「永峯ヒナノの話……? いいわ、してあげる」
先生の質問に対し、ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナは片目を瞑って答えた。
「でも、なんで私から……? もうイオリから話は聞いたんでしょう?」
ヒナは小首を傾げる。可愛らしい仕草にニコニコと微笑む先生。
「『ちょっとした仕草も可愛い』、って……。もう、冗談言ってないで私の質問に答えて。ヒナノについてはイオリからある程度の話は聞いたはずでしょう?」
先生はむくれるヒナに「冗談じゃないのになぁ」と空笑いしつつ、答えを探す。
「『イオリからだけじゃなくて、ヒナから見たヒナノの情報も聞きたい』……? それはいいけど、私から見たあの子の話なんて、大したエピソードもないわよ?」
ヒナは不思議なものを見るような目で息を一つ吐くと、「えぇと……」と目を泳がせる。
「……そうね。私から見たヒナノは、『優秀な戦力』であると同時に、『風紀委員会にとっての危険因子』でもある……かしら」
あの子が風紀委員会に入部届を提出しに来たのは、去年の夏の暮れ頃……だったかしら。随分と熱に浮かされたみたいな顔で、私のところに入部届を叩きつけて来たの。確かその時は……こう言ってた。
「あたしを風紀委員会に入れなさい、
はっきり言って、彼女が何を言ってるのか、私には全くわからなかった。当時、私はまだ「次期委員長」で、入部希望者をどうこうする権利もなかったし、相手にするのがめんどくさそうだったから、「そういうのは今の委員長に直接持って行って」って突き返したような気がする……。
そうしたら彼女は、確かにそうしたらしくて。次の日、頬にガーゼを貼り付けた当時の委員長が、彼女を新しい風紀委員として紹介してた。
「永峯ヒナノです。
ただ、風紀委員会にあたしにとっての
当時のヒナノはそんなことを言ってた覚えがあるわ。……正直に言うなら、あの時私は「あぁ、めんどくさそうな人が入ってきたな」としか思わなかったわね。
「実際どうだったの」って? そうね……実際めんどくさい子ではあったわ。イオリの言うことしか聞かないし、イオリと引き離そうとすると暴れるし、なんでイオリに執着するのか聞くと黙っちゃうし。本当にとても困った子で、私はその頃の委員長と一緒に頭を抱えてた。
……そんなあの子が、今じゃ単独任務にも文句ひとつ言わずに出勤して、誰に対しても敬語で話すようになったんだから、世の中わからないものね。ふふっ。
「今現在のエピソードはある?」って……言ったでしょ、先生。ヒナノと私の関係なんて、そんな深いものじゃない。ちゃんとしたエピソードなんて、それこそ今話した入部届のくだりくらいなものよ。
……ああ、でもひとつだけ。奇妙な行動を目にしたことがあるわね。あの子、休暇の日は毎月毎回同じ場所、同じ時間に、似たような行動を繰り返してるみたいなの。
そこは確か、夏休みの終わり頃に大規模な戦闘行為を起こした不良生徒の鎮圧のために、1年のイオリまで動員して戦った戦場のはずだった。
そこでヒナノは、架空の何かと戦うような動きをしてた。私は聞いたわ。
「いったい、何をしてるの?」
って。そうしたら、彼女はこっちを一瞥もしないで、こう答えた。
「あたしをねじ伏せた女を、倒すためのシミュレートです。
対象を
イカれてる。そう思った。ヒナノは、徹底的な観測と解析をもってして、イオリの全てを暴いて、追い越すつもりで風紀委員会に入ったんだって思った。
でも、最近はそれだけじゃないみたい。イオリに向ける視線の熱が、どうも質を変えてるみたいに見える。
今までよりずっと粘っこくて、石油みたいな……。それこそ、少しでも火種を与えたら、一瞬で燃え広がって手が付けられなくなりそうな、そんな『熱』……。
「私から話せるのは、これくらいかしら。なんだか取り留めのない話ばかりでごめんなさい」
ヒナの謝罪に、先生は「そんなことないよ。話してくれてありがとう」と頭を撫でる。
「!? もう、子供扱いしないで。……でも、嬉しい。先生の役に立てたなら」
そう言ってはにかむヒナの笑顔は、雲間から覗く太陽のようだった。
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