(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
山の空気は、都会と違って“音が少ない”。
風が木々を揺らす音。遠くで水が落ちる音。それだけだ。
「……落ち着かねぇな」
俺――クロガネ・ユウは、石段の途中で足を止めた。
隣を歩く影が、静かに言う。
「騒がしき場所に慣れすぎたか」
石川五ェ門。
相変わらず無駄のない動きだ。
「まぁな。銃声とか爆発音とか、あっちの方が“日常”だ」
「……奇妙な日常よ」
淡々とした声。
否定はしない。
山寺。
苔むした石畳。古い木の匂い。
人の気配はない。
「で、何で俺なんだ?」
俺は聞く。
「修行なら一人でやるタイプだろ」
「お主の力」
五ェ門は歩みを止める。
「興味がある」
「珍しいな」
「斬れぬものを斬るためには、知る必要がある」
……なるほど。
「対象が俺ってわけか」
「否」
五ェ門は首を振る。
「対象は“概念”だ」
「難しい言い方するな」
「簡単に言えば」
彼は俺を見る。
「お主の“ズレ”は何を斬るべきか、という話だ」
境内。
風が止む。
「構えよ」
五ェ門が静かに言う。
「マジでやるのか?」
「試すだけだ」
刀がわずかに抜かれる。
空気が変わる。
「……来るぞ」
俺は息を整える。
ズレる準備。
だが――
「まだだ」
五ェ門は動かない。
ただ、立っている。
時間が流れる。
いや、流れていないように感じる。
「……何してる」
「観ている」
「何を」
「お主を」
やりにくい。
この沈黙。
この圧。
次元とは違う種類の厄介さだ。
「問う」
不意に、五ェ門が言った。
「お主、その力を何のために使う」
「またその質問か」
「重要だ」
……考える。
今まで、何となく使ってきた。
便利だから。
必要だから。
でも――
「……守るため、かな」
「何を」
「今あるもの全部」
少し考えて、言葉を足す。
「仲間とか、仕事とか、この世界とか」
沈黙。
風が戻る。
やがて。
「ならば良い」
五ェ門は刀を納めた。
「は?」
「答えがあるなら、迷いは少ない」
「それだけか?」
「それだけで十分だ」
……あっさりだな。
「だが」
五ェ門が一歩踏み出す。
「確認はする」
「やっぱりやるのかよ」
「安心せよ」
彼は言う。
「斬るのは“お主”ではない」
「じゃあ何を」
「ズレだ」
その瞬間。
斬撃。
見えない。
いや、見える。
だが“早い”んじゃない。
“正確すぎる”。
「……っ!」
俺はズレる。
時間から外れる。
だが。
刀は、そこに届く。
「マジかよ……!」
ギリギリでかわす。
だが袖が裂ける。
「今の……」
「触れたな」
五ェ門が言う。
「お主の“ズレ”に」
「そんなのありかよ」
「斬る対象を誤らねば、届く」
……理屈は分かる。
俺は“ズレている”。
なら、そのズレ自体を狙えばいい。
「化け物か」
「剣士だ」
即答だった。
「もう一度」
五ェ門が構える。
「来い」
「いいぜ」
俺も構える。
ズレる。
今度は深く。
時間の外へ。
だが完全じゃない。
どこか“繋がっている”。
そこを――
「斬る」
閃。
俺は感じる。
ズレが“削られる”感覚。
「……なるほどな」
「理解したか」
「少しな」
俺は息を吐く。
「完全に外れてるわけじゃない。どこかで世界と繋がってる」
「そこが弱点だ」
「で、そこを斬ると俺に当たる」
「そういうことだ」
数度のやり取り。
派手さはない。
だが、一瞬一瞬が濃い。
そして。
「……ここまでだ」
五ェ門が刀を納める。
「満足か?」
「十分だ」
「こっちは疲れた」
「慣れよ」
無茶言うな。
石段を下る帰り道。
「お主の力」
五ェ門が言う。
「便利だが、危うい」
「自覚はある」
「だからこそ、忘れるな」
「何を」
「何のために使うか」
……さっきの話か。
「忘れねぇよ」
「ならばよい」
山を降りると、見慣れた顔。
「お、終わったか」
ルパン三世が手を振る。
「随分静かだったな」
「騒ぐ相手じゃないからな」
「だろうな」
ルパンは笑う。
「で、どうだった?」
「……参考になった」
「へぇ」
「お前ら、全員バグだな」
「褒め言葉だな!」
即答だった。
その日。
俺は一つ理解した。
この世界で生きるなら。
チートだけじゃ足りない。
ちゃんと“芯”がいる。
――でないと、簡単に斬られる。