(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』   作:微糖コーヒー

18 / 29
番外編⑩:不二子の本気(アンバランス・ハート)

 

 

 夜の港。

 

 潮風が冷たい。

 

「……珍しいな」

 

 俺――クロガネ・ユウは、目の前の光景に少しだけ驚いていた。

 

 そこにいたのは、峰不二子。

 

 ……一人で。

 

 しかも、珍しく“飾っていない”。

 

「何その顔」

 

「いや、なんか……普通だなって」

 

「どういう意味よ」

 

「いつもより、ちょっと……」

 

 言葉を選ぶ。

 

「……近い」

 

 不二子は一瞬だけ黙って――

 

 そして、くすっと笑った。

 

「たまにはいいでしょ」

 

「で、なんの用だ?」

 

「仕事」

 

「嘘つけ」

 

「半分正解」

 

 不二子は海を見ながら言う。

 

「今回はね、“選ぶ”仕事なの」

 

「選ぶ?」

 

「そう」

 

 振り向く。

 

 その目が、いつもより真っ直ぐだ。

 

「あなたを使うか、使わないか」

 

「なんだそれ」

 

「つまり――」

 

 少しだけ間。

 

「一緒に来るかどうか、ってこと」

 

「……いつも一緒だろ」

 

「違うわ」

 

 即答。

 

「今回は“本気の仕事”」

 

「いつも本気じゃないのか?」

 

「種類が違うの」

 

 不二子は一歩近づく。

 

「命のやり取りより、もっと面倒なやつ」

 

「それ嫌なやつだな」

 

「でしょ?」

 

 でも、不二子は笑ってない。

 

「正直に言うわ」

 

 珍しい口調だった。

 

「今回は、あなたを巻き込みたくない」

 

「……」

 

「でも」

 

 少しだけ視線が揺れる。

 

「一人で行くのも、嫌」

 

 ……これは。

 

 完全に、いつもの不二子じゃない。

 

「選べってことか」

 

「そうよ」

 

「簡単だな」

 

「ほんとに?」

 

「一択だろ」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「行くに決まってる」

 

「……どうして?」

 

「理由いるか?」

 

「いるわよ」

 

 不二子が一歩踏み込む。

 

「ちゃんと聞かせて」

 

「簡単だ」

 

 俺は言う。

 

「お前が一人で行くの、気に入らない」

 

「……それだけ?」

 

「それだけで十分だろ」

 

 沈黙。

 

 風が吹く。

 

 少しだけ長い時間。

 

 そして。

 

「……ほんと、バカね」

 

 不二子が笑った。

 

 でも、いつもと違う。

 

 どこか柔らかい。

 

「じゃあ決まりね」

 

「おう」

 

「後悔しないでよ?」

 

「さっきの話聞いてたか?」

 

「聞いてたから言ってるの」

 

 作戦はシンプルだった。

 

 潜入、奪取、離脱。

 

 ただし――

 

「警備、異常ね」

 

「本気だな」

 

 施設内。

 

 静かすぎる。

 

「来るぞ」

 

 俺はズレる。

 

 だが――

 

「……っ」

 

 妙な違和感。

 

 ズレがうまく乗らない。

 

「ユウ?」

 

「ちょっと待て」

 

 集中。

 

 だが、ズレが浅い。

 

「……なんだこれ」

 

「どうしたの」

 

「分からん。でも」

 

 言いかけた瞬間。

 

 銃声。

 

 不二子の肩をかすめる。

 

「……っ!」

 

「不二子!」

 

 俺は即座に動く。

 

 ズレを強引に引き出す。

 

 弾道を逸らす。

 

 追手を崩す。

 

 数秒で制圧。

 

「大丈夫か」

 

「平気よ」

 

 不二子は笑う。

 

 だが、少しだけ息が荒い。

 

「今の……」

 

「分かってる」

 

 俺は言う。

 

「お前のせいだ」

 

「は?」

 

「気が散った」

 

「どういう意味よ」

 

「分かってるだろ」

 

 少しだけ間。

 

「……バカ」

 

 でも、怒ってない。

 

 その後。

 

 仕事は無事成功。

 

 屋上に出る。

 

 夜風。

 

 少しだけ静か。

 

「ねぇ」

 

 不二子が言う。

 

「さっきの、ほんと?」

 

「何が」

 

「気が散ったってやつ」

 

「……ああ」

 

「どうして?」

 

「お前が怪我しそうだったからだろ」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ」

 

 沈黙。

 

 不二子が一歩近づく。

 

 今度は逃げ場がない距離。

 

「ねぇユウ」

 

「なんだ」

 

「それ、ずるいわ」

 

「何が」

 

「そういう言い方」

 

 そして――

 

 そっと、抱きついてくる。

 

 軽くじゃない。

 

 しっかりと。

 

「……おい」

 

「少しだけ」

 

 耳元で囁く。

 

「このままでいさせて」

 

 ……反則だろ、これ。

 

 数秒。

 

 いや、もっと長く感じる。

 

 やがて。

 

 不二子はゆっくり離れる。

 

「……ありがとう」

 

「珍しいな」

 

「今だけよ」

 

 にっこり笑う。

 

 いつもの不二子に戻る。

 

 そのとき。

 

「おーい、終わったかー?」

 

 空気をぶち壊す声。

 

 振り向くと――

 

 ルパン三世。

 

「いい雰囲気じゃねぇか!」

 

「黙れ」

 

「青春だねぇ!」

 

「違う」

 

「違わない!」

 

 帰り道。

 

「ねぇユウ」

 

「なんだ」

 

「さっきのこと」

 

「忘れろって言うんだろ」

 

「逆よ」

 

「は?」

 

「忘れないで」

 

 そう言って、不二子は歩き出す。

 

 振り返らない。

 

 こうして。

 

 距離は少しだけ縮まって――

 

 でもやっぱり、完全には掴めない。

 

 それが、峰不二子という女だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。