(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夜の雨。
ネオンが滲む路地裏で、峰不二子は静かに笑っていた。
「遅いわよ」
「呼び出したのそっちだろ」
俺――クロガネ・ユウは肩をすくめる。
「女を待たせるのは減点」
「理由は?」
「会いたかったから♡」
……そういうの、いちいち心臓に悪い。
「で、仕事は?」
「あるわ」
不二子は一歩近づく。
距離が、妙に近い。
「今回のターゲット、“心拍センサー付きの宝石”」
「触れた瞬間、心拍数が変わると警報が鳴るやつか」
「正解」
「で?」
「あなたにしかできない」
不二子が指先で胸元を軽く叩く。
「“ズレ”で心拍を誤魔化す」
「……まぁ、できなくはない」
「でしょ?」
高級ホテル、最上階。
展示室は静まり返っている。
「ユウ」
「なんだ」
「今回は“二人でやる”」
「珍しいな」
「たまにはね」
意味深な笑み。
嫌な予感しかしない。
侵入。
警備は完璧。
だが――
「遅い」
ズレる。
レーザーもカメラも問題ない。
「宝石はあれ」
中央のガラスケース。
中に輝く宝石。
「行くぞ」
「待って」
不二子が腕を掴む。
「なに」
「緊張してるでしょ?」
「してない」
「してる顔よ」
……見抜かれてる。
「リラックスしなきゃダメ」
「方法は?」
不二子は少しだけ考えて――
そして。
頬に、軽くキスした。
「これでOK♡」
「……おい」
「集中できるでしょ?」
「別の意味で無理だ」
「うふふ」
「ほら、行って」
「……はいはい」
俺はズレる。
心拍を制御。
宝石に手を伸ばす。
――取る。
警報なし。
「成功だ」
「さすが♡」
だが。
「侵入者確認!」
警報が鳴る。
「……おい」
「フェイクよ」
「タイミング悪すぎだろ」
「演出って言って」
追手。
銃声。
いつもの流れ。
「ユウ!」
「分かってる!」
ズレる。
弾をかわす。
ルートを確保。
だが。
「左、詰まってる!」
「じゃあ右!」
「待って」
不二子が手を引く。
「こっち」
「そっちは――」
袋小路。
「おい」
「信じて」
……その一言。
なぜか、逆らえなかった。
行き止まり。
壁。
「終わりだな」
追手が迫る。
「どうする?」
俺が聞く。
不二子は、振り向いて――
俺の胸に寄りかかる。
「ちょっと、じっとして」
「は?」
「いいから」
そのまま、顔が近づく。
今度は――
唇。
キス。
数秒。
思考が止まる。
「……っ」
「集中して」
耳元で囁く。
「ズレて」
その声で、戻る。
俺はズレる。
最大まで。
空間が歪む。
「そこよ」
不二子が壁に触れる。
隠し扉。
俺のズレで“ズレて見える”。
「マジか」
「こういうのは得意なの♡」
脱出。
屋上。
夜風。
「……やられた」
俺は息を吐く。
「何が?」
「全部」
不二子が笑う。
「大げさね」
「大げさじゃない」
「でも、悪くなかったでしょ?」
……否定できない。
「……まぁな」
そのとき。
「おーい、楽しそうだな!」
声。
振り向くと――
ルパン三世。
「不二子ちゃ~ん、俺にもそれやってくれよ!」
「嫌よ」
即答。
「なんで!?」
「価値が違うもの」
「ひでぇ!」
「で、宝石は?」
ルパンが聞く。
「これよ」
不二子が取り出す。
……が。
「それ偽物だな」
「え?」
俺が言う。
「さっきのケース、入れ替わってた」
「……」
不二子が一瞬黙る。
そして――
「やられたわね」
笑った。
「でも」
彼女は俺を見る。
「あなたは手に入れたでしょ?」
「何を」
「“本物”を見抜く目」
……うまいこと言うな。
帰り道。
「ねぇユウ」
「なんだ」
「さっきの、どうだった?」
「……どっちの意味だ」
「両方♡」
……ずるい。
「悪くなかった」
「でしょ?」
「でもな」
「なに?」
「次は先に言え」
「何を?」
「キスするって」
「サプライズの方がいいでしょ?」
……ダメだこの人。
こうして。
不二子の距離は、いつも一歩近くて――
でも決して掴ませてはくれない。