(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夜の摩天楼。
風が強い。
いつもと違う。
空気が、少しだけ重い。
「今回の仕事は――“最後の鍵”よ」
静かに言ったのは、峰不二子。
その声は、珍しく軽くない。
「最後?」
俺――クロガネ・ユウが聞く。
「トリニティ・キー、覚えてるでしょ?」
「ああ」
「三つ揃えば、どんなロックも開くやつ」
「その最後が、今夜」
「ただし」
不二子は続ける。
「今回は“選択”がある」
「またそれか」
「今度は、本当に」
視線が真っ直ぐ来る。
「一人しか取れない」
「……どういう意味だ」
「簡単よ」
少しだけ間。
「誰か一人しか、そこに入れないの」
ルパンが笑う。
ルパン三世。
「いいねぇ、分かりやすいじゃねぇか」
「誰が行くか、って話か」
「そう」
不二子は頷く。
「で、私が決める」
沈黙。
風の音だけ。
「俺でもいいし」
ルパンが言う。
「ユウでもいい」
「……」
「選べよ、不二子ちゃん」
軽い口調。
でも、その目は――全部分かってる。
「……まだ決めてない」
不二子が言う。
ほんの少しだけ、迷いが見える。
それが逆に珍しい。
作戦開始。
施設内部。
静かすぎる。
「制限エリア、あそこね」
不二子が指す。
狭い通路。
一人しか通れない。
「……ここで決めるか」
ルパンが言う。
「そうね」
不二子が頷く。
「じゃあ、行くか」
ルパンが一歩出る。
だが。
止まる。
振り返る。
そして――
俺を見る。
「……お前、行け」
ぽつりと。
「は?」
「ユウ、お前が行け」
「なんでだ」
「分かるだろ」
ニヤリと笑う。
「俺じゃねぇ」
「ルパン」
不二子が言う。
「いいの?」
「いいんだよ」
軽く手を振る。
「今回はな」
沈黙。
風が吹く。
不二子が、俺を見る。
そして。
「……ユウ」
小さく呼ぶ。
「行って」
その一言。
迷いはない。
「了解」
俺は頷く。
ズレる。
通路へ入る。
内部。
最深部。
鍵がある。
「……これか」
手を伸ばす。
取る。
成功。
戻る。
屋上。
風。
二人が待っている。
「取ってきた」
鍵を見せる。
「さすが」
ルパンが笑う。
だが。
不二子は、何も言わない。
ただ、こちらを見る。
「……どうした」
「……」
数秒。
そして。
「ごめん」
不二子が言う。
「何が」
「決めたの、さっきじゃないの」
「じゃあ?」
「最初から」
ルパンが笑う。
「だろうな」
「……どういう意味だ」
俺が聞く。
「最初から決めてたのよ」
不二子が言う。
「今回、選ぶなら――」
少しだけ間。
「あなたって」
風が強く吹く。
「……なんでだ」
「理由、いる?」
「いるだろ」
「簡単よ」
不二子は一歩近づく。
「ルパンは、放っておいても大丈夫」
「……おい」
ルパンが苦笑する。
「ひでぇな」
「でも」
不二子は続ける。
「あなたは違う」
「どう違う」
「放っておくと、どっか行きそうなのよ」
小さく笑う。
「消えそうで」
……ああ。
そういうことか。
「だから?」
「だから、選んだの」
静かに。
「ちゃんと“ここにいる方”を」
沈黙。
ルパンが肩をすくめる。
「完全に振られたな、俺」
「違うわよ」
「慰めはいらねぇ」
笑ってる。
本気じゃない。
でも。
ちゃんと分かってる顔。
「なぁユウ」
「なんだ」
「勝ったな」
「そういうのじゃないだろ」
「いや、そういうのだ」
ニヤリ。
「……お前な」
そのとき。
不二子が俺の腕を掴む。
「ねぇ」
「なんだ」
「今度は、ちゃんと捕まってて」
「……逃げる気はない」
少しだけ間。
そして。
不二子が笑う。
今度は――完全に本気の顔。
「じゃあ、決まりね」
夜風が吹く。
でも。
もう、さっきみたいに冷たくない。
こうして。
峰不二子は、初めて――
“選ぶ”側じゃなく、“選んだ”側になった。