【修正中】戦姫絶唱シンフォギア ~遥か彼方の理想郷~   作:風花

37 / 37
Part ossia 優しく不平等なセカイ

本当(マジ)でどうするんだ。これ……」

 

ヴァンの掌に乗っている掌サイズのケース。中には指輪が納められている

別に買おうと思って買ったのではない。元々、その場の勢いで買ってしまったのだ

 

(まさか見るだけの買い物(ウィンドウショッピング)だけのはずが、店員の話に乗せられて買ってしまうとは……俺もまだまだだ)

 

溜め息を漏らし、ケースをポケットにしまう

今日のこれからの予定はない。ノイズが出現すれば、いい“暇潰し”になるのだが、その連絡及び反応も一切ない

仕方なく、フィーネの屋敷へ足を向ける事にした

フィーネの屋敷、とは云うが実際、家主は死亡しており、廃墟に近い状態と報告されている

以前、弦十郎に聞いたが、あの場所は非公式に政府の私有地になっているらしい。まあ、すぐに売りに出されるらしいが

それを聞いたヴァンは、何でそう考えたのか自分でも分からないが、屋敷を買い上げた。無論、そんな金はなかったので、奏者として働いている金から払う事で契約した

フィーネが使っていた機材などは全て二課が回収した。残っているのは日用品が少しと電気やガスが通ってる事

 

「はぁ……まあ、いいか」

 

何故か溜め息がこぼれる

今日で何度目だろうか。幸せが逃げる、などと云う迷信が正しいのなら間違いなく今週分くらいの幸せは逃げたはず

一生分の不幸は使い切ったと思っているが

 

しばらく歩いていると、川沿いの道路に出た

その時、

 

「お兄ちゃーん! 頑張れー!」

 

そんな、やけに記憶に残っている声が聞こえてきた

ふと視線を向けると、少し行った先の街路樹の一本の周りに人だかりが出来ていた

全員が街路樹を見上げている

―――何かやってるのか?

つい気になってヴァンは人だかりに近付いた

近付いて―――また溜め息を吐くハメになった

街路樹の下には、いつぞやの女の子が

そして、街路樹には女の子の兄が昇っていた

 

「何やってんだ……」

 

思わず、呟く

見なければ関わる事もなかったが、見てしまった以上放っとく事は自分の中の何かのせいで憚られた

人だかりを押しのけ、女の子の近くまで進む

 

「おいっ」

 

「え? あっ、変身するハトのおにーちゃん!」

 

「…………」

 

―――荒事(ライオット)にしないでくれ

本気でそう願うヴァンは、女の子の目線までしゃがみ、

 

「変身するはやめてくれ。せめてハトだけにしろ」

 

開口一番、それを告げた

 

「それより、お前の兄は何をしているんだ」

 

「引っ掛けたふーせんを取ろうとして昇ってるの!」

 

風船(バルーン)?」

 

よく見れば、なるほど確かに頂点辺りに黄緑色の風船が引っ掛かっていた

だが、頂点辺りの枝はかなり細く、いくら幼いとは云え子供でも折れてしまいそうだ

 

「無茶をする……」

 

「私が知らないおにーちゃんとぶつかって手を離しちゃったの。それでお兄ちゃんが取ってやるって……」

 

「知らないお兄ちゃん?」

 

辺りには心配そうに眺める人もいれば、野次馬根性丸出しの輩も少なからずいた

その中から知らないおにーちゃん、と言うなら―――

 

(―――あいつらか)

 

人だかりの一番内側で男の子を見て笑っている三人程の男子学生だろう

派手な色に染めた髪に、頑張っている男の子を携帯片手に卑下た笑みを浮かべている

 

「無視すれば荒事(ライオット)にならずに済んだものを……」

 

自分で言って、「いや無理か」と自分で否定した

誰だって自分の大切なものを馬鹿にされたり、見下されたら意地になる

 

「仕方ない。俺が……」

 

そこまで言った時だ

人だかりが、ああ! と声を上げた

嫌な予感がして見上げれば―――

 

「わ、わっ、わわっ!」

 

男の子が枝を踏み折り、体勢を崩していた

 

「お兄ちゃん!」

 

「くそがっ!」

 

今から昇っていては受け止められないと判断したヴァンは

 

  ―蹴ッ!

