(本編完結)『スローモーションの怪盗譚(ルパン・クロノス)』 作:微糖コーヒー
夜のネオンが滲むカジノ。
音楽、笑い声、グラスの触れ合う音。
その中心で、女は一人、悠然と座っていた。
峰不二子。
脚を組み、ゆっくりとグラスを傾ける。
「……退屈ね」
その一言に、周囲の視線が集まる。
だが彼女は気にしない。
むしろ――利用する。
「待たせたね、不二子」
現れたのは、仕立てのいいスーツの男。
笑顔は完璧。だが、目が笑っていない。
「五分遅刻よ」
「美しい女性を待たせるのも、演出の一つさ」
「センスないわね」
不二子は即座に切り捨てる。
男は苦笑した。
「本題に入ろう。例の“データコア”だが――」
テーブルの下。
不二子の指がわずかに動く。
(ユウ、聞こえてる?)
『クリアに聞こえてる』
イヤーピースから、クロガネ・ユウの声。
『そいつ、裏で二社と契約してる。今ここでお前に売って、あとで奪い返す気だ』
「でしょうね♡」
不二子は微笑む。
「で、そのコア。本物なの?」
「もちろんだとも」
男は小さなケースを取り出す。
開くと、中には微細な光を放つチップ。
確かに本物だ。
だが――
(ユウ)
『分かってる。あいつ、十秒後に動く』
「へぇ」
不二子は興味なさそうに頬杖をつく。
「値段は?」
「君なら、特別に――」
その瞬間。
ユウが“ズラす”。
グラスの水滴が、一瞬だけ遅れる。
照明がわずかにちらつく。
男の視線が、ほんのコンマ数秒、逸れる。
「今ね」
不二子の手が動く。
ケースだけじゃない。
内ポケットのカードキー、バックアップ端末、全部抜き取る。
完璧な動き。
男が気づいたときには――
「……なに?」
テーブルの上は空。
不二子はすでに立ち上がっていた。
「商談終了よ」
「待て!」
男が立ち上がる。
だが遅い。
不二子は振り返りもせず歩く。
「ルパンによろしく言っといて」
軽く手を振る。
そのまま人混みに溶ける。
裏通路。
照明が暗く、人の気配がない。
「……ナイス」
壁にもたれた俺――クロガネ・ユウが言う。
「当然でしょ?」
不二子はケースを軽く振る。
「で、これは本物?」
「本物。ただし――」
「ただし?」
「追跡ビーコン入り」
「やっぱりね♡」
不二子はため息をつく。
「男ってほんと単純」
「お前も大概だろ」
「褒め言葉として受け取るわ」
そのとき。
警報が鳴る。
「侵入者確認!」
「来たわね」
「計画通りだ」
俺は軽く指を鳴らす。
――ズレる。
監視カメラのタイミング。
足音の反響。
全部を少しずつズラす。
「右ルート開いてる」
「了解」
不二子が走る。
ヒールなのに速い。
「追ってくるわよ」
「当然だな」
後ろから足音。
銃声。
「派手ね」
「カジノだからな」
俺は笑う。
「演出は大事だろ?」
「ルパンみたいなこと言うじゃない」
「影響受けてるんだよ」
出口目前。
だが――
「囲まれた」
武装した男たちが待ち構えている。
「どうする?」
「簡単よ」
不二子が微笑む。
「全部奪えばいい」
「いいね、それ」
俺は集中する。
ズレを最大化。
弾道を外し、視線を狂わせる。
「今!」
不二子が滑り込む。
銃を奪い、逆に構える。
数秒。
それで十分。
「終わりね」
男たちは武装解除されていた。
外。
夜風が気持ちいい。
「仕事完了」
不二子が伸びをする。
「で?」
「で?」
「報酬」
「……」
不二子はニヤリと笑う。
「あとでね♡」
「それ一番信用できねぇやつ」
「失礼ね」
彼女は一歩近づく。
「ちゃんと“別の形”で払うわよ?」
「いらん」
「即答ね」
「学習してる」
そのとき。
「よぉ、お二人さん」
聞き慣れた声。
振り向くと――
ルパン三世が立っていた。
「いい仕事だったぜ、不二子ちゃん」
「見てたの?」
「最初からな」
「最悪」
「で、そのコア」
ルパンが手を出す。
「いただき」
「は?」
気づいたときには、ケースはルパンの手にあった。
「……いつの間に」
「怪盗だからな」
ニヤリと笑う。
「じゃ、これは俺のもんってことで」
「ふざけないで」
不二子が即座に詰め寄る。
「私の仕事よ」
「チームプレイだろ?」
「あなた何もしてないじゃない」
「見てた」
「それ仕事じゃない」
言い合い。
その横で。
「……帰るか」
俺は呟く。
「だな」
いつの間にか隣にいた次元大介が煙を吐く。
「どうせ最後は分け前で揉める」
「だろうな」
遠くでルパンと不二子がまだやり合っている。
平和だ。
その夜。
結局、コアは売られ、利益は“それなりに”分配された。
……“それなりに”だが。
「次は私が全部持ってくから」
不二子が言う。
「毎回言ってるな、それ」
ルパンが笑う。
「次は俺が全部持ってく」
「それも毎回ね」
「じゃあ俺は見てるだけでいいか」
俺が言うと。
「ダメに決まってるでしょ」
即答だった。
……やれやれ。
こうして。
裏切りも、騙し合いも、全部込みで――
今日もルパン一味は、最高に楽しく仕事をする。