(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夜の美術館。
静まり返った展示室の中央に――
例の宝石があった。
「今回のターゲット、“ブルー・シンフォニー”」
ルパン三世が軽く言う。
「感情増幅系か?」
俺――クロガネ・ユウが聞く。
「そんなとこだ」
ルパンは肩をすくめる。
「で、今回は“いつも通り”だ」
「いつも通り?」
「好きにやれ」
……珍しい。
勝負だのなんだの言いそうな場面なのに。
侵入。
警備は厳重。
だが。
「行くぞ」
俺はズレる。
時間を落とす。
レーザーを抜ける。
監視をすり抜ける。
順調すぎる。
……逆に不自然だ。
「ユウ」
イヤーピース越しに声。
峰不二子だ。
『左、気をつけて』
「了解」
言われた通りに動く。
トラップ回避。
……全部、完璧に通る。
そして。
宝石の前。
「……来たな」
手を伸ばす。
――その瞬間。
背後に気配。
振り向く。
そこにいるのは。
「よぉ」
ルパン。
いつの間にか、すぐ後ろに立っている。
「……やっぱり来たか」
「そりゃな」
ニヤリと笑う。
「譲るわけねぇだろ?」
「だろうな」
俺も構える。
軽く。
でも真剣に。
数秒の間。
空気が張る。
どっちが先に動くか。
その勝負。
「――どうする?」
俺が聞く。
「どうするって?」
「取り合うか」
「……いや」
ルパンは少しだけ間を置いて――
笑った。
「今回はやめとく」
「は?」
「いいから、取れよ」
「お前、何言ってる」
「言葉の通りだ」
ルパンは一歩下がる。
「お前の仕事だろ?」
「……」
違和感。
強すぎる。
「何企んでる」
「何も?」
「信用できるか」
「ひでぇな」
笑ってる。
でも。
その目は――いつもより静かだ。
「……分かった」
俺は言う。
「じゃあ遠慮なく」
宝石を取る。
警報なし。
成功。
屋上。
夜風。
「……マジで何もしなかったな」
「だろ?」
ルパンが笑う。
「どういう風の吹き回しだ」
「気分だよ」
「嘘つけ」
「ばれた?」
……やっぱりな。
「ねぇルパン」
不二子が近づく。
「どういうつもり?」
「何が?」
「分かってるでしょ」
不二子の目は、少しだけ鋭い。
「ユウに譲ったでしょ」
「譲ってねぇよ」
「嘘」
「バレるなぁ」
ルパンは頭をかく。
「なんで?」
不二子が聞く。
静かな声。
少しだけ、本気のトーン。
「簡単だ」
ルパンは言う。
「今回は、あいつの方が向いてた」
「それだけ?」
「それだけ」
……嘘だな。
分かる。
「もう一個理由があるだろ」
俺が言う。
「なんだよ」
「面白がってる」
「正解」
ルパンは笑う。
「どうなるか見てみたくてな」
「何が」
「お前らが」
沈黙。
不二子が少しだけ目を細める。
「……最低ね」
「最高だろ?」
「性格悪い」
「褒め言葉だ」
「でもよ」
ルパンが続ける。
「悪くねぇだろ?」
「何が」
「こういうの」
視線が、俺と不二子を行き来する。
完全に分かってる顔だ。
「……お前な」
「いいじゃねぇか」
ルパンは肩をすくめる。
「俺は“盗む”のが仕事だが」
一瞬だけ、真面目な目。
「譲るのも、たまには悪くねぇ」
不二子が黙る。
珍しく。
そして。
「……バカね」
小さく呟く。
でも。
どこか優しい声。
「じゃあ、報酬は?」
俺が聞く。
「そうね」
不二子が俺を見る。
少しだけ考えて。
「あなたにあげる」
「何を」
その瞬間。
軽くキス。
「……おい」
「今回の分♡」
「じゃあ俺は?」
ルパンが手を上げる。
「なし」
「ひでぇ!」
だが。
笑ってる。
満足そうに。
「なぁユウ」
ルパンが小声で言う。
「なんだ」
「ちゃんと掴めよ」
「何を」
「決まってるだろ」
ニヤリ。
……完全に分かってる。
その夜。
風は穏やかで。
三人の距離は――
ほんの少しだけ、変わった。