(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』   作:微糖コーヒー

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第五章:消失点の怪盗(バニシング・ポイント)

 

 

 海霧が低く這う港町。夜明け前、すべてが輪郭を失いかける時間帯。

 

「今回の獲物は“存在を消す兵器”――コードネーム《ネメシス》」

 

 赤いジャケットの男――ルパン三世が、いつもの調子で言った。

 

「撃たれた対象は“記録ごと消える”。物も、人も、痕跡も、記憶もだ」

 

「厄介すぎるだろ」

 

 俺は眉をひそめる。

 

「消えたら、盗むどころか“何が消えたか”も分からねぇ」

 

「だから先に“痕跡”を確保する」

 

 低い声で次元大介。

 

「記憶に残らないなら、記録に残す。外部ログを多重化して、消失と同期を取る」

 

「データの影を追うってことね」

 

 峰不二子がタブレットを弾く。

 

「私は裏で保険をかけるわ。暗号化ログ、分散保存。三箇所同時」

 

「斬る対象が消えるなら――」

 

 静かに刀を納める石川五ェ門。

 

「“消えぬ境界”を斬る」

 

「境界ねぇ」

 

 ルパンは俺を見る。

 

「で、ユウ。お前の出番だ」

 

「またかよ」

 

「今回は“存在の縁”だ。時間じゃねぇが、似た匂いがする」

 

 ……確かに。

 

 “ある/ない”の切り替えは、時間の連続とよく似ている。

 

「消失の瞬間、その前後を掴めばいい」

 

「掴めるのか?」

 

 次元が問う。

 

「やるしかないだろ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 目標は洋上研究艦《エウレカ》。

 

 甲板は静まり返り、波音だけが規則正しく刻む。

 

「センサーは少なめ。でも――」

 

 不二子が囁く。

 

「中は“消失対策”で固めてる。侵入者を消すつもりね」

 

「歓迎が手厚いな」

 

 ルパンが笑う。

 

「じゃ、行こうか。消える前に盗むぜ」

 

 船内は白い。無機質で、匂いがない。

 

 廊下を進むと、違和感が走る。

 

「……今、何か見なかったか?」

 

「見てねぇ」

 

 次元が即答するが、眉が寄っている。

 

 “何か”があったはずなのに、形が思い出せない。

 

「来てるな」

 

 俺は低く言う。

 

「消失フィールド。弱いが、記憶を削る」

 

「嫌な感じね」

 

 不二子が舌打ちする。

 

「ログは取れてるわ。さっきの“空白”、ちゃんと残ってる」

 

「上等だ」

 

 ルパンが指を鳴らす。

 

「空白があるってことは、そこに“何か”があった証拠だ」

 

 五ェ門が一歩前へ出る。

 

「――ここだ」

 

 何もない空間に向かって、ゆっくりと刀を抜く。

 

 空気が張り詰める。

 

「見えぬが、斬る」

 

 一閃。

 

 空間に“ひび”が入った。

 

 その瞬間、薄い影が現れる。

 

 消えかけのドローン。

 

「いたな」

 

 次元が撃ち抜く。

 

「やっぱりいたじゃねぇか」

 

「“消えきる前”を叩くのよ」

 

 不二子が微笑む。

 

 理屈は見えた。

 

 完全消失には“移行時間”がある。

 

 そこが弱点だ。

 

 最深部、実験区画。

 

 ガラスの向こうに、《ネメシス》があった。

 

 黒い筒状の装置。周囲の光が歪んで見える。

 

「触れたら終わりだな」

 

 次元が呟く。

 

「触れる前に盗む」

 

 ルパンは迷いなく進む。

 

 そのとき――

 

 警報。

 

 そして、冷たい声。

 

「侵入者を確認。消去プロトコルを起動」

 

 天井から砲台がせり出す。

 

 銃口が、こちらを向く。

 

「来るぞ!」

 

 次元が叫ぶ。

 

 閃光。

 

 だが弾丸じゃない。

 

 “何か”が走る。

 

 次の瞬間――

 

 壁の一部が、消えた。

 

 音もなく、痕跡もなく。

 

「……マジかよ」

 

 ルパンが笑う。

 

「面白すぎるだろ」

 

「笑ってる場合か!」

 

 俺は叫ぶ。

 

「当たったら終わりだ!」

 

「だから当たらねぇようにする」

 

 ルパンは軽やかに跳ぶ。

 

 次元が撃ち、五ェ門が斬り、不二子がルートを開く。

 

 だが攻撃は止まらない。

 

 空間ごと削られていく。

 

「ユウ!」

 

 ルパンが叫ぶ。

 

「消える“前”を見ろ!」

 

「言われなくても!」

 

 俺は集中する。

 

 消失の瞬間。

 

 その直前。

 

 わずかな“揺らぎ”。

 

「そこだ!」

 

 俺は手を伸ばす。

 

 空間の縁を掴む。

 

 時間とは違う。

 

 だが似ている。

 

 存在の“オン/オフ”。

 

 その切り替えに、干渉する。

 

「止まれ……!」

 

 一瞬だけ。

 

 消失が遅れる。

 

「今だ!」

 

 ルパンが滑り込み、《ネメシス》を掴む。

 

「いただき!」

 

 その瞬間、全砲台が一斉に向く。

 

「やば――」

 

「斬る」

 

 五ェ門の一閃。

 

 “消える前の空間”を断ち切る。

 

 次元の弾が制御装置を破壊。

 

 不二子が脱出ルートを開く。

 

「走れ!」

 

 俺たちは一気に駆け抜ける。

 

 背後で、船が静かに“削れて”いく。

 

 海上、ボートの上。

 

 朝日が昇る。

 

「いやぁ、今回もギリギリだったな」

 

 ルパンが笑う。

 

「ギリギリすぎるだろ……」

 

 俺は息を吐く。

 

「でも、盗めたわね」

 

 不二子が装置を撫でる。

 

「これで“消えたもの”も追えるかもしれない」

 

「そうだな」

 

 次元が頷く。

 

「消す力があるなら、戻す手もあるはずだ」

 

「……戻す、か」

 

 俺は《ネメシス》を見る。

 

 存在のオン/オフ。

 

 もし逆転できるなら――

 

「やることが増えたな」

 

 ルパンがニヤリと笑う。

 

「消えたもん、全部盗み返すぞ」

 

「規模デカすぎだろ」

 

「いいじゃねぇか」

 

 その顔は、いつも通り楽しそうだった。

 

 こうして。

 

 時間、未来、そして存在。

 

 すべてを相手にする怪盗団の物語は――

 

 さらに深い領域へと進んでいく。

 

 




第六章予告

「次は“記憶そのものを盗む奴”だ」

「もう訳わかんねぇな……」

「記憶が盗まれるなら?」

「取り返すしかないでしょ♡」

「……俺は何を斬ればいい」

「安心しろ」

 ルパンは笑う。

「お前の斬るもん、ちゃんと用意してやる」
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