「オオォォォアッッ!!」
裂帛の叫声を上げるヒナノ。セスタスを嵌めた拳が、スケバンの顔面を打ち抜く。
その間にも、背中、側頭部、両腕と、様々な位置と方向から銃弾が彼女の体を打ち据えていくが、ヒナノは決して止まらない。体勢の崩れたスケバンを掴み、別の敵目掛けて投げ飛ばす。
そこに、先生が「ごめん、遅れた!」と息せき切って現れ、指揮に就いた。
「ヒナと海岸でお散歩する予定だったのに……!」と恨み節を吐いているが、それをアコに「無駄口叩いてないで指揮をお願いします!」と制される。
「ぐべぇっっ!」
「次……!」
素早く姿勢を屈め、ヘルメット団員に思い切りタックルを仕掛けるヒナノ。押し倒した団員の眉間に『Analyse』を押し付け、3発接射。気絶しているかの確認すら厭う。とにかく顔面を踏みつけて確実なダメージを与え、次の標的に向かう。
「このっ、マジで痛覚とかねぇのかよコイツ! どんだけ撃っても止まらねぇ!」
「知らねぇよ! どんだけバケモン染みてようが、同じ人間な以上体力の限界はある! とにかく撃って削り切れ!
委員長の姿が見えねぇのを見るに、コイツさえ
「クソッ、もうバレたか……!」
イオリが歯噛みする。そう、「その戦力の半分が空崎ヒナの実力で構成されている」と揶揄される程度には、ゲヘナ風紀委員会はヒナに依存している。便利屋68や温泉開発部、なんなら美食研究会にも「空崎ヒナの居ない風紀委員会は大したことがない、何とかなる」と、そう認識されてしまってる節がある。
その印象を、僅かだが確かに改めさせたのがヒナノだった。
《くっ……! ヒナノさん、退いてください! 貴方が脱落したら彼我の士気に大きな影響が――》
「できません」
《なっ……》
アコが絶句する。だがしかし、これがヒナノであり、不良たちに恐れられる理由だった。
「イオリさんが戦っています。私だけが逃げることはできません」
《ですが、あなたは既にかなりのダメージを……!》
ヒナノは、自らの痛覚情報に対して反応を示さない。それは、イオリの背を追いかける中で身についた、感じる痛痒から不快感を完全にシャットアウトし、「ただのダメージ警告」として処理すると言う、狂気の自己暗示であった。
「イオリさんが戦っています。私だけが逃げることはできません」
《ヒナノさ――》
「イオリさんが、戦っているのです。私がここから離れる時は、イオリさんが撤退する時か、この場の不良たち全員を倒しきった時、だけです」
《っく……分かりました。ですが、決して脱落することは許しませんよ!》
「当たり前です。イオリさんが戦っているのですから」
通信が切れる。イオリが「本当に大丈夫なのか!?」と声を張り上げるが、それに対する回答はこうだった。
「頭部、腹部、前腕部にそれぞれ複数の挫傷、裂傷を確認。さらに左胸部に三ヶ所の挫傷、右上腕骨に若干の亀裂。脛骨にも亀裂の存在が確認できます」
「重傷じゃん! 退けって!」
イオリが叫ぶ。だが、ヒナノの回答は「できません。イオリさんが戦っています」の一点張り。更には、イオリに向いた銃口を察知し、その射線上に立って自ら攻撃を受ける始末。
「肩部被弾、ダメージ小。作戦続行」
「だから退けって! お前が落ちたら士気に関わるってアコちゃんも言ってたろ!」
「知りません。退きません。落ちません。イオリさんが戦っていますから」
頑固極まるそのセリフにしびれを切らし、頭を掻きながら言葉を探すイオリ。……しかし、ヒナノの次のセリフに、彼女は瞬時、言葉を失った。
「……それに、そろそろ頃合いでしょうから」
「……は?」
ヒナノの不可解なセリフに、思わずイオリが聞き返す。彼女は言う。
「ヒナ委員長といるはずの先生がここに居て、ヒナ委員長は居ない。
いくらなんでも、こう頻繁に中座してこちらの指揮に就いていれば、委員長も不審がるものと考えられます。
そして、先ほど『先生』は『ヒナ委員長と海岸で散歩する予定だった』とおっしゃっていましたので……」
ヒナノがそのセリフを言い終わるより先。一つの小さな人影が現れる。即ち――。
「……アコ? この状況、どういうことか説明してもらえる?」
「――このように。様子を見に来る途中で、この騒ぎに気付くでしょうと。そう、考えたというわけです」
ゲヘナ学園風紀委員会委員長、空崎ヒナ。その人だった。
その後は早かった。疾風迅雷と言っていい。