 

舗装された地面を“壊さない様に”踏み締め跳躍し、街路樹の幹も同じように蹴り、決して細くない枝を眼前に掲げた腕で折りながら落下しそうになった男の子を逆の腕で抱きとめた

その時には下から驚きの声が上がっていた

 

「うわっ!? お、おにーちゃん?」

 

「黙ってろ。舌を噛むぞ」

 

ぴしゃりと言い放ち、もう一歩を蹴り込み最後の跳躍を行う

街路樹を飛び越す前に引っ掛かっていた風船を抜き取るのも忘れない

落下が始まるのを感じ、ヴァンは軽く息を整え着地に備える

着地の瞬間、膝を折り衝撃を軽減した痛みを最小限にする

途端、歓声が沸く

鬱陶しそうに眉を潜めたヴァンは男の子を下ろし、近付いてきた女の子に風船を渡す

 

「おにーちゃん、ありがとう!」

 

「もう手放すな。さて……」

 

小僧、と男の子を呼ぶ

なに、と言った男の子の頭を―――ヴァンは思い切り殴った

ぐーで。結構本気で

 

「いったぁ……」

「この馬鹿が。妹を守るのは構わんが、それで自分が大怪我しそうになっては元も子もないだろうが」

「ご、ごめんなさい……」

「ったく……。まあ、いい。今度からは態度だけでかい年上だろうと無視しろ。どうせ、そんな奴に限って中身はガキなんだからな」

 

わざと周りに聞こえるように、しかもガキの辺りを強調して言う

当然、反応する輩はいるわけで、

 

「んだとコラ」

 

さっきまで男の子を携帯で写真撮って笑い者にしていた男子学生達が近寄ってきた

よく見れば、ピアスなんかも付けている

―――リディアンの生徒とは大違いだな

一瞥し、場違いな感想を抱く。だからと云って顔はあくまで子供達の方向へ向ける

 

「ほら、反省したらさっさと妹連れて帰れ。今度は離すなよ」

 

「う、うん! それじゃあねおにーちゃん!」

 

「またねー!」

 

笑顔でぶんぶん手を振る女の子を連れ、男の子は言われた通り帰るようにその場を後にした

ヴァンは無表情で手を振り、二人が見えなくなると、

 

「さて、行くか」

 

「さっきから無視してんじゃねぇよ!」

 

黙っていろ(シャラップ)。クズがきゃんきゃん吠えるな」

 

売り言葉に買い言葉

彼自身、そんな事は一切考えていないのだが、受け取る相手が考えてしまう

スタスタとその場を去ろうとするヴァン

男子学生は怒りに任せて、拳を振るう

周りの野次馬が色々と声を上げる

 

(潰すか……ん?)

 

物騒な事を考えていたヴァンだったが、何かに気付いた

後ろからの一撃を見ずに躱し、伸ばしてきた腕を掴み引っ張る

前のめりになっていた男子学生はそのまま、

 

「何やってんだ馬鹿ヴァン―――!」

 

  ―打ッ!

 

ヴァンを殴ろうとしていたクリスに殴られた

地面に叩き付けられる男子学生

呆然と声がやむ観衆

 

「よおクリス。奇遇だな。買い物は済んだのか?」

 

「ああ。けど、ちょっとヴァンの事が気になったから探そうと思ってたら、アホな事してる馬鹿を見つけたから殴った。結果的に変人(スクリューボール)が喰らったけど」

 

「ふふ、クリスの一撃をもらったんだ。クズも本望だろう」

 

「そ、そうか……。って、それは何か嫌だぞ!」

 

「だろうな。俺も嫌だ」

 

「あ、ああ、そう……」

 

そんな事はお構いなしにスタスタ去っていくヴァンとクリス

まるで男子学生は初めから眼中にないかの様―――眼中になかったが

野次馬達は、そんな二人を呆然と見送るしかなかった

 

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 

ヴァンとクリスが屋敷に着いた時には、既に空には満天の星が浮かんでいた

夕食はお持ち帰っていた、ふらわーのお好み焼き

 

「初めて食べたが……なかなか美味い食べ物(フード)だな」

 

「だろ。何回食べても飽きないんだ」

 

「確かに。しばらくはこれだけでもいいな」

 

ヴァンにも好評のお好み焼き

食べ終わると、軽く掃除をして入浴する

 

「でも、着るもん……」

 

「あるぞ」

 

「何でだ!?」

 

「風鳴弦十郎が持ってきて常備しているのが何着か」

 

