(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夜の帳が降りるころ、ルパン一味はいつもの隠れ家に集まっていた。
机の上には設計図。だがそれは普通の金庫のものではない。
「これが“ゼロ・ロック”か……」
俺――クロガネ・ユウは図面を覗き込む。
通常のロック機構とは根本から違う。鍵穴すらない。
「そう。世界中の天才どもが挑んで、全員敗北した代物よ」
ワイングラスを揺らしながら、峰不二子が微笑む。
「時間の流れを内部だけ遮断する特殊構造。外からどんな衝撃を与えても、“変化しない”の」
「つまり、開けようとしても開いた“結果”が成立しないってことか」
「ご名答♡」
厄介すぎる。
普通の物理法則をねじ曲げる俺の能力でも、“変化そのものが存在しない”なら干渉の余地がない。
「だがよ」
煙草を咥えた次元大介が低く言う。
「開けた奴がいねぇってことは、“開いた状態”も観測されてねぇってことだ」
「つまり?」
「ルールがあるってことさ」
その言葉に、ルパンがニヤリと笑う。
「さすが相棒。そう、“絶対”なんてものはこの世に存在しねぇ」
ルパン三世は図面を指で叩いた。
「この金庫を作ったのは、時間工学の第一人者――ドクター・ヴァルハイト。奴は“完全停止”なんて夢物語を信じちゃいねぇ」
「穴があるってことか」
「必ずな」
静かに刀を拭いていた石川五ェ門が口を開く。
「斬れぬものはない。しかし――」
彼は目を細めた。
「斬るべき“対象”が存在せぬなら、話は別だ」
まさにそこが問題だ。
ゼロ・ロック内部は“時間が存在しない”。つまり変化も存在しない。
ならば――
「外側からじゃなく、“境界”を狙うか」
俺は呟いた。
全員の視線が集まる。
「時間がある領域と、ない領域。その境界には必ず“ズレ”がある」
「ほぉ……」
ルパンが楽しそうに目を細める。
「そこに俺の能力をぶち込む。完全停止じゃない限り、干渉の余地はある」
「なるほどねぇ」
次元が煙を吐く。
「だが一歩間違えりゃ、お前の意識ごと止まるぞ」
「リスクは承知してる」
「いいねぇ、その顔」
ルパンは満足げに笑った。
「決まりだ。作戦はこうだ――」
翌夜。
ターゲットは海上要塞“クロノス・フォートレス”。
ゼロ・ロックはその最深部にある。
「相変わらず趣味悪ぃ建物だな」
次元が双眼鏡を覗く。
「センサーだらけね」
不二子が肩をすくめる。
「だが、問題ねぇ」
ルパンは軽く言った。
「ユウがいるからな」
「頼りすぎだろ」
「信頼って言えよ」
軽口を叩きながらも、全員の動きは無駄がない。
侵入開始。
レーザー網。
監視カメラ。
赤外線センサー。
――全部、俺の視界では止まっている。
「今だ」
俺の合図で、全員がすり抜ける。
数分後、最深部。
そこにあった。
球体の金庫。
黒く、無機質で、そして――
「……気味が悪いな」
思わず呟く。
“存在しているのに、存在していない”ような感覚。
「これがゼロ・ロックか」
ルパンが近づく。
「さぁて、どう料理する?」
俺はゆっくりと手を伸ばした。
触れた瞬間。
――世界が歪む。
視界が白く弾ける。
音が消える。
時間が“裂ける”。
「……っ!」
俺は歯を食いしばる。
境界が見える。
わずかなズレ。
そこに――干渉する。
「動け……!」
止まっているはずの世界に、無理やり“変化”をねじ込む。
亀裂が走る。
「来た!」
ルパンが叫ぶ。
「そのまま押し切れ!」
「言うな簡単に……!」
負荷がやばい。
意識が削れる。
だが――
「開けるって言っただろ!」
俺は力を振り絞る。
パキン、と音がした。
それはこの世界ではあり得ない、“停止が壊れる音”。
次の瞬間――
ゼロ・ロックが、開いた。
「やったじゃねぇか!」
ルパンが歓声を上げる。
「中身は――」
不二子が覗き込み、息を呑む。
「宝石……じゃない?」
そこにあったのは、小さな装置。
脈動するように光っている。
「時間制御コア……か」
次元が低く言う。
「つまり、この金庫自体が実験装置ってわけね」
「正解だ」
不意に声が響いた。
振り向くと、そこに白衣の男。
「ドクター・ヴァルハイト」
ルパンが口笛を吹く。
「やっぱり本人登場か」
「その通りだ、怪盗ルパン」
博士は静かに笑う。
「そして……君が転生者か」
俺を見据える。
「素晴らしい能力だ。ぜひ研究させてほしい」
「断る」
「残念だ」
次の瞬間、施設全体が震えた。
「自爆装置!?」
不二子が叫ぶ。
「時間崩壊を起こす。ここ一帯が“無時間領域”になるぞ」
ヴァルハイトは狂気じみた笑みを浮かべる。
「君たちごと、標本にしてやる」
「趣味悪ぃな」
次元が銃を構える。
だが――
「撃つな」
俺が止める。
「ここで衝撃を与えたら、崩壊が加速する」
「じゃあどうする?」
ルパンが聞く。
俺はコアを見る。
まだ完全には安定していない。
「逆に利用する」
「は?」
「時間が崩壊するなら、その“流れ”を作り直す」
「……できるのか?」
「やるしかない」
俺はコアを掴んだ。
再び、世界が歪む。
「ルパン!」
「なんだ!」
「全員を連れて脱出ルートへ! 俺が時間を“戻す”!」
「無茶言うな!」
「得意だろ、そういうの!」
一瞬の沈黙。
そして――
「ははっ! 最高だ!」
ルパンは笑った。
「乗ったぜ、その賭け!」
全員が動き出す。
俺は一人、コアと向き合う。
「さて……」
限界を超える。
時間を、ねじ伏せる。
転生者の真価が試される。
そして――
「巻き戻れッ!!」
光が爆ぜた。
第三章へ続く
「生きてるか、転生者!」
「……ギリギリな」
「いい顔してるじゃねぇか」
「次は報酬、倍だぞ」
「交渉成立だ!」