(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夜の港。
潮風が冷たい。
「……珍しいな」
俺――クロガネ・ユウは、目の前の光景に少しだけ驚いていた。
そこにいたのは、峰不二子。
……一人で。
しかも、珍しく“飾っていない”。
「何その顔」
「いや、なんか……普通だなって」
「どういう意味よ」
「いつもより、ちょっと……」
言葉を選ぶ。
「……近い」
不二子は一瞬だけ黙って――
そして、くすっと笑った。
「たまにはいいでしょ」
「で、なんの用だ?」
「仕事」
「嘘つけ」
「半分正解」
不二子は海を見ながら言う。
「今回はね、“選ぶ”仕事なの」
「選ぶ?」
「そう」
振り向く。
その目が、いつもより真っ直ぐだ。
「あなたを使うか、使わないか」
「なんだそれ」
「つまり――」
少しだけ間。
「一緒に来るかどうか、ってこと」
「……いつも一緒だろ」
「違うわ」
即答。
「今回は“本気の仕事”」
「いつも本気じゃないのか?」
「種類が違うの」
不二子は一歩近づく。
「命のやり取りより、もっと面倒なやつ」
「それ嫌なやつだな」
「でしょ?」
でも、不二子は笑ってない。
「正直に言うわ」
珍しい口調だった。
「今回は、あなたを巻き込みたくない」
「……」
「でも」
少しだけ視線が揺れる。
「一人で行くのも、嫌」
……これは。
完全に、いつもの不二子じゃない。
「選べってことか」
「そうよ」
「簡単だな」
「ほんとに?」
「一択だろ」
俺は肩をすくめる。
「行くに決まってる」
「……どうして?」
「理由いるか?」
「いるわよ」
不二子が一歩踏み込む。
「ちゃんと聞かせて」
「簡単だ」
俺は言う。
「お前が一人で行くの、気に入らない」
「……それだけ?」
「それだけで十分だろ」
沈黙。
風が吹く。
少しだけ長い時間。
そして。
「……ほんと、バカね」
不二子が笑った。
でも、いつもと違う。
どこか柔らかい。
「じゃあ決まりね」
「おう」
「後悔しないでよ?」
「さっきの話聞いてたか?」
「聞いてたから言ってるの」
作戦はシンプルだった。
潜入、奪取、離脱。
ただし――
「警備、異常ね」
「本気だな」
施設内。
静かすぎる。
「来るぞ」
俺はズレる。
だが――
「……っ」
妙な違和感。
ズレがうまく乗らない。
「ユウ?」
「ちょっと待て」
集中。
だが、ズレが浅い。
「……なんだこれ」
「どうしたの」
「分からん。でも」
言いかけた瞬間。
銃声。
不二子の肩をかすめる。
「……っ!」
「不二子!」
俺は即座に動く。
ズレを強引に引き出す。
弾道を逸らす。
追手を崩す。
数秒で制圧。
「大丈夫か」
「平気よ」
不二子は笑う。
だが、少しだけ息が荒い。
「今の……」
「分かってる」
俺は言う。
「お前のせいだ」
「は?」
「気が散った」
「どういう意味よ」
「分かってるだろ」
少しだけ間。
「……バカ」
でも、怒ってない。
その後。
仕事は無事成功。
屋上に出る。
夜風。
少しだけ静か。
「ねぇ」
不二子が言う。
「さっきの、ほんと?」
「何が」
「気が散ったってやつ」
「……ああ」
「どうして?」
「お前が怪我しそうだったからだろ」
「それだけ?」
「それだけだ」
沈黙。
不二子が一歩近づく。
今度は逃げ場がない距離。
「ねぇユウ」
「なんだ」
「それ、ずるいわ」
「何が」
「そういう言い方」
そして――
そっと、抱きついてくる。
軽くじゃない。
しっかりと。
「……おい」
「少しだけ」
耳元で囁く。
「このままでいさせて」
……反則だろ、これ。
数秒。
いや、もっと長く感じる。
やがて。
不二子はゆっくり離れる。
「……ありがとう」
「珍しいな」
「今だけよ」
にっこり笑う。
いつもの不二子に戻る。
そのとき。
「おーい、終わったかー?」
空気をぶち壊す声。
振り向くと――
ルパン三世。
「いい雰囲気じゃねぇか!」
「黙れ」
「青春だねぇ!」
「違う」
「違わない!」
帰り道。
「ねぇユウ」
「なんだ」
「さっきのこと」
「忘れろって言うんだろ」
「逆よ」
「は?」
「忘れないで」
そう言って、不二子は歩き出す。
振り返らない。
こうして。
距離は少しだけ縮まって――
でもやっぱり、完全には掴めない。
それが、峰不二子という女だった。