「あのおっさん……。人のサイズまで知っているとか、いよいよ肉体言語で会話しないといけない段階になってきたぜ」

 

「あいつに肉体で……敵うか。クリスなら」

 

「どういう意味だそれ!」

 

「気にするな」

 

フィーネが改築しなかった二階には、日用品であるベッドとタンスがいくつか

体格の良い男―――例えば弦十郎―――が三人くらい寝転がれるベッドにヴァンとクリスは寝転んだ

別に恥ずかしい気持ちはない。昔から寝る時はいつもこんな感じだった

昔に比べてちょっと距離は空いたが、それでも心の距離までは空く事はない

 

「なあ、ヴァン」

 

寝転がり、ヴァンとは反対の方向を見つめているクリス

 

「どうした?」

 

「誰かに何か渡したのか?」

 

「……いきなり何だ」

 

「遠見鏡華が言ってた」

 

「あの糞王(ファッキン・ロード)……」

 

―――今度会った負かす

本気で決心するヴァン

 

「ヴァン……誰に何をあげたんだ? あたしに内緒で」

 

「……別に、何もあげてない」

 

「誰かにあげるんだな」

 

「…………」

 

今日のクリスはやけに鋭かった

いや、ヴァンが隠し切れてないだけかもしれないが

冷や汗が背筋を伝う気がした

 

「あの……クリス?」

 

「あんだ?」

 

「もしかして……怒ってるか?」

 

「怒ってない」

 

怒ってました

素っ気なく即答すると云う事は怒っている、または拗ねている証拠だった

やれやれ、とヴァンは頭を掻き、色々と考えながら口を開いた

 

「隠していたのは悪かった」

 

「ヴァンが謝る事なんてねーよ」

 

「ったく……相変わらず拗ねやすいお姫様(プリンセス)だ」

 

「だ、誰がお姫様だっ」

 

思わずヴァンの方を向いて、怒鳴り返してしまうクリス

だが、当のヴァンも反対の方向を向いて寝ていた

 

「ヴ、ヴァン?」

 

「明日、話す。今日はもう寝ろ、クリス」

 

「ちょっ……おい!?」

 

また叫ぶが、既にヴァンは答えず寝息を立て始めた

流石に呆れて声も出ないクリスだったが、

 

「ッ……勝手にしろよ! 明日なんか聞く気ねぇからなっ!」

 

意地を張って、毛布にくるまった

 

(ヴァンの奴……! 何だよ、あたしがどれだけ……)

 

そこまで考えて、ふと思考を止めた

あたしが―――何だ? あたしは嫉妬してるのか?

馬鹿らしい、と一蹴したかった

だが、鏡華の口からヴァンが誰かに何かを渡そうと聞いた時、胸が締め付けられるようだった

決戦の時、ヴァンが言った言葉。クリスは一語一句違わずに思い出せる

その言葉をあれから一言も言ってくれない。だから、余計に辛かった

もしかしたら、ヴァンが傍からいなくなってしまいそうで―――

 

(ずっと一緒にいてくれるんじゃなかったのかよ。あたしの夢を叶えるために生きるんじゃなかったのかよっ)

 

涙がこぼれそうになり、毛布を引っ張って身体に巻き付け眼を閉じる

どうか明日が、ヴァンとの最後の日になりませんように、と願いながら―――

 

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 

隣から、完全に眠った気配を感じヴァンは音もなく上体を起こす

ちらりと隣を、クリスを見る。彼女も眠りが深いと云うわけではないが、これぐらいでは起きない

ヴァンが声を掛けた瞬間、起き上がるが

よく見れば、目端に涙が浮かんでいる

 

(すまない、クリス)

 

謝りながら指で涙を拭い取る。髪を梳いてやると、

 

「ヴァン……どこにも行かないで……」

 

彼女らしからぬ弱気の寝言が聞こえた

その言葉にズキっと胸が痛む

―――覚悟決めて、腹括るしかないか

ヴァンは起き上がり、自分の服が置いてある棚へ近付きある物を取り出して―――

 

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 

クリスの目覚めはいつも良い

翌日も朝日が昇る前に、まどろむ事なく上体を起こして―――気付いた

隣で寝ていたはずのヴァンがいない

 

「嘘だろ―――ッ?」

 

