(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
朝。
珍しく、静かだった。
銃声もない。警報もない。追跡もない。
「……逆に落ち着かねぇな」
俺――クロガネ・ユウはソファに沈みながら呟く。
「贅沢な悩みね」
キッチンから声。
振り向くと、峰不二子がコーヒーを淹れている。
……普通に。
それが一番違和感ある。
「ほら」
カップを差し出される。
「ありがとう」
「どういたしまして♡」
にっこり。
……昨日までの“戦場の女”と同一人物とは思えない。
「ねぇユウ」
「なんだ」
「変な感じしない?」
「する」
「でしょ?」
不二子は笑う。
「全部終わった後って、こんな感じなのよ」
「慣れてるのか」
「何度も経験してるもの」
……それもどうなんだ。
「で、あいつは?」
「まだ寝てる」
不二子があっさり言う。
「珍しいな」
「昨日ちょっと張り切りすぎたのよ」
その言い方、ちょっと含みあるな。
そのとき。
「誰が張り切りすぎたって?」
欠伸混じりの声。
ルパン三世が現れる。
「おはよ、ヒーローさん」
「おう、おはよう」
ルパンは頭をかきながら、俺の隣に座る。
「平和だな」
「だな」
「退屈だな」
「それ言うと思った」
「で?」
ルパンが不二子を見る。
「今日は何すんの?」
「何もしない」
「マジで?」
「たまには休むのよ」
「それルパンに言っても無駄だろ」
「分かってる」
不二子が笑う。
数秒の沈黙。
コーヒーの香り。
静かな時間。
「……なぁ」
ルパンが言う。
「なんだ」
「昨日のさ」
「うん」
「いい感じだったよな」
「ざっくりだな」
「分かるだろ?」
俺は少し考えて。
「まぁな」
「だろ?」
ルパンが笑う。
「三人でやるのが一番しっくりくる」
「同感」
「私も」
不二子がさらっと言う。
また沈黙。
でも、今度は嫌じゃない。
「ねぇユウ」
不二子が言う。
「今日、暇?」
「見て分かるだろ」
「じゃあ付き合って」
「どこに」
「買い物」
「嫌な予感しかしない」
「大丈夫よ」
にっこり。
絶対大丈夫じゃない。
「俺も行く」
ルパンが手を上げる。
「ダメ」
「なんで!?」
「うるさいから」
「ひでぇ!」
「じゃあ二人で行くか」
「そうね♡」
……この流れ、確実に面倒なやつだ。
数時間後。
街中。
「これどう?」
「いいんじゃないか」
「適当ね」
「正直だ」
不二子が服を選ぶ。
俺は待つ。
平和すぎる。
……いや、ちょっと違う。
「ねぇ」
「なんだ」
「楽しい?」
「……まぁな」
「でしょ?」
満足そうに笑う。
「ユウってさ」
「なんだ」
「意外とこういうの向いてるわね」
「どこが」
「逃げないところ」
「逃げたら怒るだろ」
「当然よ」
そのとき。
「おーい二人とも!」
声。
振り向くと――
ルパン三世。
「結局来てるじゃねぇか!」
「暇だったからな!」
「帰れ」
「やだね!」
「ほんと懲りないわね」
不二子がため息をつく。
でも。
少しだけ嬉しそう。
三人で並んで歩く。
特に目的もなく。
ただ、なんとなく。
「なぁ」
ルパンが言う。
「次は何盗む?」
「もうその話か」
「当然だろ」
「仕事中毒だな」
「褒め言葉だ」
「じゃあさ」
不二子が言う。
「次は“休み”盗みましょうか」
「なんだそれ」
「誰にも邪魔されない時間」
「それ一番難しいやつだな」
「いいじゃねぇか」
ルパンが笑う。
「それ、最高に“価値ある”だろ」
……確かに。
こうして。
戦いの後の余韻は――
騒がしく、でも穏やかに続いていく。
特別なことはない。
でも、それが一番いい。