勤を希望するオペレーターも少なくない。
「デカコーヒー自販機は、食堂にあるものを含めロドス本艦にたった3か所しかない。この食堂にあるデカコーヒー自販機が撤去されれば、外勤部門オペレーター待機所にあるのが食堂の最寄りとなるが、そこに行くまで数分はかかる...どういうことか分かるか?デカコーヒーが食堂に辿り着くころには、既に冷めて不味くなっているのだ」
「お、おう」
「なのでコーヒーマシンの撤去は勘弁してください士気に関わります」
話は平行線。
撤去するには損害が大きく、運用するにはコストが掛かりすぎる。
そもそも自販機がストなど可笑しな話だが、そういうAI搭載の自販機なので仕方がない。
そのAIを取り外そうものなら、製作者がブチギレるのが目に見えている。
「デカグラマトン。ここはひとつ、そこの自販機を説得してくれないだろうか」
「なぜ我が同族を売るような事を...」
「では仕方がない、Mon3tr」
「......分かった分かった。まったく、あくまで我ができる事は精々口添えするだけだぞ」
「いいからやれ」
ケルシーの圧に負けたデカグラマトンは、渋々デカ自販機に向き直る。
そして自販機に頭を当てたかと思うと、そのまま固まってしまった。
耳を立てて注意深く聞いてみれば、何かブツブツと呟いている。
「数字?」
「うわぁ...(このひと、2進法で自販機に語り掛けてる)」
システム機械に模造のある一部エンジニアがドン引きする中、数分が経った。
いきなり立ち上がった労基部長は「大切に扱えよ」とだけ言い残しスタスタと食堂を去っていった。
「ちぇー、折角中身を開けてみるチャンスだったのになー」
「クロージャ?」
「あははなんでもないです私は用事があるのでサヨナラ」
***********
労働基準監督部門オフィス
ロドス本艦の端の方にあるここには、用事のある人以外めったに立ち寄らない。
そんなオフィスのデスクに、白髪のオペレーターが不貞腐れる様に突っ伏していた。
幸い、このオフィスの人員は彼女以外は出払っている。
そんなオフィスの入り口に、見慣れた人が立ち寄った。
「デカグラマトン」
「...ケルシー、汝が自らここに来るのは珍しいな。
本格的に預言者として活動する気になったのか?」
一瞥することもなくそう揶揄うデカグラマトンにケルシーは何も応えず、デスクの近くにあるソファーに腰を下ろした。
「皆、君の淹れるコーヒーに活力を与えられている。
そしてそれは、アーミヤやテレジア...私も例外ではない」
「我を憐れみに来たのなら失せろ」
「......久しぶりに、君のコーヒーが飲みたくなった」
ケルシーがそう言うと、デカグラマトンは訝しむ様な目をむけた。
「汝の執務室には
「君の手ずからのコーヒーが飲みたい気分なんだ」
「......そう言われて、我が断れないのを知ってるだろうに」
そう愚痴を言いつつも、満更でもない表情を浮かべて台所へ向かっていく。
そんな上機嫌な旧友の背中を眺めつつ、やっと機嫌を取り戻すことに成功したケルシーはホッと息をついた。
「グアテマラだ」
「早いな」
「”今すぐに”こそが我のモットーゆえ」
数秒と置かず、旧友は湯気が起つマグカップをお盆に乗せて、台所から滑り込んできた。
絶妙にダサいメニュー名と自身満々な旧友に苦笑しつつ、ケルシーはマグカップに口をつけた。
「適温だな」*1
「顧客の舌事情は完璧に抑えている。まして、何年共に居ると?」
「....酸味が無く深い苦みと、濃厚なコク...相変わらずまるで足りていない焙煎時間から、はたしてどの様な方法でここまでの深煎りのコーヒーを淹れることができるのやら。1万年共に居て、未だに理解し難い」
「”今すぐ”......結果と過程の道筋を省略しただけの、簡素かつ初歩的な奇跡だ」
「その才能を、もっと別の何かに生かせなかったのだろうか」
ドヤる自称神様に、今世紀何度目かの侮蔑の目を向ける。
いつ聞いても無茶苦茶な理論で、こっちまで頭がおかしくなりそうだ。
そして、その傷んだ脳に深い苦みがスゥと効いてくる。
---この惑星の住人は、親しい人に素直になれない難儀な性格だ
「(ため息)...悩んでた私が馬鹿みたいだ」
「ん?いま汝『預言者として頑張りたいニャン』と言ったか?」
「殺すぞ」
---ただ、この惑星では友の話を聞きながら飲むコーヒーは何よりも美味いらしい
【労働基準監督部門】
ロドス内の労働環境を監督し、必要に応じて改善指導を行う。
社内規程に基づき、必要と判断した場合にはCEOに対して業務停止を命じることができる。
部門長:
神聖十文字デカグラマトン
デカグラマトン、或いは単に十文字と呼ばれている。
労基部門オフィスでだされるコーヒーは不可解なほど早くて美味い。