跳び上がりそうになって、そこでもう一つ気付いた

自分の手に何かが収まっている事を

見下ろせば、掌には掌サイズのケースが収まっていた

 

「何だこれ」

 

寝ている時、掴んでいたのだろうか

しかし、寝る前にこんなケースは部屋にも、ましてやベッドにも置いてなかった

恐る恐るケースの蓋を開いて―――

 

「――――――」

 

しばし、惚けてしまった

数秒、十数秒、数十秒惚けて―――我に返る

蓋を閉じて、部屋を飛び出そうとして、寝間着だった事に気付いて、慌てて着替え始めるのだった

 

 

 

  〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

 

 

 

屋敷の近くの崖でヴァンは星剣を振るっていた

一心不乱に。もしかしたらがむしゃらかもしれない

型など存在しないかの様に振り続ける

振る速度は徐々に上げていき、一定のスピードに達すると振るのをやめ、また速度を上げながら振り始める。むき出しの上半身は雨に打たれたように汗でびしょ濡れだった

始めてから約三時間が経ち、ヴァンはやっと星剣を下ろした

近くの小川で汗を流し、星剣を担いで屋敷に戻ろうとした

だが、崖まで戻って来たところで、足を止めた

屋敷からクリスが走ってきた。ヴァンを見つけると、一目散に

 

「ヴァンッ!」

 

到着したクリスはヴァンの名前を叫びながら、手に持ったケースを突き出した

 

「何だよこれ!」

 

「何って―――指輪だが?」

 

「誰かに渡すもんじゃねぇのか!?」

 

もしかして―――気付いてないのだろうか

クリスは鈍感ではないと思っていたが―――否、鈍感じゃないから気付かないのかもしれない

仕方ない、と云う風にそっぽを向いて、ヴァンは言った

 

「渡すものだよ―――クリスに」

 

「だったらあたしじゃなくて、そのクリスって奴に―――って、え? あたし?」

 

「クリスだクリス。本名は雪音クリス。今、俺の前に立っている奴に渡すつもりの指輪だ」

 

「えっ、ええええーーーーっ!!」

 

絶叫も絶叫―――大絶叫

予想とはまるで見当違いのヴァンの答えに、クリスは顔を真っ赤にさせて大いに驚いた

そんなクリスを見て、ヴァンは必死に指輪を渡す方法を考えて自分を思い出し、笑い出した

―――本当に、くだらない事で考え込んでいた自分が馬鹿みたいだ

正直、適当に答えた鏡華の答えが一番シンプルで的確だった

こんな時を良い雰囲気と云うのは、少し違うが―――まあ、いいだろう。俺達に良い雰囲気なんて似合わない

最初は喉の奥で押し殺すように笑っていたが、終いには声を上げて大笑いだ

 

「わ、笑い事じゃないっ!」

 

「くははは! ……いや、すまない。どうにも、おかしくてな」

 

「はっ、どーせ、あたしはおかしい奴だよ」

 

「クリスじゃない。どう渡そうか悩んでいた自分にだ」

 

笑みを苦笑に変え、ヴァンは星剣をその場に突き刺した

瞬間、クリスの華奢な身体を抱き締める

 

「にゃ、にゃにを……!」

 

「俺は、ヴァン・ヨゾラ・エインズワースは、もう二度と雪音クリスの傍を離れない。一生、傍にいて、雪音クリスの夢を叶えるために生きると誓う」

 

「……ぁ………」

 

それは、あの戦いの最中に言われた言葉

一字一句忘れようもない、告白のような台詞

 

「その言葉と俺の想いをカタチにした物―――と言えば貰ってくれるか?」

 

「っ……馬鹿! 好きな奴が渡してきた指輪なんだ―――貰えないわけないだろっ!」

 

クリスもヴァンの背中に両手を回して言う

 

「ヴァンはどうなんだよ。誤魔化した言い方しないではっきりしろよ」

 

「……好きだ。俺は、雪音クリスを―――愛してる」

 

「―――ああ。あたしも愛してるぜ、ヴァン」

 

わずかに離れ、見詰め合う二人

ちょうどその時、朝日が昇り、二人を照らす

見詰め合った二人の影は、ゆっくりと近づき―――静かに重なり合う

 

世界はいつだって不平等だ

二人の大切なものをありったけ奪ったのだから

それぐらい―――世界は変に優しかった

だって、一番大切なものだけは奪わず、幸せを贈ってくれるのだから―――


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。