(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夜の屋上。
街の灯りが宝石みたいに瞬いてる。
風は穏やかで、銃声もサイレンも――今はない。
「静かだな」
俺――クロガネ・ユウが言うと、
「たまにはな」
手すりにもたれていたルパン三世が、軽く肩をすくめた。
煙草に火をつける仕草は、いつも通り雑で、どこか様になってる。
「で、なんだよ。わざわざ呼び出して」
「別に」
ルパンは煙を吐く。
「なんとなく話したくなっただけだ」
「珍しいな」
「そうか?」
「お前、基本うるさいじゃん」
「ひでぇな!」
ケラケラ笑う。
……いつものルパンだ。
少しの沈黙。
街のざわめきだけが遠くで響く。
「なぁ、ユウ」
「なんだ」
「お前さ、元の世界に戻りたいか?」
唐突だ。
だが、軽い調子のまま聞いてくるあたりがルパンらしい。
「……どうだろうな」
「曖昧だな」
「そっちこそ、なんでそんなこと聞く」
「気になっただけだ」
ルパンは空を見上げる。
「この世界、結構イカれてるだろ?」
「否定はしない」
「でも、悪くねぇだろ?」
「……まぁな」
銃も、追跡も、無茶も。
全部ひっくるめて――悪くない。
「だからさ」
ルパンはニヤリと笑う。
「お前が戻るって言うなら、ちょっと寂しいなって思ってな」
「……意外と素直だな」
「たまにはな」
俺は手すりにもたれる。
風が気持ちいい。
「正直な話」
「おう」
「戻る理由があんまりない」
「へぇ」
「こっちの方が面白いしな」
「だろ?」
ルパンは満足そうに笑う。
「それに」
俺は少しだけ言葉を選ぶ。
「お前らがいるしな」
一瞬、沈黙。
ルパンは煙草を口から外して、少しだけ目を細めた。
「……いいこと言うじゃねぇか」
「今のはちょっと恥ずかしいから流してくれ」
「無理だな。覚えとく」
「最悪だ」
「なぁ」
ルパンが再び口を開く。
「お前のその力」
「ズレのことか」
「そう」
軽い調子が、ほんの少しだけ真面目になる。
「危ねぇよな」
「自覚はある」
「そのうちさ」
ルパンは言う。
「本当に“戻れなくなる”かもしれねぇ」
「……かもな」
否定はできない。
むしろ、あり得る未来だ。
「怖くねぇの?」
「ちょっとはな」
正直に答える。
「でもまぁ、その時はその時だ」
「適当だなぁ」
「お前に言われたくない」
「違いねぇ!」
また笑う。
少しして。
ルパンはふと、真面目な顔になる。
「もしさ」
「ん?」
「お前が“消えそう”になったら」
その言葉に、自然と視線が合う。
「……」
「ちゃんと盗み返してやるよ」
軽い口調。
でも、冗談じゃない。
本気だ。
「何を?」
「お前自身だよ」
ニヤリと笑う。
「時間だろうが、存在だろうが、全部ひっくるめてな」
「……無茶言うな」
「得意だろ?」
「まぁな」
少し考えて――
「頼むわ」
「任せとけ」
即答だった。
そのとき。
「おーい、二人で何してんのよ」
声が飛ぶ。
振り向くと、峰不二子が手を振っている。
「内緒話?」
「秘密♡」
ルパンが軽く答える。
「怪しいわね」
「いつもだろ?」
「それもそうね」
不二子はため息をつく。
少し遅れて、次元大介もやってくる。
「またくだらねぇ話してたのか」
「重要な話だ」
「どうせロクでもねぇ内容だろ」
「大当たり」
五ェ門も静かに現れる。
石川五ェ門は何も言わないが、空気で全部分かってる感じだ。
「さて」
ルパンがパンと手を叩く。
「そろそろ次の仕事行くか」
「休みじゃなかったのか?」
「気が変わった」
「お前な」
「いいじゃねぇか」
ルパンは笑う。
「静かな夜のあとには、派手な仕事が似合う」
「理屈になってない」
「雰囲気だ」
夜風の中。
俺は少しだけ空を見上げる。
この世界。
この連中。
騒がしくて、無茶苦茶で――
でも、悪くない。
「……行くか」
「その調子だ」
ルパンが笑う。
「次も最高にイカした仕事にしようぜ」
こうして。
怪盗と転生者の、どうでもいいようで大事な会話は終わる。
そしてまた――
“いつも通りの非日常”が始まる。