(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夕暮れの街。
人混み、クラクション、雑踏――その全部を切り裂くように響く怒号。
「ルパァァァン!!」
お約束の開幕だ。
怒声の主はもちろん、銭形警部。
その先を、余裕の笑みで走るのが――
「捕まえてみな、とっつぁん!」
ルパン三世。
そして、その少し後ろ。
「……なんで毎回こうなるんだ」
俺――クロガネ・ユウはため息をつきながら走っていた。
「文句言うなよ、ユウ!」
ルパンが振り返る。
「これが“日常”だ!」
「嫌な日常だな!」
裏路地に飛び込む。
狭い。
入り組んでる。
逃げるには最適だが――
「包囲済みだ!」
銭形の声。
前方からも警官。
「マジかよ」
「予定通りだ」
ルパンが笑う。
「予定に入れるなそんなもん」
「じゃあ、いつも通り行くぞ」
俺を見る。
「ユウ」
「分かってる」
――ズレる。
時間の流れから半歩外れる。
世界が遅くなる。
「右ルート、三秒後に塞がる!」
「了解!」
ルパンが即座に動く。
次元がカバーに入り、次元大介が銃を撃つ。
五ェ門が壁を斬り、石川五ェ門が道を作る。
不二子が先導する。
完璧な連携。
だが――
「逃がさん!!」
銭形が突っ込んでくる。
真正面から。
ズレも関係ない。
「……この人おかしいだろ」
「とっつぁんだからな」
ルパンが軽く言う。
俺はズレを強める。
視界が歪む。
動きが遅くなる。
――だが。
「止まれぇぇ!!」
銭形が“読まずに突っ込む”。
理屈じゃない。
予測じゃない。
執念。
「……っ!」
タイミングが狂う。
ズレてるはずなのに、距離が縮まる。
「マジでバグだろ……!」
「誉め言葉だ!」
銭形が叫ぶ。
いや、本人にとってはそうかもしれん。
屋上へ。
飛び出す。
風が強い。
「ここまでだ!」
銭形が叫ぶ。
背後には警官隊。
前は崖。
「どうする?」
次元が聞く。
「簡単だ」
ルパンが笑う。
「飛ぶ」
「毎回それだな」
「王道だろ?」
ワイヤーを取り出す。
だが――
「させるかぁぁぁ!!」
銭形が飛び込んでくる。
真正面。
一直線。
「ユウ!」
「分かってる!」
俺は最大までズレる。
時間を歪める。
銭形の動きが遅く――
……ならない。
「なんでだよ!?」
「気合いだ!!」
気合いでどうにかなる話じゃないだろ!
だが、ほんの一瞬。
“ズレ”が効いた。
足の位置。
体重の乗り方。
そのわずかな差。
「今だ!」
ルパンが跳ぶ。
ワイヤーが張る。
全員が飛び移る。
俺も続く。
その瞬間。
「待てルパーン!!」
銭形の手が伸びる。
届きそうになる。
「……っ!」
俺は反射的に手を出す。
ズレた状態で。
その結果。
銭形の動きが、ほんの一瞬だけ遅れる。
その“ほんの一瞬”で――
距離が開く。
向こう側のビル。
着地。
全員無事。
「はぁ……はぁ……」
息を整える。
下を見ると、銭形が悔しそうに拳を握っている。
「……逃げられたか……」
その顔。
悔しさと、どこか満足そうな表情。
「また来るぞ、あれ」
次元が言う。
「分かってる」
俺は苦笑する。
「むしろ来ないと不安になるレベルだ」
「それがとっつぁんだ」
ルパンが笑う。
少し離れた屋上。
「ねぇ」
峰不二子が言う。
「ユウ、さっき助けたでしょ?」
「無意識だ」
「優しいのね」
「違う」
俺は首を振る。
「ただ……あの人に捕まるのは、なんか嫌だっただけだ」
「どういう意味?」
「負けた気がする」
「ははっ!」
ルパンが大笑いする。
「分かるぜ、それ!」
遠くで、まだ銭形の声が響く。
「ルパァァァン!!」
その声を聞きながら、俺は思う。
時間も。
未来も。
全部ズラせる。
でも――
あの男だけは。
「ズレねぇな……」
「だから面白いんだよ」
ルパンが言う。
「追う奴がいるから、逃げるのも楽しい」
……確かに。
こうして。
執念の警部と、逃げる怪盗たちの追いかけっこは――
今日も終わらない。