不良たちが怯み、判断を迷っているうちに、作戦の失敗を悟ったアコは素早くヒナに状況を説明。状況を把握した彼女は、瞬く間に不良たちを殲滅し、事態を収束に向かわせた。
ちなみに、少し離れた場所でトウモロコシを売っていた美食研究会は、ヒナの登場を確認した時には既に撤収準備を始めており、ヒナが不良たちを鎮圧し終えた頃には既に遠くへ逃げ去ってしまっていたようだ。
「……それで? 言い訳を聞かせてもらおうかしら、アコ。
なぜ私に報告しなかったのか、なぜ自分たちだけで解決しようと考えたのか。
ヒナノが居るとはいえ、彼女のやり方には……少し、問題がある。あなた達でやるより、私が出た方が早いのは分かっていたことでしょう?」
ヒナがアコに詰め寄る。アコは目線を泳がせ、言葉を選んでいるらしかったが、畳み掛けるように投げかけられる質問に、ついに決壊した。
「……だ」
「だ?」
「だって! 報告したら委員長はまた働かれてしまうじゃありませんか!!」
「……えっ?」
アコは全てを語った。コーヒーのこと、それでヒナがストレスを溜め込みすぎていると思ったこと、そして今回の夏季訓練を活用してヒナに休んでもらおうとしたこと。
アコの自白に、ヒナは面食らったように目をぱちくりと瞬かせた。
「……つまり、伝えずに処理しようとしたのは、アコが私のために?」
「そうなりますね」
ヒナノが答える。ヒナはため息をついて、アコに向き合った。
「……アコ。コーヒーの件は誤解よ。あの時、私が美味しいって言ったのはストレスのせいじゃなくて、その、逆に気分が悪くなかったからと言うか……」
「……えっ?」
ヒナもまた語った。あの時の感想の理由、『先生』に会えると少し浮かれていたこと。語るヒナの耳に
何もかも思い通りに行かず、泣きながら全てを白状したアコに、ヒナも少し憐れみを感じるところではあったが……夏季訓練を個人の思惑で利用したのは事実。
「私のことを気遣っての行動だったのは分かったけど……他にもやり方はあったでしょう?
確かに今日一日ゆっくりはできたけど、やっぱり私は何もせずじっとしてるより仕事をしてる方が落ち着くってことも分かったし……」
ヒナのセリフに、「完全にワーカーホリック……」と呟いた先生。
「……何か言った、先生?」
ヒナに睨まれて「何でもないです……」と発言を撤回する。情けない。
「はぁ。とにかく、どうやら今回の夏季訓練は滅茶苦茶になったみたいだけど……まだ、あと2日あるし。
このまま帰って
「うん、決めた」と何かを決心するヒナ。その様子に、風紀委員たちは固唾を呑み、イオリとチナツは嫌な予感に冷や汗をかき、ヒナノは業務命令が入ることを察してボーっとしていた顔を引き締めた。
「今から改めて、夏の合宿訓練を始める。
現時点をもって、海への出入りは禁止。元々私が準備してたスケジュールの通りに、これから48時間の地獄の訓練を始める」
「……」
「……」
「……」
絶句するイオリ、チナツ、アコ。ヒナノは普段から似たようなことをやっているため、特に気にした様子はない。
「自由時間は……まあ、訓練の合間に10分、20分ぐらいはとってあげようかしら。今日一日みんな夏を満喫したみたいだし、少しくらい辛くても耐えられるはず。
これなら万魔殿のタヌキ共も、文句は言えないでしょう」
「拝命しました」と一礼するヒナノに対して、他の風紀委員たちの反応は様々だった。恐れ
「希望はなかった」
「我らは見棄てられたのだ」
「地獄の訓練……ぐへへ」
「なんか変態がいませんか?」
……なにやら一人変態がいたが、まあ、誤差だろう。
「うっそだろ……!?」
「大丈夫ですよ、イオリさん。倒れても私が支えますので」
「いやそういう問題じゃなくてだな!?」
ヒナノのズレたフォローに、ツッコミを入れるイオリ。その横でチナツがため息を吐いていた。
「私たちは既に疲労困憊なのですが……まあ、こうなっては何を言っても言い訳ですね」
「うぅ、承知しました……」
ヒナが「先生は? 何か言いたいことある?」と問うが、何を言おうともこの後の予定が変わることはないだろうと察した先生は「ありません!」と答える。
「うん、いい返事。
……諸々の約束の埋め合わせは、訓練の後で……ね?」
そうして、誤解から始まった夏の喧騒は、まだもう少し続くことになった。
その後は結局、一日遅れてやってきた温泉開発部との戦闘やら、ヒナを狙い撃ちした復讐やらと、いくつもの事件に追い回されることになるのだが、それはまた、別のお話だ。