(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』   作:微糖コーヒー

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番外編⑨:不二子の距離(キス・アンド・トリック)

 

 

 夜の雨。

 

 ネオンが滲む路地裏で、峰不二子は静かに笑っていた。

 

「遅いわよ」

 

「呼び出したのそっちだろ」

 

 俺――クロガネ・ユウは肩をすくめる。

 

「女を待たせるのは減点」

 

「理由は?」

 

「会いたかったから♡」

 

 ……そういうの、いちいち心臓に悪い。

 

「で、仕事は?」

 

「あるわ」

 

 不二子は一歩近づく。

 

 距離が、妙に近い。

 

「今回のターゲット、“心拍センサー付きの宝石”」

 

「触れた瞬間、心拍数が変わると警報が鳴るやつか」

 

「正解」

 

「で?」

 

「あなたにしかできない」

 

 不二子が指先で胸元を軽く叩く。

 

「“ズレ”で心拍を誤魔化す」

 

「……まぁ、できなくはない」

 

「でしょ?」

 

 高級ホテル、最上階。

 

 展示室は静まり返っている。

 

「ユウ」

 

「なんだ」

 

「今回は“二人でやる”」

 

「珍しいな」

 

「たまにはね」

 

 意味深な笑み。

 

 嫌な予感しかしない。

 

 侵入。

 

 警備は完璧。

 

 だが――

 

「遅い」

 

 ズレる。

 

 レーザーもカメラも問題ない。

 

「宝石はあれ」

 

 中央のガラスケース。

 

 中に輝く宝石。

 

「行くぞ」

 

「待って」

 

 不二子が腕を掴む。

 

「なに」

 

「緊張してるでしょ?」

 

「してない」

 

「してる顔よ」

 

 ……見抜かれてる。

 

「リラックスしなきゃダメ」

 

「方法は?」

 

 不二子は少しだけ考えて――

 

 そして。

 

 頬に、軽くキスした。

 

「これでOK♡」

 

「……おい」

 

「集中できるでしょ?」

 

「別の意味で無理だ」

 

「うふふ」

 

「ほら、行って」

 

「……はいはい」

 

 俺はズレる。

 

 心拍を制御。

 

 宝石に手を伸ばす。

 

 ――取る。

 

 警報なし。

 

「成功だ」

 

「さすが♡」

 

 だが。

 

「侵入者確認!」

 

 警報が鳴る。

 

「……おい」

 

「フェイクよ」

 

「タイミング悪すぎだろ」

 

「演出って言って」

 

 追手。

 

 銃声。

 

 いつもの流れ。

 

「ユウ!」

 

「分かってる!」

 

 ズレる。

 

 弾をかわす。

 

 ルートを確保。

 

 だが。

 

「左、詰まってる!」

 

「じゃあ右!」

 

「待って」

 

 不二子が手を引く。

 

「こっち」

 

「そっちは――」

 

 袋小路。

 

「おい」

 

「信じて」

 

 ……その一言。

 

 なぜか、逆らえなかった。

 

 行き止まり。

 

 壁。

 

「終わりだな」

 

 追手が迫る。

 

「どうする?」

 

 俺が聞く。

 

 不二子は、振り向いて――

 

 俺の胸に寄りかかる。

 

「ちょっと、じっとして」

 

「は?」

 

「いいから」

 

 そのまま、顔が近づく。

 

 今度は――

 

 唇。

 

 キス。

 

 数秒。

 

 思考が止まる。

 

「……っ」

 

「集中して」

 

 耳元で囁く。

 

「ズレて」

 

 その声で、戻る。

 

 俺はズレる。

 

 最大まで。

 

 空間が歪む。

 

「そこよ」

 

 不二子が壁に触れる。

 

 隠し扉。

 

 俺のズレで“ズレて見える”。

 

「マジか」

 

「こういうのは得意なの♡」

 

 脱出。

 

 屋上。

 

 夜風。

 

「……やられた」

 

 俺は息を吐く。

 

「何が?」

 

「全部」

 

 不二子が笑う。

 

「大げさね」

 

「大げさじゃない」

 

「でも、悪くなかったでしょ?」

 

 ……否定できない。

 

「……まぁな」

 

 そのとき。

 

「おーい、楽しそうだな!」

 

 声。

 

 振り向くと――

 

 ルパン三世。

 

「不二子ちゃ~ん、俺にもそれやってくれよ!」

 

「嫌よ」

 

 即答。

 

「なんで!?」

 

「価値が違うもの」

 

「ひでぇ!」

 

「で、宝石は?」

 

 ルパンが聞く。

 

「これよ」

 

 不二子が取り出す。

 

 ……が。

 

「それ偽物だな」

 

「え?」

 

 俺が言う。

 

「さっきのケース、入れ替わってた」

 

「……」

 

 不二子が一瞬黙る。

 

 そして――

 

「やられたわね」

 

 笑った。

 

「でも」

 

 彼女は俺を見る。

 

「あなたは手に入れたでしょ?」

 

「何を」

 

「“本物”を見抜く目」

 

 ……うまいこと言うな。

 

 帰り道。

 

「ねぇユウ」

 

「なんだ」

 

「さっきの、どうだった?」

 

「……どっちの意味だ」

 

「両方♡」

 

 ……ずるい。

 

「悪くなかった」

 

「でしょ?」

 

「でもな」

 

「なに?」

 

「次は先に言え」

 

「何を?」

 

「キスするって」

 

「サプライズの方がいいでしょ?」

 

 ……ダメだこの人。

 

 こうして。

 

 不二子の距離は、いつも一歩近くて――

 

 でも決して掴ませてはくれない。

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