(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夜。
静かすぎる夜だった。
風も弱い。
音もない。
――嫌な予感しかしない。
「……来るな」
俺――クロガネ・ユウは呟く。
理由はない。
でも分かる。
“あいつ”が来る時は、空気が変わる。
その瞬間。
パリン、とガラスが割れる音。
そして――
「悪いな」
軽い声。
でも、いつもと違う。
「それ、やっぱりもらうわ」
そこに立っていたのは――
ルパン三世。
「……来たか」
「来るに決まってるだろ?」
笑ってる。
でも。
目が笑ってない。
「不二子ちゃんを“選ばれた側”にしたままってのはさ」
ゆっくり歩いてくる。
「ちょっと気に入らねぇ」
「ルパン」
峰不二子が言う。
「今回はやめなさい」
「やだね」
即答。
「これは“仕事”じゃねぇ」
「じゃあ何よ」
少しだけ間。
「プライドだ」
……来たな。
“ルパンの本気”。
「ユウ」
ルパンが言う。
「それ、寄こせ」
「断る」
「だろうな」
ニヤリ。
その瞬間。
消えた。
「……!」
速いとかじゃない。
“自然すぎて見えない”。
だが。
俺はズレる。
時間を落とす。
視界が広がる。
見えた。
ルパンの動き。
最短ルート。
無駄ゼロ。
「そこか!」
俺は割り込む。
鍵を守る。
「いいねぇ」
ルパンが笑う。
「ちゃんと見えてるじゃねぇか」
次の瞬間。
フェイント。
動きが二重に見える。
「……っ!」
ズレても、追いきれない。
「それが限界だ」
ルパンの手が伸びる。
鍵に触れる――
だが。
ギリギリで俺が外す。
「甘い」
「お前もな」
距離を取る。
息が上がる。
……おかしい。
さっきより速い。
「気づいたか?」
ルパンが言う。
「手加減してねぇだけだ」
……普段どんだけ余裕なんだよ。
「もう一回いくぞ」
踏み込む。
今度は真正面。
力押し。
だがそれが一番厄介。
読みが通じない。
「……っ!」
俺はズレる。
最大まで。
世界が歪む。
でも。
ルパンは来る。
「なんでだよ……!」
「決まってるだろ」
笑う。
「取りてぇからだ」
その一言。
理屈じゃない。
純粋な意志。
その瞬間。
俺のズレが、ほんの一瞬遅れる。
「もらった」
ルパンの指が――
「やめなさい」
止まる。
不二子の声。
完全に、動きが止まった。
ルパンが。
「……不二子ちゃん」
「今回は、終わりよ」
「まだ終わってねぇ」
「終わり」
静かに。
でも強い。
沈黙。
ルパンがため息をつく。
「……参ったね」
帽子を押さえる。
「本気出したのに、止められるとはな」
「勝手に本気出しただけでしょ」
「そうとも言う」
少しだけ笑う。
いつものルパンに戻る。
「まぁいい」
肩をすくめる。
「今回は負けでいい」
「……いいのか」
俺が聞く。
「いいんだよ」
ルパンは言う。
「選ばれたのはお前だ」
少しだけ間。
「だったら、今回は譲る」
「……」
「でもな」
ルパンがニヤリと笑う。
「次は奪い返す」
ぞくっとする。
軽い言い方なのに、本気だ。
「望むところだ」
俺も笑う。
「ははっ!」
ルパンが笑う。
「いいねぇ、それでこそだ」
不二子が小さくため息をつく。
「ほんと、バカね二人とも」
でも。
少しだけ嬉しそうに笑っていた。
こうして。
怪盗ルパン三世は――
本気で奪いに来て、本気で引いた。
それは負けじゃない。
ただの“タイミング”だ。
そして。
次に来るときは――
きっと、もっと面白くなる。