(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
海霧が低く這う港町。夜明け前、すべてが輪郭を失いかける時間帯。
「今回の獲物は“存在を消す兵器”――コードネーム《ネメシス》」
赤いジャケットの男――ルパン三世が、いつもの調子で言った。
「撃たれた対象は“記録ごと消える”。物も、人も、痕跡も、記憶もだ」
「厄介すぎるだろ」
俺は眉をひそめる。
「消えたら、盗むどころか“何が消えたか”も分からねぇ」
「だから先に“痕跡”を確保する」
低い声で次元大介。
「記憶に残らないなら、記録に残す。外部ログを多重化して、消失と同期を取る」
「データの影を追うってことね」
峰不二子がタブレットを弾く。
「私は裏で保険をかけるわ。暗号化ログ、分散保存。三箇所同時」
「斬る対象が消えるなら――」
静かに刀を納める石川五ェ門。
「“消えぬ境界”を斬る」
「境界ねぇ」
ルパンは俺を見る。
「で、ユウ。お前の出番だ」
「またかよ」
「今回は“存在の縁”だ。時間じゃねぇが、似た匂いがする」
……確かに。
“ある/ない”の切り替えは、時間の連続とよく似ている。
「消失の瞬間、その前後を掴めばいい」
「掴めるのか?」
次元が問う。
「やるしかないだろ」
俺は肩をすくめた。
目標は洋上研究艦《エウレカ》。
甲板は静まり返り、波音だけが規則正しく刻む。
「センサーは少なめ。でも――」
不二子が囁く。
「中は“消失対策”で固めてる。侵入者を消すつもりね」
「歓迎が手厚いな」
ルパンが笑う。
「じゃ、行こうか。消える前に盗むぜ」
船内は白い。無機質で、匂いがない。
廊下を進むと、違和感が走る。
「……今、何か見なかったか?」
「見てねぇ」
次元が即答するが、眉が寄っている。
“何か”があったはずなのに、形が思い出せない。
「来てるな」
俺は低く言う。
「消失フィールド。弱いが、記憶を削る」
「嫌な感じね」
不二子が舌打ちする。
「ログは取れてるわ。さっきの“空白”、ちゃんと残ってる」
「上等だ」
ルパンが指を鳴らす。
「空白があるってことは、そこに“何か”があった証拠だ」
五ェ門が一歩前へ出る。
「――ここだ」
何もない空間に向かって、ゆっくりと刀を抜く。
空気が張り詰める。
「見えぬが、斬る」
一閃。
空間に“ひび”が入った。
その瞬間、薄い影が現れる。
消えかけのドローン。
「いたな」
次元が撃ち抜く。
「やっぱりいたじゃねぇか」
「“消えきる前”を叩くのよ」
不二子が微笑む。
理屈は見えた。
完全消失には“移行時間”がある。
そこが弱点だ。
最深部、実験区画。
ガラスの向こうに、《ネメシス》があった。
黒い筒状の装置。周囲の光が歪んで見える。
「触れたら終わりだな」
次元が呟く。
「触れる前に盗む」
ルパンは迷いなく進む。
そのとき――
警報。
そして、冷たい声。
「侵入者を確認。消去プロトコルを起動」
天井から砲台がせり出す。
銃口が、こちらを向く。
「来るぞ!」
次元が叫ぶ。
閃光。
だが弾丸じゃない。
“何か”が走る。
次の瞬間――
壁の一部が、消えた。
音もなく、痕跡もなく。
「……マジかよ」
ルパンが笑う。
「面白すぎるだろ」
「笑ってる場合か!」
俺は叫ぶ。
「当たったら終わりだ!」
「だから当たらねぇようにする」
ルパンは軽やかに跳ぶ。
次元が撃ち、五ェ門が斬り、不二子がルートを開く。
だが攻撃は止まらない。
空間ごと削られていく。
「ユウ!」
ルパンが叫ぶ。
「消える“前”を見ろ!」
「言われなくても!」
俺は集中する。
消失の瞬間。
その直前。
わずかな“揺らぎ”。
「そこだ!」
俺は手を伸ばす。
空間の縁を掴む。
時間とは違う。
だが似ている。
存在の“オン/オフ”。
その切り替えに、干渉する。
「止まれ……!」
一瞬だけ。
消失が遅れる。
「今だ!」
ルパンが滑り込み、《ネメシス》を掴む。
「いただき!」
その瞬間、全砲台が一斉に向く。
「やば――」
「斬る」
五ェ門の一閃。
“消える前の空間”を断ち切る。
次元の弾が制御装置を破壊。
不二子が脱出ルートを開く。
「走れ!」
俺たちは一気に駆け抜ける。
背後で、船が静かに“削れて”いく。
海上、ボートの上。
朝日が昇る。
「いやぁ、今回もギリギリだったな」
ルパンが笑う。
「ギリギリすぎるだろ……」
俺は息を吐く。
「でも、盗めたわね」
不二子が装置を撫でる。
「これで“消えたもの”も追えるかもしれない」
「そうだな」
次元が頷く。
「消す力があるなら、戻す手もあるはずだ」
「……戻す、か」
俺は《ネメシス》を見る。
存在のオン/オフ。
もし逆転できるなら――
「やることが増えたな」
ルパンがニヤリと笑う。
「消えたもん、全部盗み返すぞ」
「規模デカすぎだろ」
「いいじゃねぇか」
その顔は、いつも通り楽しそうだった。
こうして。
時間、未来、そして存在。
すべてを相手にする怪盗団の物語は――
さらに深い領域へと進んでいく。
第六章予告
「次は“記憶そのものを盗む奴”だ」
「もう訳わかんねぇな……」
「記憶が盗まれるなら?」
「取り返すしかないでしょ♡」
「……俺は何を斬ればいい」
「安心しろ」
ルパンは笑う。
「お前の斬るもん、ちゃんと用意してやる」