(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』   作:微糖コーヒー

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番外編③:五ェ門の問い(サイレント・エッジ)

 

 

 山の空気は、都会と違って“音が少ない”。

 

 風が木々を揺らす音。遠くで水が落ちる音。それだけだ。

 

「……落ち着かねぇな」

 

 俺――クロガネ・ユウは、石段の途中で足を止めた。

 

 隣を歩く影が、静かに言う。

 

「騒がしき場所に慣れすぎたか」

 

 石川五ェ門。

 

 相変わらず無駄のない動きだ。

 

「まぁな。銃声とか爆発音とか、あっちの方が“日常”だ」

 

「……奇妙な日常よ」

 

 淡々とした声。

 

 否定はしない。

 

 山寺。

 

 苔むした石畳。古い木の匂い。

 

 人の気配はない。

 

「で、何で俺なんだ?」

 

 俺は聞く。

 

「修行なら一人でやるタイプだろ」

 

「お主の力」

 

 五ェ門は歩みを止める。

 

「興味がある」

 

「珍しいな」

 

「斬れぬものを斬るためには、知る必要がある」

 

 ……なるほど。

 

「対象が俺ってわけか」

 

「否」

 

 五ェ門は首を振る。

 

「対象は“概念”だ」

 

「難しい言い方するな」

 

「簡単に言えば」

 

 彼は俺を見る。

 

「お主の“ズレ”は何を斬るべきか、という話だ」

 

 境内。

 

 風が止む。

 

「構えよ」

 

 五ェ門が静かに言う。

 

「マジでやるのか?」

 

「試すだけだ」

 

 刀がわずかに抜かれる。

 

 空気が変わる。

 

「……来るぞ」

 

 俺は息を整える。

 

 ズレる準備。

 

 だが――

 

「まだだ」

 

 五ェ門は動かない。

 

 ただ、立っている。

 

 時間が流れる。

 

 いや、流れていないように感じる。

 

「……何してる」

 

「観ている」

 

「何を」

 

「お主を」

 

 やりにくい。

 

 この沈黙。

 

 この圧。

 

 次元とは違う種類の厄介さだ。

 

「問う」

 

 不意に、五ェ門が言った。

 

「お主、その力を何のために使う」

 

「またその質問か」

 

「重要だ」

 

 ……考える。

 

 今まで、何となく使ってきた。

 

 便利だから。

 

 必要だから。

 

 でも――

 

「……守るため、かな」

 

「何を」

 

「今あるもの全部」

 

 少し考えて、言葉を足す。

 

「仲間とか、仕事とか、この世界とか」

 

 沈黙。

 

 風が戻る。

 

 やがて。

 

「ならば良い」

 

 五ェ門は刀を納めた。

 

「は?」

 

「答えがあるなら、迷いは少ない」

 

「それだけか?」

 

「それだけで十分だ」

 

 ……あっさりだな。

 

「だが」

 

 五ェ門が一歩踏み出す。

 

「確認はする」

 

「やっぱりやるのかよ」

 

「安心せよ」

 

 彼は言う。

 

「斬るのは“お主”ではない」

 

「じゃあ何を」

 

「ズレだ」

 

 その瞬間。

 

 斬撃。

 

 見えない。

 

 いや、見える。

 

 だが“早い”んじゃない。

 

 “正確すぎる”。

 

「……っ!」

 

 俺はズレる。

 

 時間から外れる。

 

 だが。

 

 刀は、そこに届く。

 

「マジかよ……!」

 

 ギリギリでかわす。

 

 だが袖が裂ける。

 

「今の……」

 

「触れたな」

 

 五ェ門が言う。

 

「お主の“ズレ”に」

 

「そんなのありかよ」

 

「斬る対象を誤らねば、届く」

 

 ……理屈は分かる。

 

 俺は“ズレている”。

 

 なら、そのズレ自体を狙えばいい。

 

「化け物か」

 

「剣士だ」

 

 即答だった。

 

「もう一度」

 

 五ェ門が構える。

 

「来い」

 

「いいぜ」

 

 俺も構える。

 

 ズレる。

 

 今度は深く。

 

 時間の外へ。

 

 だが完全じゃない。

 

 どこか“繋がっている”。

 

 そこを――

 

「斬る」

 

 閃。

 

 俺は感じる。

 

 ズレが“削られる”感覚。

 

「……なるほどな」

 

「理解したか」

 

「少しな」

 

 俺は息を吐く。

 

「完全に外れてるわけじゃない。どこかで世界と繋がってる」

 

「そこが弱点だ」

 

「で、そこを斬ると俺に当たる」

 

「そういうことだ」

 

 数度のやり取り。

 

 派手さはない。

 

 だが、一瞬一瞬が濃い。

 

 そして。

 

「……ここまでだ」

 

 五ェ門が刀を納める。

 

「満足か?」

 

「十分だ」

 

「こっちは疲れた」

 

「慣れよ」

 

 無茶言うな。

 

 石段を下る帰り道。

 

「お主の力」

 

 五ェ門が言う。

 

「便利だが、危うい」

 

「自覚はある」

 

「だからこそ、忘れるな」

 

「何を」

 

「何のために使うか」

 

 ……さっきの話か。

 

「忘れねぇよ」

 

「ならばよい」

 

 山を降りると、見慣れた顔。

 

「お、終わったか」

 

 ルパン三世が手を振る。

 

「随分静かだったな」

 

「騒ぐ相手じゃないからな」

 

「だろうな」

 

 ルパンは笑う。

 

「で、どうだった?」

 

「……参考になった」

 

「へぇ」

 

「お前ら、全員バグだな」

 

「褒め言葉だな!」

 

 即答だった。

 

 その日。

 

 俺は一つ理解した。

 

 この世界で生きるなら。

 

 チートだけじゃ足りない。

 

 ちゃんと“芯”がいる。

 

 ――でないと、簡単に斬られる。

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