「お疲れ様です、先生。……ええ、こちらの書類整理が一段落したところです。温かいコーヒーでも淹れましょうか。
……はい? ヒナノ先輩の話、ですか?」
その日のシャーレの当番はチナツだった。先生はまたしても、永峯ヒナノについて質問をした。
「『チナツからも話を聞いておきたくて』、ですか。……あぁ。最近、当番に来た風紀委員会の皆さんに話を伺っていらっしゃるそうですね」
先生は頷き、「あの子、シャーレには来ないから」と言う。
そのセリフを聞き、チナツはため息を吐いた。
「はぁ……まあヒナノ先輩らしいと言えばらしいですね。彼女はイオリ以外のものに基本的に興味を持つことがほとんど……ああいえ、そういうわけでもなかったかもしれません。失礼しました」
そう言って一度言葉を切る。先生が「どうしたの?」と聞くと、チナツは躊躇いがちに口を開いた。
「なんと言いましょうか……あの人、異様に多趣味なんです。あぁ、ですがそれも、ただ暇つぶしでやっているというよりかは……確固たる
チナツはそう話しながら、「失礼してもよろしいですか?」と、先生のノートPCの画面に寄る。
先生が「どうぞ」とPCを差し出すと、チナツはとあるサイトにアクセスし、ある画面を開いた。
「これです。見てください」
先生が画面を見ると、そこにあったのは、ヒナノの写真と簡単な紹介。どうやら、風紀委員会の広告サイトらしい。
「先生は、ヒナノ先輩の趣味についてご存知ですか? ……『知らない』と。まあ、そうでしょうね」
「もともと、あの人は自分のことを語りたがる人でもありませんし……」と続けると、チナツは紹介文を拡大する。
「見ていただければお分かりになられるかと思いますが、この通り、異様に多芸です。人間観察、精密射撃、読書、ゲーム、筋トレ、登山、天体観測、絵日記、レスリング、卓球……。最近はビオラや6弦ベースにも手を出し始めましたし、さらにはDIYにタロット占い、動画配信まで。
……文字だけを見れば、好奇心旺盛で多趣味な、非常に活発な生徒に見えるでしょうね」
確かにそうだ。……だが、ここにいる二人とも、永峯ヒナノという人物がおよそ「活発」と表現できる性格でないのを承知している。チナツが首を振る。
「ですが……先生。あの人はそんな、『活発』な人ではありません。いえ、確かに『活動的』ではあるのですが……。あの人は恐らく、『何かをする自分』には何の価値も置いていません。
だから、でしょうね。現場で彼女を見ている身からすると、たまに背筋が寒くなるほど不気味に感じることがあるんです」
彼女の多すぎる趣味には、その全てに『目的』が隠されています。
例えば『絵日記』。あれは、日記などという可愛らしいものではありませんでした。一心不乱にメモ帳へ何かを書き記していたので、「何をなさってるんですか?」と聞いたことがありました。その時に一度だけ、見せていただいたんです。
「イオリさんの観測記録を記した、日記です。後でここに絵も追加する予定です。ご覧になりますか?」
そう言って見せていただいたそれは、イオリの行動、視線、歩幅までの変化を秒単位で記録した、執念深い観測日誌でした。『人間観察』というのも、おそらくはイオリのことばかり追っているのでしょう。ヒナノ先輩が他のことに特別に執着するとは思えませんので。
『筋トレ』や『レスリング』、『登山』に『精密射撃』……多分、これらも健全な自己研鑽ではありません。
あれは、「異常なトレーニングをしている人物がいる、オーバーワークになってないか確かめてくれ」という通報を受けて、風紀委員がよく活動しているトレーニング施設にセナ部長と一緒に向かった時でした。
そこでヒナノ先輩は、120kgのバーベルを平然と担ぎ上げてスクワットをしていました。
普通、バーベルは自身の体重の1.1倍を上げられれば上級者とされます※。ヒナノ先輩は身長はありますが、そこまで体のラインが太い方ではありません。体重は、60kgあればいい方……じゃないでしょうか? そんな方が、平然と体重の2倍はあるバーベルを扱っていた。これは普通じゃありません。私は茫然としてしまいました。その間にも、あの人は30kgはあるダンベルでリア・レイズやレネゲードロウを行っていたので、慌てて止めたんですが……。
