(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』   作:微糖コーヒー

9 / 29
番外編①:不二子の単独仕事(裏切り未遂編)

 

 

 夜のネオンが滲むカジノ。

 

 音楽、笑い声、グラスの触れ合う音。

 

 その中心で、女は一人、悠然と座っていた。

 

 峰不二子。

 

 脚を組み、ゆっくりとグラスを傾ける。

 

「……退屈ね」

 

 その一言に、周囲の視線が集まる。

 

 だが彼女は気にしない。

 

 むしろ――利用する。

 

「待たせたね、不二子」

 

 現れたのは、仕立てのいいスーツの男。

 

 笑顔は完璧。だが、目が笑っていない。

 

「五分遅刻よ」

 

「美しい女性を待たせるのも、演出の一つさ」

 

「センスないわね」

 

 不二子は即座に切り捨てる。

 

 男は苦笑した。

 

「本題に入ろう。例の“データコア”だが――」

 

 テーブルの下。

 

 不二子の指がわずかに動く。

 

(ユウ、聞こえてる?)

 

『クリアに聞こえてる』

 

 イヤーピースから、クロガネ・ユウの声。

 

『そいつ、裏で二社と契約してる。今ここでお前に売って、あとで奪い返す気だ』

 

「でしょうね♡」

 

 不二子は微笑む。

 

「で、そのコア。本物なの?」

 

「もちろんだとも」

 

 男は小さなケースを取り出す。

 

 開くと、中には微細な光を放つチップ。

 

 確かに本物だ。

 

 だが――

 

(ユウ)

 

『分かってる。あいつ、十秒後に動く』

 

「へぇ」

 

 不二子は興味なさそうに頬杖をつく。

 

「値段は?」

 

「君なら、特別に――」

 

 その瞬間。

 

 ユウが“ズラす”。

 

 グラスの水滴が、一瞬だけ遅れる。

 

 照明がわずかにちらつく。

 

 男の視線が、ほんのコンマ数秒、逸れる。

 

「今ね」

 

 不二子の手が動く。

 

 ケースだけじゃない。

 

 内ポケットのカードキー、バックアップ端末、全部抜き取る。

 

 完璧な動き。

 

 男が気づいたときには――

 

「……なに?」

 

 テーブルの上は空。

 

 不二子はすでに立ち上がっていた。

 

「商談終了よ」

 

「待て!」

 

 男が立ち上がる。

 

 だが遅い。

 

 不二子は振り返りもせず歩く。

 

「ルパンによろしく言っといて」

 

 軽く手を振る。

 

 そのまま人混みに溶ける。

 

 裏通路。

 

 照明が暗く、人の気配がない。

 

「……ナイス」

 

 壁にもたれた俺――クロガネ・ユウが言う。

 

「当然でしょ?」

 

 不二子はケースを軽く振る。

 

「で、これは本物?」

 

「本物。ただし――」

 

「ただし?」

 

「追跡ビーコン入り」

 

「やっぱりね♡」

 

 不二子はため息をつく。

 

「男ってほんと単純」

 

「お前も大概だろ」

 

「褒め言葉として受け取るわ」

 

 そのとき。

 

 警報が鳴る。

 

「侵入者確認!」

 

「来たわね」

 

「計画通りだ」

 

 俺は軽く指を鳴らす。

 

 ――ズレる。

 

 監視カメラのタイミング。

 

 足音の反響。

 

 全部を少しずつズラす。

 

「右ルート開いてる」

 

「了解」

 

 不二子が走る。

 

 ヒールなのに速い。

 

「追ってくるわよ」

 

「当然だな」

 

 後ろから足音。

 

 銃声。

 

「派手ね」

 

「カジノだからな」

 

 俺は笑う。

 

「演出は大事だろ?」

 

「ルパンみたいなこと言うじゃない」

 

「影響受けてるんだよ」

 

 出口目前。

 

 だが――

 

「囲まれた」

 

 武装した男たちが待ち構えている。

 

「どうする?」

 

「簡単よ」

 

 不二子が微笑む。

 

「全部奪えばいい」

 

「いいね、それ」

 

 俺は集中する。

 

 ズレを最大化。

 

 弾道を外し、視線を狂わせる。

 

「今!」

 

 不二子が滑り込む。

 

 銃を奪い、逆に構える。

 

 数秒。

 

 それで十分。

 

「終わりね」

 

 男たちは武装解除されていた。

 

 外。

 

 夜風が気持ちいい。

 

「仕事完了」

 

 不二子が伸びをする。

 

「で?」

 

「で?」

 

「報酬」

 

「……」

 

 不二子はニヤリと笑う。

 

「あとでね♡」

 

「それ一番信用できねぇやつ」

 

「失礼ね」

 

 彼女は一歩近づく。

 

「ちゃんと“別の形”で払うわよ?」

 

「いらん」

 

「即答ね」

 

「学習してる」

 

 そのとき。

 

「よぉ、お二人さん」

 

 聞き慣れた声。

 

 振り向くと――

 

 ルパン三世が立っていた。

 

「いい仕事だったぜ、不二子ちゃん」

 

「見てたの?」

 

「最初からな」

 

「最悪」

 

「で、そのコア」

 

 ルパンが手を出す。

 

「いただき」

 

「は?」

 

 気づいたときには、ケースはルパンの手にあった。

 

「……いつの間に」

 

「怪盗だからな」

 

 ニヤリと笑う。

 

「じゃ、これは俺のもんってことで」

 

「ふざけないで」

 

 不二子が即座に詰め寄る。

 

「私の仕事よ」

 

「チームプレイだろ?」

 

「あなた何もしてないじゃない」

 

「見てた」

 

「それ仕事じゃない」

 

 言い合い。

 

 その横で。

 

「……帰るか」

 

 俺は呟く。

 

「だな」

 

 いつの間にか隣にいた次元大介が煙を吐く。

 

「どうせ最後は分け前で揉める」

 

「だろうな」

 

 遠くでルパンと不二子がまだやり合っている。

 

 平和だ。

 

 その夜。

 

 結局、コアは売られ、利益は“それなりに”分配された。

 

 ……“それなりに”だが。

 

「次は私が全部持ってくから」

 

 不二子が言う。

 

「毎回言ってるな、それ」

 

 ルパンが笑う。

 

「次は俺が全部持ってく」

 

「それも毎回ね」

 

「じゃあ俺は見てるだけでいいか」

 

 俺が言うと。

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

 即答だった。

 

 ……やれやれ。

 

 こうして。

 

 裏切りも、騙し合いも、全部込みで――

 

 今日もルパン一味は、最高に楽しく仕事をする。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。