「問題ありません。この程度のトレーニングであれば毎週
あぁそうでした、通報を受けたとのことですが。した方は、おそらく初めて来た方なのでは?」
そうおっしゃるので、私は絶句してしまいました。セナ部長も呆れた顔で、「相変わらずですね。とにかく、オーバーワークにだけはくれぐれもお気を付けて」と言っていたので、おそらくあの時期はよくあることだったんだと思います。
……話がズレてしまいましたね。つまり、彼女にとってあれはきっと、『いかにして壊れずに動き続けるか』という耐久力を構築するためのプロセスに過ぎないんです。
『レスリング』についても同様です。彼女はかつて、ボクシングも趣味として挙げていました。ですが、今はそれがレスリングに変わっている。何故やめてしまったのか、聞いてみたことがあります。その答えはこうでした。
「一通りの術理は学習し終えたので。後は、私がイオリさんの援護のために独自に編み出したCQCに術理を組み込めばいいので、もう教わる意味がありません」
正直、少し気味が悪かったです。あのねっとりとした『熱』のこもった目からは、格闘技を『いかにしてイオリの敵を効率良く破壊するか』という、戦闘効率化のための手段としてしか見ていないことが伝わってきました。
『タロット占い』も、おそらくイオリの体調や精神状態を統計的に予測するための手段なのでしょうし、『天体観測』や『6弦ベース』、『ビオラ』に『DIY』などの、一見イオリと何の関係もない趣味も、見ていると全て何かしら彼女のために継続しているのがわかるんです。
「ヒナノ先輩は……戦力としてはとても優れた方です。受けた任務は100%こなすという気概が感じられて、実際にその通りにしてしまう。
現場での動きは本当に優秀です。ただ、イオリといる時に、自分の損害を極度に軽視する癖があることだけは直してほしいところですね……。
普段は落ち着いているのに、イオリが絡むと途端に空気が鋭くなるというか、視線がひどく重くなるというか。
彼女は、その全ての動きがイオリの最善のために最適化され続けていて、そこからは彼女自身の幸福や痛みがすっぽりと抜け落ちている……そんな気がするんです。諸先輩方の話を伺う限り、入部当初のヒナノ先輩はそんな人物ではなかったみたいなんですが……」
そう言ってため息を吐くチナツ。彼女もまた、永峯ヒナノと言う人物の奇行に振り回されている苦労人なのだろう。先生は「チナツ、ありがとうね。それとお疲れ様」と、頭を軽く撫でる。
撫でられたチナツは、わずかに頬を赤らめて目を細めると、躊躇いがちに続ける。
「あの人の異様な執念は、私には少し怖いです。
味方としてはこれ以上ないほど頼れるけれど……近づきすぎると、その底知れない執着の重さに当てられてしまいそうな、危ない人。私には、そう思えてなりません」
そう締めくくったチナツの目には、小さな怯えの光が宿っていた。
永峯ヒナノ、情報更新
| 名前 | ヒナノ |
| フルネーム | 永峯ヒナノ |
| 武器種 | HG |
| 学園 | ゲヘナ学園2年生 |
| 部活 | 風紀委員会 |
| 年齢 | 16歳 |
| 身長 | 169cm |
| 誕生日 | 9月20日 |
| 趣味 | 人間観察(特にイオリ)、精密射撃、読書、ゲーム、筋トレ、レスリング、卓球、登山、天体観測、絵日記、DIY、タロット占い、動画配信、6弦ベース、ビオラ |
| 基本情報 | |
| ゲヘナ学園所属、風紀委員会のポイントマン。 徒手格闘と異種二丁拳銃を組み合わせた独特の近接戦闘を得意とする、前線維持のスペシャリスト。 観察力に長け、無鉄砲なイオリのサポーターとして戦場を駆けることが多い。 だが、どうも彼女に向ける視線が異様だとの風紀委員会での専らの噂となっている。 | |